2022年12月、東京都議会において、2025年4月から都内で新築される住宅に太陽光パネルの設置を義務化するための条例の改正案が採決されました。それに向けて東京都は現在、条例の円滑な実施のため啓発活動や支援策の拡充を行っています[*1]。
新築住宅への設置義務化に関する条例は、東京都が全国に先駆けて成立させましたが、川崎市でも2025年4月から施行予定となっています。このように、今後同様の取り組みが全国に広がる可能性があります。
なぜ近年、住宅における太陽光パネル設置義務化の動きが活発化しているのでしょうか。また、現在施行予定の東京都、川崎市における条例の内容はどのようなものなのでしょうか。詳しくご説明します。
太陽光発電を取り巻く現状
住宅に太陽光発電を設置するメリット・デメリット
シリコン半導体などに光が当たると電気が発生する現象を利用し、太陽の光エネルギーを太陽電池によって電気に変換する太陽光発電。住宅への設置によるメリットが数多くあるため、日本での導入量は着実に伸びています[*2]。
太陽光発電は発電した電気を家庭で使えるため、電気代の削減につながります。余った電気は電力会社に売ることができることも大きなメリットの一つです[*3]。
地震や台風などの災害時にも、太陽光発電が稼働している昼間はもちろんのこと、蓄電池を設置すれば夜間にも電気を使用することが可能となります。
また、太陽光発電にはCO2削減効果があるため、環境にも貢献します。例えば、一戸建て住宅に5.08kWシステムを設置した場合(年間推定発電量は約6,139kWh)、年間約2,379kgものCO2排出量を削減できると試算されています[*3], (図1)。
図1: 太陽光発電設置による環境への効果
出典: シャープ株式会社「太陽光発電のメリット・デメリット」
https://jp.sharp/sunvista/solar/merit-demerit/
一方で、住宅に太陽光発電を設置する際のデメリットにも留意することが必要です。例えば、発電量が天候に左右されるため、発電量が想定より低くなる可能性があります。
また、導入時に高額な費用がかかります。設置するシステムや容量等によりますが、100万円以上かかるケースもあります。さらに、太陽光パネルは屋外に設置するため、台風や豪雨などにより破損する可能性があり、定期的な維持・メンテナンスが必要となります。
太陽光発電の普及状況
住宅への太陽光発電設置には様々なメリット・デメリットがありますが、2012年7月のFIT制度(固定価格買取制度)開始以降、太陽光発電の導入量は大幅に増えています。2011年度に48億kWhであったのに対し、2022年度には926億kWhまで増加しています[*4]。
住宅用太陽光発電を見ると、設置費と工事費を合計したシステム費用は、新築案件・既築案件ともに低減傾向にあります。2012年と2021年を比較すると、新築案件の平均値はkW当たり、43.1万円から28万円(−15.1万円)、既築案件の平均値は47.9万円から30.2万円(-17.7万円)まで減少しました[*5]. (図2)。
図2: 住宅用太陽光発電のシステム費用の推移
出典: 資源エネルギー庁「太陽光発電について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/073_01_00.pdf, p.52
2012年6月までの住宅への太陽光発電の導入量は約470万kWでしたが、FIT制度開始やコスト低減等もあり、2023年12月まででその累積導入量は1,026.3万kWまで増加しています[*4]。
太陽光パネル設置義務化が進む背景
2021年10月22日に発表された「第6次エネルギー基本計画」では、気候変動問題への対応の強化が記載されており、再生可能エネルギーのさらなる導入促進を進めるとしています[*6]。
政府は、様々な施策を実施することで、電源構成に占める再生可能エネルギーの比率は、2019年度の18%から2030年には36~38%まで上昇すると見込んでいます。太陽光発電については、2022年度の926億kWhから、1,290~1,460億kWhまで増加する見通しです[*4, *5]。
目標の達成に向けては、住宅用太陽光発電のさらなる普及が不可欠です。しかし、導入件数はピーク時と比べて半数近く減少しています。新築住宅の着工件数自体も減少傾向にあるため、それに伴い住宅用太陽光発電の導入件数もさらに減少していく可能性があると言えます[*7], (図3)。
図3: 住宅用太陽光発電の導入件数及び新築住宅着工件数の推移
出典: 一般社団法人 太陽光発電協会「太陽光発電の現状と自立化・主力化に向けた課題」
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/079_01_00.pdf, p.4
また、国内では、太陽光発電の導入ポテンシャルを十分に生かしきれていません。住宅用太陽光の導入ポテンシャルは年20,978万kWで、そのうち、経済性を考慮した導入ポテンシャルは3,815万~11,160万kWとされていますが、先述したように、現在の累積導入量は1,026.3万kWとなっています[*4, *8]。
再生可能エネルギーのさらなる普及には、豊富に存在する住宅用太陽光発電の導入ポテンシャルを十分に発揮することが不可欠と言えます。
全国で進む新築住宅への太陽光パネル設置義務化
このような背景もあり、現在、各自治体は住宅への太陽光発電導入にかかる支援を積極的に行っています。また、近年一歩進んだ取り組みとして、冒頭でも紹介したような太陽光パネル設置義務化を進める自治体も出てきています。
東京都における取り組み
東京都では建物総数に対して、太陽光発電設備設置割合が4.24%であり、太陽光発電導入に大きなポテンシャルを有しています。これらのポテンシャルを十分に発揮するため、様々な施策を実施しています[*9], (図4)。
図4: 東京都における太陽光発電設置割合と家庭部門におけるエネルギー消費の推移
出典: 東京都「【概要版】カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-220909taiyokogaiyo, p.1
多様な施策の一環として、住宅への太陽光パネルの設置を義務化する「建築物環境報告書制度」を、2025年4月から施行することが決まりました[*1, *10]。
同制度は、延床面積2,000平方メートル未満の中小規模新築建物について、太陽光発電等の再生可能エネルギー設備の設置を、ハウスメーカー等の事業者に義務付けるものです[*10], (図5)。
図5: 中小規模新築建物に対する新たな制度
出典: 東京都環境局「建築物環境報告書制度~詳細~」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-shiryo0214, p.3
義務化の対象となる事業者は「建物供給事業者」と呼ばれ、注文戸建住宅工事を請け負うハウスメーカーや、分譲共同住宅の分譲等を行うデベロッパーなどが該当します。また、ハウスメーカー等でも、都内で年間に合計20,000平方メートル以上供給する事業者が義務対象者となります[*10], (図6)。
図6: 制度の対象となる「建物供給事業者」
出典: 東京都環境局「建築物環境報告書制度~詳細~」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-shiryo0214, p.7
同制度において事業者は、算定式に基づく設置基準量以上の再生可能エネルギー設備を年間で供給することが求められています。設置基準は、年間の供給棟数、区域ごとの係数(算定基準率)、2kW(棟当たり基準量)を乗じて算出されます[*10], (図7)。
図7: 再生可能エネルギー設備の設置基準の算定
出典: 東京都環境局「建築物環境報告書制度~詳細~」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-shiryo0214, p.12
算定基準率とは、太陽エネルギー利用に適した割合を基に都内を3つの地域に分け、区分ごとに設定された割合のことです。都の中心に位置する市町や世田谷区、目黒区はその率が85%、千代田区や中央区等を除く沿岸部側の市区が70%、奥多摩町や桧原村、千代田区、中央区では30%となっています[*10], (図8)。
図8: 算定基準率とは
出典: 東京都環境局「建築物環境報告書制度~詳細~」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-shiryo0214, p.16
2025年4月からの制度開始に向けて円滑な実施ができるように、現在普及啓発活動や施主・購入者向け支援、住宅供給事業者等向け支援などの施策が行われています[*11]。
例えば、住宅供給事業者等向けの施策として、東京都は、環境性能の高い住宅の供給に向けた施工技術の向上や購入者等への適切な説明を行うための体制整備を後押しする「事業者への制度施行に向けた着実な準備に対する支援・先行的取組へのインセンティブ」を新たに開始しました。
また、普及啓発活動として、総合相談窓口の設置や、太陽光発電等の維持管理手法の普及を目的としたセミナー等の開催など、様々な取り組みを行っています。
川崎市における取り組み
川崎市では2020年2月、市長が2050年CO2排出実質ゼロを表明して以降、脱炭素化に向けた取り組みが加速しています。2022年3月には「川崎市地球温暖化対策推進基本計画」を改定し、2030年度の温室効果ガス削減目標として、民生部門では45%削減を目標に設定。また、市全体での再生可能エネルギーの導入量を2019年度の20万kWから2030年度まで33万kW以上に増やすとしています[*12]。
これらの目標を実現するため、川崎市は、改正された「特定建築物太陽光発電設備等導入制度」、「特定建築事業者太陽光発電設備導入制度」を2025年度から施行する予定です[*12], (図9)。
図9: 川崎市における太陽光発電設備の設置義務化制度について
出典: 川崎市環境局脱炭素戦略推進室「制度2 特定建築事業者太陽光発電設備導入制度について」
https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000156/156234/seido2_setsumeikai_siryou_7gatsu_26-29nichi_2.pdf, p.8
前者は「延べ床面積2,000平方メートル以上の建築物を新増築する建築主への太陽光発電設備等の設置義務」を課す制度で、後者は「延べ床面積2,000平方メートル未満の新築建築物を市内に年間一定量以上建設する建築事業者への太陽光発電設備等の設置義務」を課す制度となっています。
後者の制度は、川崎市内において新築する戸建やマンション、ビルなどの建物が、1年間に5,000平方メートル以上である事業者(特定建築事業者)が義務の対象となっています[*12], (図10)。
図10: 特定建築事業者太陽光発電設備導入制度の概要
出典: 川崎市環境局脱炭素戦略推進室「制度2 特定建築事業者太陽光発電設備導入制度について」
https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000156/156234/seido2_setsumeikai_siryou_7gatsu_26-29nichi_2.pdf, p.12
川崎市における制度も、特定建築事業者が課される設置基準量の算定方法などが東京都の制度と類似しています。設置基準量は、設置可能棟数と算定基準率(市内一律70%)、棟当たり基準量(2kW)を乗じて算出されます[*12], (図11)。
図11: 設置基準量の算定方法
出典: 川崎市環境局脱炭素戦略推進室「制度2 特定建築事業者太陽光発電設備導入制度について」
https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000156/156234/seido2_setsumeikai_siryou_7gatsu_26-29nichi_2.pdf, p.16
まとめ
今回紹介したような、新築住宅に対して太陽光発電など再生可能エネルギーの設置を義務付ける制度を施行する自治体はまだ多くはありません。
ただ、既に東京都や川崎市が施行予定としており、今後その他の自治体が追随する可能性はあります。既に実施予定の自治体で一定の成果が出るかどうかが、全国に広がるか否かのカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
NHK「東京都 全国初の太陽光パネル設置義務化条例 住宅価格や対象は?」
https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20221216a.html
*2
資源エネルギー庁「太陽光発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/solar/index.html
*3
シャープ株式会社「太陽光発電のメリット・デメリット」
https://jp.sharp/sunvista/solar/merit-demerit/
*4
資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの導入状況」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/063_s01_00.pdf, p.2, p.3
*5
資源エネルギー庁「太陽光発電について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/073_01_00.pdf, p.52
*6
資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルを目指す 日本の新たな『エネルギー基本計画』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku_2022.html.html
*7
一般社団法人 太陽光発電協会「太陽光発電の現状と自立化・主力化に向けた課題」
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/079_01_00.pdf, p.4, p.8
*8
環境省地球温暖化対策課「我が国の再生可能エネルギー導入ポテンシャル」
https://naso.jp/potential&fit/renewable_ene_potential/potential_gaiyou.pdf, p.5
*9
東京都「【概要版】カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-220909taiyokogaiyo, p.1
*10
東京都環境局「建築物環境報告書制度~詳細~」https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/solar_portal-program-files-shiryo0214, p.3, p.4, p.6, p.7, p,12, p,16, p.18
*11
東京都環境局「制度改正に関する情報」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/solar_portal/program/
*12
川崎市環境局脱炭素戦略推進室「制度2 特定建築事業者太陽光発電設備導入制度について」
https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000156/156234/seido2_setsumeikai_siryou_7gatsu_26-29nichi_2.pdf, p.4, p.5, p.8, p.12, p.16, p.17