気候変動は私たちの食卓も脅かす! 猛暑で日本の米はどうなってしまう?

2024年に発生した「令和のコメ騒動」。現在も続いている米不足や価格高騰は未だに収束しておらず、混乱の余波は2025年まで続いています。インバウンドによる米の需要増加や政府による減反政策など、米不足にはさまざまな背景がありますが、猛暑による米の供給量減少も原因のひとつであると考えられています。

近年、気候変動の進行によって夏の気温が上昇し、米の品質にも深刻な影響を与えています。このまま気候変動が進行していけば、日本の米の収穫量が減少してしまうという予測もあります。

この記事では、気候変動による異常な高温が米の生産に及ぼす影響と、気候変動への適応策について解説します。

令和のコメ騒動はなぜ起こったのか

2024年の夏、スーパーマーケットなどの店頭から米が消え、「令和のコメ騒動」と呼ばれる米不足が全国各地で発生しました。

なぜこのような事態が発生したのでしょうか。経済の専門家によれば減反政策が主な原因であると分析されています。これに加えて、前年2023年の猛暑が引き起こした玄米の品質低下による精米量の減少も、原因の一つであると考えられています[*1]。また、2024年8月には南海トラフ地震臨時情報が発令され、台風10号も接近したことから災害時の備えとして多くの人が「買いだめ」に走ったことも、品薄を引き起こしました[*2]。

米不足によって需要と供給のバランスが崩れたことで2024年夏以降米の価格は高騰し、2025年も引き続き高値で推移しています。総務省が公表している全国の消費者物価指数によると、米類の物価は2024年夏から急激に上昇しています。物価高の影響もあり、他の穀類やパン、めんなどの物価も上昇していますが、米類は突出しています[*3], (図1)。


図1: 消費者物価(全国)の推移(総務省 消費者物価指数)
出典: 農林水産省 消費者物価(全国)の推移(総務省 消費者物価指数)」(2025)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_kome_ryutu-146.pdf

 

2025年2月の米類の消費者物価指数は182.6ポイント、前年同月と比較すると+80.9%となっています。

気候変動で米不足は深刻化する?
歴史的な高温となった2023年

2023年は記録的な高温となった1年であり、世界の平均気温は統計を開始した1891年以降、約130年間で最高値となりました[*4]。

日本国内では、7月後半から8月にかけて、とくに北日本・東日本を中心に高温となりました。北日本の7月下旬の平均気温平年差は+3.9℃となり、1946年の統計開始以降もっとも高くなり、東日本でも平均気温平年差が+1.9℃で、過去2番目の高温を記録しています[*4], (図2)。

図2: 2023年6月~8月の5日移動平均した地域平 均気温平年差の推移(℃)
出典: 気象庁 気候変動監視レポート 2023」(2024)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2023/pdf/ccmr2023_all.pdf, p.1

8月以降は台風の影響で発生したフェーン現象により、気温が顕著に高い状況が続きました。

新潟県糸魚川市では8月10日の最低気温が31.4℃となり、最低気温の高さとしては全国歴代一位を記録しています[*4]。

6月から8月にかけて稲作がさかんな新潟県や秋田県などがある日本海側や北海道を含む地域が高温となり、平年と比較して+1.5℃以上となっています[*4], (図3)。

図3: 2023年夏の平均気温平年差(℃)
出典: 気象庁 気候変動監視レポート 2023」(2024)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2023/pdf/ccmr2023_all.pdf, p.19

気象庁の異常気象分析検討会では、2023年の記録的な高温には、台風の発生やそれに伴うフェーン現象の影響に加えて、持続的な地球温暖化が寄与していると分析しています[*4]。

猛暑の影響による米の品質低下

「最も暑い夏」となった2023年は、米の高温障害によって1等米の全国平均比率が59.6%となり、同じ条件で調査が開始された2004年以降過去最低となりました。1等米とは、整粒⽐率が70%以上、 被害粒等の割合が15%以下の粒がそろった米のことです[*1]。日本の米どころである新潟県の1等米の比率は13.5%となり、前年と比較して60.9ポイントも減り、都道府県別で最も下落幅が大きくなりました[*5]。

稲は出穂時に高温が続くと、米が白く濁る白未熟粒や内部に亀裂が生じる胴割粒となってしまいます[*5], (図4)。

図4: 整粒(左)、白未熟粒(中央)、胴割粒(右)
出典: サイエンスポータル『最も暑い夏』の影響でコメや野菜、果実に高温被害 異常気象の恒常化で急がれる適応策と支援」(2023)
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20231116_e01/

高温被害を受けた粒は流通段階で取り除かれるため、玄米から精米する際の歩留まりが低下してしまいます。高温障害が発生したことで、2023年は20〜30 万トンもの米の供給が減少したと推計されています[*1]。

2023年に限らず、気候変動による米の品質低下は以前から問題となっており、農林水産省は、高温による農作物への影響を調査しています。過去にも猛暑を記録した2010年と2019年では、2023年と同様に米の一等比率が著しく低下しています[*6], (図5)。

図5: 水稲うるち玄米一等比率の経年変化(全国)
出典: 農林水産省農業生産における気候変動適応ガイド水稲編」(2020)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-131.pdf, p.3

気候変動が水稲に与える影響は、白未熟粒や胴割粒などの形質不良だけでなく、カメムシの越冬やスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の生育区域拡大による虫害の多発、もみ枯細菌病などの病害の増加などがあります[*6], (表1)。

表1: 水稲における気候変動影響の事例
出典: 農林水産省農業生産における気候変動適応ガイド水稲編」(2020)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-131.pdf, p.11

 

このように水稲は高温や多雨などの気候変動の影響を受けやすいことから、以前から対策はとられていました。しかし、近年は気候変動が急速に進展し、対応が間に合わなくなってきています。

もし、品種や移植時期が現行のままで、気候変動が進行すれば、高温障害による影響が頻繁になり、さらに深刻化すると考えられています。次の図6は、このまま気候変動への適応策を取らなかった場合の2041〜2060年頃の米の平均収量予測です[*6]。(図6)。


図6: 2041~2060年の収量予測
出典: 農林水産省農業生産における気候変動適応ガイド水稲編」(2020)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-131.pdf, p.4

この予測では、北日本や東日本の山間部では温暖化による冷害の解消などによって増収が見込まれているものの、東日本平野部から西日本にかけた広いエリアでは米の生育期間の短縮や生育障害による影響によって、収穫は減収すると見込まれています。

日本の米が気候変動に適応していくためには

高温障害に対応するために、暑さに強い品種の開発が進められています。

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)では、「温暖化の進行に適応する品種・育種素材の開発」を実施し、高温に強い水稲品種「にじのきらめき」の育成に成功しています。

「にじのきらめき」は高温でも品質を維持してよく実る、高温登熟耐性品種です。そしてこれまでの高温登熟耐性品種の多くが備えていなかった、イネ縞葉枯病への耐性も持っています。イネ縞葉枯病とは、ヒメトビウンカを媒介して発生する病気で、生育不良や穂の異常を引き起こします。

気温が高くなっても安定して生産できる「にじのきらめき」は、イネ縞葉枯病が多い麦作地帯への普及も見込まれています。やや大粒で茎が短く倒れにくいことから、コシヒカリに比べて15〜30%多く収穫できるうえに、味に関しても同等のレベルであると評価されています[*7], (図7)。

図7: 「にじのきらめき」の成果
出典: 農林水産技術会議暑さに強く、たくさんとれる『にじのきらめき』」
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/seika/2020/r2_seikashu_01.html

2023年の記録的な猛暑で米の品質低下などの被害を受けた新潟県でも、暑さに強い米作りが進められています。

新潟大学刈羽村先端農業バイオ研究センターの研究グループは、高温・高CO₂耐性を有する新品種「新大コシヒカリ」を20年かけて開発しました[*8], (図8)。

図8: 新潟大学が開発した新大コシヒカリ
出典: 新潟大学本学が開発した水稲品種『新大コシヒカリ』令和5年度実証実験の報告記者会見を行いました」(2024)
https://www.niigata-u.ac.jp/news/2024/545224/

「新大コシヒカリ」は、2023年に実施した実証実験でも、異常高温や小雨による渇水などの厳しい条件のなかで、通常の新潟県産コシヒカリよりも良い品質であると証明されています。

新潟大学では品種改良と並行して、水田からの温室効果ガス排出を減らす新大コシヒカリ

栽培方法の研究も進めており、農林水産省の「温室効果ガス削減『見える化』実証事業」において、その削減量が評価されています。暑さに強く環境にやさしい品種の開発は、気候変動への適応と緩和を同時に進めることができる取り組みです。

また、稲作の気候変動への適応策は品種改良だけではありません。

米の高温障害を軽減するために、生産方法に関するさまざまな適応策も実施されています。夏の高温を回避するために、遅植え、直播栽培、晩生品種の利用により出穂期を遅らせる予防的技術と、高温になった際に夜間入水やかけ流し潅漑(かんがい)を実施する対処療法的な技術もあります[*9]。

全国有数の米どころである秋田県では、高温による米の品質低下を避けるための田植え時期の目安の設定や、高温でも成育を促す水管理や適切な堆肥管理、高温対策となる土づくりを推進しています。さらに、栄養診断にもとづいた追肥や葉色の維持などの対応策を県が稲作指導指針として公表し、気候変動への適応策に取り組んでいます[*10]。

気候変動から日本の食卓を守るためには

夏の気温上昇や大型台風の増加など、気候変動の進行は毎年肌で感じるほどになり、日本人の主食である米にもすでに影響が出始めています。気候変動対策を急がなければ、日本の伝統的な食文化が失われてしまうかもしれません。

米の品質を守るために、品種改良や生産方法の工夫などの気候変動への適応が進められています。気候変動への適応も重要ですが、社会全体で温室効果ガス排出削減を実現し、気候変動の進行を食い止める緩和策も同時に進めていかなければなりません。

私たちの食生活を守っていくためには、気候変動への「適応」と「緩和」の両輪で取り組んでいくことが重要です。

 

参照・引用を見る

※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
経済産業研究所「令和コメ騒動の経済分析」(2025)
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/25p002.pdf p.1, p.2, p.3


*2
農林中金総合研究所「高騰する米の価格と今後の食料品価格」(2024)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bullnochuri/2024.11/105/2024.11_16/_pdf/-char/en, p.16


*3
農林水産省 「消費者物価(全国)の推移(総務省 消費者物価指数)」(2025)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_kome_ryutu-146.pdf


*4
気象庁 「気候変動監視レポート 2023」(2024)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2023/pdf/ccmr2023_all.pdf, p.1, p.2, p.3,  p.49


*5
サイエンスポータル「『最も暑い夏』の影響でコメや野菜、果実に高温被害 異常気象の恒常化で急がれる適応策と支援」(2023)
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20231116_e01/


*6
農林水産省「農業生産における気候変動適応ガイド水稲編」(2020)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-131.pdf, p.3, p.4, p.11


*7
農林水産技術会議「暑さに強く、たくさんとれる『にじのきらめき』」
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/seika/2020/r2_seikashu_01.html

*8
新潟大学「本学が開発した水稲品種『新大コシヒカリ』令和5年度実証実験の報告記者会見を行いました」(2024)
https://www.niigata-u.ac.jp/news/2024/545224/


*9
農研機構「温暖化による米の品質低下の実態と対応について」(2024)
https://www.naro.go.jp/laboratory/karc/contents/ondanka/ondanka1/index.html


*10
あすも「水稲(高温等)に関する気候変動の影響と適応策」
https://asmo.pref.akita.lg.jp/contents/p20221003120524

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