2015年に開催されたCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)でパリ協定が採択されて以降、気候変動に関する取り組みが国内外で活発化しています[*1]。
同協定は、気候変動問題を解決するため、地球温暖化を2度、または1.5度に抑制することの必要性を示しています。また、地球温暖化を1.5度未満に抑えるため、2050年前後にネットゼロ(温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとり、正味の排出量をゼロにすること)を目指す必要があるとしています。
ネットゼロの実現に向けて、企業や自治体などの取り組みが不可欠です。これらの取り組みを活発化させるため、各主体の環境インパクトに関する情報開示を促す取り組みとして、CDPを通じた情報開示の取り組みが注目を集めています。
CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)とは、どのような取り組みなのでしょうか。本記事では、CDPを通じた情報開示の仕組みや回答要請に対応するメリットを、中小企業向けCDPと併せて、詳しくご説明します。
CDPとは
CDPの仕組み
CDPは、2000年に設立された国際的な環境非営利組織です。2050年までのネットゼロ及びネイチャーポジティブ(自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること)な世界の実現を目指しており、その目的の達成に向けて、企業や自治体などへ、各主体の環境インパクトに関する情報開示を促しています[*2, *3]。
CDPは、企業等に環境に関する質問書を送付し、質問書への回答を基にスコアリングを行います[*2], (図1)。
図1: CDPの情報開示システム
出典: 一般社団法人CDP Worldwide Japan「CDPからの情報提供」
https://www.env.go.jp/earth/zeb/news/pdf/20220303_cdp.pdf, p.7
スコアリングされた情報は、CDPが運営するプラットフォームで管理され、機関投資家やサプライチェーンメンバーの要請に応じて開示されます。
CDPの情報開示は毎年行われており、回答までのスケジュールについてもCDPのWebサイトで公表されています。2025年のスケジュールを見ると、3月31日の週に質問書と報告ガイダンスのPDF(英語)版が公開され、6月16日の週に回答開始、11月17日の週が回答・修正の提出期限となっています[*4]。
CDP回答企業数の推移
日本におけるCDP回答企業数は、年々増加傾向にあります。
2011年から2021年まで、CDPはFTSEジャパンインデックスという株価指数に該当する企業を中心として選定した500社を中心に質問状を送付していました。2022年からは、気候変動に対する開示要請の対象企業を東京証券取引所のプライム市場上場企業全社(2023年7月末時点で1,834社)としたことで、回答要請対象が拡大しています[*5]。
回答要請の対象拡大に伴い、回答数は2021年から2022年にかけて急激に増加し、2022年には1,000を超えました[*5], (図2)。
図2: 日本におけるCDP回答企業数・回答率の推移
出典: CDP「CDP 気候変動レポート 2023: 日本版」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/001/original/CDP2023_Japan_Report_Climate_0319.pdf.pdf, p.13
2024年は、CDPを通じて全世界で24,800以上の組織が、日本では2,100以上の企業が回答を行うなど、引き続き回答企業数が増加傾向にあります[*6]。
CDPシティとは
自治体向けの情報開示を促す取り組みとして、「CDPシティ」と呼ばれるプログラムも実施されています[*7]。
CDPシティに回答する自治体数も世界的に増加傾向にあり、2011年には48であった参加自治体数が、2023年には1,240まで増えました[*7], (図3)。
図3: 「CDPシティ」プログラムへの参加自治体数推移
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDPシティ2024: 新ポータル紹介と質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/217/original/CDP%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A32024%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.4
また、CDPシティに参加する日本の自治体数も増えています。2021年には189の自治体が参加しており、国別では最大の開示数となっています。
CDPへ回答するメリット
CDPへ回答することで様々なメリットを享受できます[*8]。
CDP回答時には、温室効果ガス排出量などのデータについて、CDPによって認定を受けた検証認定パートナーによる第三者検証を進めることが求められています。CDPに回答するために独立した保証という段階を経ることで、顧客や従業員、消費者、投資家などすべての利害関係者からの信頼性が高まるとともに、ブランドイメージの向上等にもつながります。
また、企業にとって、複数の取引先から異なる質問等を受けるよりも、CDPを介した質問書に事前に回答しておくことで、対応する時間を削減できるというメリットもあります[*9], (図4)。
図4: CDP回答要請に対応するメリット
出典: 一般社団法人CDP Worldwide Japan「CDPサプライチェーン・スキームと認定パートナーの紹介」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/008/322/original/JP_Net_Zero_webinar_3.pdf, p.9
以上のようなメリットに加えて、CDPへの回答を通じて、エネルギーやCO2排出量の多い業務等を明確化し、効率的な削減に向けてターゲットを絞ることができるようになるため、自社のエネルギーコスト改善につなげることができるというメリットもあります[*8]。
さらに現在は、国内外でGRI(Global Reporting Initiative)やSASB(Sustainability Accounting Standards Board, サステナビリティ会計基準審議会)など報告プログラムの数が増えています。
CDPで回答しておけば、他の報告プラットフォームでも使用できるため、データを二度検証する必要がなく、報告にかかるコストや時間を削減することができます。
質問書の内容とスコアリングの仕組み
コーポレート質問書の概要
企業が回答を要請される質問書を「コーポレート質問書」と言います。そのうち、「コーポレート完全版質問書」には13のモジュールがあり、環境課題を集約したモジュール8つ、環境課題固有のモジュール5つから構成されます[*10], (図5)。
図5: CDPコーポレート完全版質問書のレイアウトと構造
出典: CDP「CDP2025コーポレート質問書における主な変更点」
https://downloads.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1U1XgQB7WefCrejavncjPI/00266118773043c4e0fdbdd8a9a818db/CDP_2025_Corporate_Disclosure_JP.pdf, p.4
環境課題固有のモジュールのうち、気候変動・フォレスト・水セキュリティについて2023年までは3つの質問書に分かれていましたが、2024年から一つの質問書に集約されました。また、プラスチック・生物多様性は、後述するSME(中小企業)を除くすべての企業が回答対象となりました[*11], (表1)。
表1: 環境課題固有のモジュールの回答対象企業
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024 コーポレート質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/085/original/CDP2024%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.10
コーポレート質問書では、様々な質問が設定されています。例えば、「環境への依存、影響、リスクと機会について、特定、評価および管理するプロセスがありますか」という質問があります。同質問は、該当するプロセスがあるかどうか選択式で回答し、プロセスがない場合にはその理由を選択・自由記述で記入するという形となります[*11], (表2)。
表2: テーマ横断型質問例1
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024 コーポレート質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/085/original/CDP2024%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.8
その他、「どのように環境リスクと機会が貴社の事業戦略に影響を及ぼしていますか」という質問もあります。同質問では、環境リスクや機会の事業戦略への影響の有無の回答のほか、どの環境課題に影響を及ぼしたのか、具体的な影響内容について記載する形式となっています[*11], (表3)。
表3: テーマ横断型質問例2
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024 コーポレート質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/085/original/CDP2024%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.9
CDPスコアとは
企業への回答を基に算出されるスコアをCDPスコアと言います。CDPスコアは、企業の情報開示と環境パフォーマンスを提供し、報告年度において企業が報告した行動のレベルを示しています[*6], (図6)。
図6: CDPスコア
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024スコア解説資料」
https://assets.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1bam39m9ceH4FJezfggvng/b08bfb57c34ba25c096650d6d0182672/CDP2024%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%82%A2%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E8%B3%87%E6%96%99.pdf, p.5
AからDはそれぞれ、リーダーシップ・マネジメント・認識・情報開示というスコアレベルが与えられています。Aが最も高い水準であり、Aを受けた企業は透明性、パフォーマンスにおけるベストプラクティス(最適な手段を講じていること)と言えます。
なお、Dマイナスの下にさらに、Fがあります。Fは、CDPが評価するうえで十分な情報を提供できなかったことを示し、例えば、署名金融機関から気候変動等について回答要請を受けているものの、無回答だった場合などが当てはまります。
スコアリングの方法
CDPでは、スコアリング基準において各質問の配点が明確に提示されており、質問はいくつかのカテゴリーに分類され、カテゴリー別にスコアが算出されます[*5]
スコアを決定する要素・基準は、企業の属性、スコアリング基準、各スコアレベルの閾値、各スコアレベルの必須条件の4つに大別されます[*6], (図7)。
図7: スコアを決定する要素・基準
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024スコア解説資料」
https://assets.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1bam39m9ceH4FJezfggvng/b08bfb57c34ba25c096650d6d0182672/CDP2024%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%82%A2%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E8%B3%87%E6%96%99.pdf, p.11
まず、環境課題へのインパクトが大きいセクターに該当する企業に対して、セクター別の質問が割り当てられます。質問書セクターごとに、スコアリング基準やカテゴリーごとの重みづけが設定され、それらに基づきスコアが決まります。
また、質問ごとに、AからDまでのCDPスコア(リーダーシップ・マネジメント・認識・情報開示)の各レベルの採点基準が設定されているため、それに基づき採点されます。質問ごとのスコアリング基準の詳細については、CDPのWebサイトで閲覧することができます。
さらに、CDPスコア算出後、各レベルの閾値(境界の値)に従って最終スコアが決定します。そのため、各質問において一定の点数を獲得できていない場合、その質問では次のレベルの評価が実施されません[*5, *6], (図8)。
図8: 各スコアレベルの閾値
出典: CDP「CDP 気候変動レポート 2023: 日本版」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/001/original/CDP2023_Japan_Report_Climate_0319.pdf.pdf, p.10
最後に、CDPスコアでは、各スコアレベルにおいて、次のレベルに達するために満たさなければならない必須要件が設定されています。例えば、C(認識レベル)の必須要件を一つでも満たしていない場合には、最終スコアはD以下となります[*6]。
SME(中小企業)向けCDP
コーポレートSME版質問書とは
先述したように、東京証券取引所のプライム市場に上場している大企業に対してCDP回答要請が送付されますが、SME(中小企業)向けのCDPも実施されています[*12]。
SME版質問書は中小企業のニーズに合わせて調整されており、コーポレート完全版質問書と比べて簡素になっています。SME版質問書に回答できるかどうかは、組織の従業員数と売上高によって決まり、従業員数が1,000名以下、売上高が2.5億ドル以下の組織が回答可能です[*10, *12], (図9)。
図9: SME版質問書を選択可能な組織の基準
出典: CDP「CDP2025コーポレート質問書における主な変更点」
https://downloads.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1U1XgQB7WefCrejavncjPI/00266118773043c4e0fdbdd8a9a818db/CDP_2025_Corporate_Disclosure_JP.pdf, p.5
2024年のSME版質問書では、気候変動に焦点が当てられており、スコアリング対象は気候変動のみとなっています。フォレストとウォーターについてはスコアリング対象ではなく採点はされませんが、開示者が報告を求められた場合や報告に同意した場合のみ提示されます[*12]。
SME版質問書の構成
SME版質問書は、8つのモジュール(モジュール14~21と表示)から構成されます[*12]。
質問書は、モジュール14のイントロダクションから始まり、モジュール21の最終承認までとなっています[*11], (表4)。
表4: SME版質問書の構成
出典: 一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024 コーポレート質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/085/original/CDP2024%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.32
SME版質問書のスコアリング
SME版質問書では、コーポレート完全版質問書と同様に、SME情報開示、SME認識、SMEマネジメント、SMEリーダーシップの4つのレベルで評価されます。なお、SME版質問書の導入が開始された2024年には、SMEリーダーシップを除く3段階でスコアリングされました[*12]。
SME版質問書もコーポレート完全版質問書と同様に閾値システムが採用され、あるレベルで最低要件を満たすことができれば、その上のスコアリングレベルに移行することができます。このアプローチにより、一部の分野にだけ特化していて他の分野のパフォーマンスが不十分であるという状態を抑制することができています[*12], (表5)。
表5: 2024年のSME版質問書スコアリング
出典: CDP「CDP 2024 コーポレートSME版質問書」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/628/original/CDP2024%E3%82%B%A7%E3%83%B3.pdf, p.8
まとめ
本記事では、CDPに企業等が回答するメリットや、コーポレート質問書の内容、スコアリングの方法、SME(中小企業)向けCDPについて解説してきました。
質問書の内容や回答までのスケジュール等はCDPのWebサイトで毎年公開されます。機関投資家やサプライチェーンメンバーなどの環境に関する情報提供の要請に対応するため、CDPの活用を検討してみるのはいかがでしょうか。
参照・引用を見る
※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
株式会社朝日新聞社「ネットゼロとは? 実現に向けた方法や取り組み、企業事例を紹介」
https://www.asahi.com/sdgs/article/14937445?msockid=0a6597da993b6dd20eac85b298416c64
*2
一般社団法人CDP Worldwide Japan「CDPからの情報提供」
https://www.env.go.jp/earth/zeb/news/pdf/20220303_cdp.pdf, p.4, p.7
*3
環境省「ネイチャーポジティブ」
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240214.html
*4
CDP「2025開示サイクル」
https://www.cdp.net/ja/disclosure-2025
*5
CDP「CDP 気候変動レポート 2023: 日本版」
https://cdn.cdp.net/cdpproduction/comfy/cms/files/files/000/009/001/original/CDP2023_Japan_Report_Climate_0319.pdf.pdf,p.10, p.12, p.13
*6
一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024スコア解説資料」
https://assets.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1bam39m9ceH4FJezfggvng/b08bfb57c34ba25c096650d6d0182672/CDP2024%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%82%A2%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E8%B3%87%E6%96%99.pdf, p.5, p.6, p.7, p.11, p.12, p.13, p.17, p.18, p.22
*7
一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDPシティ2024: 新ポータル紹介と質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/217/original/CDP%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A32024%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.4, p.5
*8
CDP「環境データの第三者検証によるビジネス上のメリット」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/008/897/original/231207_CDP_Verification_White_Paper_J.pdf, p.4, p.5
*9
一般社団法人CDP Worldwide Japan「CDPサプライチェーン・スキームと認定パートナーの紹介」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/008/322/original/JP_Net_Zero_webinar_3.pdf, p.9
*10
CDP「CDP2025コーポレート質問書における主な変更点」https://downloads.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/1U1XgQB7WefCrejavncjPI/00266118773043c4e0fdbdd8a9a818db/CDP_2025_Corporate_Disclosure_JP.pdf, p.4, p.5
*11
一般社団法人CDP Worldwide-Japan「CDP2024 コーポレート質問書概要」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/085/original/CDP2024%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E8%B3%AA%E5%95%8F%E6%9B%B8%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf, p.4, p.8, p.9, p.10, p.30, p.32
*12
CDP「CDP 2024 コーポレートSME版質問書」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/628/original/CDP2024%E3%82%B%A7%E3%83%B3.pdf, p.5, p.6, p.7, p.8