地政学とはなにか 自然環境に与えるリスクと影響を確認し環境政策を考察してみよう

現在、世界では石油資源をめぐる奪い合い、レアメタルなど希少資源をめぐる途上国への先行投資争いなど、様々なレベルで対立が発生しています。

これらの対立は、資源の豊かさなど各国の地理的要因に起因する問題も多くあります。
このように、地理的要因により生まれる諸問題は「地政学リスク」と呼ばれ、環境問題にも大きな影響を及ぼすことがあります。

では、実際に世界では、どのような地政学リスクが発生しているのでしょうか。
また、地政学リスクは環境問題にどのように影響を及ぼすのでしょうか。

地政学とは

地政学には様々な定義がありますが、

「地政学とは国際政治の地理、特に自然環境(位置、資源、領域など)と外交政策の行為との関係に関する」

学問のことを言います[*1]。

例えばエネルギー政策は、石油や石炭などの原料調達に向けて各国で調整を行うため、外交政策に深く関連します。
このように、自然環境と外交政策は密接に関連しており、それらの関係性を研究する学問を地政学と言います。

また、地政学を研究する上での重要な視点として、政治、軍事、経済の影響があります。

これら3つの影響と地理的要因がどのように作用するのかを世界全体というマクロな視点で分析することに地政学の意義があります。

地政学リスクとは

地理的な関係による政治的、軍事的、経済的な緊張の高まりが、その地域や世界全体に悪影響を与えうるリスクのことを、「地政学リスク」と言います。

主な地政学リスクとして例えば、英国のEU離脱や、シリア問題、北朝鮮の核・ミサイル問題など様々な問題が挙げられます(図1)。

図1: 市場が注視する主な「地政学リスク」
出典: 一般社団法人 日本経済調査協議会「地政学リスクの時代と日本経済」
https://www.nikkeicho.or.jp/new_wp/wp-content/uploads/tiseigaku_houkokusho1.pdf, p.2

最近では、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大も、地政学的な影響をもたらしていると言えます。

図2: 世界中で高まる地政学リスク
出典: PwC Japan「地政学リスクマネジメント対応支援」
https://www.pwc.com/jp/ja/services/geopoliticalrisk.html

新型コロナウイルス感染症の拡大により、ワクチンの普及・経済復興における格差の拡大や、米中関係の悪化など様々な問題が生じるとされています(図2)。

さらに、地政学リスクは貿易上の保護主義の増加や規制、市場の変化など国だけでなく、企業へも様々な影響を及ぼします。

そのため、サプライチェーンの再構築や事業の撤退など、企業もリスクを総合的に理解した上での対応が不可欠となります。

地政学リスクと各国の環境政策との関連性

地政学リスクは資源調達やエネルギー政策など環境問題とも密接な関連があります。

持続的な経済成長のためには、エネルギーの安定供給が不可欠となります。

実際、自然界から直接得られる一次エネルギーの消費量と1人当たりの名目GDPには、正の相関関係(1人当たりの名目GDPが高ければ高いほど、一次エネルギー消費量も高くなる傾向)があります。

図3: 1人当たりの名目GDPと一次エネルギー消費(2018年)
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第2部 エネルギー動向 第2章 国際エネルギー動向」https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.169

また、世界のエネルギー消費量は年々増加傾向にあります。
特に、石炭や石油、ガスのように原料調達が必要な天然資源由来のエネルギーの消費割合は84.7%と高くなっています。

図4: 世界のエネルギー消費量の推移(エネルギー源別、一次エネルギー)
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第2部 エネルギー動向 第2章 国際エネルギー動向」https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.169

石油や石炭などを一次エネルギーとして多く消費する傾向は日本も同様で、例えば、2018年度の一次エネルギー供給構成は、85.5%のエネルギー源が化石燃料(石炭、石油、LNG)でした(図5)。

図5: 日本の一次エネルギー供給構成の推移 
出典: 資源エネルギー庁「2020-日本が抱えているエネルギー問題(前編)」https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2020_1.html

このように、エネルギー源の大半を占める化石燃料ですが、日本ではそのほとんどを海外から輸入しており、特に原油については、およそ92%を政情が不安定な中東地域から輸入しています(図6)。

図6: 日本の化石燃料輸入先(2019年)
出典: 資源エネルギー庁「2020-日本が抱えているエネルギー問題(前編)」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2020_1.html

図7: 中東情勢の不安定化
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第1部 エネルギーをめぐる状況と主な対策 第2章 災害・地政学リスクを踏まえたエネルギーシステム強靱化」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_1_2.pdf, p.29

実際、中東ではタンカーの爆発や石油施設への攻撃など中東情勢の悪化につながる様々な事案が発生しています(図7)。

また、石油輸出国で構成されるOPEC(石油輸出国機構)加盟国による協調減産やイラン産原油の禁輸措置による原油価格の上昇など、地政学リスクが日本のエネルギー資源調達に深く影響していると言えます[*2]。

石油地政学リスクに伴う原油価格への影響

具体的に、世界各国の政治的思惑によって、原油価格はどのように変化しているのでしょうか。

原油価格や生産量は、国際情勢や各国の政治的思惑によって大きく変動します。
例えば、中東諸国など原油生産国は、より高い値段で石油を輸出するために、「減産」と呼ばれる供給量を減らすことによってしばしば価格調整を行います。

また、石油産業が活発なアメリカでも、自国の石油産業を守るため減産を原油生産国に求めることがあります。

実際、トランプ前政権時には、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって失速した石油産業の支援のため、大幅な減産要求をロシアやサウジアラビアに行っています[*3]。

その結果、一時は史上初のマイナス価格を記録していたWTI先物価格(ウエスト・テキサス・インターミディエート先物価格。北米における原油の価格指標の一つ)が、6月以降は40米ドルまで回復しました(図8)。

図8: WTI原油価格
出典: 株式会社アイフィスジャパン「原油市場の2020年の振り返りと今後の見通し 需要回復により緩やかな上昇予想も、協調破綻がリスク」
https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/smam-02/129449

また、中東における武力攻撃や禁輸措置、OPEC(石油輸出国機構)ブラスによる減産措置によっても原油価格は変動します。

例えば、2019年9月14日に発生したサウジ石油施設攻撃の影響により石油の生産が一時停止したため、原油価格は一時65米ドル/バレルを超えました(図9)。

図9: 原油価格の推移(2017年~2020年2月)
出典: 国際環境経済研究所「原油価格の決定要因を考察する」
https://ieei.or.jp/2020/04/expl200402/

地政学リスクによる各国のエネルギー政策への影響

石油の供給は、中東諸国に大きく依存しており、2018年末時点で確認されている原油埋蔵量も、中東が48.3%と最も高い割合となっています。

図10: 世界の原油確認埋蔵量(2018年末)
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第2部 エネルギー動向 第2章 国際エネルギー動向」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.172

前述したように、石油の供給量や価格は中東情勢に大きく左右されており、エネルギー政策には大きなリスクとなっています。

そこで、リスク分散のため各国は、自然エネルギーの普及促進や、従来型の石油とは異なる手法を用いて生産されるシェールオイルの実用化に向けて取り組んでいます。

例えば、日本では、FIT(固定価格買取)制度の実施などにより、2010年には9.8%であった自然エネルギー比率が、2019年には19.2%まで上昇しています。

図11: 日本国内での自然エネルギーおよび原子力の発電電力量の割合のトレンド
出典: 環境エネルギー政策研究所「【速報】国内の2019年度の自然エネルギーの割合と導入状況」
https://www.isep.or.jp/archives/library/12745

また、アメリカやロシア、中国などでは、従来型の石油の代替手段として、シェールオイルが実用化されつつあります。

図12: EIAによるシェールオイル・シェールガス資源量評価マップ(2013年)
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第2部 エネルギー動向 第2章 国際エネルギー動向」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.173

特にアメリカでは、シェールオイルの生産量が年々増加しており、2009年に1日当たり91万バレルの生産量だったのが、2018年には655万バレルにまで増加しています[*4]。

現段階では、その国内需要全てをシェールオイルで賄うことはできていませんが、将来的には世界各国のエネルギー政策に関連する外交戦略が大きく変化することが予想されます。

地政学リスクが環境問題に与える影響

地政学リスクは各国の環境政策に大きく影響しますが、環境政策の転換によって環境問題にも間接的に影響を及ぼしています。

環境政策の転換は、環境に対して良い影響を及ぼすこともあれば、悪影響を及ぼすこともあります。

そこでここでは、アメリカのシェールオイル・シェールガスの事例と、日本の水素エネルギーの事例について見ていきたいと思います。

アメリカのシェールオイル開発によって引き起こされる環境問題

シェールオイルとは、頁岩(シェール層)に残留している原油のことを指します。

シェール層にはシェールガスと呼ばれる天然ガスも残留しており、同じ採掘方法でシェールオイル、シェールガスを採取できるとされています。

地政学リスクの軽減のためにアメリカ国内において実用化が進んでいるシェールオイルとシェールガスですが、その採取工程において環境問題を引き起こしうる懸念が指摘されています。

図13: シェールガス開発によって生じる環境問題
出典: 丸紅経済研究所「シェールガス開発の陰で深刻化する環境問題の現実」
https://www.marubeni.com/jp/research/report/industry/global/data/Diamond140902SS.pdf, p.2

シェールオイルとシェールガス開発によって水資源の枯渇や水質汚染、大気汚染など様々な環境問題が生じうるとされています。

例えば、水資源の枯渇については、現在の採取技術は、シェール層に割れ目を作るために大量の水を使用し、1度の水圧粉砕によって最大1900万リットルの水が使用されるとされています。

そのため、周辺地域の飲料水や農業用水等が使えなくなると言った影響が指摘されています(図13)。

日本における水素エネルギーの活用

地政学リスクに対応するための政策の転換は、環境問題に悪影響を与えるだけではなく、プラスの面を引き起こすこともあります。

例えば、日本では2017年12月に、国家戦略として「水素基本戦略」が打ち出されました。「水素基本戦略」では、目的の一つとして海外に大きく依存する化石燃料における地政学リスクを軽減するため、水素エネルギーの利用拡大を目指すとしています[*5]。

図14: 水素エネルギーとは
出典: 資源エネルギー庁「水素エネルギーとは?」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/hydrogen/about/

水素は、利用時にCO2(二酸化炭素)を排出しません。また、製造時にも自然エネルギー技術を組み合わせて活用することによって、製造全体でもCO2フリーのエネルギー源となりうるとされており、化石燃料の代替手段として期待されています[*5]。

地政学リスクと環境問題のこれから

環境問題は、各国の政治的・地理的要因が入り混じる地政学リスクの影響を受けやすい分野です。

特に、エネルギー資源問題については、地政学リスクの軽減という観点から、シェールオイルや水素エネルギー、自然エネルギーなど、従来の化石燃料とは異なる様々な代替手段の開発や実用化を各国が進めています。

グローバル化の進展に伴い、今後は政府だけでなく民間レベルでの地政学リスクへの対応も求められてきます。

政府と企業が連携して地政学リスクに対応していくことが、地政学リスクに関連した環境問題に対応するための鍵となるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1

ジュロイド・オツァセール、ジョン・アグニュー(森崎正寛、高木彰彦訳)「地政学と言説-アメリカの外交政策にみられる実践的な地政学論-」

http://lit.osaka-cu.ac.jp/geo/pdf/space03/11otuathail.pdf, p.156

 

*2

株式会社アイフィスジャパン「原油市場の2019年の振り返りと20年の見通し 協調減産や景気鈍化の底入れから緩やかな上昇へ」

https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/smam-02/115034

 

*3

中東協力センターニュース「新たな石油地政学の行方」

https://www.jccme.or.jp/11/pdf/2020-06/josei02.pdf, p.23

 

*4

資源エネルギー庁「エネルギー白書2020 第2部 エネルギー動向 第2章 国際エネルギー動向」

https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.175

 

*5

再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議「水素基本戦略」

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisei_energy/pdf/hydrogen_basic_strategy.pdf, p.1, p.9

 

 

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