送電ロスがゼロになる? 超電導送電の最新動向を紹介

発電所で作られた電気は、日々、送電線を通じて、家庭や企業に送られています。

しかし、送電線には電気抵抗(電気の流れにくさ)があります。電流を流すと熱が発生するため、消費者に届くまでに電気の損失が生じます。この損失のことを「送電ロス」と言います[*1]。

日本では現在、約5%の送電ロスが発生していると言われています。これは、年間で約458.07億kWhにもなり、100万kW級の発電所がフル稼働した場合に5年以上かかる計算になります。

エネルギーの効率的な利用に向けて、この送電ロスの軽減が求められています。近年、送電ロスをゼロにするための取り組みとして、「超電導送電」と呼ばれる技術が注目を集めています。

超電導送電とは、どのような技術なのでしょうか。実用化に向けた国内外の最新動向と併せて、詳しくご説明します。

 

送電の仕組み

現在の日本の電力システムは、電気を効率的に運ぶため、特別高圧、高圧、低圧と電圧を変えながら発電所と消費者を結んでいます[*2], (図1)。

図1: 発電所と消費者を結ぶ電気の流れ
出典: 電力広域的運営推進機関「電力ネットワークの仕組み」
https://www.occto.or.jp/grid/public/shikumi.html

先述したように、電気抵抗のある送電線に電流を流すと熱が発生します。そこで、変電所において徐々に電圧を下げながら送電することで発熱を抑え、送電ロスを軽減させています[*3]。

 

諸外国における送電ロスの現状

アメリカにおける送電ロスは約6%、ドイツでは約5%。途上国では、インドが約19%、ブラジルが約16%、ハイチ、イラク、コンゴ共和国などでは50%を超えていると言われており、送電ロスは世界全体の課題と言えます[*4, *5], (図2)。

図2: 各国の送電ロスと電力事業体のコスト回収率
出典: 独立行政法人 国際協力機構「JICAのエネルギー分野取組について~大洋州、中東・アフリカの事例を中心に~」
https://www.nedo.go.jp/content/100938544.pdf, p.12

特に、サブサハラ・アフリカ地域(サハラ以南のアフリカ地域)では電力事業におけるコスト回収率が低いため、送配電設備への投資に回せないという課題があります。その結果、送電ロスが高くなり、年間停電時間も長くなるという悪循環に陥ってしまっています[*5]。

 

超電導送電とは

脱炭素の推進に向けては、発電した電気を効率的に使用するため、送電ロスをいかに減らすかがカギとなります。そこで近年、送電ロスをゼロにする取り組みとして、超電導送電と呼ばれる技術が注目を集めています[*1]。

超電導送電は、高温超電導材料でケーブルを製造し、液体窒素で冷却しながら送電を行う技術です[*6]。

超電導とは、特定の金属や化合物が一定温度以下で電気抵抗がゼロになる現象のことで、この原理は既に医療機器を中心に多くの製品で活用されています。

既に実用化されている超電導機器の多くは、液体ヘリウム温度(-269℃)で超電導状態になる物質が使われているため、冷却コストが高いという欠点があります。

しかしながら、1986年以降、より高い温度(-196℃)で超電導状態になる「高温超電導」と呼ばれる物質が次々と発見されました[*6], (図3)。

図3: 超電導材料の変遷
出典: 株式会社三菱総合研究所「超電導技術の将来展望」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180807.html

冷却コストが小さくできるようになったことで、近年、省エネを目的とした電力インフラ機器での活用が拡がっています[*6], (図4)。

図4: 超電導技術を活用した製品
出典: 株式会社三菱総合研究所「超電導技術の将来展望」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180807.html

このうち、超電導送電について、既にケーブルとして実用化レベルに達しているものとしては、「ビスマス系」と「イットリウム系」の2つの物質が挙げられます。

ビスマス系は、既存の圧延プロセス(ロールの間に材料を挟み圧力によって薄く延ばす加工法)と同様の技術を利用できるため、製造が容易とされています。

一方で、イットリウム系は、複雑なプロセスを利用して製造するため手間はかかりますが、電流密度が大きく大電流を流せるという特徴があります。

 

超電導送電の課題

超電導を使った電力ケーブルの市場規模は、2030年に国内で約100億円、世界では400億円にまで拡大すると予測されていますが、普及に向けた課題が山積しています[*6]。

まず、超電導送電で使われる個々のハードウエアをインフラ設備としてシステム化する際の課題が挙げられます。

高温超電導を使ったケーブル自体は、既に多くの実証実験を経て実用化レベルに達しています。しかし運用中に損傷があった場合、既存のケーブルとは異なり、単に交換するだけでなく、冷却器の停止や再開なども考慮する必要があり、安全対策等これまでの送電技術にない問題を検討する必要があります。

また、冷却機の設置や工事費など初期コストがかかることで、すぐに導入に踏み切れないという課題もあります。

設置場所や機器などの条件によって異なりますが、これまでの研究では、既存の送電線コストよりも1km当たりのコストが高くなると試算されています[*7], (図5)。

図5: 超電導ケーブルと従来型送電線のコスト比較
出典: 中部大学 超伝導センター「超電導直流送電(SCDC)の技術開発の現状と動向」
https://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/autonomy/roads/03/2-sankou-02.pdf, p.14

従来型送電線の場合、電力広域的運営推進機関の試算では1km当たり4.8~9.1億円。一方で、超電導ケーブルでは、最も安価でもS4L研究会の試算で1km当たり13億円となっています。

 

超電導送電の実用化に向けた国内外の取り組み

コストや導入の部分で課題を抱える超電導送電ですが、近年、国内外で実用化に向けた実証事業等が積極的に行われています。

超電導送電の商用化を目指した海外の取り組み

商用化に向けて既に超電導送電の稼働を開始している海外の事例として、中国の上海市における取り組みが挙げられます[*8]。

2021年12月、上海市において世界初の35キロボルト・キロメーター級超電導ケーブルモデルプロジェクトの運用が始まりました。220キロボルトの変電所2基を連結し、路線の総延長は約1.2km。運用開始時点で超電導送電の中でも世界最大の伝送容量を持つ最長距離の完全商用ベースのプロジェクトとなっています。

民間プラントにおける導入に向けた国内での取り組み

日本国内でも、超電導送電の導入に向けた取り組みが行われています。

例えば、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、昭和電線ケーブルシステム株式会社、BASFジャパン株式会社は、2020年11月から2021年9月にかけてBASFジャパン戸塚工場において、超電導ケーブルシステムを民間プラントに導入する世界初の実証試験を実施しました[*9], (図6)。

図6: 工場構内への超電導ケーブル敷設状況
出典: 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初、民間プラント実系統に三相同軸型超電導ケーブルシステムを導入する実証試験を完了」
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101496.html

同試験では、液体窒素によるケーブル冷却等に伴う信頼性・安全性の検証とともに、運用コストの算出が行われました。試験の結果、超電導ケーブルシステムを大規模電力を使うプラントに採用することにより、従来に比べ送電時の損失を95%以上削減する目途が立ったほか、CO2排出削減効果も確認されています。

鉄道部門における導入に向けた国内での取り組み

近年では、電車を動かす電力を超電導ケーブルで供給するシステムの実証実験も行われています[*10]。

例えば、鉄道総合技術研究所は、車両に電気を送り届ける「き電線」へ超電導技術を適用するため、システムの開発及び実証実験を実施しています[*11], (図7)。

図7: 中央線沿いに敷設した超電導き電ケーブル
出典: 公益財団法人 鉄道総合技術研究所「超電導き電システムの開発」
https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd79/rd7970/rd79700101.html

既に東京メトロ丸ノ内線や中央線など複数の路線で試験を実施しており、2024年3月には、伊豆箱根鉄道駿豆線大仁駅に同システムを設置しました[*10, *12], (図8)。

図8: 大仁駅に導入されたシステムの概要
出典: 公益財団法人 鉄道総合技術研究所、伊豆箱根鉄道株式会社「超電導き電システム送電による世界初となる営業線運用検証を開始します」
https://www.rtri.or.jp/press/d2sij10000000akg-att/20240313_001.pdf, p.1

営業列車の運行に適用するのは世界初であり、変電所とそのメンテナンスの削減等が期待できます。

 

今後の展望

このように、様々な場面で超電導送電が活用されるようになれば、脱炭素化の推進につながります。

また、超電導送電を利用すれば、再生可能エネルギーのさらなる普及にもつながります。例えば、太陽光発電の巨大なシステムをサハラ砂漠につくり、その電気を超電導送電によって世界中に届ける「サハラ・ソーラー・ブリーダー計画」という構想も検討されています[*1], (図9)。

図9: サハラ・ソーラー・ブリーダー計画
出典: 国立研究開発法人 科学技術振興機構「送電ロスをゼロにする超電導線材」
https://www.jst.go.jp/seika/bt13-14.html

超電導送電自体は既に確立された技術であり、本格的な普及期を迎える準備も整っています。今後は、いかにして既存の送電システムから超電導送電に代替していくかが成功のカギと言えるでしょう[*6]。

 

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参照・引用を見る

*1
国立研究開発法人 科学技術振興機構「送電ロスをゼロにする超電導線材」
https://www.jst.go.jp/seika/bt13-14.html

*2
電力広域的運営推進機関「電力ネットワークの仕組み」
https://www.occto.or.jp/grid/public/shikumi.html

*3
電気事業連合会「電気が伝わる経路」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/souden/keiro/

*4
ローム株式会社「電気の旅 ~家庭や身近な機器に電気が届くまで~」
https://www.rohm.co.jp/blog/-/blog/id/9390904

*5
独立行政法人 国際協力機構「JICAのエネルギー分野取組について~大洋州、中東・アフリカの事例を中心に~」
https://www.nedo.go.jp/content/100938544.pdf, p.12

*6
株式会社三菱総合研究所「超電導技術の将来展望」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180807.html

*7
中部大学 超伝導センター「超電導直流送電(SCDC)の技術開発の現状と動向」
https://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/autonomy/roads/03/2-sankou-02.pdf, p.14

*8
中国国際放送局「世界初の35キロボルト・キロメーター級超電導ケーブル、上海で運用開始」

https://japanese.cri.cn/20211223/34e4797c-d374-ff3e-e9d4-61c5ef6f3fca.html

*9
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初、民間プラント実系統に三相同軸型超電導ケーブルシステムを導入する実証試験を完了」
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101496.html

*10
株式会社日経BP「営業列車で“世界初”の超電導送電、人手不足にも効く理由とは」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nmc/18/00011/00254/

*11
公益財団法人 鉄道総合技術研究所「超電導き電システムの開発」
https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd79/rd7970/rd79700101.html

*12
公益財団法人 鉄道総合技術研究所、伊豆箱根鉄道株式会社「超電導き電システム送電による世界初となる営業線運用検証を開始します」
https://www.rtri.or.jp/press/d2sij10000000akg-att/20240313_001.pdf, p.1

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