自然エネルギーによる発電の中でも太陽光発電は近年、急激に導入量が増えています。企業だけでなく住宅の屋根に太陽光パネルを設置する家庭での発電も広がり、最も身近な自家発電ともいえます。
しかし、太陽光など自然エネルギーから生まれた電力はCO2削減効果があるぶん、火力発電などで作られた電力よりも環境価値があるにもかかわらず、その価値は実際いくらになるのか、という細かい評価はされていないのが現状です。
そこで、太陽光などで発電した電力の価値に具体的な金額をつけ、発電する企業や個人などが自由に売買できるシステムの構築が始まっています。これが電力シェアリングです。
太陽光発電の「2019年問題」と電力流通改革
太陽光発電の導入は順調な増加傾向にありますが、2019年は自然エネルギー電力の買取形式が大きく変わる年です。電力シェアリングはこの延長上にあると言っていいでしょう。
太陽光発電を普及させた固定価格買取制度
近年の太陽光発電が急増してきた背景は、2009年11月に施行された余剰電力買取制度から始まります。これは自然エネルギーの普及をはかり、家庭の太陽光パネルなど、太陽光発電による余剰電気を電力会社が固定した価格で買い取ることを義務付けた制度です。
また2009年は発電設備を購入する際の補助金制度が復活した年でもあります。発電システムの設置費用が下がったことで太陽光発電を導入する家庭や企業が増えました。
そして、2012年に余剰電力買取制度がFIT(固定価格買取制度)へ移行し、発電した電力の全量を高い値段で売電できるようになると、太陽光発電そのものがビジネス化され、非家庭分野での発電がさらに加速しました(図1)。
図1 太陽光発電の国内導入量とシステム価格の推移
出典:「エネルギー白書2019」資源エネルギー庁
しかし、固定価格買取制度には問題が出てきます。まず、電力買い取りにかかる費用は「再エネ賦課金」として国民が払う電気料金に上乗せされています。買い取り量が増えるにつれ国民の負担も重くなり、2017年度では買取費用が2兆7045億円、それにともなう賦課金は2兆1404億円にまで膨らみました(図2)。
図2 固定価格買取制度導入後の賦課金などの推移
出典:資源エネルギー庁
一方、制度の開始以降、太陽光発電設備はバブルとも呼べる勢いで急増したため、自然エネルギーの普及促進が目的である買取単価は年々引き下げられました。その結果、太陽光発電の新規導入は、住宅が2014年、非住宅は2015年をピークに減少に転じています(表1、2)。
契約年度 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 |
非住宅 (10kW以上) | 40円/kWh | 36円/kWh | 32円/kWh | 27円/kWh | 24円/kWh | 21円/kWh | 18円/kWh |
住宅用 (10kW未満) | 40円/kWh | 36.2円/kWh | 34.3円/kWh | 30.6円/kWh | 28.7円/kWh | 25.9円/kWh | 24.1円/kWh |
表1 太陽光発電電力の買取価格推移(税抜)
資源エネルギー庁の資料をもとに作成 *1
2013年度 (7月~3月末) | 2014年度 | 2015年度 | 2016年度 | 2017年度 (10月末まで) | |
非住宅 | 17,407件 70.4万kW | 103,062件 573.5万kW | 154,986件 857.2万kW | 116,700件 830.6万kW | 45,373件 336.1万kW |
住宅 | 211,005件 96.9万kW | 288,188件 130.7万kW | 206,921件 82.1万kW | 187,721件 85.4万kW | 91,098件 44.7万kW |
表2 太陽光発電設備の導入量(運転開始したもの)
経済産業省の資料をもとに作成*2
太陽光発電の「2019年問題」とは
その買取制度の終了を迎える発電所が、今後徐々に増えていきます。
というのは、固定価格での電気の買い取りは10年あるいは20年という定期契約のため、買い取りが始まった2009年に電力会社と10年契約を結んだ家庭や事業所が、まず2019年に契約満了となります。
それでは2019年以降、自然エネルギーでの自家発電は利益にならないのか?設備投資は回収できずに終わるのか?という懸念が広がり、これが「2019年問題」と呼ばれるようになりました。
自然エネルギー発電の流通はどう変わるのか
そして現在打ち出されているのが、売電先の自由化です。
2019年11月以降、固定価格買取制度の契約を終えた発電者は、売電先を自由に決められるようになります。これまでの大手電力会社だけでなく、電力小売の自由化後に参入したいわゆる新電力会社などに売電することも可能ですし、蓄電池や電気自動車を利用して自給自足的に使うこともできます。
経済産業省が専門のホームページで、2019年11月以降の売電方法などについて説明しています。
電力シェアリングは「自然エネルギーの価値」の売買
固定価格買取制度は、費用を電気使用者全員で負担することで、自然エネルギーでの発電を促進するという狙いでした。結果として太陽光を中心に発電施設の設置は増え、国内の消費電力に占める自然エネルギーの割合も増えていますが、国民負担が大きくなっていることもあり、持続可能性には疑問が残っていました。
実際、経済産業省は2019年6月になって、事業所からの固定価格買取制度を終了させる方向を検討しています。
そこで、制度終了後も自然エネルギーでの発電に価値を与え、多くのビジネスチャンスを作り上げることで自然エネルギー発電を持続させようというのが電力シェアリングです。
電力シェアリングのしくみ
まず、電力シェアリングのしくみについて、環境省の実証実験を例にとって説明します。
実験は「家庭で発電した太陽光電力を、レンタル電動バイク事業で使う」というものです。
この実験では、発電者は神奈川県川崎市と鳥取県米子市の個人宅、そして利用者は香川県小豆島の電動バイクレンタルサービス業者です。
この実験では1kWあたり3円で売買取引が成立しました。*3 *4
図3 ソフトバンク「環境省の「平成30年度ブロックチェーン技術を活用した再エネCO2削減価値創出モデル事業」における電力シェアリング社の提案の採択について」より
このように、離れた土地での電力の売買を可能にしたのは、ブロックチェーンの技術です。
ブロックチェーン技術を使った電力シェアリングとは
仮想通貨の取引にも使われるブロックチェーンの最大のメリットは、誰がどのような取引をしているかという情報が透明化されることです。
電力は目に見えるものではありませんので、ひとたび大手電力会社の電線網に入ってしまうと、発電者とその量はわかりません。
しかし、ブロックチェーン技術を使うことでこの情報が可視化されます。
太陽光電力にはもともとCO2削減効果という付加価値がありますので、発電者と利用者の情報が明らかになることで、この「付加価値」を取引できるというわけです。
例えば有名タレントが自宅で太陽光発電した電力の環境価値を購入できる、となればそこには高値が付くかもしれません。逆に発電者は、どこで使われるかがわかることで自家発電の価値を感じるでしょう。
実験では、発電量を1分単位で計測し、1分ごとに生まれる「環境価値」を売買するプラットフォームを作ることで、結果的に自然エネルギー発電をシェアするというしくみを作り上げました(図3)。
大手企業も続々参入
このような電力シェアリングのプラットフォームを作り上げるための技術開発が、国内の企業間で進んでいます。
大手電力会社だけでなく、電気自動車(EV)で参加するトヨタ*5、システム構築を試みる富士通*6、通信技術で参入を狙うソフトバンク*7など大手企業をはじめ、業種を超えた連携のもとで様々な実験が行われています。
海外での「地産地消」電力シェアリング
海外の電力シェアリングの例を見ていきましょう。日本とは少し事情は違いますが、ひとつはバングラデシュで開発が進んでいるプラットフォームです。
バングラデシュの農村部では、電力が行き渡らない地域が多く存在しました。
2005年ごろから小型の太陽光発電装置(SHS=Solar Home System)が普及しはじめ、自家発電する家庭も出てきましたが、決して安いものではないため購入できない世帯も多くあります。
写真:インフラ開発公社(IDCOL)
そこで、ドイツの起業家が現在、発電施設を持つ家庭から持たない家庭へ電力を販売するシステム作りに取り組んでいます。
発電システムは2016年現在で累計400万世帯が導入しているため、十分な市場規模と言えるでしょう。*8 *9
また、アメリカ・ニューヨーク州のブルックリン地区の一部では、太陽光発電設備を持つ家庭と設備を持たない隣人同士で、電力の売買を成立させています。
「ブルックリン・マイクログリッド」とよばれるこのシステムでは、独自に小規模な送電線を敷設して運用されていて、単に自然エネルギー電力を共有するだけでなく、災害時の備えとしても期待されています。*10
日本でも、独自の電線網を持つ電力シェアの形を取り入れる場所が出てくるかもしれません。
電力シェアリングがもたらす経済効果
海外の事例を見ても明らかになるのは、電力シェアリングには新しいビジネスチャンスや経済効果があることです。どのようなものなのか見ていきましょう。
ベンチャー企業の参入
環境省のモデル事業や各社が進めている技術開発には、多くのベンチャー企業が参加しています。
電力シェアリングのプラットフォーム構築には、じつに様々な技術を必要とします。発電施設やメーターといった「モノ」だけでなく、発電者と使用者の双方に有益になるようなマッチングモデルを開発しなければなりません。これは大企業だけでなし得ることではなく、ベンチャー企業にとっては大きなビジネスチャンスです。
また、発電者の電力利用方法が多様化することで、蓄電池やEVの普及が進む可能性もあります。発想の数だけ商機が存在します。
電力の「地産地消」を地域経済の救世主に
また、電力流通を大きく変えるもうひとつのポイントとしては、電力の地産地消、あるいは地方から中央への売電が可能になることが挙げられます。
これまでの電力流通では、地方の土地で発電された電力で収益を上げるのは、その発電施設の持ち主である一部の企業でした。しかし電力シェアリングが進み、自然エネルギーの価値そのものが売買されるようになると、地域の人々が自分たちで保有する発電所で発電した電力を地方の事業者が買い取ることでひとつの経済圏が出現します。
自然エネルギーは都市部以外に豊富に存在しますので、その環境価値を都市部の企業等に販売し、地域外からの収入を得ることも可能になります。
自然エネルギーが「資産」になる
ここまで「電力シェアリング」について紹介してきました。
自然エネルギー、特に太陽光での発電は今後、発電装置を買いそこから自家消費、さらには収入を得るという、個人単位での投資活動になるといえます。1分発電するごとに生まれる環境価値を、いわば資産として運用する時代が始まります。
自然の「価値」を実際に現金でやり取りするというなんとも不思議な取り組みではありますが、資源を持たない国の新しいエネルギー活用方法として今後が期待されるところです。
参照・引用を見る
- 「太陽光発電の現状 ー 制度の見直し検討と成長戦略 ー 調達価格等算定委員会資料」一般社団法人 太陽光発電協会(2018年)
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/039_01_00.pdf - 「再生可能エネルギーの主力電源化 に向けた今後の論点 ~第5次エネルギー基本計画の策定を受けて~」 資源エネルギー庁(2018年)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/007_01_00.pdf - 「平成30年度ブロックチェーン技術を活用した再エネCO2削減価値創出モデル事業における自家消費される再エネCO2削減価値の地方部等におけるCtoC取引サプライチェーン事 業」 環境省(2018年)http://www.env.go.jp/earth/blockchain01_doc4_2.pdf
- 「ブロックチェーンによる環境価値のリアルタイムP2P取引に成功!」酒井直樹氏 アゴラ(2018年)http://agora-web.jp/archives/2033556-2.html
- プレスリリース「東京大学、トヨタ、TRENDEが、次世代電力システムの共同実証実験を開始」東京大学(2019年)
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_201905231335459134848248_571845.pdf - プレスリリース「電力の需要家間取引システムをブロックチェーン上で実現」富士通 (2019年)
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2019/01/30.html - プレスリリース「環境省の「平成30年度ブロックチェーン技術を活用した再エネCO2削減価値創出モデル事業」における電力シェアリング社の提案の採択について」ソフトバンク(2018年)
https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2018/20180423_01/ - 「バングラデシュの再生可能エネルギー市場」JICA (2016年)
https://www.jica.go.jp/bangladesh/bangland/pdf/report-report24-renewable-energy.pdf - 「分かち合うことで広がる太陽光発電の新システム〜若きドイツ起業家が挑む革新〜」JICA (2018年)https://www.jica.go.jp/bangladesh/bangland/cases/case18.html
- BROOKLYN MICROGRID, https://www.brooklyn.energy/