送配電網とは、発電所でつくられた電気を消費地まで届ける設備の総称のことです。
日本の送配電網は電力会社の供給エリアごとに整備されてきた歴史があり、西日本と東日本では電気の周波数も異なります。
このような背景から、国内でありながらエリア間での送電や電力融通に制限があるという課題も存在しています。
さらに、再生可能エネルギーの導入拡大や気象災害の頻発化、電力自由化などエネルギー情勢を巡る変化から、送配電網の改革の必要性が高まっています。
この記事では、日本における送配電網の変遷と現状の課題、そして電力ネットワークの将来像についてお伝えします。
日本の送配電網整備の歴史
送配電網とは
発電所でつくられた電気は、日本全国に張り巡らされた送配電網によって私たちのもとへ届けられます。
24時間365日電気をいつでも使用できる、便利な現代の生活は送配電網によって支えられています。
発電所でつくられた電気は送電線を通って変電所で徐々に変圧され、配電線を通じて工場やビル、家庭などの消費者に送られます(図1)。
図1: 電力供給システム
出典: 資源エネルギー庁「電力供給の仕組み」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/electricity_liberalization/supply/
図1の緑の部分にあたる、送電、変電、配電の役割を担っているのが送配電網です。
発電所から変電所を経由する線が送電線、変圧器のある変電所から各家庭へ電気を送る線が配電線で、これらの設備の総称が送配電網です。
送配電のネットワーク全体で電気の需要と供給のバランスを保つことで停電を防ぎ、電力の安定供給を守っています。
再生可能エネルギーなど、新しい電源の接続により、送変電容量が足りなくなる場合には、送電線や変圧器の新設といった設備の補強工事が必要になります(図2)。
図2: 送配電設備の補強
出典: 電力広域的運営推進機関「電力ネットワークの仕組み」
https://www.occto.or.jp/grid/public/shikumi.html
日本の送配電網整備の変遷
日本に初めて発電所が登場し、街に電灯が普及し始めたのはおよそ140年前の明治時代です[*1]。
その後、大正から昭和にかけての軍需景気や工業化の影響で電力需要は増加し、電力事業者間の競争も激化します。
需要家の争奪戦による収益悪化や混乱を受けて、1932年からは国の政策により電力事業は供給地域独占事業となりました[*2]。
2016年に電気の小売全面自由化がスタートするまでの長い間、日本の電力事業が地域独占であったのは、戦前の国の政策によるものです。
そのため戦後の高度経済成長期に整備された多くの送配電設備に関しても、各地域の電力会社の供給エリアごとになっています。
当初は地理的・技術的な制約もあり需要地の近くに電源が開発され、エリアごとの需給バランスをとることを目的とした電力ネットワークが構築されてきました。
次の図3は少し古いデータですが、2013年の供給エリアごとの最大需要電力と地域間連系線の送電容量です。
図3: 供給エリアごとの最大需要電力と地域間連系線の送電容量(2013年)
出典: 内閣府「我が国の送配電網」
https://www.cao.go.jp/consumer/history/04/kabusoshiki/kokyoryokin/doc/018_160414_shiryou1_3.pdf, p.30
地域ごとに電力ネットワークが整備されてきたため、地域間連系線の送電容量と東日本と西日本をつなぐための周波数変換設備の容量が少なくなっています。
なお、2019年に北海道・本州間の連系設備、続いて2021年に東京・中部間の周波数変換所が補強されています[*3]。
世界のほとんどの国は、国内で周波数を統一していますが、日本では静岡県の富士川から新潟県の糸魚川あたりを境として、東側が50Hz、西側が60Hzに分かれています(図4)。
図4: 周波数変換設置所
出典: パワーアカデミー「震災と電気工学その1 周波数変換の謎、徹底解剖」(2011)
https://www.power-academy.jp/electronics/familiar/fam01000.html
なぜ、同じ国内で二つの周波数が存在しているのか、その理由は明治時代まで遡ります。
電力事業が広まった明治時代、東京にはドイツ製の50Hzの発電機、大阪にはアメリカ製の60Hzの発電機が輸入されました。
そして、東日本は東京、西日本は大阪を起点にそれぞれの周波数が広まり、そのまま定着していったという経緯があります。
国内の周波数の統一の可否はこれまでも議論されてきましたが、膨大な費用と時間がかかることから、統一されることなく現在に至っています。
現在の送配電網が抱える課題とは
日本の電力システムは2011年の東日本大震災以後、電力構成の変化に伴い大きく姿を変えています。
小売全面自由化により電力事業の担い手も変化し、既存の総配電網では対応できない様々な課題が浮き彫りになっています。
再生可能エネルギー導入拡大に対する空き容量不足
再生可能エネルギーの普及には、温室効果ガスの削減とエネルギー自給率の向上、非常時のエネルギー確保など多くのメリットがあります。
導入拡大と主力電源化が急がれる再生可能エネルギーですが、その普及の足かせになっているのが送電線の容量不足です。
送電線は、送電線事故が発生しても全体の需給バランスを保つために、50%の空き容量を残しておく必要があります。
これは「N-1基準」と呼ばれる考え方で、電力の安定供給のために日本だけでなく国際的にも採用されています。
再生可能エネルギーを接続する場合は、送電線を流れる電気がピークになった瞬間に合わせて確保すべき空き容量が決められています(図5)。
図5: 送電線のイメージ(単純な2回線の場合)
出典:資源エネルギー庁「送電線『空き容量ゼロ』は本当に『ゼロ』なのか?~再エネ大量導入に向けた取り組み」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/akiyouryou.html
このような系統容量の制約のため、再生可能エネルギーの新規接続が難しい空き容量がゼロのエリアも多く存在します。
次の図6は2016年の東北北部の電力系統ですが、青森県、秋田県、岩手県の空き容量がゼロになっています。
図6: 再生可能エネルギー等の系統連系ニーズの拡大(2016年)
出典: 電力・ガス取引監視等委員会「送配電網の維持・運用費用の負担の在り方検討」(2018)
https://www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_network/pdf/012_04_00.pdf, p.3
増加する大規模自然災害への対応
気候変動の影響もあり、近年は大型台風や集中豪雨などの自然災害が多発しています。
2019年に発生した台風15号では、停電被害は千葉県を中心に最大約93万戸、復旧まで約12日もの期間を要しました[*4]。
近年の停電被害の中でも復旧にかかった時間が突出しているのは、倒木や飛来物による電柱倒壊など送配電設備の被害が大きかったためです(図7)。
図7: 台風15号による電柱の被害発生状況
出典: 資源エネルギー庁「『台風』と『電力』〜長期停電から考える電力のレジリエンス」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/typhoon.html
また、日本は過去に幾度も大規模地震が発生している地震大国であり、地震による発電所停止のリスクも高い状況です。
発電所が停止すると供給力不足に陥るだけでなく、需給バランスが崩れて大規模停電を引き起こすこともあります。
2018年の北海道胆振東部地震に伴うブラックアウトや、2022年3月に発生した首都圏の電力不足は記憶に新しいでしょう。
自然災害発生時に電力需給を維持し、大規模停電を引き起こさないためには、地域間連系による電力融通が必要です。
そのため、既存の送配電網においては国内での周波数の違いや、地域間連系線の容量不足が課題となります。
送配電網設備の老朽化
送配電網の設備である鉄塔や電柱の多くは1970年代の高度経済成長期に整備されたものであり、現在老朽化が進んでいます(図8)。
図8: 全国の送電鉄塔の建設年別の内訳
出典: 資源エネルギー庁「電力ネットワークの次世代化について」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/045_04_02.pdf, p.9
すでに設置から50年以上経過している送配電設備も多く、今後大規模な設備更新が必要になります。
設備の技術基準も当時のものであり、気候変動の影響で災害のリスクが高まっている現在では見直しが必要なものもあります。
送配電設備が多くの被害を受けた2018年の台風15号では、千葉県君津市の鉄塔2基が倒壊しました(図9)。
図9: 鉄塔倒壊の被害の状況
出典: 国土交通省「台風15号及び台風19号の対応について」
https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/content/000167396.pdf, p.3
2基の鉄塔の倒壊によって、千葉県内で約11万件の停電が発生しました[*5]。
これらの鉄塔は1972年に設計されたもので、技術基準である風圧荷重40m/s(10分間平均風速)も満たしていました。
設計当初の想定を上回る特殊な地形による突風が倒壊の原因と推定されており、地域の実情を踏まえた基準風速の適用が検討されています。
課題解消に向けた計画と電力ネットワークの将来の姿
現在では、国をあげて再生可能エネルギーの主力電源化が取り組まれており、電力ネットワークの増強が進められています。
風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーは、風量や日射量などの自然条件によってその適地が選ばれることがあり、電源の種類によっては必ずしも電力の需要地と立地場所が一致しない場合があります。
そのため、再生可能エネルギーが集中するエリア内で電力が消費しきれない場合には、ネットワークの容量に収まるように一部の電源の出力を制御する必要があります。
上位の送変電設備である基幹系統を増強すれば、再生可能エネルギーと大消費地を結び、出力制御量を減らすことが可能になります(図10)。
図10: 基幹系統増強の効果
出典: 電力広域的運営推進機関「電力ネットワークのマスタープラン」
https://www.occto.or.jp/grid/public/masterplan.html
さらに、基幹系統を増強することで、電力不足に陥った場合に他のエリアからの電力融通もしやすくなります。
電力融通の量が増えれば、自然災害による大規模停電を回避できるので、レジリエンスの強化につながります。
再生可能エネルギーの大量導入に対応するために、さらなる地域間連系線や周波数変換設備の強化も計画されています(図11)。
図11: マスタープランに基づく送電ネットワークの強靱化
出典: 資源エネルギー庁「電力ネットワークの次世代化に向けた中間とりまとめ(案)」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/033_04_00.pdf, p.6
再生可能エネルギーの導入拡大に加えて、AIやIoTなどの技術革新や、電気自動車や蓄電池などの普及によって、これまで発電所と需要家間で一方向であった電力の流れはますます複雑化・双方化していくでしょう。
今後は図12のように、送配電網はより広域化・分散化していくことが予想されます。
図12: 分散化・デジタル化に対応したネットワーク形成の在り方
出典: 資源エネルギー庁「電力ネットワークの次世代化について」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/045_04_02.pdf, p.10
まとめ
再生可能エネルギーの導入拡大や度重なる自然災害による供給力不足など、近年、エネルギーを巡る情勢は大きく変化しています。
送配電網に求められる機能も変化し、2050年のカーボンニュートラル実現と電力の安定供給のためには、より広域的な整備が必要になります。
2022年1月の岸田内閣総理大臣年頭記者会見では、送配電網のバージョンアップと再生可能エネルギー最優先のルール作りが表明されています[*6]。
再生可能エネルギーの大量導入と電力ネットワークのレジリエンスの強化には、送配電網の変革が必要不可欠であると言えるでしょう。
参照・引用を見る
*1
電気事業連合会「電気の歴史(日本の電気事業と社会)」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/rekishi/index.html
*2
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史②】国の屋台骨として、エネルギー産業は国家の管理下に」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history2taisho.html
*3
送配電網協議会「地域間連系線整備のあゆみ」(2021)
https://www.tdgc.jp/information/docs/news_210525.pdf, p.6
*4
資源エネルギー庁「『台風』と『電力』〜長期停電から考える電力のレジリエンス」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/typhoon.html
*5
経済産業省「技術基準の見直し、今後のWGの検討スケジュールについて」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/tettou/pdf/005_04_00.pdf, p.3
*6
資源エネルギー庁「電力ネットワークの次世代化について」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/045_04_02.pdf, p.11