ブルーカーボンクレジットを創出する「藻場再生」とは? 海の中を覗く、葉山町での藻場視察ツアーをレポート

災害の激甚化や夏の高温化かつ長期化など、気候変動の影響を肌で感じる昨今、環境保全の取り組みは私たちにとって喫緊の課題です。しかし、地表の7割を覆い、地球環境に及ぼす影響は陸地よりも大きいと言われている海の中で起きていることを、私たちが知るすべは多くありません。海の中では何が起き、私たちには何ができるのでしょうか。

この記事では、藻場再生を通じ、近年注目を集めているブルーカーボンの創出に取り組む葉山アマモ協議会の活動の視察ツアーをレポートします。


ブルーカーボンとは?

まず、近年注目を集めているブルーカーボンをおさらいします。

「ブルーカーボン」とは、例えばマングローブ林や塩性湿地、藻場等、海洋や沿岸域の生態系によって捕捉・固定される炭素のことを指します。近年、ブルーカーボンがビジネスで重要視されているのは、「脱炭素化の新たな手法として活用」「企業価値の向上」「新たな雇用の創出」などの理由があります。例えば、企業の脱炭素施策の一つとして、カーボン・オフセットの仕組みを活用してブルーカーボンの維持・拡大のための活動に投資するなど、新たな脱炭素の手法を導入することで、「環境に配慮する企業である」との社会的な評価を得ることが可能になります。

ブルーカーボンについて詳しくは、下記を参考にしてください。
●HATCH:「ブルーカーボン」とは 沿岸域における二酸化炭素隔離の可能性を考えてみよう
●自然電力の脱炭素支援サービスサイト:ブルーカーボンとは?グリーンカーボンと比較してわかりやすく解説

環境証書について詳しくは、下記を参考にしてください。
●HATCH:環境価値とは?「グリーン電力証書」「J-クレジット制度」「非化石証書」それぞれの特徴とメリット、課題

そうした企業価値の向上につながるブルーカーボンを、藻場の再生を通じて創出に取り組んでいるのが、神奈川県葉山町で葉山のアマモ場の再生を願い、2006年に発足した葉山アマモ協議会です。


葉山アマモ協議会とは

葉山アマモ協議会は2006年、葉山にかつてあった広大なアマモ場の再生を願って発足されました。葉山町漁業協同組合、葉山一色小学校、ダイビングショップナナ、鹿島建設株式会社葉山水域環境実験場で構成され、葉山町内の藻場の再生やウニの駆除やモニタリング等の保全活動、教育活動等を行っています。再生した海藻のカジメ、天然ワカメ、養殖ワカメを対象にブルーカーボンクレジットを46.6トンCO2/年を創出しています。

神奈川県の沿岸部・葉山町。都心からアクセスも良く、海と山に囲まれた豊かな自然と人の営みが共存するこの土地の海に近年異変が起きています。2018年頃から、町沿岸部の海藻類の減少が進み、「磯焼け」が問題に。そこで、葉山町漁業共同組合はダイバーや小学校、鹿島建設の研究機関と連携して藻場の再生に乗り出すことになります。

ただ一言に「藻場の再生」と言っても、一体何が行われているのでしょうか。2023年10月に葉山アマモ協議会と自然電力株式会社が共催した、藻場再生の取り組みを見学できるツアーの内容をご紹介します。


「藻場再生」、何をしているのか?

ツアーの集合場所は、太平洋が眼前に広がる神奈川県葉山町の葉山町漁業協同組合の事務所。さすが葉山。海風が香り、ヨットが優雅に波に揺られています。ツアーは、「ブルーカーボンと協議会の活動についてのレクチャー(座学)」「藻場再生の現場視察」の2部構成です。

今回が、初めてのツアー開催でしたが、参加者は金融機関や化粧品メーカーなどから13名。いずれも、脱炭素経営や地域貢献に対して非常に感度が高い企業からの参加者で、それだけ企業経営の中で社会貢献が求められていることの裏返しと言えます。


サザエはどこにいった?

この日は、昼頃から海上で風が強くなるという予報が出ていたため、「海上での藻場視察→座学」へとスケジュールは変更。自然との共生のためには、自然に従う必要があります。

協議会側が用意したライフジャケットを纏い、あわせて約20名が船に乗り込みます。乗船中の注意事項が伝えられた後、船は葉山港を出航。港から藻場の観察ポイントまでは約15分です。

観察ポイントまでの移動中、葉山の海で10年漁師をされている長久保さんから、近年葉山の海に起きている変化について話がありました。

「葉山の漁業区域は、砂地と海の底に根があり、夏場は舌平目、ガザミ、冬場もヒラメなどが取れるいい漁場。葉山では6月から9月は素潜り漁も行われていて、サザエやアワビが取れるが、漁獲量は年々減ってきている。2022年は本当に獲れず、23年も22年の半分程度。2018年頃から、サザエやアワビの餌となる海藻が減ってきている」

また、葉山の海に変化が起きているだけでなく、葉山の漁業にも変化が起きていると、長久保さんは言います。

「漁師の高齢化で担い手も減っている。10年後には20人以下になっているだろう。遠くで獲れた食材を取り寄せて食べるより、地域の食材を地域の人が食べる方が地域の経済にも環境にもいい。でも、漁師がいなくなるとそれもできなくなる。大きな問題だと思う」

鹿島建設の社員であり、葉山アマモ協議会の会員としても活動する山木克則さん

葉山アマモ協議会の山木克則さんが続けます。

「この磯の周辺も、約10年前は海藻が生い茂っていた。サザエを見つけ出すのが大変なくらい。それが、今は海藻が生えていない。浅いところから海藻は減っていった。海水温の上昇が原因だと考えている」

藻場のすぐ近くは葉山町の自然保護区。漁は禁止されているが、海水浴客やSUPを楽しむ人も多い

船の上からは、木々が生い茂る葉山の豊かな緑が見えます。一方で、海の中では、磯焼けで海藻が減っている現実があります。沿岸部には建設中のマンションも見えました。山があり海がある自然豊かな場所で、都心から1時間で来れることもあり、近年では人口が増えたことで海の環境に影響した可能性もあると言います。


海の中にある”林”を覗いてみる

船を少し走らせ、協議会が藻場再生に取り組んできたポイントに到着。そこで登場したのは、水中ドローン。海底10mにある藻場は、船の上からは見ることはできません。山木さんの手から豪快に海へ放り投げられたドローンは、モーター音を響かせて海中に沈んでいきました。

「海藻が生える岩がどこにあるかを把握するために、航空機からレーザーを海底に向けて照射すると、砂地なのか岩場なのか、海底の状況が良くわかります。この海底マップを基にして、どこに海藻が生えているかを潜水や水中ドローンで確認します」

水中ドローンが、船に取り付けられたモニターに海底の様子を映し出します。そこには林のように生い茂る藻場が広がり、時折魚が藻の林の中を泳いでいきます。

水中ドローンの映像:水深10m、再生して2~3年目のカジメ場

海底映像が映し出されると参加者から驚きの歓声が上がりました。
説明によると、海底10mくらいだと海の温度もあまり上がらないため、カジメが良く育ちます。夏を乗り越えて、秋にこれだけ繁茂していれば来年はさらに大きく成長すると言います。

水中ドローンを操作しながら、山木さんは言います。

「カジメやアラメは全国的に減っています。このような10m以上の深い海底では夏場に温度も上がらないため海藻を再生することが出来たと思う。カジメは5年くらい生きる海藻です。今は2年目で大きくても40~50cm程度ですが、年々生長すると5年程度で1.5mにまで成長します。大きな海藻が密集した場所を海中林ともいいます。葉の中央が薄くなっている部分は『子嚢斑』と呼び、ここから胞子を出しています。うまく胞子が定着すると翌春には、小さなカジメが岩場を覆います。そうなることで、将来に亘って持続した藻場が形成される仕組みなのです」


サザエの稚貝を放流する

カジメの群落があることが分かったところで、「サザエの稚貝放流タイム」。

サザエの稚貝。色が白いのは、人工飼料で飼育されたから

海藻の群落があるところに、サザエの稚貝をまくとよく成長してくれると言います。一方で、餌となる藻場がないと、いくら稚貝を撒いても大きくならずに死んでしまうのだとか。

稚貝の大きさは大体親指程度。小さくても巻貝であることがよく分かります。樽からざるですくい、豆まきのように撒いていきます。

船の上から稚貝を放流しました

みなさん、どこか嬉しそう。初めての体験は、何でもワクワクしますよね

藻場を観察し、サザエの稚貝を放流したこの場所は、以前から協議会により藻場再生の取り組みが行われてきました。では、まだ手が付けられていない海底には、どのような光景が広がっているのか……。船を移動してみてみましょう。


磯焼け。海底で何が起きているのか……

藻場再生に手が付けられていないポイントに到着しました。当たり前ですが、海面は、藻場再生が進むポイントと比べ、何も違いは分かりません。

ここでも、ドローンを投入

船にあるモニターに、ドローンのカメラが海底の様子を映し出します。先ほど見た藻場と違い、海藻も何もない岩場です。

この状況が、磯焼けです。様々な原因があると言われていますが、山木さんはウニや魚による食害だけではなく、海水温の上昇、水質の変化などが複合した影響が要因ではないかと指摘します。そして映像の説明をしながら、山木さんはいくつも穴の空いた白い袋を取り出しました。

ここで、この袋を海に入れていきます。袋の中には、石とカジメが入っています

袋は「スポアバック」といい、生分解性の素材でできています。スポア(Spore)とは「胞子」という意味で、この袋には胞子を蓄えた海藻が入っています。海藻は、漁師がエビなどの漁をする際に網に引っ掛かったもので、いわば採れたて。ツアーが行われた10月は海藻が胞子を撒く時期で、海にこのスポアバックを撒くことで、上手くいけば翌春に芽が出て定着し、藻場ができるそうですが、芽がでるかどうかは海の環境次第だといいます。


また、ウニによる藻の食害がある他、水温が高いことでうまく育たない可能性もありますが、藻場再生の取り組みはとにかく地道に行うしかないのだそうです。

カジメの他に石が入っているので、ずっしりと重い

藻場ができるように祈りながらスポアバックを海に放り込んでいく参加者たち

1時間の藻場視察ツアーを終えて― 参加者の感想とともに―

これで、約1時間の藻場視察ツアーは終わりです。この後、協議会の事務所へと戻り、葉山アマモ協議会の山木さんより、生物多様性、協議会の取り組みやブルーカーボンクレジットの創出の仕組みなどのレクチャーを受けた後、鎌倉のフレンチレストラン「La Vie」へと会場を移し、葉山の幸をふんだんに盛り込んだコース料理に舌鼓を打ちつつ、参加者各々が自社の脱炭素に対する取り組み、今回のツアーの感想、葉山の海への思いを盛んに交わしていました。

ここで、今回ツアーの参加者の感想を少しご紹介します。

参加者Aさん:
「ブルーカーボン」というカタカナの専門用語が、波に揺られながら、「海藻」「藻場」「葉山」「磯焼け」などの手ざわりのある言葉に変わっていきました。また見に行きたいです!

 

編集後記

私たちが海と付き合う新たな形
このツアーを通じて考えたのは、人間の暮らしのそばにある自然は「もはや人間が手を加えないと消失してしまう可能性が高く、人間の生活が自然に与えるインパクトはそれほどまでに大きい」ということです。

そして、藻場再生や水産資源の持続的な保全のためには、葉山アマモ協議会などの団体による活動が必要であり、その活動には、スポアバックの購入代、サザエの稚貝を育てるための飼料代、船を動かす燃料費等、お金がかかります。藻場の再生、形成により創出されたブルーカーボンクレジットを購入することで、購入費用が協議会の運営費用に充てられ、活動を継続することが可能になります。

今後の視察ツアーについて
自然電力株式会社では、企業や団体の脱炭素支援サービスの一環で環境証書の代理調達を行っており、2023年3月、葉山アマモ協議会が初めて販売したブルーカーボンクレジットも購入しました。また、今回協議会と共催したツアーは、協議会の活動、葉山の海で起きている問題、漁業の現状、またブルーカーボンクレジット創出に取り組む背景を知ってもらい、ブルーカーボンの販売を促進することを目的に企画、開催しました。このツアーの第2回を、2024年春に予定しています。ツアー参加を希望される方は、下記までお問合せ下さい。

自然電力の脱炭素支援サービス お問合せフォーム
https://shizenenergy.net/decarbonization_support/form/contact/
自然電力の脱炭素支援サービス
https://shizenenergy.net/decarbonization_support/

 

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