省エネ住宅の基準は「カーボンマイナス」へ

現在、日本では住宅のエネルギー消費が急増しており、これらを減らすことが大きな課題になっています。2019年からは経済産業省、国土交通省、環境省の3省合同で「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)」の推進事業が本格的に始まりました。

「ZEH(ゼッチ)」とは、「消費エネルギーが実質ゼロ」になる住宅のことです。
冷房や家電などエネルギーを消費する分、太陽光発電などで同じ量のエネルギーを創り出し、プラスマイナスゼロにしよう、というものです。

また、住宅の省エネにはZEHの他に「認定低炭素住宅」制度や「ライフ・サイクル・カーボン・マイナス(LCCM)住宅」の普及に向けた取り組みもあります。どのようなものかをここで紹介します。

国内の省エネ住宅の現状

住宅の省エネ化が重要視されるのには理由があります。住宅のエネルギー消費の現状は、一般的なイメージとは異なると言っても良いでしょう。

住宅のエネルギー消費の実態

住宅(家庭部門)でのエネルギー消費は急増していて、1973年の第一次オイルショック以降、2倍に膨らんでいます(2014年段階、図1の緑線)。

図1.家庭部門でのエネルギー消費の推移(出典:「エネルギー白書2014」資源エネルギー庁)
1973年度のエネルギー消費量を100とした場合、2014年度では207.1となっている。

また、2011年の東日本大震災後に電力不足に陥ったほか、世界経済の動向などを受けて原油などのエネルギー価格は不安定な状態になっています。そこで、国内の消費電力の15%(*参照1)を占めている家庭部門での省エネも大きな課題であることが再認識されました。

もちろん、家庭でエアコンの温度設定を調節するなど「省エネ」の呼びかけはありましたが、エアコンを使わないことで起こる熱中症や、真冬になると、暖房をつけていないトイレや浴室に入った時の気温差が原因で起きる「ヒートショック」で死亡する高齢者が増えているという状況があります。
また、生活の変化で、家庭でのエネルギー消費の構造が変わっていることもあって、住宅自体での「省エネ」の考え方を変える必要性がありました。

これまでの住宅省エネ基準

住宅の中でエネルギーを消費するもの、と言ったとき、何が最初に思い浮かぶでしょうか。

「冷房と暖房が圧倒的に多い」というイメージが強いと思います。
実際の調査でも、一番大きいと思うエネルギー消費について「冷房」「暖房」と考えている人の割合が高いという結果が得られています。

しかし実際は大きく違い、照明やテレビ、パソコンなどの「動力他」に分類されるものが消費電力が一番多く、特に冷房についてはわずかな割合でしかないという統計結果でした(図2)。そこでまず、「省エネ」というのは、冷暖房だけではなく、他の家電なども含めた全体のエネルギー消費量を減らす必要を周知させることと認識されました。

図2.消費電力に関する意識調査と実際(出典:「住まい」から目指す幸せなエコライフ よくわかる住宅の省エネルギー基準」日本サステナブル建築協会)

また2012年には、国交省が「低炭素建築物」の認定制度を開始しました。太陽光など発電設備を利用して一定基準の省エネ条件を満たす建築物に対し「低炭素建築物」の認定を与え、その住宅を購入する人の住宅ローンを一部引き下げるなどの優遇措置を取るものです。購入者が優遇されることで、住宅としては販売しやすくなります。

また、2013年に、実に14年ぶりに住宅の省エネ基準が改正されました。
従来は住宅「外皮」(壁、屋根、窓など)の断熱性能のみが定められていましたが、この改正後より、断熱性だけでなく「一次エネルギー消費」も考慮した基準が設けられました。
ここから、新しい形での住宅の省エネが進められることになります。

図3.2013年の省エネ基準の見直し(出典:「住まい」から目指す幸せなエコライフ よくわかる住宅の省エネルギー基準」日本サステナブル建築協会)

「省エネ」から「ゼロエネ」「マイナスカーボン」へ

そして現在、住宅の省エネ化の柱になっているのが、「ZEH=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」です。

「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)」とは

これまで、省エネ住宅に関しては、関係する経済産業省、国土交通省、環境省がそれぞれ別々にいろんな取り組みをしている部分がありましたが、2019年は3省が合同でZEHを推進する事業が始まりました。

まず、ZEHとは下の図のような住宅のことを言います。

図4.ZEHの定義(出典:国土交通省)

厳密な定義としては、「快適な室内環境を保ちながら、住宅の高断熱化と高効率設備によりできる限りの省エネルギーに努め、太陽光発電等によりエネルギーを創ることで、1年間で消費する住宅のエネルギー量が正味(ネット)で概ねゼロ以下となる住宅」です。

難しい言い回しではありますが、評価の対象となるのは3点で、「断熱性能」「設備の省エネ」「自然エネルギーでの発電」です。これらを駆使して、使うエネルギーを減らし、かつ使った分は自分で発電してプラスマイナスゼロにしよう、というわけです。戸建も集合住宅も対象です。

図5.ZEHマーク(出典:「ZEHマークの運用について」経済産業省)

そして、国土交通省はZEH普及のために「ZEHマーク」を運用しています(図5)。これは、建物の省エネ性能を「見える化」するために定められている「建築物省エネルギー性能表示制度(BELS)」に基づくもので、第三者機関である「住宅性能評価・表示協会」によって認められた住宅には、ZEHマークの使用を許可する、というものです。

ZEHマークを取得することで、住宅メーカーは消費者に物件をアピールすることができます。

ZEHに前向きな大手工務店では、すでに着工新築住宅の半数以上をZEHに切り替えたところもあります。

住宅省エネ化の最終目的「LCCM住宅」とは

また、ZEHのその先の省エネ技術の検証も進んでいます。
LCCM=「ライフ・サイクル・カーボン・マイナス」住宅と呼ばれるものです。「生涯で二酸化炭素がマイナス」という意味合いで、具体的には「建築から解体まで」という住宅の生涯をトータルした時に、最終的には排出CO2を「マイナス」にしようというものです。

図6,7 ライフサイクル全体を通じたCO2排出量のイメージ(出典:「住宅・建築物の省エネ・省CO2施策とZEH等に関する支援事業の動向」国土交通省)

住宅を建て、そこに住み、解体して処分されるまでの間には多くの過程があり、その都度CO2を排出しています。建材を加工し、運び、建築する段階でもCO2を排出しますし、その意味では修繕を加えるごとにもCO2を排出します。
また、解体工事、建材の最終処分までの段階でもCO2は排出されるので、これらのCO2排出分も含めてゼロになるように設計、居住しようという考え方です。

これだけ多くの要素が絡むLCCM住宅を実現するには、かなり細かい計算が必要です。現在は、日本サステナブル建築協会が開発したLCCMの判定ツールをもとに実証実験や補助制度が始まっています。ここで入力が求められるのは、居住時のエネルギー消費量や発電量に加え、建材の種類や耐用年数、メンテナンスの頻度などの項目です。

図8. LCCM住宅部門の基本要件適合判定シート(出典:「住宅・建築物の省エネ・省CO2施策とZEH等に関する支援事業の動向」国土交通省)

しかし、海外では、建築時の綿密な計算による省エネ住宅の実現は身近なものになっています。先進例として有名なのが、ドイツです。

世界最高峰の省エネ「パッシブハウス基準」とは

日本では公的機関が基準を設定して各メーカーがそれを満たすように努力する、という形で住宅の省エネ化が進められていますが、海外では、民間企業が積極的に公的基準よりも高い省エネ基準を作り出し、実現しています。

ドイツ発祥の「パッシブハウス基準」

ドイツの「パッシブハウス研究所」が考案した「パッシブハウス基準」という省エネ建築基準は、現在、世界一厳しい省エネ基準と言われています。
「active(=積極的な)冷暖房を必要としない」という意味でこの名前が付いています。ドイツでは、従来の住宅よりも消費エネルギーを90%削減できるという技術です。

図9 パッシブハウス基準の住宅(出典:パッシブハウス研究所プレスリリース)

パッシブハウスは30cm以上の断熱材を持つ外壁と3重サッシの窓ガラスを用いて外皮性能を向上している他、換気による熱量ロスを防ぐために高度な熱交換技術を導入しています。

家電が発する熱や、室内で人が行動することで発する熱までもが計算に入れられているため冬でもほとんど暖房を必要としない居住空間を実現しています。

また、この技術は戸建や集合住宅だけでなく、スーパーマーケットや病院にも応用されつつあります。

図10 フランクフルトで建設中のパッシブハウス病院(パッシブハウス研究所プレスリリース)

環境性能もさることながら、パッシブハウスのもう一つの注目すべき側面は、政府基準と比較した場合の省エネ性能です。

ドイツでは1884年以降に断熱政令(WSchVO)が設けられたほか、2002年以降は政府の省エネ基準は「省エネ政令(EnEV)」として改正が続き、年々厳しくなっています。しかしこうした政府基準と比較した場合でも、パッシブハウス基準は、一次エネルギー消費量を最大75%と大幅に削減してみせています。

このように民間の研究所が政府よりもより厳しい環境基準を先取りして策定し、一つの建築方法として確立している点も、パッシブハウス基準の凄さです。

パッシブハウスはまた、様々な気候に応じた建築技術を確立しているため、世界の幅広い地域で導入が進んでいます。

図11 北京近郊で建築中のパッシブハウス住宅群は世界最大規模(出典:パッシブハウス研究所プレスリリース)

スイス発の「ミネルギー基準」

スイスでは、民間が設けている省エネ住宅基準として「ミネルギー基準」があります。
「ミネルギー」とは「ミニマル・エネルギー」の略で、現在はミネルギー協会によって基準に到達しているかの認証が行われています。

ミネルギー基準は、外皮の断熱性能を強化するという点ではパッシブハウスに似ていますが、給湯や暖房にかかるエネルギーをヒートポンプなど自然エネルギーの電力で補うことに重点を置いている点が特徴です。
こちらもスイス連邦政府が定めるよりもかなり厳しい基準で、ヨーロッパ各国で建築が進んでいます。

「住まう」ことが省エネになる未来に向けて

ここまで省エネ住宅について、国内での取り組みと海外の先進事例を見てきました。
日本のZEHは、2012年の補助制度スタート以来、「2020年までにハウスメーカー等が新築する注文戸建住宅の半数以上をZEHにする」という目標が掲げられていますが、その普及率は苦戦している現状があります。
国として十分な対策を講じることはもちろんですが、海外の事例のように民間が先に立つことで自然な競争が生まれ、より高い意識や技術が生まれてくると、省エネ住宅の普及はもっと加速するのかもしれません。

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参照・引用を見る

<Photo:Tõnu Mauring>

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