ソーシャルビジネスによる自然エネルギーの普及事例と将来展望

社会的課題(環境、教育、福祉など)の解決を目的とする事業形態をソーシャルビジネスと呼びます。ソーシャルビジネスの概念が世界で広く認知されるようになったきっかけは、貧困層に対し無担保で融資を行ったバングラデシュのグラミン銀行と創設者であるムハマド・ユヌス総裁にノーベル平和賞(2006年)が贈られたことでした。グラミン銀行の成功により、世界中で同様の融資を行う機関が設立され、貧困層への融資が行われるようになりました。(*1)

中小企業、社団法人、財団法人、特定非営利活動法人(NPO法人)を対象とした調査によると、日本国内でソーシャルビジネスを手がける企業の数は約20万5千社(2014年)です。(*2_1P)

社会的課題解決の中でも、自然エネルギーの普及は環境問題の解決につながります。本記事ではソーシャルビジネスの説明、及び、ソーシャルビジネスによる自然エネルギーの普及事例を紹介します。

ソーシャルビジネスとは

社会問題の例としては、環境問題、貧困問題、少子高齢化、人口の都市への集中、高齢者・障害者の介護・福祉、子育て支援、青少年・生涯教育、まちづくり・地域おこしなどがあります。これらの社会問題に対して、収益を上げながら継続的に解決する事業形態をソーシャルビジネスと呼びます。これまではNPO法人やボランティア活動等に支えられていた領域ですが、寄付金などの外部資金が不足すると活動が減速・停止する可能性があります。ソーシャルビジネスでは、自ら収益を上げて継続的な課題解決に取り組みます。収益を上げるため、一般の営利企業と同様の経営努力が求められます。

引用: 経済産業省 ソーシャルビジネス研究会 報告書(案) 概要版  平成20年3月https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiiki_keizai/pdf/009_02_01.pdf

社会的課題の解決が第一の目的ですので、当事者である地域住民が主体となって事業を立ち上げるケースが多くみられます。また、本業として他の営利活動を行う企業が、企業の社会的責任(CSR)の一環としてソーシャルビジネスに取り組む例もあります。

政府としてもソーシャルビジネスを推進しています。

経済産業省:ソーシャルビジネス推進研究会

経済産業省では、国や地域の関係者がどのようにソーシャルビジネスを推進していくべきかを明示するため、ソーシャルビジネス事業者や有識者等からなる「ソーシャルビジネス推進研究会」を設置しました。ソーシャルビジネス事業者の更なる成長に向けた環境整備、ソーシャルビジネス市場の成長、ソーシャルビジネス事業者と企業の連携・協働について検討を行っています。(*3)

環境省:環境課題解決型ビジネス推進事業 ウィルラボ

環境省では、社会的な課題をビジネスにより解決しようとする起業が新しいビジネスモデルとなる中、そうした企業へのマッチング等の支援を強化しています。これにより、環境課題解決型ビジネスが自走するノウハウ等を得る仕組みを構築するため、「ウィルラボ」と呼ばれるプログラムを展開しています。(*4)

具体的には、公募によって選ばれた環境ビジネスに取り組む事業者を個人面・会社面からサポートする仕組みです。下記の役割をもった関係者がチーム形式で活動を行っています。

 

【ウィルプレナー】公募から選考された環境ビジネスに取り組む事業者

【ウィルメンター】 ウィルプレナーが立案したビジネスプランの課題見極等、事業者個人の活動を支援する人

【ウィルサポーター】会社としてウィルプレナーを支援する社会課題の解決を強く意識し経営する会社

【ウィルマネージャ】ウィルプレナーにヒアリングを行い、ウィルメンターやウィルサポーターと連携したチーム運営を行う人

日本政策金融公庫:ソーシャルビジネス向け融資

日本政策金融公庫がソーシャルビジネス関連の融資サービスを提供しています。「NPO法人」、もしくは「保育サービス事業、介護サービス事業、社会的課題の解決を目的とする事業を営む方」が対象です。(*5)。平成30年のソーシャルビジネス関連の融資実績は、11,328件、834億円です。(*6)

引用: 日本政策金融公庫「平成30年度ソーシャルビジネス関連融資実績」
https://www.jfc.go.jp/n/release/pdf/topics_190530b.pdf

また資金面による支援だけでなく、情報面からの支援も行っています。例えば、事業計画の策定をサポートするためのワークブック、人材育成の事例集などを発行しています。(*6)

ソーシャルビジネスによる自然エネルギーの普及

地域の市民が主導して自然エネルギーの導入を進めることで、エネルギー供給の構造を地域ごとに分散する動きが世界各地で行われています。

2017年に実施された調査によると、「あなたの自治体は、再生可能エネルギーの利用を推進していますか」の問いに対して、全体の81.3%の自治体が広く再生可能エネルギーの推進を進める姿勢を示しています(*7_179P)

つまり、多くの自治体がそれぞれの自治体にマッチした自然エネルギー普及の実現を検討しており、パートナーとなる事業者を求めています。

環境問題の解決として自然エネルギーの普及を推進するソーシャルビジネス事業者にとっては、資金確保が大きな課題です。また発電・配電事業は公共性のある事業ですから、自治体の連携が必須となります。

このような状況から、自然エネルギーの普及を進めるためには、自治体がソーシャルビジネス事業者の資金面や法的整備等のサポートを行い、ソーシャルビジネス事業者が経営を行う形態が有効と言えます。

参考までに、ソーシャルビジネス事業者の収入構造は、主に「事業収入」、「行政からの助成、補助」、「増資、寄付、会費」であり、これらを組み合わせて活動しています(*3_5P)。

ソーシャルビジネスによる自然エネルギーの普及事例(国外)

まずは日本で馴染みが少ない仕組みである、ドイツのシュタットベルケについて説明します。シュタットベルケとは自治体出資の公社で、民間企業として事業を行っています。

19世紀後半からの歴史があり、電力事業(発電・配電・小売り)、ガス供給、上下水道、交通サービスなど提供してきました。近年では電力自由化やFIT導入により、自然エネルギーの普及が大きな事業のひとつとなっています。

シュタットベルケは社会問題を解決することを目的としている事業体なので、収益を上げつつ、採算が悪いが地域ニーズの高い事業を継続する役割を担っています。

引用:株式会社NTTデータ経営研究所「ドイツのシュタットベルケに学ぶ新しいソーシャルビジネスモデル」
https://www.nttdata-strategy.com/pub/infofuture/backnumbers/55/report01.html

ドイツ内にはシュタットベルケが約1,400社あり、その内、エネルギー事業を主事業としているシュタットベルケは約900社です(*8)。1つの事例としてオスナブリュック シュタットベルケを紹介します。

オスナブリュック シュタットベルケ(ドイツ)

「オスナブリュック」はドイツ・ニーダザクセン州内の都市です。オスナブリュック シュタットベルケの出資者はオスナブリュック市(100%)ですが、経営は民間企業として行われており、900名以上の雇用を生み出しています。提供している主なサービスは以下の通りで多岐に渡った事業を行っています。

  • 電気小売事業
  • ガスの小売事業
  • 再生可能エネルギーを利用した発電事業
  • 地域熱供給
  • 地域の公共交通サービス
  • 上下水道施設の運営サービス
  • 公共プールの運営サービス
  • 配電網の管理運用サービス

この内、地域の公共交通サービス、公共プールの運営サービスは、元々オスナブリュック市で運営されており、赤字経営でした。実はオスナブリュック・シュタットベルケに移管された後も赤字が継続しています。エネルギー事業の収益を合わせて全体で黒字にすることにより、地域に必要なインフラサービスを提供し続けています。つまり、利益の最大化を狙っているのではなく、地域の課題を解決する事業を行っています。(*9)

ソーシャルビジネスによる自然エネルギーの普及事例(日本)

自治体が主体になって、自然エネルギーの地産地消(エネルギー供給の構造を地域ごとに分散)に取り組む事例が近年増加しています。2017年に実際された調査によると、「あなたの自治体では自治体が関わる新電力の設立を検討していますか?」の質問に対して、30団体(2.2%)が「すでに設立している」、85団体(6.1%)が「検討している」と回答しています。(*7_190P)

具体的には、北海道別海町、山形県、大阪府泉佐野市、鳥取県米子市、島根県奥出雲町、福岡県みやま市、鹿児島県いちき串木野市、岩手県宮古市、群馬県中之条市、東京都、千葉県成田市・香取市、静岡県浜松市、奈良県生駒市、沖縄県浦添市などで、各自治体が新電力事業にかかわっています。(*10_9P)

ローカルエナジー株式会社(鳥取県米子市)

米子市・境港市の他、中海テレビ放送など民間5社も出資し、電力小売、地域熱供給などを主な目的として、平成27年12月に設立されました。太陽光発電、廃棄物発電、地熱発電、中小水力発電による電力供給を行っています。「エネルギーの地産地消による新たな地域経済基盤の創出」を目指しています(*11)。

みやまスマートエネルギー株式会社(福岡県みやま市)

自治体による家庭等の低圧電力売買(太陽光余剰電力買取り・電力小売り)を主な目的として、平成27年2月に設立されました。経営理念には「電力およびその関連事業を営むことによって、地域の企業・住民に有利なエネルギーを提供すると共に地域課題の解決に貢献する公益的事業体である」と明記されています。電力使用量を監視することにより高齢者の見守りサービスも提供しています。いわば、「日本版 シュタットベルケ」を目指していると言っても良いかも知れません。(*12)

ドイツのシュタットベルケの事例と違い、国内の事例は歴史が浅いのが実情です。先に述べた通り、自然エネルギーの普及には自治体との連携が有効ですが、どのように環境問題、雇用創出、地域活性化等に貢献できるかは今後の課題です。

まとめ

電力市場の自由化の元、自然エネルギー普及の形態として、自治体との連携による地産地消が始まっています。単に電力小売りだけでなく、地域の様々な問題解決を狙った事業の検討・展開が実施されています。つまり、ソーシャルビジネスによる自然エネルギー普及の事例が出てきています。今後、地域固有の事情にマッチした実績や新たな課題が積み上がっていくものと思われます。

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Photo by Adrian Infernus

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