環境金融の目標と現在の状況

近年、持続可能性(英語:sustainability)という言葉を見聞きすることが多くなりました。この持続可能性という言葉が使われ始めた1980年代においては、それまで無尽蔵であると思われていた地球の環境資源は実は有限である、という考え方を元に「地球環境の持続性」を指していました。しかし、年月と共に様々な意味合いを持つようになり、現在では「人間の社会経済システムの持続性」という意味で、経済活動の場でもよく使われるようになりました。

2015年9月の国連持続可能な開発サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で、「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択され、貧困、飢餓、健康、教育、エネルギー、働きがい、経済成長、まちづくり、気候変動、海洋資源、陸上生態系など、人類が直面している課題に対して17の目標が掲げられています。17の目標の内、少なくとも12の目標が環境に関連しています。(*1)

環境に対する負荷を下げる対策をせずに現状の経済活動を継続すると、持続可能な社会、すなわち地球環境や自然環境の適切な保全と、将来世代への引き継ぎが困難であることが明らかになりました。そこで、経済活動を動かす金融の力で環境負荷低減を推進する必要性が高まっています。これを環境金融と呼び、国内外で様々な動きが加速しているところです。本記事では環境金融の背景、概要、事例を紹介します。

人類が直面している環境問題

2013~2014年にかけて公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によれば、世界の平均気温上昇により、社会への重大なリスクが引き起こされると予想されています。(*2_序文)

国立環境研究所、茨城大学ほかの研究グループは地球温暖化による経済的被害を発表しています。21世紀末時点の地球温暖化による被害額は世界全体のGDPの3.9~8.6%に相当し、2℃目標を達成と同時に地域間の経済的な格差等が改善された場合の被害額は世界全体のGDPの0.4~1.2%に抑えられると推定しています。(*3)

2015年に採択されたパリ協定では、「世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分に下回るものに抑えるとともに、1.5℃に抑えるための努力を継続すること」、及び「温室効果ガスの排出が少なく、気候変動に対して強靭な発展に向けた方針に資金の流れを適合させること」が宣言されています。(*2_序文)

環境省の「環境金融を巡る動き(EGS投資)」の資料によると、累積CO2排出量約3兆トンで世界全体の平均気温が2℃上昇すると予測されています。現時点で既に約2兆トンのCO2を排出しています。残り約1兆トンは化石燃料の埋蔵量の約1/3を燃焼したときに発生するCO2排出量に相当します。つまり可採埋蔵量の約2/3は燃焼させることができない計算となります。(*4_3P) このような状況から、海外では化石燃料関連事業からの融資を引き揚げる動きがみられます。(*4_5P)

また、IEA(国際エネルギー機構)の試算によれば、2℃目標達成のためには巨額な資金が必要とされています。

・電力部門の脱炭素化には、2016~2050年に約9兆米ドル(約990兆円,110円/米ドル換算)の追加融資が必要。

・建物、産業、運輸の3部門の省エネを達成するために、2016~2050年に約3兆米ドル(約330兆円,110円/米ドル換算)の追加融資が必要。

これらを公的資金のみで対応するのは不可能であり、国内外の民間資金を環境負荷低減事業に投資されるような仕組みを整えることが極めて重要です。(*2序文)

環境金融とは

金融は経済の血液とも言われるほど、金融の在り方が経済や社会の方向性に大きく影響します。そのため、金融市場を通じて環境負荷低減活動を行う事業、環境に配慮した事業等へ投資を促す仕組みが必要です。これを環境金融と呼びます。仕組み作りだけでなく、機関や個人などが投資判断を行う際に、企業活動の環境面を評価する必要があります。環境金融の最終的な目標は2℃目標達成(できれば1.5℃以下達成)と言えます。

近年、環境配慮への意識の高まりとともに、日本でも環境金融に関する様々な動きが広がっています。環境金融の具体的な機能は下記の2つに大別されます。

(1)環境負荷を低減する事業への直接融資
環境プロジェクトへの融資、環境設備投資への融資、環境ベンチャー企業への融資、環境ビジネスに関連するリスクへの保険サービス事業への融資など

(2)企業行動の環境への配慮を組み込む動きに対する投資
融資先の企業活動を環境面から評価し、その結果を投融資活動に反映することで、企業側に環境に配慮した行動を誘います。環境格付融資や責任投資(RI:Responsible Investment)など

環境負荷を低減する事業への直接融資

グリーンボンド

企業、金融機関、自治体が自然エネルギー事業、省エネ対応の建築物の建設・改修や環境汚染の防止といった事業のために、必要となる資金の調達を目的として発行する債券のことです。グリーンボンド原則(以下、GBP)で下記の3つの要件が必要とされています。

① 資金の用途を環境関連事業に限定
② 資金の追跡管理
③ 債券発行後のレポートによる透明性の確保

パリ協定や、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に関する情報を考慮したEGS投資(後ほど詳しく説明)が急増しており、ESG投資を宣言した機関投資家によるグリーンボンド投資が始まっています。(*2_9P)

地域低炭素投資促進ファンド(グリーンファンド)

国が基金設置法人(一般財団法人グリーンファイナンス推進機構)に補助金を供出し、基金設置法人から地域における低炭素プロジェクトに出資するする仕組みをグリーンファンドと呼びます。この仕組みにより民間資金による出資を促し、温暖化対策と地域活性化の同時実現を目指しています(*5_2P)
民間による国内の自然エネルギーへの投資額は、2016~2020年で累計8.5兆円との試算があります。環境省は民間による投資額や事業の進捗状況を踏まえ、グリーンファンドの出資目標を設定し、出資を行っています。(*5_4P)

企業行動の環境への配慮を組み込む動きに対する投資

ESG投資

ESG投資とは、企業活動における環境(Environment)、社会(Socail)、企業統治(Governance)に関する情報を重要な判断材料とする投資のことです。環境に関しては、CO2削減に取り組んでいるか、自然エネルギーを活用しているか等を確認します。社会に関しては、地域貢献、労働環境改善などの取り組み状況等を確認します。収益を上げつつ不祥事を防止する経営が行われているか、つまり企業統治の仕組みが機能しているかどうかも確認します。

世界全体のEGS投資残高は2016年で22.9兆米ドル(2,519兆円,110円/米ドル換算)です。近年日本でもESG投資が普及しはじめていますが、日本のEGS投資残高は2016年で56兆円、2017年で136兆円、2018年で232兆円と増加傾向にありますが、まだ拡大の余地があると考えられます。(*4_4P, *6)

環境省では、2015年にESG検討会(持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会)を設立し、2017年にESG投資に関する理解の向上を目的とした解説書を公開しています。

ESG検討会「ESG投資に関する基礎的な考え方」

https://www.env.go.jp/policy/esg/pdf/rep_h2901.pdf

さらに投資家と企業が直接対話を行い、企業が環境負荷低減に対してどのような取り組み状況を行っているかを確認できる「環境情報開示基盤整備事業 ~EGS対話プラットフォーム~」を構築しています。(*6)

環境情報開示基盤整備事業は、環境負荷低減を行う企業へ投資が加速することを目指し、データベースと直接対話を一体化したプラットフォームを構築しています。このプラットフォームにより、投資家は企業の環境情報にアクセスしやすくなります。

参考までに環境情報開示基盤整備事業はYouTubeに公式チャンネルを作成しており、セミナー等の動画が公開されています。

https://www.youtube.com/channel/UCshlv1jYzIwunNX5dQpiFGA

環境配慮型融資促進利子補給事業

民間資金が環境負荷低減を行う企業(事業)に活用されるよう、直接金融市場(グリーンボンド、フリーンファンド、ESG投資)の整備に加えて、間接金融市場(銀行融資)においても仕組みの整備が進んでいます。その1つとして、企業による環境に配慮した取り組みを評価し、評価結果に応じた低利融資を行う仕組みがあります。低利融資をバックアップするため、環境省による環境配慮型融資促進利子補給事業が行われています。(*7)

平成30年度の場合、利子補給金総額は約6億100万円で、新規融資の場合、利子補給率は融資条件により0.5%もしくは1.0%です。(*8)

エコリース促進事業

家庭、業務、運輸部門を中心とした地球温暖化対策として、自然エネルギー対応設備などをリースで導入した際に、リース料総額の2~5%を補助する補助金制度です。なお、岩手県、宮城県、福島県の場合、補助率は10%です。(*9)

対象リース先は、中小企業(資本金3億円以下の会社)、医療法人、社会福祉法人等(従業員の数が100人以下)、個人事業主等です。補助金申請は環境省から指定を受けた指定リース事業者が行いますので、リース先では補助金申請の手続きは必要ありません。(*9)

なお、設備をリースする業者は環境省の公募に申請し、審査に通れば指定リース業者に認定されます。(*10)
次に投資規模の大きいグリーンボンドの国内外の事例を紹介します。

グリーンボンドの事例紹介
グリーンボンドの発行実績

近年、国際的にグリーンボンドの普及が急速に進んでいます。Climate Bonds Initiative (CBI,英国NGO)によると、世界のグリーンボンド発行実績は2018年で1,709億米ドル(18兆7990億円,110円/米ドル換算)、2019年は2,500億米ドル(27兆5000億円,110円/米ドル換算)を見込んでいます。(*11)

国内企業によるグリーンボンド発行実績は、2018年に5,363億円、2019年は10月現在で5933億円を超えました。しかし、海外と比較するとまだ拡大する余地があると考えられます。 (*12)

グリーンボンドの海外事例

【EDF(Électricité de France)の事例】
EDFはフランスの大手電力会社です。元々は国有会社でしたが、2004年に「EDF・GDF株式会社化法」により株式会社化され、一部の株式(約15%)が一般公開されました。2017年末現在、EDFの他に、CNR(フランスENGIE社系)、UNIPER(ドイツE.ON社系)の発電事業者がありますが、EDFが国内発電電力量の約80%を占めています。(*13)

発電事業を行っているEDFは、2017年1月に260億円のサムライ債(海外の発行体が日本国内市場で募集・発行する円建て債券)を発行しています。資金調達の用途は「新規再生可能エネルギー発電設備の建設、既存水力発電設備の改修・更新・自動化、新規水力発電設備の建設」であり、グリーンボンドに属します。(*14)

EDF ANNUAL RESULTS 2018(*15_53P)によると、2017年1月に196億円と64億円(計260億円)が計上されています。また2013~2016年には、これとは別にグリーンボンドによる資金調達の実績があります。2016年の場合、17億5000万ユーロのグリーンボンドが計上されており、「米国とカナダで5つの風力プロジェクト、及びメキシコで1つの太陽光プロジェクトの建設」で7億6400万ユーロ、「フランス国内の既存の水力発電所(400か所以上)に対して、改修、近代化、および開発事業」に4億2400万ユーロが使用されたことが報告されています。

グリーンボンドの国内事例

【SMBCグループ グリーンボンドの事例】

SMBCグループでは、国内外の債券市場にグリーンボンドを発行しています。グリーンボンドで調達した資金は、自然エネルギーや省エネ事業等、環境に配慮したプロジェクトに充当されます。本グリーンボンドの運用により環境負荷低減に貢献しています。(*16)

SMBCグループのグリーンボンドの発行実績(*17)は以下の通りです。

2015年10月14日:5億米ドル
2017年10月4日: 5億ユーロ
2018年12月7日: 2億2780万米ドル、8320万豪ドル
2019年5月22日: 5億ユーロ

2019年7月31日に発行されたFY3/2019 Aunual Green Bond Investor Reportによると、本グリーンボンドは、日本向けに30%、英国に25%、EU(英国以外)に24%、米国に13%投資されています。エネルギー別には、風力エネルギーに56%、太陽エネルギーに36%、バイオマスに8%投資されています。(*18_1P)。本グリーンボンドによる投資により、100万米ドル当たり786.8トンのCO2が削減されたと報告されています。(*18_2P)

まとめ

2015年に採択されたパリ協定では、「世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分に下回るものに抑えるとともに、1.5℃に抑えるための努力を継続すること」が宣言されています。しかしながら、2℃目標達成のためには巨額な資金が必要です。

一方、金融は経済の血液とも言われるほど、金融の在り方が経済や社会の方向性に大きく影響します。そのため、金融市場を通じて環境負荷低減活動を行う事業、環境に配慮した事業等へ投資を促す仕組みが必要です。グリーンボンドに代表される環境金融の仕組みを普及させ、国内外の民間資金が環境負荷低減を行う事業に投入されるよう、継続的な努力が求められます。

同時に投資家側にも環境に配慮した判断が求められます。長期的には環境負荷の低減を行わないと収益が得られないこと理解し、短期的に利益を上げてもそれが環境に大きな負荷をかける事業なら投資を抑制する判断が求められます。

環境金融の整備による環境負荷低減を行う事業への投資加速が2℃目標実現の鍵と言えます。

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参照・引用を見る

*1
環境省「持続可能な開発のための2030アジェンダ/SDGs」
http://www.env.go.jp/earth/sdgs/index.html

*2
環境省「グリーンボンドガイドライン2017年版」
http://www.env.go.jp/policy/greenbond/gb/greenbond_guideline2017.pdf

*3
国立環境研究所 「複数分野にわたる世界全体での地球温暖化による経済的被害を推計」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20190925/20190925.html

*4
環境省「環境金融を巡る動き(ESG投資)」
https://archive.iges.or.jp/files/research/sgc/20180315/7_okuyama.pdf

*5
環境省「地域低炭素投資促進ファンド事業」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gyoukaku/H27_review/H28_fall_open_review/siryo/10_2.pdf

*6
環境省「環境情報開示基盤整備事業 ~ESG対話プラットフォーム~」
https://www.env-report.env.go.jp/outline.html

*7
環境省「環境金融拡大に向けた利子補給事業の募集」
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/kobo/h31/32.html

*8
公益財団法人 日本環境協会「平成30年度環境配慮型融資促進利子補給事業について」
https://www.jeas.or.jp/activ/prom_21_00.html

*9
一般社団法人 ESCO・エネルギーマネジメント推進協議会 エコリース促進事業部
https://www.eco-lease.or.jp/

*10
環境省「エコリース促進事業に係る指定リース事業者の募集」
https://www.env.go.jp/press/105082.html

*11
Climate Bonds Initiative
https://www.climatebonds.net/

*12
グリーンボンド発行促進プラットフォーム「市場普及状況(国内・海外)」
http://greenbondplatform.env.go.jp/greenbond/current.html

*13
電気事業連合会「フランスの電気事業 電気事業体制」
https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_jigyo/france/detail/1231556_4779.html

*14
グリーンボンド発行促進プラットフォーム「EDF発行概要」
http://greenbondplatform.env.go.jp/greenbond/list/w14.html

EDF Green Bonds
https://www.edf.fr/en/the-edf-group/dedicated-sections/investors-shareholders/bonds/green-bonds

*15
EDF ANNUAL RESULTS 2018
https://www.edf.fr/sites/default/files/contrib/groupe-edf/espaces-dedies/espace-finance-en/financial-information/publications/financial-results/2018-annual-results/pdf/fy-results-2018-appendices-20190215.pdf#page=53

*16
SMBCグループ グリーンボンド
https://www.smfg.co.jp/sustainability/materiality/environment/procurement/

*17
SMBCグループ グリーンボンド「グリーンボンド発行実績」
https://www.smfg.co.jp/sustainability/common/pdf/materiality/greenbond-issue-performance.pdf

*18
SMBCグループ グリーンボンド「FY3/2019 Aunual Green Bond Investor Report」
https://www.smfg.co.jp/sustainability/materiality/environment/procurement/pdf/FY32019_Annual_Report.pdf

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