「江戸前の寿司ネタはほとんどが輸入品」
以前はそう聞いて驚く人もいました。でも、日本が多くの食料を輸入に頼っていることは、現在では広く知られています。
産地からその国の港へ、そこから日本の港へ、そして店舗へと、日々、大量の食料が輸送されています。
そのプロセスで排出されるCO2(二酸化炭素)・・・。
私たちの命を支える「食」が地球環境の破壊につながっている―そのことを教えてくれるのが、フード・マイレージです。
フード・マイレージとは
~日本の食料自給率と輸入~
フード・マイレージは食料自給率と深い関係があります。
まず、日本の食料自給率をみてみましょう(以下の図1)。
図1 2018年度食料自給率
出典(図3とも):*1 農林水産省(2019)「平成30年度食料自給率について」 図1:p.7、図3:p.12
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-12.pdf
日本の食料自給率は図1のように、1965年から低下傾向が続き、2000年代に入ってからは横ばい状態が続いています。
次に、日本の食料自給率を他の国と比較してみましょう(以下の図2)。
図2 各国の食料自給率(カロリーベース、%)
出典:*2 農林水産省(2019)東北農政局「日本と世界の食料自給率」
https://www.maff.go.jp/tohoku/monosiritai/touhoku/jirei1.html
この図から、日本の自給率は他の国と比較して際立って低いことがわかります。
そのため、日本は大量の食料を輸入に頼っています。
以下の図3はその例です。
図3 日本の国別輸入量(小麦、とうもろこし、大豆)
この図からわかるように、主要な食料や飼料が、日本から遠く離れた国々から輸入されています。
ここで問題になるのは、こうした輸入に伴って排出されるCO2です。
~イギリスにおけるフードマイルズ(Food Miles)運動~
1990年代の初頭、この問題に警鐘を鳴らした人がいました。
イギリスの食料政策研究者、ティム・ラング(Tim Lang)氏です。
彼は、食料の貿易によって多くのCO2が排出され、環境に負荷をかけていることを問題視していました。しかし、多くの消費者は貿易による環境負荷を知らず、無関心でした。
そこで、彼は「食物を値段や見かけだけで判断せずに、どれほど遠くから運ばれてきたか」にも目を向けるよう促しました。
「食べ物がどこから来て、どのように生産され、人々の手に渡るか」を認識することが「フードマイルズ(Food Miles)」の根幹をなす考え方です。
1992年に彼が初めて使ったこの用語、「フードマイルズ」が合言葉となり市民運動が始まりました。
「地球を救うために地元の食料を購入する」―これが現在も続いているこの運動のコンセプトです。食料の輸送距離をできるだけ少なくし、CO2排出量を抑えるためです *3:pp.1-5。
これは、日本が推進している「地産地消」のコンセプトと合致します。このことについては後ほど詳しくお話しします。
~「フード・マイレージ(Food Mileage)」という指標~
フードマイルズ運動のコンセプトを反映させ、指標化したのが、「フード・マイレージ」です。
この「フード・マイレージ」は、農林水産政策研究所の元所長による造語―つまり、日本製の造語で、以下がその定義かつ計算式です。
フード・マイレージ=食料輸送量×輸送距離 *単位:t・km(トン・キロメートル) |
この「輸送距離」がどのようなものか、概念図で確認しましょう(以下の図4)。
図4 フード・マイレージの輸送経路 概念図
出典(図4-図6、図8、図9):*4 農林水産省(2008)中田哲也 (北陸農政局 企画調整室長)
「フード・マイレージについて」 図4:p.5、図5:p.6、図6;p.8、図8:p.10、図9:p.17
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/06/pdf/data2.pdf
この図のように、「輸送経路」とは、「産地から輸出港までの直線距離」と「輸出港から輸入港までの海上輸送距離」を合算したものです。
フード・マイレージは、単純な数式によって「食料の輸入が地球環境に与える負荷」が把握できます。何故なら、輸送方法にもよりますが、一般的に輸送距離が長いほどCO2排出量は増えるからです。
単純だからこそわかりやすいというのがこの指標のメリットのひとつです。
日本のフード・マイレージの特徴とその要因
では、日本のフード・マイレージには、どのような特徴があるのでしょうか。
諸外国と比較しながらみてみましょう(以下の図5)。
図5 日本と諸外国のフード・マイレージ
この図からわかるように、日本のフード・マイレージは諸外国と比べて、突出して高い数値を示しています。
その要因は何でしょうか。
先ほどみたように、フード・マイレージは「食料輸送量」と「輸送距離」の積ですから、このどちらか、あるいは両方に問題があることがすぐにわかります。
繰り返しになりますが、コンセプトも数式も単純ゆえの、こうしたわかりやすさ、イメージのしやすさが、フード・マイレージの優れた特徴のひとつです。
では、以下の図6をご覧ください。
図6 各国の食料輸入量と平均輸送距離
このグラフの横軸は「食料輸入量」を、縦軸は「平均輸送距離」を表しています。
この図をみると、日本は諸外国に比べて、「食料輸入量」、「平均輸送距離」ともに、非常に高い数値を示していることがわかります。
このうち、食料輸入量の多さには、先ほどみたとおり、食料自給率の低さが反映しています。
ただ、日本は食品ロスも非常に多く、そのうちの半分近くが家庭からの廃棄であるということも心に留めておく必要があるでしょう(以下の図7)。
食料を大量に輸入しつつ、大量の食品ロスを発生させている―このような状況を改善することも重要です。
図7 日本の食品ロス(2016年)
出典:*5 農林水産省(2019)「食品ロスとは:日本ではどれくらいの食品ロスが発生しているの?」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/161227_4.html
次に、平均輸送距離の長さには、輸入する食料の産地が日本から遠距離であるという、日本の地理的な条件が反映しています。
このことは、隣国の韓国の輸送距離の長さからも窺えます。
日本が食料を輸入する際に輸送により排出されるCO2の量は、年間1億6,900万トンで、1人当たりに換算すると、約130kgと推計されています *4:p.10。
これは、国内で食料を輸送する際のCO2排出量の1.87倍にあたります *4:p.9。
以下の図8は、食料輸入に伴うCO2排出量と、それと同等の、日常的な省エネによるCO2削減量を表しています。
図8 日本の食料輸入に伴うCO2排出量およびそれと同等の省エネによるCO2削減量
この図をみると、食料輸入によるCO2排出量がどれほど多いか実感できます。私たちは輸入食物を食べることによって、知らず知らずのうちに地球環境にこれほどの負荷をかけているのです。
食料の輸送によるCO2排出の問題を解決するためには、「遠い産地の食料を買わずに、近くで生産されたものを買う」ことが大切です。
ここで、私たちは、「地球を救うために地元の食料を購入する」というフードマイルズのコンセプトに立ち戻ることになります。
地産地消とその効果
フードマイルズのコンセプトは、日本が現在、推進している「地産地消」のコンセプトと合致します。農林水産省は「地産地消」を以下のように定義しています *6:p.1。
地域で生産された農林水産物を地域で消費しようとする取組。 食料自給率の向上に加え、直売所や加工の取組などを通じて農林水産業の6次産業化につながるもの |
では、日本は地産地消のポテンシャルがどの程度、あるのでしょうか。
以下の図9で確認してみましょう。
図9 各国の緯度差・年間降水量・年平均気温
上の図9は、各国の緯度差・年間降水量・年平均気温を表しています。
この図をみると、日本は他の国々と比較して、年間降水量が多く、年平均気温も高いことがわかります。
また、緯度差が大きいため、さまざまな種類の作物が収穫できます。
このことから、日本は農業に適した風土をもち、食料増産のポテンシャルが高いことがわかります。
したがって、地産地消の取り組みは食料自給率を高めるのに寄与する可能性が高いといえるでしょう。
ただし、地産地消の効果は、食料自給率を高め、地球環境への負荷を低減することだけではありません。
では、どのような取り組みにより、それ以外のどのような効果が期待できるのでしょうか。
まず、地産地消の取組事例をみてみましょう(以下の図10)。
図10 地産地消の取り組み例
出典:*6 農林水産省(2019)「地産地消の推進について」 p.1
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gizyutu/tisan_tisyo/attach/pdf/index-69.pdf
上のような取り組みにより、次のようなさまざまな効果が期待されています *6:p.1・*4:p.3。
●「生産者」と「消費者」の結びつきの強化
・食の安定供給
・食の安全性の確保
・伝統的な食文化の継承
・食育の推進
●地域の活性化
・農業振興
・六次産業化
・消費の拡大
・小規模生産者への支援
●流通コストの削減
・生産者の収入確保
このように、地産地消は農業振興を促し、食料自給率を高め、輸入に伴うCO2排出量の抑制に有益ですが、それ以外にもメリットの多い優れた取り組みといえます。
海外における取り組み事例:スローフード運動
ここでは、地産地消に類似した海外での取り組み事例について簡単にお話ししたいと思います。
ティム・ラング氏がイギリスでフードマイルズを提唱した1992年から遡ること数年、1986年に北イタリアの小さな町で始まったのがスローフード運動です。
その発端となったのは、ファストフード店のイタリア進出でした。
スローフードにコミットした人々は、ファストフードに代表されるような食の画一化に疑問を呈し、地域に根ざした食文化とその多様性、そうした食べ物の生産者を守る活動の重要性を唱えました *7:p.29。
スローフードのポリシーは以下のようなものです *8:p.4。
- おいしく健康的で(GOOD)、環境に負荷を与えず(CLEAN)、生産者が正当に評価される (FAIR) 食文化を守る
- 食の生物多様性を守っていく
スローフード運動のキーワードは「地域」です *7:p.29。
そのため、地域の食文化を守るために、「生産者と消費者をむすぶ」活動に力を注いでいます。
この活動は、「顔の見える関係」の構築に役立ち、食の安全性や食育にもつながることから、一種の地産地消と捉えられています *7:p.34。
また、伝統的な農業を営む小規模生産者を直接支援するためのプレシディオ(Presidio)という食品認定制度を設けるなど *9:p.155、持続可能な農業を守るためのさまざまな活動にも取り組んでいます。
日本の取り組み事例とフード・マイレージ
ここでは、日本における地産地消の取り組み事例を、フード・マイレージと関連づけて、2例ご紹介します。
まず、1例目は、「(株)亀井ランチ特製 地産地消弁当」です(以下の図11)。
図11 (株)亀井ランチ特製 地産地消弁当
出典(図11-図、表1):*4 農林水産省(2008)中田哲也 (北陸農政局 企画調整室長
「フード・マイレージについて」 図11:p.11、図12:p.12、図13;p.13、表1:p.18
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/06/pdf/data2.pdf
この特製弁当を作るにあたって、以下の3つのケースでフード・マイレージを試算しました *4:p.11。
- ケース1:市場流通に委ねて食材を調達した場合
- ケース2:市場で国産食材を選んで調達した場合
- ケース3:全て熊本県産の食材を使用した場合(地産地消弁当)
では、その試算結果はどうなったでしょうか。
図12 食材の調達範囲の違いによるフード・マイレージの試算
この図をみると、ケースによって数値の差異が非常に大きいこと、その中で地産地消は驚異的に低い値であることがわかります。
2つ目の事例は「トーフ・マイレージ」という試みです *4:13。
この試みは、埼玉県小川町で地元産大豆を使って豆腐5千丁を作った場合の原料大豆(1トン)と輸入大豆を使った場合のフード・マイレージを比較したものです。
では、その試算結果はどうなったでしょうか。
図13 トーフ・マイレージの試算
図13のように、輸入大豆を使った場合に比べ、地元産大豆を使った場合は、フード・マイレージ、CO2排出量ともに非常に値が低いことがわかります。
以上の例からわかるように、フード・マイレージを用いると、食料の輸送による地球環境への負荷が一目瞭然で把握でき、地消地産の優れた特質が明確になります。
フード・マイレージの限界
これまでみてきたように、フード・マイレージにはメリットもありますが、その反面、限界もあります。ここではその限界を2点お話しし、別の仕組みと比較することを通して、フード・マイレージの特徴を再確認してみたいと思います。
まず1点目の限界は、輸送機関による環境負荷を考慮していないことです *4:p.18。
以下の表1は「二酸化炭素排出係数」と呼ばれるもので、1トンあたりの輸送に伴うCO2排出量を示したものです。
表1 二酸化炭素排出係数
この表のように、二酸化炭素係数は輸送機関の種類によって大きな差異がありますが、フード・マイレージには、そのことが反映されていません。
2つ目の限界は、フード・マイレージは輸送に限定した指標であるということです *4:19。
食料は生産され、加工され、輸送され、店舗に並び、それを消費者が買って家に持ち帰り、調理して食べ、一部が廃棄されますが、こうしたライフサイクルのうち、輸送だけに着目するのがフード・マイレージです。
例えば、同じ産地、同じ種類の食物であっても、ハウス栽培と路地物を旬に収穫するのとでは、当然、CO2の排出量が違います。あるいは、生で食べるのと電気やガスを使って調理をするのとでも異なります。
廃棄する場合にも、焼却炉に運んで焼却処分にするのと、コンポストを使ってたい肥にするのとでは異なります。
フード・マイレージは、輸送以外のこうしたCO2排出については考慮しません。そのため、最近は、「カーボンフットプリント」にも注目が集まっています。
カーボンフットプリントとは、「商品のライフサイクル全体で排出された温室効果ガスを、二酸化炭素の排出量に換算して『見える化』する仕組み」で、数値は一定のルールに基づいて算出します *10:p.1。
以下の図14は、カーボンフットプリントのコンセプトと意義を表しています。
図14 カーボンフットプリントのコンセプトと意義
出典:*10 経済産業省(2012)「カーボンフットプリント制度の概要について(詳細版)」 p.1
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sangi/carbon_neutral/pdf/001_s01_01.pdf
このように、カーボンフットプリントには商品のライフサイクル全体の環境負荷が見えるという優れた面もありますが、そのコンセプトも計測方法も複雑でわかりにくいのが欠点です。
一方、フード・マイレージは、先ほど2つの事例でみたように、非常にわかりやすく、地産地消のよさが可視化できるため、その実践につながりやすいという大きなメリットがあります。
これらのことから見えてくるのは、何でしょうか。
フード・マイレージと地産地消の今後の展開
フード・マイレージのメリットとデメリットを総合的に理解し、その特徴を確認することから見えてきたのは、以下のようなことではないでしょうか。
フード・マイレージを用いて有用性を明確にした上で、地産地消を実践する。
ただ、その際に、「地域で生産された農林水産物」がどのように生産されたか、それをどのように消費し、廃棄するかにまで留意し、その食物のライフサイクル全体にも目を向ける。
以上のような取り組みが地産地消の質を高め、CO2の排出を抑制して、地球環境を守ることに役立つはずです。
単純であるがゆえにわかりやすく活用しやすいフード・マイレージ。
この指標をどう生かすか―それは私たちの知恵と工夫にかかっています。
参照・引用を見る
*1
農林水産省(2019)「平成30年度食料自給率について」https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-12.pdf
*2
農林水産省(2019)東北農政局「日本と世界の食料自給率」https://www.maff.go.jp/tohoku/monosiritai/touhoku/jirei1.html
*3
Tim Lang, Centre for Food Policy, City University London, ‘Food Miles’, 2006(‘Locale / globale (food miles)’, Slow Food (Bra, Cuneo Italy), 19, May 2006, p.94-97])https://www.city.ac.uk/__data/assets/pdf_file/0007/167893/Slow-Food-fd-miles-final-16-02-06.pdf
*4
農林水産省(2008)中田哲也 (北陸農政局 企画調整室長)「フード・マイレージについて」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/06/pdf/data2.pdf
*5
農林水産省(2019)「食品ロスとは:日本ではどれくらいの食品ロスが発生しているの?」https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/161227_4.html
*6
農林水産省(2019)「地産地消の推進について」https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gizyutu/tisan_tisyo/attach/pdf/index-69.pdf
*7
中村麻理(2009)「日本におけるスローフード運動の展開―食育政策との相互作用に注目して―」
http://kakeiken.org/journal/jjrhe/83/083_03.pdf
*8
一般社団法人日本スローフード協会(2017)「What is Slow Food?」https://docs.wixstatic.com/ugd/fee434_c9bd1aca763e4fa8a89ae2556038d98b.pdf
*9
農林水産省(2012)「海外取組事例の文献調査結果報告書」https://www.maff.go.jp/j/study/syoku_vision/manual/pdf/txt12.pdf
*10
経済産業省(2012)「カーボンフットプリント制度の概要について(詳細版)」https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sangi/carbon_neutral/pdf/001_s01_01.pdf
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