医薬品による環境汚染のリスクと各国の対策 ~社会全体でつくろう未来の健康~

医薬品による環境汚染のリスクと各国の対策 ~社会全体でつくろう未来の健康~

20世紀後半に化学物質による公害が問題化して以降、人や動物の健康・生命に直接的に損害を与える有害物質の排出についての規制が進んできました。
一方、内分泌攪乱物質(いわゆる「環境ホルモン」)のように作用の因果関係が捉えにくい物質については、研究や対策がなかなか進展しませんでした。

20世紀末から現在までにそうした物質の影響についての理解が進み、これまで見過ごされてきた汚染物質に光が当てられるようになりました。
そのひとつが医薬品です。
使用後に体内から排出された医薬品成分や、未使用で廃棄された医薬品が生態系に大きな影響を与える可能性のあることがわかってきたのです。

医薬品がどのような環境リスクをはらんでおり、それに対しどのような対策が検討・実施されているか、近年の動向を整理して紹介します。

医薬品は環境中にどのように流出しどんな影響を与えるか

医薬品の流出源は広範囲にわたります。
それぞれの地点から排出される医薬品成分は限られた種類であったとしても、環境中には低濃度ながら相当多くの成分が蓄積されることになります。
そしてそれらは動物の行動に悪影響を与えたり、細菌を好ましくない方向へ進化させたりする危険をはらんでいます。

環境中に流出する医薬品の種類と流出経路

河川や下水放流水(下水処理場で処理された後に河川に放出される水)を対象にした調査では、消毒薬、かゆみ止め、解熱鎮痛薬などの家庭でよく使われるものから、降圧薬、向精神薬、抗がん剤、抗ウイルス薬、抗菌薬などの処方薬にいたるまで、多種多様な医薬品の成分が検出されています*1。

下水処理場には住宅、医療機関、産業施設などからの排水が集まります。
個人が服用した医薬品の成分は、大半は体内の化学反応で別の物質に変化してから、尿や便となって体外に排出され、下水に入ります。
医療機関では入院中の患者の体内から排出されるもののほか、検査室などからの排水にも医薬品が含まれており、それらが下水へ、さらには下水処理場を経て河川へと運ばれます。

製薬会社の工場や畜産施設などから出る排水については世界各国で厳しい規制が敷かれており、日本でも薬機法や化審法、水質汚濁防止法を初めとする多数の規制が存在します*2。

とは言え、従来規制の対象となってきたのは直接的な毒性のある化学物質、例えば放射性物質、発がん性物質、劇薬といったものです。
人や家畜に普通に投与される医薬品については基本的には顧慮されてきませんでした。

医薬品のうち、とくに抗菌薬については、後述する薬剤耐性菌の問題が深刻化したことにより、近年いち早く使用・排出に関する規制が進められているところです。
しかし途上国では規制が進んでいないことがあり、ジェネリック薬や製剤原料で今や世界的なシェアを持つインドでは、抗菌薬などが工場から大量に廃棄されていると言われています*3。

医薬品の影響① 動物の行動異常

人に投与された薬であっても、環境中で他の生き物の行動に影響を与える可能性があります。
医薬品が体内で作用するメカニズムを簡単に解説してから、生き物の行動異常の例を紹介します。

医薬品の作用メカニズム

人の体内に投与された薬の成分は、血流にのって体中をめぐり、やがて薬の標的となる細胞に到達して、細胞に存在する受容体と呼ばれる分子と結合します*4。
薬の成分は「鍵」のようなもので、これが受容体という「鍵穴」に結合し、特定の反応を作動させたり(下図左)、周囲に存在する分子と拮抗して本来生じるはずの反応を遮断したり(下図右)して、治療効果をもたらします。

 

図1:医薬品と受容体の結合でもたらされる作用
出所)日本製薬工業協会「薬の情報Q&A Q7 くすりはどのようにして効くのですか。」
http://www.jpma.or.jp/medicine/med_qa/info_qa55/q07.html

医薬品はこのように体内の特定の受容体分子に作用し、しかも過大な副作用が出ないようにデザインされています。
しかし、その成分が他の生物の体内に取り込まれた際にどんな作用をするかまでは考えられていないのが通例です。

人とはまったく別の種に属する生き物であっても、進化の上では何らかのつながりがあり、同じ分子やよく似た分子を体内に持っていることがよくあります。
したがって、人間用医薬品の成分が他の生物の体内にある受容体分子とたまたまうまく結合してしまうことがあります。

しかも、その結合により生じる作用は人間の場合とは異なる場合があるため、予想もしないような作用を引き起こす恐れがあるのです。
内分泌攪乱物質はその一種です。*5_p7

家畜用の医薬品についてもまったく同じことが言えます。

医薬品の作用で生じる行動異常の例

抗うつ薬を溶け込ませた水の中に二枚貝とコイ科の魚を入れたところ、二枚貝の産卵数と繁殖力が劇的に増加し、普段は暗い間だけ動き回る習性を持つコイ科の魚が明るい環境でも動き回るようになるという行動異常が現れました*5_p21。

ただしこれらは実験で観察された行動異常です。
実際の環境の中で影響を特定したり、それに近い環境、例えばごく低濃度の医薬品が溶け込んだ水中での長期間飼育などで実験を行ったりするのは難しいのが現状です。
しかしながら、大きな問題が実際に発生する前に、例えば新薬開発の段階で、実際の環境を考慮した実験などにより医薬品のリスクを測れるようにすることが未来へ向けた課題と言えます。

例外的に、実際の環境中で起こった甚大な影響が証明された事例があります。
しかも安全と思われていた医薬品が生き物を殺してしまったという例です。

それはジクロフェナクの事例です。ジクロフェナクは鎮痛消炎剤として人にも家畜にも広く用いられており、一般的に安全性の高い薬とされます。
ところが、インドなどに生息するハゲワシ3種が家畜の死肉に含まれるジクロフェナクを摂取したことが原因で次々と死に至り、1990年代に絶滅の危機に瀕してしまったのです*6。

こうした直接的で激烈な影響は例外的だろうと考えられていますが、たとえ目立たない(確かめにくい)小さな行動異常であっても、多数の個体や多数の種に起これば生態系に大きな影響を及ぼす恐れがあります。

医薬品の影響② 薬剤耐性菌の発生

また、抗菌薬の使用によって生まれる薬剤耐性菌の問題はすでに人間社会に大きな影響を与えています。

細菌は非常に速いスピードで分裂しており、それだけ突然変異による進化の機会を多く持っています。
また、環境中に浮遊する他細菌由来の遺伝子が取り込まれることによって起こる進化も比較的頻繁に見られます。
そして、こうした現象により特定の抗菌薬に抵抗力(耐性)を持った病原菌が誕生してしまう場合があります*7。

抗菌薬が多用される環境では、耐性を獲得すれば生存に非常に有利です。
言い換えれば、抗菌薬の存在が細菌に対する圧力(進化の「選択圧」)となり、薬剤耐性を獲得した細菌の繁殖を促すことになります。
抗菌薬の過少投与によっても問題が生じることがあります。耐性菌であっても高濃度の薬剤に十分な期間さらされれば増殖できなくなることが多いのですが、投与量や投与期間が中途半端だと耐性のない菌だけが死滅し、耐性菌が生き残って多数派となってしまうのです*8。

従来、医療や畜産の現場で抗菌薬が濫用されてきたきらいがあり、それによって次々と薬剤耐性菌が生まれ、中には複数の薬剤に耐性を持つ例(多剤耐性菌)も出現しています。
その結果、有効な抗菌薬は減り、新しい抗菌薬の開発も段々と難しくなっています。

例えば、食中毒や皮膚疾患、肺炎などを引き起こす黄色ブドウ球菌は、かつては抗菌薬のペニシリンやメチシリンで治療されていました。しかし、現在ではこれらの薬剤に耐性を獲得したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が多数派となってしまい、とくに院内感染の原因菌として大きな問題となっています*9。
また、薬剤耐性菌や薬剤耐性遺伝子は環境や食肉などを介して人から動物、あるいは動物から人へと伝播することもあるため、多面的な対策が必要とされます(図2)。

図2:薬剤耐性菌・薬剤耐性遺伝子の伝播経路
出所)動物医薬品検査所「薬剤耐性菌とは What is AMR?」
https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/yakuzai_p1.html

医薬品による環境汚染を防ぐための海外の取り組み

こうした問題に対し、アメリカやEU諸国では20世紀末頃からさまざまな取り組みが開始されています。

医薬品の環境リスク規制と汚染防止に向けた包括的な戦略

医薬品が環境に与える影響を把握するためには、実際の環境中にどんな医薬品がどれほどの濃度で存在するかを正確に測定することが土台となります。
また、どの程度以上の濃度であれば危険かを判定する基準も必要です。

1980年代頃から米国とEUで環境中の医薬品の検出や安全基準に関する研究が徐々に進められた結果、米国では1998年、EUでは2006年に、新薬申請時の環境リスク規制が導入されました。

米国とEUの方式は細部は異なりますが、大筋では共通しています。
まず、開発中の新薬が一般に流通したと仮定し、使用された新薬の成分が環境中にどのように拡散するかを予測して、河川などでどの程度の濃度で成分が検出されるかを推定します。この推定に基づき、必要に応じて動物実験を行って環境リスクを評価します*10。

さらに2019年には、医薬品の開発から生産、流通、廃棄・回収までの全過程に介入するための包括的な環境保護戦略がEUで採択されています。
環境リスクのモニタリング、排出・廃棄削減、環境に配慮した医薬品の設計と利用方法の推進などが盛り込まれています*11。

「ワンヘルス」の考え方と薬剤耐性対策の「グローバル・アクションプラン」

人・家畜の医薬品が他の動物に与える影響や薬剤耐性菌の問題を考えると、人の健康は動物の健康や環境の状態と密接につながりあっており、別々に考慮しても不十分であることがわかります。
こうした反省から、人・動物・環境を一体として捉えて包括的な衛生対策を図ろうとする「ワンヘルス」の考え方が国際的なスタンダードとなってきています。

とくに薬剤耐性菌の問題は非常に深刻です。
このまま放置すれば2050年には年間1,000万人が耐性菌で命を落とすという予測もあります*12。
そこで、WHOは薬剤耐性に関する

「普及啓発・教育」
「動向調査・監視(モニタリング)」
「感染予防・管理」
「抗微生物剤(抗菌薬)の適正使用」
「研究開発・創薬」

の5項目を盛り込んだ「グローバル・アクションプラン」を2015年に採択し、これに基づき世界各国が2年以内に自国のアクションプランを策定することを求めました。
なお本件に関する日本の応答は後ほど紹介します。

下水処理に関する取り組み

下水が環境中に放流される前に医薬品濃度を安全なレベルに引き下げるための浄化技術の研究が各国で進められており、国家レベルでの取り組みも見られます。
例えば、オランダでは2018年に医薬品ろ過技術の実証のため3000万ユーロの助成制度を設け、下水処理技術の向上を後押ししています*13。

未使用医薬品の回収

使用予定のない(使用期限の過ぎた)医薬品を回収するシステムは、従来は医療機関を対象とし、事故や不正使用の防止を主眼として運営されてきました。
日本の回収システムは現在もそうしたものです。

今後求められるのは、環境保全を主眼とし、一般家庭も対象に含めた回収システムです。イギリスやフランス・オランダなどのEU諸国ではそうしたシステムがすでに導入されています。
例えば、未使用医薬品を地域の薬局で回収するといった仕組みになっています*14。

消費者としても、医薬品の環境リスクを理解した上で、未使用医薬品を安易に廃棄せず、安全な回収に協力していくことが求められます。

医薬品による環境汚染を防ぐための日本の取り組み

医薬品の環境への影響については日本でも以前から研究が進められており、ここ数年で国の取り組みも進展しました。

環境リスク評価へ向けた取り組み

現在医薬品に使用される可能性のある化学物質は何千種類にものぼり、そのすべてを検出対象とすることは不可能です。
そのため、大学や国の研究機関ではまず年間消費量やシミュレーションをもとにして対象とする物質を絞り込んだ上で*15、それぞれの物質に合った方法で検出を行い、動物実験などで影響を分析しています*5。

厚生労働省はアメリカやEUの動きをうけて2016年、
「新医薬品開発における環境影響評価に関するガイダンス」*16
を公表し、医薬品の環境リスクを評価する仕組みの確立へ向けた産学官連携による取り組みを推進しています。

薬剤耐性菌対策のための日本版アクションプラン

「グローバル・アクションプラン」の5項目に日本独自の「国際協力」を加えた、6項目からなる「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」*17が2016年に公表されました。
国としては、抗菌薬適正使用の手引きの発行、薬剤耐性に関する「ワンヘルス」の動向調査、AMR臨床リファレンスセンターを通した普及・啓発活動などを実施しています*18。

下水処理技術の向上

日本でも下水から医薬品を除去する技術の開発が盛んに進められています。
例えば、医薬品除去能力に優れた方法としてオゾンや紫外線を用いたものがあり、有望視されています。
ただし現時点ではコストが高く、広範囲に普及させるのは困難です。

より現実的な対策としては、現在普及している下水処理技術に改良を加えて医薬品処理能力を向上させるという方法があります。下水処理場では微生物に有機物質を分解させるという処理方法が広く行われているため、この微生物による分解処理を改良することでより低コストな医薬品対策を実現するための研究が進められています*19。

まとめ

医薬品による環境リスクを正確に把握し、有効な解決を図るための包括的な取り組みが世界各国で進められています。
人類の健康のためには動物の健康と環境を合わせて考慮しなければなりませんし、医薬品が開発・製造されてから利用を経てふたたび環境にかえるまでの「医薬品ライフサイクル」全体について、エコロジーの観点から見つめ直す必要があります。
消費者も含め、社会全体がそれぞれの立場でできることを実践し、未来の健康を築いていくことが重要です。

 

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参照・引用を見る

出所)生物工学会誌  93巻4号「服薬した医薬品はどこに行くの??」
https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9304/9304_biomedia_5.pdf

*2
出所)日本医薬品原薬工業会「原薬を取り巻く法規制」
http://www.jbpma.gr.jp/bulk-pharmaceuticals/environment

*3
出所)厚生労働省「薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書 2018」(52ページ)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000415561.pdf

*4
出所)日本製薬工業協会「薬の情報Q&A Q7 くすりはどのようにして効くのですか。」
http://www.jpma.or.jp/medicine/med_qa/info_qa55/q07.html

*5
出所)環境省「平成29年度化学物質の内分泌かく乱作用に関する公開セミナー・講演資料『水環境中の汚染医薬品による生態影響の理解にむけて』」
http://www.env.go.jp/chemi/end/extend2016/seminar2016/差し替えmat05.pdf

*6
出所)国連環境計画「地球規模生物多様性概況第4版(GBO4)日本語版」(87ページ)
https://www.cbd.int/gbo/gbo4/publication/gbo4-jp-lr.pdf

*7
出所)日本臨床微生物学雑誌 Vol. 23 No. 1 2013.「病原菌の薬剤耐性化と生命の進化」
http://www.jscm.org/journal/full/02301/023010001.pdf

*8
出所)AMR臨床リファレンスセンター「薬剤耐性菌について 薬剤耐性が拡大する要因」
http://amr.ncgm.go.jp/medics/2-1-4.html

*9
出所)国立感染症研究所「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/474-mrsa.html

*10
出所)環境毒性学会誌2007 年 10 巻 1 号「医薬品開発に求められる環境リスクアセスメント-EU及び米国における新しい規制-」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jset/10/1/10_1_39/_pdf

*11
出所)国立環境研究所 環境展望台 海外ニュース「欧州委員会、医薬品が自然環境に及ぼす影響に対処する戦略的アプローチを策定」
https://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=26575

*12
出所)日本内科学会雑誌 108 巻 9 号「薬剤耐性への国家的アクションプラン 2)‌我が国のアクションプランの概要と現状」(薬剤耐性に関する国内外の状況)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/108/9/108_1807/_pdf/-char/ja

*13
出所)国立環境研究所 環境展望台 海外ニュース「オランダ社会基盤・水管理省、排水に残留する医薬品の除去に助成」
https://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=23523

*14
出所)MEDSdisposal「Disposal of Medicines in Europe」
http://medsdisposal.eu

*15
出所)国立環境研究所ニュース「水環境中の医薬品化学物質」
https://www.nies.go.jp/kanko/news/22/22-4/22-4-06.html

*16
出所)厚生労働省「新医薬品開発における環境影響評価に関するガイダンス」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc1747&dataType=1&pageNo=1

*17
出所)AMR臨床リファレンスセンター「アクションプランとは」
http://amrcrc.ncgm.go.jp/020/020/index.html

*18
出所)厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html

*19
出所)国立研究開発法人土木研究所「下水処理水に残存する医薬品等のリスク評価及び除去技術」
https://www.pwri.go.jp/jpn/about/pr/event/2018/1011/pdf/kouen9.pdf