生物多様性の保全や温暖化を防止する「世界農業遺産」 日本と世界の実例を再確認しよう

生物多様性の保全や温暖化を防止する「世界農業遺産」 日本と世界の実例を再確認しよう

私たちの命を支えている農業。しかし今、農業は多くの問題を抱えています。
そしてそれは、地球規模の課題にもなっているのです。

ここでは、現代の農業の課題について触れ、伝統的農業を営み、守り続けている世界農業遺産の認定地域にスポットを当てて見ていきましょう。

失われていく生物多様性と世界農業遺産
4万倍の速さで絶滅する生物 *1

今から1000年前、地球上で絶滅した生物は10年間に1種でしたが、100年前には1年間に1種の割合で種が絶滅。このスピードはますます加速し、現在では1日に約100種の生物が絶滅しています。

1年間では何と、約4万種がこの地球上から姿を消しているのです。驚くべきことに、この速度は100年間で約4万倍以上になっています。
そして現在もなお、そのスピードは加速を続けているのです。

生態系を守る世界農業遺産

生態系や伝統的な農業を守ることを目的とする「世界農業遺産」は、国連食糧農業機関(FAO)が認定する制度です。
この認定制度では、伝統的で持続可能な農業を営み、文化風習の残る地域がその対象となっています。

これらの地域で営まれる農業は、現代の農業の課題である生物多様性の損失や過耕作、過放牧による土壌の劣化といった環境への負荷を軽減する手法で営まれているのです。*2_p.87

世界農業遺産の認定基準 *3

世界農業遺産の申請地域は、国際連合食糧農業機関(FAO)が定めた5つの基準と保全計画に基づいて評価されます。
認定地は世界22ヶ国で62地域。日本では11地域にのぼります(令和2年6月現在)。

  1. 食料及び生計の保障
    地域コミュニティの食料や生計の保障に貢献するものであること。
  2. 農業生物多様性
    生物多様性及び遺伝資源が豊富であること。
  3. 地域の伝統的な知識システム
    地域の中で「貴重で伝統的な知識と慣習」や「独創的な適応技術」、及び「生物相、土地、水等の農林水産業を支える天然資源の管理システム」を維持していること。
  4. 文化、価値観、及び社会組織
    農林水産業のシステムに関連した文化的アイデンティティや風土が地域に定着し、帰属していること。
  5. ランドスケープ、及びシースケープの特徴
    人類と環境との相互作用を通じ、長い年月をかけて発展してきたランドスケープやシースケープを有すること。

それでは、世界農業遺産に認定された世界の農村を見ていきましょう。

海外の伝統的な農業
天然のヒーターで営むアンデスの農業  *4

ペルーの高地、アンデスで世界農業遺産に認定された手法について、見ていきましょう。

アンデスの高地は日差しが強いため、日中の気温は上がりますが、朝晩はかなり冷え込むのが特徴で、農業を営むには厳しい環境です。*5
農村では農地の周りに溝を掘り、この溝に水を張ります。

ペルーのアンデス農業

図1 「アンデス農業」
出所)国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会HP「世界農業遺産(GIAHS)とは?」
http://www.kunisaki-usa-giahs.com/sp/about_giahs/

日中、溝の中の水は日光で温められ、気温が低下する夜、この水が温かい蒸気となって、栽培しているイモ類を霜から守ります。
何世紀もかけて編み出されたこの仕組みは、標高4,000メートルという厳しい条件に適合した農業システムなのです 。

水田で鴨や魚を飼うトン族の農法  *6

少数民族であるトン族は、1000年以上もの間、水田での養鴨と養魚のシステムを継続している唯一の民族です。

水田での養鴨や養魚は、地域の生態系や水、そして土壌を健全に保ちます。鴨を水田に放すと、鴨が稲に付く虫を餌にすることで病害虫を抑制するため、農薬の使用や農家の労力を減らします。
また、鴨の排泄物は肥料になるため、施肥も不要です。

このような循環型農業が、千年も前から営まれてきたのです。日本の合鴨農法も、この養鴨システムを起源としています。*7_p.23

 千年の歴史がある養鴨システム

図2「放養時機」
出所)毎日頭條HP「放養時機」
https://kknews.cc/agriculture/qg2nvag.html

水田には酸素が少なく地球温暖化の要因となるメタンが発生しますが、水田に田魚を放すことでメタンを食する微生物の活動が活発になり、メタンの減少に繋がります。*8

よって水田養魚には、気候への負荷が軽減される効果も期待できるのです。

また、これらの地域では伝統的な農業が営まれることで歌や祭り等、多くの伝統文化が守られ、この点も世界農業遺産の認定時に評価されています。*6

日本で生まれた伝統農業

ここからは、日本で認定された世界農業遺産の地域を見ていきましょう。

広い草原で生まれた阿蘇の農業遺産 *9

持続的な草原管理システム

九州の中央部、阿蘇山の周辺には広い草原が続いています。
草原は牛や馬の放牧の場となり、草は放牧の飼料や厩舎に敷く敷料にもなっています。

また、牛馬の糞は田畑の堆肥となり、畜産が農業と結びつくことで営まれてきた循環型農業が2013年、世界農業遺産に認定されました。

 続く草原

図3「放牧」
出所)世界農業遺産“阿蘇“オフィシャルサイトHP「続く草原」
https://www.giahs-aso.jp/value/grassland-maintenance/

 草原における循環型農業

図4「草原管理の知識と技術」
出所)世界農業遺産“阿蘇“オフィシャルサイトHP「続く草原」
https://www.giahs-aso.jp/value/grassland-maintenance/

野焼き

阿蘇の草原では、春を迎える2月後半から4月にかけて、「野焼き」が行われ、この野焼きによって低木を除去し、初夏にはカヤを再び繁茂させます。草原の表土を焼くことによって芽吹きがよく、初夏には柔らかくて良質なカヤ等が育ちます。

これらは「阿蘇ブランド」のカヤとして、文化財や古民家の茅葺き屋根としても出荷されているのです。*10

近隣に人の住む地域での野焼きは、煙などが問題になることがありますが、広大な阿蘇の草原で行われる野焼きは、草原を管理する効果的な手法として評価されています。

但し、野焼きで排出される温室効果ガスについては、草原が吸収するCO2で相殺されるのかが明確でなく、今後はカーボンオフセット等の働きかけが必要になってくるかもしれません。

千年続く「半自然草原」*11

阿蘇の草原ではハナシノブやヒゴタイといった希少な植物が多く自生しています。

これらの植物は、氷河期以降の気候変動で日本列島から消失したものが多く、九州がユーラシア大陸と陸続きであったことを示す植物も数多く見られます。

  阿蘇の限られた地域に咲くハナシノブ

図5「ハナシノブ(阿蘇地域)」
出所)世界農業遺産“阿蘇“オフィシャルサイトHP「伝えたい阿蘇の農業遺産資源」
https://www.giahs-aso.jp/2016/03/25/ハナシノブ(阿蘇地域)/

夏に咲くヒゴタイ

図6「ヒゴタイ公園」
出所)熊本県観光振興課HP「観光地」
https://kumamoto.guide/spots/detail/11850

この地で行われる野焼きや放牧、採草という農業活動によって阿蘇の草原が維持され、今日まで希少種が保存されてきました。こうして人の手により、1000年という長い期間、維持されてきている阿蘇の草原は「半自然草原」と呼ばれているのです。

西阿波の傾斜地農耕システム  *12

厳しい自然条件のなかで生まれた農業システム

西阿波の「傾斜地農耕システム」は、斜面立地という厳しい自然条件のなかで生まれ、400年にわたって続いてきた農業の仕組みです。

この農耕システムは、農業や生態系の課題など世界が直面する問題の解決にもつながる持続可能な農業であると評価され2018年、世界農業遺産に認定されました。

傾斜地に広がる蕎麦畑

図7「傾斜地に広がる真っ白なソバ畑」
出所)徳島剣山世界農業遺産推進協議会HP「人と環境が調和した空間」
https://giahs-tokushima.jp/landscape

傾斜地農業の救世主である「カヤ」

この地域は傾斜地に位置する山中ですが、湧き水に恵まれ、この地ならではの特徴によって集落が形成されました。この地では古くからカヤを採取するカヤ場(採草地)があり、このカヤを家畜のエサや田畑の肥料にしてきました。

カヤを地表面に覆うように敷くことで、カヤと耕土間は湿度が高く発酵状態となります。この結果、作物を成長させるミミズや小虫、微生物などの宝庫になり、生物多様性も保障されるのです。*13

また、カヤには土壌の流出を防ぐ効果もあるため、斜度40度にもなる急傾斜地が存在するこの地域で、大変有益なものとして使われています。*14

それではここで、カヤを農業に施用することで得られる効果を見てみましょう。

カヤの施用で得られる効果  *13

  • カヤで土の表面を覆うことで、雑草を抑える。 これは、畑のうねに資材をかぶせるマルチ栽培の原点にもなる技術である。
  • カヤを敷くことで、地面に保水力をもたせることができる。
  • カヤが耕土への直射日光を防ぐため、夏場は土を冷やし、冬場は土の保温効果を得られる。
  • カヤはケイ酸を多量に含むため、良質の有機堆肥となる。
  • カヤ場(採草地)は風除けの役目をもち、害虫が寄って来るのを防ぐ障壁にもなる。
  • カヤの生息地を維持することで、大気中の CO2の固定化につながる。

伝統農業の経験における知恵と技術が集積されたカヤの施用は、多岐にわたる効果が得られます。

絶滅危惧種も生息する豊かな生態系 *15

カヤを定期的に刈り取ることで、背の低い植物にも日光がよく当たり、多様な植物の生育に繋がっています。
さらに、動物たちは獲物を見つけやすくなることから、貴重な生態系も守られています。

これらの理由から、西阿波のカヤ場には絶滅危惧種を含む241種もの昆虫や、9種類の哺乳類が生息しているのです。

斜めの美

世界農業遺産の認定基準となるランドスケープ。傾斜地である西阿波ならではの美しい景観は、この観点からも評価されています。

この景観は、人と自然が共生する悠久の歴史を秘めた風景です。

   西阿波ならではの風景 

図8「落合集落(国指定重要建造物群保存地区)
出所) 徳島剣山世界農業遺産推進協議会HP「人と環境が調和した空間」

https://giahs-tokushima.jp/landscape

未来の農業 *16

従来の農業とは、自然循環機能を有していました。
バランスのよい農業は、理想的な自然環境を作り、美しい景観の形成等、環境を守るための多様な機能を持ち得ています。

一方、農薬の不適切な利用は、環境に諸々の負荷を与え、過剰な施肥は河川や地下水等の水質汚染や富栄養化を招くおそれがあります。
また、温室効果ガスである一酸化二窒素の発生や土壌の劣化等、様々な面で環境へ負荷をかけるリスクも高まります。

SDGsのゴール14「海の豊かさを守ろう」には、富栄養化を含む陸上の活動による汚染等を防止し、大きく削減するとの目標があります。*17

この富栄養化の要因には、農業で使用する化学肥料由来の窒素化合物も含まれ、これらが農地から雨で流れ出していることが指摘されています。*18_p.175

  SDGs14「海の豊かさを守ろう」

図9「ゴール14」
出所)農林水産省HP「SDGs(持続可能な開発目標)17の目標と169のターゲット」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sdgs/sdgs_target.html#goal_14

また、SDGsのゴール15「陸の豊かさも守ろう」では、劣化した土壌を回復させ、生物多様性の損失に終止符を打つことを目的としています。*17

これらSDGsの視点からも、世界農業遺産の地域は地球環境の改善に十分に貢献していると言えるでしょう。

 SDGs15「陸の豊かさも守ろう」

図10「ゴール15」
出所) 農林水産省HP「SDGs(持続可能な開発目標)17の目標と169のターゲット」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sdgs/sdgs_target.html#goal_15

地球環境の課題が山積する昨今、昔ながらの手法を再び取り入れた、温故知新の農業が脚光を浴びています。

はるか昔、ハウス栽培も農薬もなかった時代に、知恵を使い、経験をもとに生み出された農業の手法。
そして、新しい技術に頼ることなく、古いスタイルを守り続けた農業が世界の遺産とされ、このような農業を守る人たちの自信や誇りにもなっています。

これらの農業を敬い、制度化された世界農業遺産。

地球環境の課題を解決するためにも、世界農業遺産の地に倣った、持続可能な農業を目指す時代にきているのではないでしょうか。

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参照・引用を見る

*1
山形大学医学部HP「野生生物種の絶滅」
https://www.id.yamagata-u.ac.jp/EPC/13monndai/17syu/syu.html

*2
科学技術振興機構HP「乾燥 ・半乾燥地帯における土壌劣化と砂漠化」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sesj1988/8/1/8_1_81/_pdf

*3
農林水産省HP「世界農業遺産とは」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/giahs_1_1.html

*4
国連食糧農業機関HP「世界重要農業遺産システム」
http://www.fao.org/3/a-i2492o.pdf

*5
地球の歩き方HP「国別基本情報」
http://www.arukikata.co.jp/k-tai/country/k_print.php?id=PE&id2=25

*6
農林水産省HP「特集1 世界農業遺産」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1109/spe1_01.html

*7
科学技術振興機構HP「農家の暮らしと環境を守る合鴨農法」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kachikukanri/31/supplement/31_KJ00001057101/_pdf

*8
WIRED  HP「水田での稲作は地球温暖化を促進するが、魚を育てれば問題が解決する」https://wired.jp/2020/06/07/tiny-hungry-fish-fix-rice-global-warming-problem/

*9
世界農業遺産“阿蘇“オフィシャルサイトHP「続く草原」
https://www.giahs-aso.jp/value/grassland-maintenance/

*10
西日本新聞HP「『阿蘇かや』本格販売へ 文化財、古民家に欠かせぬ屋根材 10月、量産化説明会」
https://www.google.co.jp/amp/s/www.nishinippon.co.jp/item/n/540922.amp

*11
世界農業遺産“阿蘇“オフィシャルサイトHP「広がる命」
https://www.giahs-aso.jp/value/biodiversity/

*12
徳島剣山世界農業遺産推進協議会HP「世界農業遺産とは」
https://giahs-tokushima.jp/steepslopeagriculture

*13
阿波世界農業遺産HP「傾斜地農業におけるカヤを施用する意味」
http://www.awa-nougyoisan.jp/傾斜地農業におけるカヤを施用する意味/

*14
つるぎ町HP「世界農業遺産『にし阿波の傾斜地農耕システム』について」
https://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/docs/294781.html

*15
徳島剣山世界農業遺産推進協議会HP「生物と植物の宝庫」
https://giahs-tokushima.jp/biodiversity

*16
農林水産省HP「環境保全に向けた農業の推進」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h24_h/trend/part1/chap3/c3_8_01.html

*17
農林水産省HP「SDGs(持続可能な開発目標)17の目標と169のターゲット」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sdgs/sdgs_target.html#goal_14

*18
科学技術振興機構HP「環境における富栄養化の抑制」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/proes1964/12/0/12_0_169/_pdf