自然電力は「青い地球を未来につなぐ。」という存在意義を掲げています。この目的を共にする、11人のチェンジメーカーたちがいま考えることを探求するシリーズ「The Blue Project」。第七回は、虎屋代表取締役社長、黒川光晴さんのもとを訪ねました。500年にわたって和菓子をつくりつづけてきた虎屋は、自然とどんな関係を結んできたのでしょうか。
自然が変わると味が変わる
――黒川さんはどんなときに自然の存在を意識されますか?
わたしたちがつくっている和菓子はほぼすべて植物性の原材料を使っているので、天候の変化はとくに意識しています。天候が悪化すると収穫量や品質も下がってしまうので、つねに自然からの影響は感じます。わたし自身も産地を訪れる機会があるのですが、たとえば沖縄に行けば黒糖の原料となるサトウキビが度重なる台風に耐えながら収穫されていることがわかりますし、実際に作物が育っている過程を見ることで自然への意識も強まります。
――COVID-19の流行を経て自然への意識が強まった方も多いですが、黒川さんの場合はいかがでしょうか。
事業や生活には大きな影響がありましたが、自然への意識はそこまで変わっていないかもしれません。宇宙に行けるほど科学技術が発展していても、新たなウイルスや気候変動のような自然の変化に人間は対抗しきれないのだなという思いを強くしました。
――COVID-19は自然との関係性を見直すひとつの契機でもあったように思います。これからの人間と自然はどのように関わっていくべきだと思われますか?
高度経済成長期の日本が顕著でしたが、人間が大量生産・大量消費を加速させていった結果、環境に大きな影響を与えてしまっていたわけですよね。全世界の人がいまの生活をつづけると、約地球3つ分の資源が必要だと聞きます。それをきちんとひとつ分に収めるように、人間が自然環境に適合した生活を送っていかなければいけないですね。
――世界的に環境問題への取り組みは増えていますが、一方では選択肢が多く何が正解なのかわからないことも多いですよね。黒川さんはどんな判断基準を設けられていますか?
つねに重視しているのは最高に美味しい菓子をつくることですが、環境問題に取り組まなければ原材料も手に入らなくなりますし、その結果、美味しい菓子もつくれなくなるので、自然とのバランスをとっていくことは意識しています。食べものをつくることはひとつの命をいただくことでもありますし、自分たちの取り組みがきちんと無駄なく自然の循環のなかに位置づけられるものなのかつねに考えていくことが重要です。
取材日の朝につくられた薯蕷製『霜の葉』(販売期間:2020年12月1日~12月15日)
最善を選びつづける
――虎屋さんくらい歴史の長い企業だと、ある時点の決定が社会の変化を受けて覆されることもありそうです。ますます判断が難しいように思います。
虎屋は室町時代後期に創業し、約500年にわたり和菓子屋を営んできました。500年の歩みを振り返ると、人々の生活様式や社会の変化に合わせて、時代時代でさまざまな取り組みをしてきました。そのなかで相反することが起きてしまうことももちろんあります。たとえばプラスチックが登場したときは森林破壊を止めたりフードロスを減らすために採用した側面がありますが、いまはむしろ使用が避けられていますよね。現に弊社でもプラスチックのストローは使わない方向に動いています。結局、その時々で最新の情報を得て最善だと思える選択肢を選ぶしかないと思います。どういったことが今の時代に必要か、何が求められているかを見極め、自分がよいと思える方向に一歩一歩進んでいく努力をつづけるしかない。
――たとえば30年後の2050年を想像したとき、人間と自然のつながりはどう変化していくと思われますか?
楽観的と言われるかもしれませんが、わたしは人間と自然が調和する道はあると思っています。もちろん問題はまだまだ山積みです。しかし大気への二酸化炭素の排出を減らすためにガソリン車を廃止するような動きもありますし、さまざまな取り組みが進行している。この数十年で環境破壊が進んだ一方で、インターネットをはじめ情報技術の革新によって世界中の人々が多様な情報にアクセスしやすくなりましたよね。きちんと問題意識を共有しながら一人ひとりが取り組みを進めていくことで、自然と人間は調和できるはずだ、自然と共生できるはずだと思います。
取材を行なったとらや赤坂店は、2018年にリニューアルオープンしました。
和菓子のなかの自然
――和菓子のなかには自然をモチーフにつくられているものも多いですよね。和菓子と自然は独特なつながりをもっているように思いました。
和菓子は味覚だけでなく視覚や触覚など五感で楽しめるもので、四季の情景と結びついて自然の美しさを表現しています。たとえばわたしは「雪餅」という菓子が好きなのですが、これはつくね芋という真っ白な山芋からつくった生地を漉して、そぼろ状にし、黄色の餡玉のまわりにつけた、真っ白い雪のような菓子。つくね芋は状態がすぐ変わってしまい、おいしく召しあがっていただける時間が非常に短く、出来たてを召しあがっていただくのが一番いいのですが、その儚さもどこか雪のようですよね。それにこの菓子の名前は1635年の古文書にすでに登場し、数百年前の人々が雪に見立ててつくった菓子を食べることで、現代のわたしたちもその時代の雪の情景を感じられる。単に現在の自然を感じるだけではなくて、時空を越えた自然の体験だと言えるのかもしれません。
――1600年代というのはすごいですね。時代の変化に応じてお菓子も変わっていくものなんでしょうか。
そうですね。数百年前の菓子には原材料すらわからないものや、レシピが存在しないものも多くあります。菓子を再現する際には、つねにその時代に合ったつくり方、おいしさを心がけています。加えて、原材料も時代時代で変わってきています。たとえば弊社が使っている白小豆は主に群馬・茨城県産なのですが、白小豆は希少原材料であるため、品質の良いものを安定的に確保するために、1927年から契約栽培を開始しました。最近の調査の結果、長いあいだ独自につくり続けてきたことで独自の種へと進化していたことがわかり、2018年に農林水産省により品種登録されました。また、品種登録後も、品質を維持しながら機械でも刈り取れるような栽培しやすい品種改良を進めています。
――100年単位で続けてきたからこそ、自然とも独自のつながりが生まれているわけですね。一方で、気候変動によって四季のあり方が変わると和菓子の受け取られ方も変わりそうです。
季節と季節の合間の繊細な情景を表した和菓子もあります。ひとつの時代の自然の情景が小さな和菓子のなかには保存されているのかもしれません。気候変動によって気候が変わればいまと同じような感覚で和菓子を楽しめなくなるかもしれませんが、和菓子を通じてその菓子ができた時代の自然や込められた思いなどを追体験できるともいえます。
虎屋は室町時代後期の京都で創業し、長い歴史をほこります。
和菓子から世界へ
――虎屋さんは数十年前から海外でも展開されていますが、日本と海外で自然観が変わるとお菓子のあり方も変わるんでしょうか。
例えば2つの違いを例にあげますと、ひとつは素材の違いです。国ごとに季節の果物が変わるので、たとえば秋のフランスでは洋梨やイチジクを使って独自の菓子もつくっています。もうひとつは、味覚の差でしょうか。日本だと砂糖は焦がさないことがよしとされますが、フランスではむしろキャラメリゼと言われるように焦がして風味を出すこともします。
――和菓子を通じて日本の自然観を輸出しているというより、各地の自然と関係性をつくりなおしているような印象を受けます。
それぞれに自然とのつながりを感じますよね。フランスに限らず中東に行けばまた素材も変わりますし、日本と同じものをつくればいいわけではない。その土地の気候や環境、文化に合わせていく必要がある。土地に合ったものをつくることが重要だし、自然のサイクルのなかに和菓子が位置づけられているともいえるでしょう。
――和菓子とは単にお菓子ではなく、自然に対するアプローチのひとつともいえそうです。それは各地域の環境によって形づくられ、文化となっていくものでもある。
たとえば寿司がカリフォルニアロールに変化して世界中に広がったように、和菓子も世界中の人々に愛されるように変化を受け入れていきたいと思っています。そもそもいま日本人が「和菓子」と思っているもののなかには、中国やポルトガルの菓子から影響を受けているものもあるわけですから。世界中の人々が自由に解釈することで新しい「和菓子」が生まれてほしいですよね。
――自然との関係を考えるうえで、今後黒川さんが挑戦してみたいことはありますか?
もっと小豆を世界中に広げていきたいと思っています。餡の原料となる小豆は世界的には非常にマイナーな作物で、ほとんどが日本と中国で消費されている。コーヒーやチョコレートが世界中で楽しまれているように、小豆も多様化しながら世界中で楽しんでいただけるような環境をつくっていきたいですね。それは日本で培われた自然との向き合い方を、世界に広げていくことでもあるのかもしれません。