1940年代、ドイツの経済封鎖を受けたスウェーデンで、綿布が不足し布おむつの生産が間に合わないという窮状のなか誕生した紙おむつ。
使い勝手の良さから、その後ヨーロッパ全土、アメリカ、そして日本へと普及しました*1。
昨今では高品質な日本製のおむつに対するインバウンド需要や長寿高齢化による大人用おむつの需要も増し、国内では生産量が増加傾向にあります。
その出荷量は年間約81万トンで、うち約50~52万トンが国内で消費されていると推計されています。
また生産数量で見ると、2018年では乳幼児用が約151億枚、大人用が約84億枚の計約235億枚で、2010年と比べるとその数は乳幼児用で1.7倍、大人用で1.5倍となっています*2。
使用済み紙おむつ、廃棄の現状
使い勝手がいい一方で、布おむつと違い使い捨てとなる紙おむつは、廃棄の際、し尿を含んで約4倍の重量になります。
そのため国内での処理量は生産量を遥かに超えて年間推計191~210万トンにも上ります*2。
特に大人用おむつは今後も増え続けることが予想されています(図1)。
図1 国内の使用済紙おむつ排出量推計
出所)環境省「使用済紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p4
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
使用済み紙おむつは現在そのほとんどが焼却処理されており、焼却設備を持たない市町村の場合は埋立処分が一般的となっています(図2)。
し尿(水分)を多く含んだおむつは燃えにくいため、水分を含まないものに比べると燃費がかかり、焼却によって発生する二酸化炭素量もその分多くなります。
一方埋立処分においては将来的な処分場の容量不足問題が懸念されます。
図2 使用済み紙おむつの現状の処理方法アンケート結果(nは回答市町村数)
出所)環境省「市区町村における使用済み紙おむつの取扱に関するアンケート調査」p7
http://www.env.go.jp/recycle/omutu_ankeito.pdf
使用済み紙おむつ、リサイクルの現状
使用済み紙おむつの再生利用が進まない背景には、汚物が付着していることや、紙おむつがパルプやプラスチックなどで生成された複合素材であるために分離選別が難しいことなどが挙げられます。
しかし、今後ますます増えることが予想される廃棄量や処分場の問題を見据え、使用済み紙おむつの再生利用に取り組む企業や自治体も現れました。
現在国内で行われている使用済み紙おむつのリサイクル方法としては以下のようなものがあります*3。
①水溶化・分離処理によるパルプ・プラスチック回収
使用済み紙おむつを分離剤を溶かした分離槽で破袋・撹拌し、脱水・洗浄・殺菌などを経てパルプとプラスチックを取り出します。
再生されたパルプは建築資材に、プラスチックや高分子吸収材(SAP)は固形燃料(RPF)に再生利用されます。
②水溶化・分離・オゾン処理による水平リサイクルに向けた衛材グレードのパルプ回収
①と同様に水溶化によって破砕・分離します。
その後取り出されたパルプはオゾン処理による殺菌・漂白を経て、紙おむつ等医療や介護などで使用できる品質の衛生グレードパルプに再生されます。
③洗浄・分離処理によるパルプ・プラスチック回収と熱回収
添加剤を加えた80℃の温水で回転・撹拌させながら原材料を分離。
次亜塩素酸、熱湯、乾燥により消毒を行ってパルプとプラスチックを回収し、固形燃料(RPF)化します。
④破砕・発酵・乾燥処理による燃料製造
使用済み紙おむつを燃料化装置で破砕・発酵・乾燥させ、殺菌・脱臭処理を行ったのちにペレット化し、バイオマスボイラーなどで使える固形燃料とします。
使用済み紙おむつを新品同等品質の紙おむつへ「水平リサイクル」させる取り組み
上記4つのリサイクル方式のうち、注目すべき進展を見せているのが②の「水平リサイクル」です。水平リサイクルとは、使用済みの製品を資源化し、再び同じ製品に再生させるリサイクルの仕組みです。
紙おむつは主にパルプ、樹脂、高分子吸収剤(SAP)で構成されており、その比率はパルプ52%、樹脂28%、高分子吸収剤20%となっています(大人用パンツ型の例)。そのうち紙おむつの約7割を構成するパルプとSAPについて、水平リサイクルが進んでいます。
前述の通り、使用済み紙おむつはこれまで焼却処理が一般的であり、数少ないリサイクル事例としてRPF(固形燃料)製造によるボイラーの燃料利用や、取り出した低質パルプを建築資材に再利用するなどの方法がありました。
しかし2005年、水溶化処理によって使用済み紙おむつを素材別に分離するシステムが稼働して以来*4、使用済み紙おむつのパルプのリサイクル技術は向上し、水平リサイクルが実現しました。
一方で、SAPの水平リサイクルは困難とされていました。
しかし近年、有機酸水溶液によってSAPが吸収した水分を完全に排出し、もともとの品質を落とさずに吸収力を取り戻す実証実験が成功しています。
また、残る樹脂については、RPF(固形燃料)として再資源化されています。
2019年には、紙おむつなどの吸収体事業を国内外で展開するユニ・チャームが、水平リサイクルによって再生されたパルプやRPFを使った紙おむつの試作品を公開するに至りました(図3)。
図3 ユニ・チャームの目指す紙おむつの循環型モデルの例
出所)ユニ・チャームHP「サスティナビリティ」
http://www.unicharm.co.jp/csr-eco/special03/index.html
衛生面の安全性
紙おむつの水平リサイクルで気になるのが衛生面の安全性です。
再生したオムツに排泄物起因の細菌が残っていないか、リサイクル工程での消毒・殺菌処理に用いた洗剤等の化学物質が残っていないかなど、日常的に身に付ける対象が肌のデリケートな乳幼児や高齢者なだけに、その影響が懸念されます。
水平リサイクルされたパルプについては、残留タンパク質分析、元素分析、残留有機化学物質の分析、塩素化合物の分析など網羅的な検証が行われています*5。
それらの検証の結果、衛生面での安全性については衛生用品グレードパルプと同等であることが確認されています(図4)。
図4 各工程における菌数・たんぱく残存数
出所)ユニ・チャームHP「サスティナビリティ」
http://www.unicharm.co.jp/csr-eco/special03/index.html
「水平リサイクル」が注目される理由
紙おむつto紙おむつのような「水平リサイクル」と比較されるものとして「カスケードリサイクル」があります。
品質の低下を伴うリサイクルのことで、紙おむつで言えば、もともとは衛生材料グレードだったパルプがリサイクル処理によって品質が下がり、段ボールやボトルキャップに再生される場合などがそれに当たります。
水平リサイクルが注目される理由には、カスケードリサイクルと比べてリサイクルできる回数が増えることや、カスケードリサイクル製品に比べリサイクル後の品質が高いため、より多くの需要が見込めるといったメリットが挙げられます。
水平リサイクルの環境への影響
従来のような焼却や埋め立て処分に比べ、水溶化や洗浄、乾燥、そして製造と多くの工程を経る紙おむつの水平リサイクルは、前述のようなメリットがある一方で、製造過程における二酸化炭素排出量や水使用量がかえって増えてしまうといった問題はないのでしょうか。
2019年に報告された研究論文「使用済み紙おむつのクローズドリサイクルの環境影響評価」*6では、紙おむつの原材料調達から生産、流通、廃棄・リサイクルまでのライフサイクルをシステム境界として、環境への影響が検証されています(図5)。
図を見てもわかる通りリサイクル処理は複雑な工程を経ており、研究ではリサイクル時に発生する二酸化炭素などのGHG排出量や水消費量は決して少なくないという結果が出ています。
しかしながら、再資源化されたパルプやSAP、RPFによる代替効果が大きく、埋立処理や焼却処理よりも環境負荷を軽減させることが数値としても証明されています(図6)。
図5 ライフサイクルフロート処理シナリオ
出所)紙おむつのクローズドリサイクルに関する環境影響評価 伊坪徳宏 和田光弘 今井茂夫 明賀聡 牧野直樹 正畠宏一https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis33/0/ceis33_241/_pdf
図6 処理シナリオ別算定結果(紙おむつ1枚あたり)
出所)紙おむつのクローズドリサイクルに関する環境影響評価 伊坪徳宏 和田光弘 今井茂夫 明賀聡 牧野直樹 正畠宏一
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis33/0/ceis33_241/_pdf
協力自治体の取り組みと変化
このように、使用済み紙おむつのリサイクルについて技術面でのシステムが構築され、リサイクル後の製品の安全性も実証されると、使用済み紙おむつはゴミではなく資源となります。
そのときに必要不可欠となってくるのが、自治体と連携した使用済み紙おむつの分別回収です。
紙おむつの水平リサイクル実証実験に協力した鹿児島県志布志市では、使用済み紙おむつの分別回収に向けてモデル回収地区の自治会に説明会を実施しました。
住民には使用済み紙おむつを専用の袋に分別してもらい、普段使っているゴミステーションに設定した廃棄場所にて、生ごみの回収と合わせて週に3回の回収を行いました。
実証実験への協力の結果、使用済み紙おむつの収集運搬にかかる費用は増加しましたが、最終処分場の延命化による新規処分場建設コスト等の削減や、使用済み紙おむつの回収頻度増による住民サービスの質向上といった効果が見られています*7。
海外の使用済み紙おむつリサイクル事情
高齢化にともなう使用済み紙おむつの増加は日本に限った問題ではありません。海外のリサイクル事情はどうなっているのでしょうか。
フランダース(ベルギー)の例
環境政策においてEUでも先導的な役割を果たしているベルギー・フランダースでも使用済み紙おむつは焼却処理が一般的になっており、再生利用が模索されています。
フランダースにおいて循環社会に資する公共サービスを行う「OVAM」の2018年の報告によると、紙おむつのリサイクルについては集荷体制や衛生面など検証段階であり、日本の水平リサイクル実証実験や自治体と連携しての集荷システムなどに注目しています。
また、環境に配慮したおむつの設計、すなわち、同じ機能を維持しながら少ない材料で作る、より環境にやさしい素材の模索、リサイクルを見据えた分離しやすい構造についての検証なども行われています*8。
Fater(イタリア)の例
紙おむつなどの衛生用品や家庭用洗剤等の製造を行うイタリアの企業・Faterでは、使用済み紙おむつの燃料化とカスケードリサイクルを行っています。使用済み紙おむつを回収、保管、殺菌、分離等行い、セルロース・プラスチック・高吸水性ポリマーを分離・回収した後、ペレット化や、ペット用シートの原材料、園芸用材などに再利用しています*9。
その他の水平リサイクル
水平リサイクルで以前から事業化されているものに、ペットボトルのボトルtoボトルリサイクルがあります。
ボトルtoボトルリサイクルには、化学分解により中間原料に戻し新たなペットボトルをつくるケミカルリサイクル(化学的再生法)と、洗浄や異物処理等を行ったのちにペレット化し食品用ペットボトルの原料をつくるメカニカルリサイクル(物理的再生法)があります*10。
また、ペットボトル以外の「その他プラ」包装容器についても水平リサイクルへの実証事業が開始されています*11。
水平リサイクルと「ゴミ」の可能性
SDGsの12番目の目標として掲げられている「つくる責任 つかう責任」。これは持続可能な消費と生産のパターンを推進することを目指したものです。
持続可能な社会へのパラダイムシフトが進むいま、水平リサイクルの広がりに見られるように、ゴミのリサイクルもただ何かに再生させればいいというものではなく、リサイクル後の製品の質や循環可能性も問われる時代になっています。
また、使用済み紙おむつの水平リサイクルの発端には、現在ゴミとされているものをまずは資源として再発見してみるという視点があります。
日常のなかで「ゴミ」と切り離せない生活を送っている私たちにおいても、ゴミと思っていたものが資源になりうるという発想のパラダイムシフトが求められているのかもしれません。
参照・引用を見る
図1
環境省「使用済紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p4
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
図2
環境省「市区町村における使用済み紙おむつの取扱に関するアンケート調査」p7
http://www.env.go.jp/recycle/omutu_ankeito.pdf
図3
ユニ・チャームHP「サスティナビリティ」より引用http://www.unicharm.co.jp/csr-eco/special03/index.html
図4
ユニ・チャームHP「サスティナビリティ」より引用
http://www.unicharm.co.jp/csr-eco/special03/index.html
図5・図6 紙おむつのクローズドリサイクルに関する環境影響評価 伊坪徳宏 和田光弘 今井茂夫 明賀聡 牧野直樹 正畠宏一
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis33/0/ceis33_241/_pdf
*1
一般社団法人 日本衛生材料工業連合会HP「紙おむつの歴史」
http://www.jhpia.or.jp/product/diaper/data/
*2 環境省「使用済み紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p3・p4
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
*3 環境省「使用済み紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p31
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
*4 使用済み紙おむつのマテリアルリサイクルのライフサイクルイベントリ分析 藤山淳史・櫻井利彦・松本亨・長武志
https://www.jstage.jst.go.jp/article/lca/8/1/8_37/_pdf/-char/en
*5 使用済み紙おむつ由来のリサイクルパルプに係る化学物質の安全性評価スキームの検討 和田丈晴・栗原勇・瀬戸遼也・片桐律子・今井茂夫・和田充弘・石井聡子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsmcwm/29/0/29_240/_pdf/-char/en
*6 紙おむつのクローズドリサイクルに関する環境影響評価 伊坪徳宏 和田光弘 今井茂夫 明賀聡 牧野直樹 正畠宏一
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis33/0/ceis33_241/_pdf
*7 環境省「使用済み紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p48
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
*8 OVAM(2018.3.18updated)potential for circularity of diapers and incontinence. p26
http://www.ovam.be/sites/default/files/atoms/files/Report%20TWOL%20study%20final-%20EN-%20OVAM.pdf
*9 環境省「使用済み紙おむつの再生利用等に関するガイドライン」p59
http://www.env.go.jp/press/files/jp/113702.pdf
*10 PETボトルリサイクル推進協議会HP「ボトルtoボトル」
http://www.petbottle-rec.gr.jp/more/introduction.html
*11 花王HP「ニュースリリース」
https://www.kao.com/jp/corporate/news/sustainability/2020/20200902-002/