身近であり私たちの日常に欠かすことのできないゴム。
このゴムの生産と利用の過程で様々な環境問題や社会問題が起きているのをご存知でしょうか。
この記事では、ゴムの生産と利用に伴う環境・社会問題、また近年始まっている持続可能なゴムの生産と利用を目指した取り組みについてご紹介していきます。
ゴムの生産と利用
ゴムは、容易に変形できる優れた柔軟性と、変形させても元に戻る高い復元性を持つ素材です。
衝撃に耐える耐衝撃性や衝撃を吸収する衝撃吸収性、電気を遮断する絶縁性等にも優れ、様々な用途に用いられています。
例えば、
- 柔軟性と復元性を活かした輪ゴムやホース、長靴、ゴム手袋
- 耐衝撃性と衝撃吸収性を活かした自動車等のタイヤ
- 衝撃吸収性等を活かした地震対策用途の耐震ゴムや精密機器の保護に用いられる防振ゴム
- 柔軟性と絶縁性を活かした電線やケーブル等の被覆材
など、生活必需品から工業製品、社会の安全に貢献する製品まで、私たちの日常に欠かすことのできないものとなっています。
ゴムには、天然資源から生産される「天然ゴム」と化学的に合成される「合成ゴム」があります。
天然ゴムは、ゴムの木の樹液を凝固させて加工したものが原料で、70%以上がタイヤの生産に使われています。[*1]
一方、合成ゴムは、原油から分離されるナフサが原料です。100種類以上の種類があり、それぞれの特性に応じて使い分けられています。[*2]
そして、タイヤをはじめとするゴム製品の多くは、天然ゴムと合成ゴムの合成素材であり、その生産割合は、天然ゴムと合成ゴムでおよそ45:55となっています。[*2]
ゴムの消費量は、年々増加しており、2016年時点では、天然ゴムだけで約1,260万トン(図1)、合成ゴムも含めると約2,700万トンに達しています。
図1:世界の天然ゴムの消費量
*出典:東京商品取引所「ゴム取引の基礎知識」(2018)
https://www.tocom.or.jp/jp/guide/study/textbook/documents/2017_rubber_text_002.pdf p3
天然ゴムの生産増加に併せて、ゴム農園の栽培面積も増大しています。
天然ゴムは、東南アジアを主要生産地としており、世界の⽣産量の約8割が東南アジアで生産されています(図2, 3)。
図2:天然ゴムの主要生産地域
*出典:東京商品取引所「ゴム取引の基礎知識」(2018)
https://www.tocom.or.jp/jp/guide/study/textbook/documents/2017_rubber_text_002.pdf p53
図3:天然ゴムの生産国のシェア
*出典:東京商品取引所「ゴム取引の基礎知識」(2018)
https://www.tocom.or.jp/jp/guide/study/textbook/documents/2017_rubber_text_002.pdf p54
その栽培面積は、上位4国で
- インドネシアが363.9万ヘクタール
- タイが311.7万ヘクタール
- 中国が115.9万ヘクタール
- マレーシアが107.2万ヘクタール
となっており、世界全体では北海道の面積の1.5倍に相当する1,352.9万ヘクタールに達しています。[*2]
ゴムの生産・利用に伴う環境・社会問題
ゴムの生産と消費は、拡大を続けていますが、ゴムを生産して利用する過程で環境問題や社会問題が発生しています。
ゴムの木の栽培による環境破壊と社会問題
ゴム農園の栽培地の増大に伴い、森林の消失が進行しています。
天然ゴム生産が第一位のタイでは、2001年から2014年にかけてゴム農園が約160万ヘクタール増加していますが、これに伴い約120万ヘクタールの森林が消失しています(図4)。
図4:タイにおける天然ゴムプランテーションと森林消失の関係(2010年と2014年の天然ゴムプランテーション面積は推定値)
*出典:世界自然保護基金(WWF)「タイにおける小規模農家のためのプランテーション管理改善」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20170731_forest02.pdf p5
東南アジアは、ゾウやトラなどの絶滅の危機にある希少な野生生物が多く生息し、新種の野生生物が現在でも見つかる可能性のある地域です。[*3]
タイ・ミャンマー国境の森林は、トラやヒョウといった野生ネコ科動物をはじめ、アジアゾウやマレーグマなどの絶滅危惧種が生息する地域ですが、森林破壊の進行により、絶滅危惧種を含む野生生物への脅威が拡大しています。[*4]
天然ゴムの栽培は、東南アジアの人々にとって貴重な収入手段となっているのも事実です。
しかし、天然ゴム農家の多くは小規模であり、貧困が課題になっています。例えば、タイでは、小規模農園が90%をも占めます(図5)。[*5]
図5:タイにおける天然ゴム農家の農園規模
*出典:世界自然保護基金(WWF)「タイにおける小規模農家のためのプランテーション管理改善」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20170731_forest02.pdf p11
小規模なゴム農家が貧困を抜け出せない原因として、
- 天然ゴムの生産方法について十分な知識がないこと
- 肥料の使用方法や収穫の方法が不適切であること
- 樹液を乾燥・固化させる一次加工についての知識や技術が不足しており、品質の低下を招いていること
などが挙げられます。[*4,*6]
そして、こういったゴム農家の貧困や限られた生計手段が、回り回って森林減少の要因になるとともに、密猟などの不正な野生生物の取引にも繋がっています。[*6]
海洋プラスチック汚染の一因となっているゴム
また、ゴムは、利用している間にも環境に負荷を与えています。
タイヤの摩耗によって道路に残留するタイヤくずは、プラスチックの仲間である合成ゴムの微細片です。
その微細片は、風雨によって運ばれて海に流出し、海洋プラスチック汚染の一因として海洋に蓄積していきます。[*7]
そもそも海洋に蓄積している5mm以下のプラスチックであるマイクロプラスチックには、以下の2種類が存在します。[*7]
- 一次マイクロプラスチック…環境に流出する時点ですでに5mm以下の微細片となっているもの
- 二次マイクロプラスチック…元々は大きなプラスチックだったものが、波の力などによって微細化されて5mm以下となったもの
タイヤくずは、この内の一次マイクロプラスチックにあたり、一次マイクロプラスチックは、海洋への年間プラスチック排出量(1200万トン)の内の12.5%(150万トン)に相当します(図6)。
図6:プラスチック生産量と排出源ごとの海洋へのプラスチック排出量
*出典:公益財団法人 日本自然保護協会「レジ袋有料化でも海洋プラスチックの問題は解決されない理由」(2020)
https://www.nacsj.or.jp/2020/09/21731/
そして、タイヤくずは、一次マイクロプラスチックの内の28%(42万トン)と報告されています。[*8]
つまり、海洋プラスチック汚染の3.5%程度がタイヤの素材である合成ゴムに起因しているのです。
持続可能なゴムの生産と利用を目指した取り組み
このような状況に対し、世界自然保護基金(WWF)は、ゴムの持続可能な生産と利用を目指した様々な活動に取り組んでいます。
2015年にはフランスの世界的タイヤメーカーと、2016年には日本の大手自動車メーカーとの協働が開始されています。[*3]
フランスのタイヤメーカーとは、インドネシアのスマトラ島とカリマンタン島における合計88,000ヘクタールで、
- 自然林と野生生物の保護・回復
- 野生動物と人間の衝突の防止
- 持続可能な天然ゴムの生産
を目標としたプロジェクトが始まっています。[*9]
具体的には、スマトラ島の18村に住む24,000人の生活を改善するため、
- 土地の争奪といった問題が起きないように近隣の村の土地所有権を確認する
- 自然林破壊・違法伐採・野生動物密猟ゼロを約束する住民と共に持続可能な天然ゴム農園を作る
- 協働する住民に対して生産性・品質の向上と価格・収入増加のための技術を提供する
- 協働する住民へ住居や水、電力、医療、教育関連のサポートを提供する
という取り組みを開始しています。[*9]
さらに、2018年10月には、世界的なタイヤメーカー11社が参加し、天然ゴム生産者や商社、自動車メーカーなども含む「持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム(GPSNR)」が発足しています。[*10]
また、日本の大手タイヤメーカーによって以下に挙げられるような「持続可能な資源化」の試みも始まっています。[*11]
- 天然ゴム・合成ゴムを問わない原材料使用量の削減(図7のアクション①)
- 資源を繰り返し使う技術・システムの開発による資源の循環と効率的な活用(図7のアクション②)
- 天然ゴムの代替となる再生可能資源の開発による原材料の多様化
図7:「持続可能な資源化」に向けた取り組み
*出典:国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)「持続可能な社会の実現をめざして~100%サステナブルマテリアル化への取り組み」(2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu/86/6/86_169/_pdf p171
しかし、タイヤ摩耗粉塵による海洋プラスチック汚染については、不明な点が多く、今のところ調査段階です。
現在は、実際に海洋に到達する量や海洋に到達するまでの経路などを明らかにする取り組みが進んでいます。[*12]
この問題に対する一つの対策として生分解性タイヤの実現が期待されます。
ゴムのより効率的なリサイクルを目指して
一方、廃棄されたゴムに関して、日本国内のタイヤは90%以上がリサイクルされています。[*13]
しかし、焼却処理した際に発生するエネルギーを再利用するサーマルリサイクルが大部分で、物から物へと再利用するマテリアルリサイクルの割合は小さいのが現状です(図8)。
図8:廃タイヤの年間発生量とその行方
*出典:一般社団法人 日本自動車タイヤ協会「日本におけるタイヤリサイクルの取り組み」(2017)
https://jcpage.jp/f17/04_recycle/04_recycle_08_JATMA_kurata_jp.pdf?1532304000036 p10
タイヤからタイヤ、タイヤから他の製品として再利用するなどの効率性の高いリサイクル方法の開発が期待されます。
また、国内において、年間数万トンもの廃タイヤの不法投棄が発生しています(図9)。
環境意識の高まりからか減少する傾向にありましたが、今も一定数の不法投棄が起きています。
図9 :廃タイヤの不法投棄の推移
*出典:一般社団法人 日本自動車タイヤ協会「日本におけるタイヤリサイクルの取り組み」(2017)
https://jcpage.jp/f17/04_recycle/04_recycle_08_JATMA_kurata_jp.pdf?1532304000036 p23
廃タイヤは、「適正処理困難物」として指定されているため、自治体の粗大ゴミ等では廃棄できません。
しかし、処分費用がかかるものの、ガソリンスタンドやカー用品店(タイヤ販売店)、車の販売店などで処分できます。
タイヤは不法投棄されれば環境汚染の原因となりますが、リサイクル可能なので、適切に処分することが大切です。
参照・引用を見る
- 東京商品取引所「第4章 価格変動要因」
https://www.tocom.or.jp/jp/guide/study/textbook/rubber/rubber4.html - 東京商品取引所「ゴム取引の基礎知識」(2018)
https://www.tocom.or.jp/jp/guide/study/textbook/documents/2017_rubber_text_002.pdf p29, p48, p53 - 世界自然保護基金(WWF)「持続可能な天然ゴムの生産と利用」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/378.html - 世界自然保護基金(WWF)「ミャンマーで森林保全と持続可能な天然ゴム生産のプロジェクトが始動」(2018)
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/3839.html - 世界自然保護基金(WWF)「タイにおける小規模農家のためのプランテーション管理改善」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20170731_forest02.pdf p11 - 世界自然保護基金(WWF)「森林セミナー「持続可能な天然ゴムの生産と調達」 開催報告」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/eventreport/311.html - 国立国会図書館「海洋プラスチック汚染の現状と対策」(2020)
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11451656_po_082902.pdf?contentNo=1 p8 - 国際自然保護連合(IUCN)「The marine plastic footprint」(2020)
https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/2020-001-En.pdf p3 - 世界自然保護基金(WWF)「生物多様性と社会的価値が高い地域での責任ある天然ゴム生産を目指して」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20170731_forest04.pdf p14, p20 - 世界自然保護基金(WWF)「持続可能な天然ゴムのための新たなプラットフォーム「GPSNR」設立」(2018)
https://www.wwf.or.jp/file/20181026_sustinable01.pdf p1 - 国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)「持続可能な社会の実現をめざして~100%サステナブルマテリアル化への取り組み」(2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu/86/6/86_169/_pdf p170-171 - 国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)「環境汚染プラスチックを追跡」(2018)
https://crds.jst.go.jp/dw/20171207/2017120714826/ - 一般社団法人 日本自動車タイヤ協会「日本におけるタイヤリサイクルの取り組み」(2017)
https://jcpage.jp/f17/04_recycle/04_recycle_08_JATMA_kurata_jp.pdf?1532304000036 p12