私たちの食を支える基本である農業ですが、日本では従事者の高齢化が進み、作業がきつい、収入が低くなる、というイメージもあって担い手が減少しています。
こうした中で注目されているのが「スマート農業」です。
ICT(情報通信技術)やロボティクスといった先進技術を駆使して作物の管理を行うことで合理化を進めようというもので、海外では積極的に導入されています。
農業を取り巻く現状と、スマート農業について見ていきましょう。
日本の食料自給率と農業の現状
日本の総合食料自給率は減少傾向にあり、平成30(2018)年では、カロリーベースで37%と低い水準にとどまっています(図1)。
図1 日本の総合食料自給率(出所:「令和元年度 食料・農業・農村白書」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p88
また、基幹的農業従事者(主に農業に従事し、一定以上の面積や生産量のある人)の数は大幅に減少しています(図2)。
図2 日本の基幹的農業従事者数の推移(出所:「令和元年度 食料・農業・農村白書」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p28
理由としては高齢によるリタイヤ等が考えられる、と農林水産省は分析しています*1。
実際、基幹的農業従事者(個人)の年齢層は高い水準にあります(図3)。
図3 基幹的農業従事者数(個人)の推移(出所「2020年農林業センサス結果の概要」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/noucen/2020/index.html
農林水産省は、農業分野の課題として
- 機械化が難しく手作業に頼らざるをえない、危険な作業やきつい作業
- 農業者が減少する中、一人当たりの作業面積は拡大
- 農作物の加工・選別など多くの雇用労力に頼る作業
- トラクターの操作など熟練者でなければできない作業が多く、若者や女性が参入困難
といったものも挙げています*2。
法人の参入で一部では合理化が進んでいるものの、上記の課題解決のためにさらなる合理化は必須です。
そこで注目されているのが「スマート農業」です。
スマート農業とは
スマート農業とは、ICTやロボットなどの技術を駆使して農作業の負担を軽減し、農業の効率化をはかるものです(図4)。
図4 スマート農業の概念(出所「スマート農業が実現する新たな農業の姿」内閣府資料)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/juyoukadai/nourin/4kai/siryo3.pdf p14
国内で様々な実証実験が進んでいます。
スマート農業の活用①コメ生産にスマート農業をフル実装すると・・・
農林水産省が実証実験を実施している稲作へのスマート農業応用のイメージはこのようなものです(図5)。
図5 スマート農業実証実験のイメージ「スマート農業の展開について」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p25
まず、コスト管理など経営に関わるデータは、スマホアプリで確認します。
そして、全自動のロボットで整地、植え付けを行い、その後は稲の生育状況や土壌の変化に応じて水量を調節するシステムを利用します。
生育状況の把握にはドローンを使います。
最後にロボットで収穫をするだけでなく、収穫量や品質のデータを取得し、生産に活用するというものです。
これはあくまで全てを機械化した場合のイメージで全ての水田で全く同じ工程はたどれませんが、全国で実施されているスマート農業の技術を導入した実証実験の結果が中間報告されています。
まず、大規模水田作、中山間地域の水田作、輸出を目的とした水田作の3つの分類での労働時間はこのようになりました(図6)。
図6 スマート農業実証実験の労働時間削減状況(出所「スマート農業の展開について」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p29
工程の中には、劇的に作業時間を削減したものもあります。
特にドローンによる農薬散布では作業時間が平均81%削減された他、自動水管理システムでは作業時間が平均87%削減されています*3。
ただ、課題も残っています。ひとつはコスト面の問題です(図7)。
図7 スマート農業実証実験の収支状況(出所「スマート農業の展開について」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p29
また、農地の大きさや形によっては利用できないロボットもあるといった課題も出ています。
スマート農業の活用②リスク軽減と需給バランス改善
ただ、データ活用の面からもスマート農業は注目されています。
そのうちのひとつが、ビッグデータを利用した病害虫被害の最小化です(図8)。
図8 AI活用による病害虫リスクの軽減(出所「スマート農業の展開について」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p20
農作物の外観に現れる変化から病気や害虫の種類を特定したり、対策を取ったりするのは熟練農業者の目や知識が必要です。
しかし、異変と病気・害虫の関係や対処方法をビッグデータ化することでAIによる画像診断が可能になり、不慣れな生産者でも病気や害虫の状況を的確に把握できる、あるいは早期発見も可能にするというものです。
農業への参入のハードルがひとつ下がり、また、生産性の向上にもつながります。
そして、流通過程でもデータの応用が考えられます。
農業には、天候や需給バランスによって生産量や収入が左右されるという特徴があります。
NEDO(=国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構)などが確立したのは、植物工場での生産の適正化で野菜の廃棄などを減らすためのアルゴリズムです(図9)。
図9 野菜生産量の適正化アルゴリズム(出所「AIを活用した野菜の市場価格の予測アルゴリズムを開発」NEDO)
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101235.html
NEDOなどは東京の大田市場で植物工場で栽培される野菜の需要量と市場流通している野菜の流通量に相関関係があることを突き止め、AIを利用した1、2か月先のレタスの市場価格を高精度で予測するアルゴリズムを開発しました。
これにより、過剰出荷によるフードロスの削減も期待できるというものです。
また、近年は食の安心・安全への意識が高まっています。
ICTの活用で、生産者情報を正確に消費者に伝えることができるようにもなります。
スマート農業先進国・オランダ
スマート農業の導入で一大農業輸出国に発展したのがオランダです。
オランダは日本の九州ほどの面積です。かつ痩せている土地が多い、冬の日照時間が短いといった農業には好ましくない場所柄ですが、農産物輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位の農業大国です*4。
オランダを農業大国に押し上げた要因のひとつがITの利用です(図10)。
図10オランダの農業へのIT利用(出所「IT融合新産業の具体的例」経済産業省)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/innovation/ict/4kai/siryo5-betten1.pdf p9
農地を集約して大規模化し、その中で光量調整、湿度、CO2濃度、気温などの管理を全て自動制御に任せることで省力化に成功しています。
「精密農業」と呼ばれるほどの徹底ぶりで、赤外線センサーによる植物の生育領域を区分したり、作物に含まれるタンパク質の含有量を測定して収穫時期を判断したりといった技術も導入されています。
また、衛星画像で作物の生育状況や収穫時期を確認する技術も取り入れています*5。
日本の農業と比べると、このような特徴があります(図11)。
図11 オランダと日本の農業の違い(出所「IT融合新産業の具体的例」経済産業省)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/innovation/ict/4kai/siryo5-betten1.pdf p11
コスト管理もITによって徹底しているところが特徴です。
また、注目すべきは周辺に新しいビジネスを創出していることです。
オランダでは周辺機器の製造だけでなく、各種ソフトウェア、データを用いた栽培コンサルティング、許認可の法的手続きや資金調達までをサポートする工場建設コンサルティングといったビジネスが誕生しています。
ICTの活用で付加価値型の農業へ
日本で新規に就農した人は、生活面でこのような悩みを抱えています(図12、13)。
図12 新規就農者の生活面での悩み(出所「令和元年度 食糧・農業・農村白書」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p48
図13 新規就農者の生活面での悩み(出所「令和元年度 食糧・農業・農村白書」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p49
作業がきつい、思うように休めない、所得が少ない、といったイメージが特に技術的に未熟である新規就農者にとって現実の悩みになっています。
またこうしたイメージが、農業に興味はありながらも就農そのものをやめる人が増える要因になっているとも考えられます。
農業従事者を確保する意味でも、省力化、合理化は必須です。
こうしたネガティブな部分を廃し、付加価値で収入を上げる「攻めの農業」に多くの就農者が舵を切れるようになれば、産業として再び活性化することが期待できます。
オランダの手法をそのまま日本に輸入できるかどうかは未知数ですが、日本に見合った農業のIT化は農業の発展、さらには地方農村の発展にも繋がる可能性を秘めています。
参照・引用を見る
図1、2「令和元年度 食料・農業・農村白書」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p88、28
図3「2020年農林業センサス結果の概要」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/noucen/2020/index.html
図4「スマート農業が実現する新たな農業の姿~社会実装が始まった農業ICT・IoT技術~」内閣府資料
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/juyoukadai/nourin/4kai/siryo3.pdf p14
図5-8「スマート農業の展開について」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p25、p29、p20
図9「AIを活用した野菜の市場価格の予測アルゴリズムを開発」NEDO
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101235.html
図10、11「IT融合新産業の具体的例」経済産業省
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/innovation/ict/4kai/siryo5-betten1.pdf p9、11
図12、13「「令和元年度 食料・農業・農村白書」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p48、49
*1「令和元年度 食糧・農業・農村白書」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf p28
*2、3「スマート農業の展開について」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-158.pdf p3、30
*4「オランダの農林水産業概況」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/attach/pdf/index-190.pdf
*5「オランダの地球観測活動の方向性ー精密農業を支える地球観測画像への先行投資と海外ビジネスの展開ー」科学技術・学術政策研究所
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STT143-44.pdf p47
*6「九州における植物工場等ハイテク農業の成長産業化に向けた課題と展望」日本政策投資銀行
https://www.dbj.jp/pdf/investigate/area/kyusyu/pdf_all/kyusyu1403_01.pdf p38