人工光合成の原理やメリットは? 国内外の動向とともに環境保護と将来の展望について解説

私たち人間が生存するために不可欠な酸素は、植物の「光合成」によって生成されます。

こうした光合成の仕組みの全体、あるいは一部を人工的に再現するのが「人工光合成」です。
実用化にはまだ少々時間がかかるとはいえ、将来実現が期待されている水素社会に向けて人工光合成の研究・開発が盛んになっています。

そこで本稿では、人工光合成とは何かやその展望について国内外の動向を踏まえながら解説していきます。

人工光合成とは何か

冒頭でも述べたように、人工光合成は自然の光合成をモデルにしたシステムです[*1]。

光合成とは、太陽光のエネルギーを利用して二酸化炭素(以下、CO2)を還元し、糖などの有機物を生成する反応を指します。
水を分解することで副産物として酸素が生成されるので、呼吸を行う私たち動物を含めた生物の生命活動を根幹で支えています。

エネルギーという観点から光合成を捉えると、太陽光のエネルギーを化学エネルギーへと転換する仕組みともいえます[*2]。

つまり、人工光合成は太陽光のエネルギーを化学エネルギーへと人工的に転換する仕組みだといえるでしょう。
とはいえ、光合成が忠実に再現されるのではなく、一部を再現、あるいは改良したシステムも広く人工光合成として認知されています(図1)。

図1: 人工光合成の概念
出典: 資源エネルギー庁HP「CO2を“化学品”に変える脱炭素化技術『人工光合成』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jinkoukougousei.html

植物の光合成のような酸素の生成を人工的に再現することは現状では非常に困難だと捉えられています。

しかし植物の光合成はCO2の消費や糖の生成、酸素の生成など複数の役立つ仕組みから構成されており、その一部を再現したとしても十分役立つ技術だといえます。

たとえば二酸化炭素を資源化し他の物質の生成に利用することは、温室効果ガスである二酸化炭素の量の削減につながります。
また、太陽光エネルギーで水を分解し水素を発生させると、水素から発電する「燃料電池」に対して燃料を供給できるでしょう。

さらには、植物の光合成と異なる副産物の生成も考えられます。
たとえば、エチレン(C2)やプロピレン(C3)、ブタジエン(C4)といった「オレフィン」はプラスチックの原料になります(図2)。

図2: オレフィンから化学製品が作られるプロセス
出典: 新エネルギー・産業技術総合開発機構HP「二酸化炭素原料化基幹化学品
製造プロセス技術開発」(2019年)
https://www.nedo.go.jp/content/100899249.pdf, p.2

現状では化石燃料である原油からオレフェンが生成されますが、人工光合成によってオレフェンを生成する研究も行われています[*3]。

中でも人工光合成として注目されているのは、燃料電池の燃料供給にも貢献する、太陽光で水を分解して水素を発生させるシステムでしょう。
燃料電池は水素から電気を生み出す「発電」であり、石炭や石油といった化石燃料を活用しないためCO2を排出しないというメリットをもちます[*4](図3)。

図3: 燃料電池の概要
出典: 環境展望台HP「燃料電池」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=4

 

また水素は電力と異なり長期間かつ大量に貯蔵可能です。

電力を貯蔵できる方法として「蓄電池(二次電池)」[*5]や揚水発電などが挙げられますが、依然として技術的に長期間の大量貯蔵は困難だといいます[*6]。
水素は蓄電池や揚水発電、圧縮空気やフライホイールなどと比較して、長期間かつ大量に蓄えられます(図4)。

図4: 蓄電容量と蓄電期間の比較(Pumped hydro storageは揚水発電、Batteryは蓄電池、Hydrogen storageは水素を指す)
出典: 「Hydrogen Europe Vision on the Role of Hydrogen and Gas Infrastructure on the Road Toward a Climate Neutral Economy」(2019年)p.7

後述するように水素を生成する方法は数種類ありますが、そのひとつとして人工光合成が注目されているのです。

人工光合成に関する国内の動向

では、日本国内の人工光合成に関する研究・開発はどう進展しているのでしょうか。

実は、人工光合成の礎となる発見は日本人研究者によってなされました。
人工光合成には金属錯体で二酸化炭素を還元したり生物の体内にある物質を活用したりするなど、さまざまなアプローチがあります[*7]。

その1つが「光触媒」の活用であり、水素を生成するのに有効なアプローチと考えられています。

酸化チタン(TiO2)に紫外線を照射すると、そのエネルギーによって水が水素と酸素へと分解(図5)することが1967年に発見され、研究者の名前にちなんで「藤嶋・本多効果」と呼ばれています[*8]。

図5: 酸化チタン(TiO2)に紫外線を照射すると活性酸素が生成される
出典: 東京大学HP「光触媒の新世界」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00057.html

この反応は汚染水や大気の浄化、最近では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の不活化にも応用されています[*9]。

ただ酸化チタンによる光触媒は、太陽光のうち可視光線より波長の短い紫外線(図6)のエネルギーしか利用できませんでした。紫外線は太陽光の約3%しか含まないため、太陽光の活用としては効率的ではありません[*10]。

図6: さまざまな波長における電磁波
出典: 東邦大学理学部HP「可視光線」
https://www.toho-u.ac.jp/sci/biomol/glossary/chem/visible_light.html

水を分解して水素を発生させるための太陽光活用は、その後の人工光合成研究の出発点となりました。
1992年には可視光を吸収する光触媒によって水分解が可能になる[*11]など技術革新により、人工光合成が再注目されました。
このように日本における光触媒の研究は人工光合成研究をけん引する役割の一端を担っています。

では人工光合成研究や開発に対し、国としてはどうサポートしてきたのでしょうか。

国が主導する取り組みとしては、2012年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)人工光合成プロジェクトが開始しています。
人工光合成研究としては日本で最初の大規模プロジェクトで、光触媒を使った水から水素、酸素への分離や安全に水素を分離する技術、CO2を原料にオレフェンを製造する技術が重点的に研究されています(図7)。

図7: NEDO人工光合成プロジェクトの概要
出典: nanotech JapanHP「太陽光と水と二酸化炭素から,プラスチック原料へ~人工光合成プロジェクト~」(2020年)
https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/76.html

こうした人工光合成研究は2040年に目指すべき社会を実現するための推進すべき研究分野の1つとして、文部科学省が2020年6月に報告した「科学技術の発展による2040年の社会ー基本シナリオの検討ー」の中で位置づけられています[*12]。

人工光合成に関する海外の動向

では、海外での人工光合成研究はどのように進展しているのでしょうか。

先述したように、可視光を吸収する光触媒がないことや太陽光エネルギーの約0.3%[*13]という低い割合でしか水素を生成できないことから、1990年代初旬までは人工光合成の研究は停滞しました。

しかし、1990年代中盤に入り可視光による水分解が可能になり、人工光合成研究は息を吹き返しました。

また米国人研究者が1995年に太陽光で水を分解し水素を生成する「人工光合成」のアイディアを考案[*14, *15]したことが、海外での人工光合成研究を盛んにするきっかけの1つになりました。
いまでは、米国だけでなく、中国や韓国、欧州でも人工光合成研究が進んでいます(図8)。

図8: 人工光合成研究の海外動向
出典: 科学技術振興機構HP「水からのソーラー水素製造光触媒」(2011年)
https://shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/p/11/1122/tus07.pdf, p.8

太陽光発電で水を電気分解し水素を生成するシステム[*16]が主に、将来の水素社会実現の一手段として位置づけられています。

中でももっとも人工光合成に力を入れているのが米国です。
エネルギー省が人工光合成ジョイントセンター(JCAP)を創設し、自然の光合成の10倍の効率化を目指しています。
2020年にはエネルギー省は人工光合成研究に1億ドルを投資することを発表しています[*17]。

こうしたカーボンフリーなエネルギーを求める背景には米国のエネルギー事情があります。

米国エネルギー情報局(EIA)が発表した「2020年版米国エネルギー展望」によると、2050年には2019年比で11~13%のCO2排出量の増加が予測されています[*18]。
これは、エネルギーの需要が効率化を上回っていることが原因だと見積もられています。

米国の発電事情は、石炭や石油など化石燃料への依存は減る一方で、CO2排出量が少ないとはいえ原子力への依存も期待できません(図9)。

図9: 米国における手段別エネルギー生産量の推移
出典: U.S. Energy Information Administration HP「Annual Energy Outlook 2020」(2020年)
https://www.eia.gov/outlooks/aeo/pdf/AEO2020%20Full%20Report.pdf, p.10

現状では石炭や石油等の化石燃料よりもCO2排出量の少ない液化天然(LNG)ガスが期待されていますが、カーボンフリーな社会を実現するためには過渡的な燃料だといえるでしょう。

こうした事情から、自然エネルギーの比率を高めることに加え、CO2を排出しない人工光合成等の技術の研究・開発への投資が進んでいるといえます。

人工光合成についての将来の展望

では人工光合成はいつ実用化されるのでしょうか。

先述した「科学技術の発展による2040年の社会ー基本シナリオの検討ー」は、2040年に実現するであろう社会のシナリオを設定(図10)し、推進すべき科学技術がそれぞれどの時期に実用化されるのかを推定しています。

図10: 2040年で実現するであろう社会のシナリオ
出典: 科学技術・学術政策研究所HP「第 11 回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-NR183-FullJ.pdf, p.ix

「デルファイ法」と呼ばれる専門家へのアンケート調査(表11)をもとに将来予測を行った結果、人工光合成は2039年に社会で実用化されると予測されています[*19]。

表11: デルファイ法による質問項目
出典: 科学技術・学術政策研究所HP「第11回科学技術予測調査デルファイ調査結果速報」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/5_Delphi_material.pdf, p.4

人工光合成の実用化にまだ時間がかかる背景には、乗り越えなければならない壁がいくつか存在することが挙げられます。

そのひとつが水素への変換効率です。
実用化するためには太陽光エネルギーから水素への変換効率が10%必要とされ、2019年度段階で変換効率は7%にまで改善しています[*20]。
植物の光合成での変換効率が0.3%であることや、JCAPの目標がこの10倍だと設定されていることからも示唆されるように、課題が多く残っています。

もうひとつの壁はコストです。

光を捕集する技術や水素を生み出す光触媒の研究・開発、管理するシステムなど個別では長年の研究が行われてきましたが、これらを統合して実用化するのは非常に困難で時間がかかるだろうと予測されています。
人工光合成を実現する大規模な光触媒パネルを設置するためには膨大な光触媒が必要になることに加えて、非常に有害かつ腐食性を伴う化学反応を引き起こすため全体のコストが非常にかかります。
結果として、実用可能な程度に水素を作り出す人工光合成システムを実現するのは、非効率的だということを人工光合成の研究者がBBCの取材で見解を述べています[*21]。
カリフォルニア州が作成した報告書によると、人工光合成の技術は現状ではほかの水素生成システムと比較して技術的に低い状態にあり、実用化は2030~2050年だろうとされています[*22]。

では、人工光合成が水素を生産する方法の中で優れている点は何でしょうか。

現在、太陽光発電など再生可能エネルギーによって生成された「再生可能水素」を生産する方法としては他に、太陽光発電による水の電気分解が挙げられますが、これは直接太陽光によって再生可能水素を生産するのではありません。
確かに現状では高い効率で水素を生成できますが、太陽光発電を経るという意味で経済的にはコストが高くなってしまいます(図16)。

図16: 最終目標へのルート。人工光合成の方が太陽光発電を経るよりもコストがかからない
出典: 産業技術総合研究所HP「人工光合成技術の現状と太陽光発電との融合」(2016年)
https://unit.aist.go.jp/rpd-envene/PV/ja/results/2016/T05.pdf, p.22

現状では乗り越えなければならない壁が多いものの、長期的にみれば人工光合成は太陽光を電気エネルギーに変換するのではなく直接活用することができるため、ほかの再生水素を生成するシステムに限定すれば経済性の壁を乗り越える技術だといえるでしょう。

長い目でみたとき、CO2の排出量を抑制するためには人工光合成研究の進展が不可欠です。
水素社会の実現はもちろん、CO2の資源化による温室効果ガスの削減効果もあります。
こうした一石二鳥のアプローチを人工光合成が可能にするといえます。

 

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参照・引用を見る

*1

科学技術振興機構HP「光合成最大の謎を解明」
https://www.jst.go.jp/seika/bt3-4.html

*2

北海道大学・大学院生命科学院・田中研究室HP「光合成における環境適応・進化」
http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/plantadapt/works-j.html

*3

新エネルギー・産業技術総合開発機構HP「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発」(2019年)
https://www.nedo.go.jp/content/100899249.pdf, p.3

*4

環境展望台HP「燃料電池」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=4

*5

日本電気技術者協会HP「二次電池について」
https://jeea.or.jp/course/contents/09106/

*6

日刊工業新聞HP「電力貯蔵システム」https://pub.nikkan.co.jp/uploads/book/pdf_file4d88075de2a75.pdf, p.1-2

*7

人工光合成による太陽光エネルギーの物質返還: 実用化に向けての異分野融合HP「水素発生光触媒機能を有する人工光合成システム」
http://artificial-photosynthesis.net/soshiki/project_a03_25-26.html

*8

東京大学HP「光触媒の新世界」(2014年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00057.html

*9

東京工業大学HP「可視光応答形光触媒による新型コロナウイルス不活化を確認」(2020年)
https://www.titech.ac.jp/news/2020/048019.html

*10, *11

産業技術総合研究所HP「可視光で水を水素と酸素に分解」(2001年)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2001/pr20011206_1/pr20011206_1.html

*12

科学技術・学術政策研究所HP「第 11 回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書 」(2019年)概要
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-NR183-FullJ.pdf

*13

環境展望台HP「光触媒」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=39

*14

Royal Society of Chemistry HP「Has the artificial leaf’s time come at last?」(2020年)
https://www.chemistryworld.com/holy-grails/the-grails/artificial-photosynthesis

*15

Allen J. Bard and Marye Anne Fox(1995) ”Artificial Photosynthesis: Solar Splitting of Water to Hydrogen and Oxygen,” Accounts of chemical research, ACS Publications.
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ar00051a007

*16

東京大学HP「実際の太陽光下で世界最高効率の水素製造に成功」
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press//data/20150917_sugiyama.pdf

*17

Department of Energy HP「Department of Energy Announces $100 Million for Artificial Photosynthesis Research」(2020年)
https://www.energy.gov/articles/department-energy-announces-100-million-artificial-photosynthesis-research

*18

U.S. Energy Information Administration HP「Annual Energy Outlook 2020」(2020年)
https://www.eia.gov/outlooks/aeo/pdf/AEO2020%20Full%20Report.pdf, p.146

*19

科学技術・学術政策研究所HP「第11回科学技術予測調査デルファイ調査結果速報」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/5_Delphi_material.pdf, p.16

*20

経済産業省資源エネルギー庁HP「太陽とCO2で化学品をつくる「人工光合成」、今どこまで進んでる?」(2021年)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jinkoukougousei2021.html

*21

BBC HP「Creating fuel from thin air with artificial leaves」(2020年)
https://www.bbc.com/news/business-54390932

*22

California Fuel Cell Partnership HP「Roadmap for the Deployment and Buildout of Renewable Hydrogen Production Plants in California」(2020年)
https://cafcp.org/sites/default/files/Roadmap-for-Deployment-and-Buildout-of-RH2-UCI-CEC-June-2020.pdf, p.D-3

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