無線給電が実現する未来の可能性に世界と日本はどう取り組む? 人体への影響や距離の課題も

スマートフォンなどをワイヤレスで充電できる無線給電の普及が始まっています。

コンセントから離れた場所にある機器であっても、自動的に充電することが可能になることから、デジタル機器の利便性が劇的に高まることが期待されています。

この記事では、先ず無線給電の詳細や課題を説明し、世界や日本における実用化の進展状況、そして無線給電の実現によって私たちの生活がどのように変わっていくと考えられているのかを紹介していきます。

無線給電(ワイヤレス給電)とは

無線給電とは、離れた場所にある電気機器や電気自動車(EV)などに、電源コードを用いることなくワイヤレスで充電する技術です。
ワイヤレス電力伝送(WPT)とも呼ばれます。[*1]

無線給電における電力の伝送方式は、有効伝送距離が数10cm程度の「近接結合型」と10m以上離れたデバイスにも電力伝送が可能な「空間伝送型」に分けられます。[*1]

近接結合型無線給電

近接結合型の無線給電は、非放射型ワイヤレス電力伝送(Non-Beam WPT)とも呼ばれ、代表的なものとして

  • 電磁誘導方式
  • 電界結合方式
  • 磁界共振結合方式

などの方式があります(図1)。
伝送距離はとれませんが、送電電力が大きく伝送効率が高いのが特徴です。[*2]

図1:近接結合型無線給電の利用イメージ
*出典:総務省「(3)その他の電波有効利用方策」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000555343.pdf p3

電磁誘導方式は、伝送距離が数mmから数cm、伝送効率が70〜90%で、数W程度の微小電力から100kW以上の大電力までの送電が可能な方法です。
静止して給電するチャージ方式と移動しながら給電することが可能なレール方式があります。[*3, *4]

電界結合方式は、伝送距離が数mm程度と小さいものの、伝送効率は80〜90%と高く、送電電力も数Wから最大数kWまでと比較的大きい電力の送電が見込める方法です。
1つの充電台で複数の機器・端末を同時に充電できるという特徴があります。[*3, *4]
電磁誘導方式と電界結合方式は、共に伝送距離が小さく、実用化されている製品のほとんどは接触して給電を行っています。
しかし、より利便性を高めるには、非接触での給電の実現が必要であり、伝送距離を伸ばすべく研究開発が進められています。[*4]

磁界共振方式は、数10cmから数m程度の距離までの伝送が可能な方法です。
伝送効率が40〜60%程度と低く、送電電力は数Wから数100W程度となっています。近接結合型の中では、伝送距離が数m程度までと大きいため、非接触の給電システムを構築しやすい方法です。
しかし、送電電力が小さいことが課題で、電磁誘導方式や電界結合方式と同程度の大電力送電を目指した研究開発が進んでいます(図2)。[*3, *4]

図2:磁界共振方式のEV/PHVに対する給電構成例
*出典:総務省「ワイヤレス電力伝送システムの実用化について」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000235604.pdf p19

空間伝送型無線給電

一方、空間伝送型の無線給電は、放射型ワイヤレス電力伝送(Beam WPT)とも呼ばれ、

  • 電波(マイクロ波)方式
  • 光給電(レーザー)方式

などの方式があります(図3)。
⻑距離伝送に有効ですが、伝送効率は⼀般的に高くありません。[*2]

図3: 空間伝送型無線給電の利用イメージ
*出典: 総務省「(3)その他の電波有効利用方策」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000555343.pdf, p4

電波(マイクロ波)方式は、マイクロ波などの電波として電力を伝送する方法です。
伝送距離は、数mから数10m程度ですが、理論的には数万km以上の伝送も実現できるとされています。
送電電力が数mWから数100Wと比較的小さく、伝送効率も数%程度と低いことが課題です。
ただし、高効率化と大電力化が進められており、38%もの高効率を実現している研究や10kWの電力伝送を実現した実証実験が行われています。
一方で、送信電波の他の無線通信への干渉や人体に対する電波暴露が想定されるため、他の無線通信と共用するためのシステム作りや生体への安全性について考慮する必要があります。

なお、人体への影響について、電波方式無線給電は携帯電話や無線LANの周波数帯が利用される予定であり、一定の安全性がすでに確かめられているとも言えます。
しかし、電磁波の人体への影響には不明な点が多く、携帯電話も運用が開始されてからまだ20年ほどしか経っていないため、長期間電波に曝された場合にどのような影響が人体に現れるか分かっていません。[*1, *3, *4, *5]

光給電(レーザー)方式は、光を用いた電力の伝送方法で、レーザー光を太陽電池で受け取る方法などがあります(図4)。伝送距離が長いのはもちろん、小型装置かつ小径ビームでも大電力給電が可能です。
しかし、研究段階の無線給電方式であり、未来の無線給電方式としてその実現が期待されています。[*6]

図4:光で伝送して太陽電池で受け取る光給電方式
*出典:国立研究開発法人 科学技術進行機構(JST)「機器を配線から解放する安全な光無線給電システム」(2017)
https://shingi.jst.go.jp/var/rev0/0000/6536/2017_titech_8.pdf p6

無線給電方式のまとめ

実用段階にある無線給電方式の伝送距離や送電電力、伝送効率、課題などをまとめたものが図5です。

図5: 無線給電の伝送方式の違いによる伝送距離・送電電力・伝送効率
*出典: 総務省「ワイヤレス電力伝送(WPT)システムの安全性 ばく露評価法、植込み型医療器のEMI評価」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000448580.pdf, p5

世界中で実用化が進んでいる無線給電

無線給電は実用化が進んでおり、日本も含めた世界中で無線給電を利用した様々な製品が発表されています。
世界の自動車メーカーは、すでに無線給電を搭載したEVやプラグインハイブリッド自動車(PHV)を製品化して販売。
無線給電を備えた自動車は、所定の位置に駐車するだけで充電が始まるとされています(図6)。

図6:無線給電を搭載したEV/PHV
*出典:NPO法人 環境ベテランズファーム (EVF)「ワイヤレス給電の現状と将来の展望」(2018)
https://www.evfjp.org/seminer/seminer_documents/20180125_wireless.pdf p14

また、世界各国でワイヤレス充電バスの実証実験が行われており、アメリカでは商用運転がすでに始まっています。
その実運用されているワイヤレス充電バスは、1時間の運用中、走行ルート中へ設置された給電装置上に10~20分間停車することで充電が行われます(図7)。[*3]

図7:アメリカで実運用されているバスのワイヤレス給電システム
*出典:NPO法人 環境ベテランズファーム (EVF)「ワイヤレス給電の現状と将来の展望」(2018)
https://www.evfjp.org/seminer/seminer_documents/20180125_wireless.pdf p25

家庭やオフィスで用いられている電気機器では、以下のような製品で無線給電が搭載されています。[*3]

  • 水回りで使用する電動歯ブラシや電動シェーバー
  • 小型化・薄型化が求められるスマートフォンやタブレット、ノートパソコン
  • イヤホンやヘッドフォン、デジタルビデオカメラなどのハンディ電子機器

また、モバイル機器用として「Qi(チー)」と呼ばれるワイヤレス給電の国際標準規格が策定されており、Qi規格対応の給電機器が組み込まれた家具などが販売されています(図8)。

図8: Qiシステムが組み込まれた家具
*出典: NPO法人 環境ベテランズファーム (EVF)「ワイヤレス給電の現状と将来の展望」(2018)
https://www.evfjp.org/seminer/seminer_documents/20180125_wireless.pdf, p37

しかし、上述した製品の無線給電は、全て近接結合型です。
空間伝送型の無線給電については、携帯電話や無線LAN(Wi-Fi)機器などに割り当てられた周波数帯との電波干渉、人体が電波へ曝されることに対する安全性などの問題もあり、実用化はあまり進んでいません。[*1]

ただし、アメリカでは、制度化は行っていないものの、個別の製品に対して無線機器に対する認可を与えており、空間伝送型無線給電を搭載したゲーム機用コントローラなどが販売されています。[*1]

日本で進む空間伝送型無線給電の実用化

一方、日本では、マイクロ波方式の空間伝送型無線給電を2020年に制度化し、2021年から社会実装すると発表しました。[*7]
「第1ステップ」として、屋内での利用を前提とした空間伝送型無線給電の利用を想定し、以下の5つの使用例を挙げています(図9)。[*1]

  1. 無人の組み立て型工場の工場ラインに設置されたセンサ等
  2. プラントなどの加工型工場の無人エリアにおけるセンサ等
  3. 倉庫や配送センターの無人エリアにおけるセンサや電子棚札等
  4. 有人の物流現場のセンサや電子タグ等
  5. 老人介護施設などの見守りセンサ等

図9: 第1ステップの空間伝送型無線給電の使用例
*出典: 総務省「情報通信審議会 情報通信技術分科会陸上無線通信委員会~空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム作業班~」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000694293.pdf, p4

第1ステップまでの実用化によって、2025年に空間伝送型無線給電の市場規模が約700億円になると予測しています(図10)。

図10: 日本国内における2020年~2025年の空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの市場規模予測
*出典: 総務省「情報通信審議会 情報通信技術分科会陸上無線通信委員会~空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム作業班~」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000694293.pdf, p5

2024年の実現を目標とする「第2ステップ」では、利用範囲を屋外にも広げるとしています。[*7]
また、店舗やオフィス等のセンサや表示器、カメラ、電子値札、利用者が保持するモバイル端末等への自動的な給電も想定しており、利用者に認知されずに充電することも見込んでいます(図11)。

図11: 第2ステップの空間伝送型無線給電の使用例
*出典: 総務省「情報通信審議会 情報通信技術分科会 陸上無線通信委員会 空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム 作業班報告書(案)」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000694294.pdf, p21

さらに「第3ステップ」では、遠隔地への大電力送電や飛行するドローンへの充電・給電などの発展も考えられています(図12)。

図12: 第3ステップの空間伝送型無線給電の応用例
*出典: 総務省「「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」に関する提案」(2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000611759.pdf, p20

無線給電によって変わる私たちの生活

空間伝送型無線給電の実用化と普及によって、無線化が進んでいる通信と同様、どこでもワイヤレスで給電することが可能となる社会の到来が予想されます(図13)。

図13: ワイヤレス電力社会
*出典: 内閣府「マイクロ波を用いたワイヤレス電力伝送(マイクロ波送電)の現状と課題」(2017)
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/toushi/20171024/171024toushi03-1.pdf, p4

自動車の自動運転の到来を見越し、高速道路の一部に敷設した路面コイルから走行中のEVなどへ無線給電を行う研究も始まっています。実現すれば、航続距離が無限になるとともに、バッテリー容量の削減による軽量化なども可能となります。[*8]

また、超長距離のワイヤレス電力伝送が可能になれば、宇宙空間で太陽エネルギーを集めて、そのエネルギーを地上へ伝送し、地上で電力を利用する宇宙太陽光発電システムの実現も一歩前進するでしょう(図14)。

図14: 宇宙太陽光発電システム
*出典: 一般財団法人 宇宙システム開発利用推進機構「SSPS 宇宙太陽光発電システム」
https://ssl.jspacesystems.or.jp/project_ssps/?doing_wp_cron=1611549395.4491760730743408203125

そして、電力の伝送全てをワイヤレスで実現できれば、送電網の必要性もなくなり、電線やコードが存在しない社会が実現可能となるのです。

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参照・引用を見る
  1. 総務省「情報通信審議会 情報通信技術分科会 陸上無線通信委員会 空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム 作業班報告書(案)」(2020)
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000694294.pdf p3, p6, p12, p13-15, p33-40
  2. 総務省「(3)その他の電波有効利用方策」
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000555343.pdf p3-4
  3. NPO法人 環境ベテランズファーム (EVF)「ワイヤレス給電の現状と将来の展望」(2018)
    https://www.evfjp.org/seminer/seminer_documents/20180125_wireless.pdf p4-8, p15-25, p29-35, P67
  4. 総務省「ワイヤレス電力伝送(WPT)システムの安全性 ばく露評価法、植込み型医療器のEMI評価」
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000448580.pdf p5
  5. 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)「マイクロ波無線エネルギー伝送技術の研究」
    https://www.kenkai.jaxa.jp/research/ssps/ssps-mssps.html
  6. 光無線給電検討会「光無線給電とは」
    http://vcsel-www.pi.titech.ac.jp/owpt/owpt.html
  7. 内閣府総合科学技術・イノベーション会議(SIP)「IoE社会のエネルギーシステム」(2020)
    http://www.sip2020.go.jp/docs/08ioe.pdf p16
  8. 国立研究開発法人 科学技術進行機構(JST)「電気自動車への走行中直接給電が拓く未来社会」
    https://www.jst.go.jp/mirai/jp/uploads/saitaku2017/JPMJMI17EM_fujimoto.pdf p1

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