量子コンピュータの実用化で何が変わる? 実現する未来と日本の現状をわかりやすく解説

量子コンピュータの実用化で何が変わる? 実現する未来と日本の現状をわかりやすく解説

近年注目が高まっている量子コンピュータは、理論上従来のコンピュータの処理速度をはるかに凌ぐと言われています。

膨大な数の組み合わせから瞬時に最適解を導き出す量子コンピュータはAI(人工知能)などとともに、物流、交通、防災、エネルギーシステムなどが最適化された新たな社会を創り出す技術として期待されています。

社会を大きく変える可能性を秘める量子コンピュータは世界でも開発競争が激化しています。この記事では量子コンピュータの現在と未来をご紹介します。

量子コンピュータとは?

量子コンピュータとは量子力学特有の現象を計算に利用することで、膨大な量のデータの高速処理を可能にするコンピュータのことです。

そして量子力学とは、原子や電子、ニュートリノなどの非常に小さなミクロの世界の量子のふるまいを証明する法則のことです[*1]。

このような目に見えない小さな量子は身の回りの物理法則にはあてはまらない不思議なふるまいをし、その動きを証明するために発展した学問が量子力学なのです。

量子コンピュータは量子力学特有の物理状態である「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」などの原理を利用しています。
「量子重ね合わせ」とは量子は粒子と波の性質を同時に持ち、観測することによってどちらか確定するという原理です。そして2個以上の重ね合わせ状態にある量子同士が相関を持つというのが「量子もつれ」です[*2]。

古典コンピュータ(従来のコンピュータ)では情報の最小単位がビットで、量子コンピュータの情報の最小単位は量子ビットです。
古典コンピュータでは0と1の二進数のどちらかしか扱えませんでしたが、量子コンピュータでは量子の性質を利用して0と1を両方重ね合わせて同時に扱うことができます(図1)。

図1: 古典コンピューターの「ビット」と量子コンピューターの「量子ビット」の違い
出典: 三菱総合研究所50周年記念サイト「量子コンピューターの何が「すごい」のか ――従来のコンピューターとの違いとは」(2020)
https://www.mri.co.jp/50th/columns/quantum/no01/index.html

量子コンピュータでは0と1を重ね合わせた複雑な状態を扱うことで並列処理が可能となり、古典コンピュータと比較して計算処理速度が早くなるのです(図2)。

図2: 量子重ね合わせによる超並列計算
出典: 総務省 国立研究開発法人情報通信研究機構「量子コンピュータと その暗号技術への影響」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000655118.pdf, p.4

量子コンピュータは古典コンピュータでは膨大な時間がかかった処理も短時間で行える可能性があります。

一方で特定の問題に関しては高速計算ができますが、スーパーコンピュータを含む古典コンピュータと比較して全てにおいて優れているのではなく、それぞれに得意分野があるというイメージです。
そのため従来のコンピュータがすべて量子コンピュータに成り代わるのではなく、併用や使い分けをされることが想定されています。

量子コンピュータは膨大な組み合わせの中から最適解を選ぶ計算には向いており、厳密な計算が必要になる処理には向いてないと考えられます(図3)。

図3: 量子コンピュータ向いている例・向いていない例
出典: 日本総研「量子コンピュータの概説と動向」(2020)
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/11942.pdf, p.9

量子コンピュータの種類の一つである量子アニーリング技術は組み合わせ最適化問題に特化しています。

組み合わせ最適化問題とは多数の組み合わせの中からより良い選択肢を選ぶ問題のことです。交通システムや物流、仕事のスケジューリングなど組合せ最適化問題で解決できる課題は社会にもあふれています。

量子コンピュータを含む量子技術は社会の様々な課題を解決することを期待されています(図4)。

 

図4: 量子技術による社会課題の解決の例
出典: 内閣府「量子技術イノベーション戦略の策定に向けて」(2019)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ryoshigijutsu_innovation/dai1/siryou2.pdf, p.4

例えば絶対に破られない暗号技術や量子センサによるがんの早期発見といった医療分野での活用など、量子技術によって解決される社会問題は多岐にわたります。

世界の量子コンピュータ開発の動向 

量子コンピュータの研究開発は世界各国で競争が激化しています。

近年、アメリカ、ヨーロッパ、中国などでは量子コンピュータの研究開発に多額の政府資金が投入されています。
次の図5で紹介するのは世界の量子コンピュータへの投資状況と研究者数です。

図5: 世界における量子技術分野の年間予算と研究者数
出典: 独立行政法人 情報処理推進機構 ニューヨークだより「米国における量子コンピュータの現状」(2019)
https://www.ipa.go.jp/files/000072886.pd, p.7

国別予算ではアメリカが年間約3億6000万ユーロで最も多く、中国、ドイツ、イギリス、カナダと続きます。

量子コンピュータ分野の特許出願数に関してもアメリカが圧倒的ですが、量子コンピュータの研究論文に関しては2013年以降、中国がアメリカを上回っています[*3]。

次にご紹介するのは量子コンピュータ等の量子科学技術分野における海外政府取り組みです(図6)。

図6: 量子コンピュータ等の量子科学技術分野における海外政府の取り組み
出典: 文部科学省「量子コンピュータの動向」(2019)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/020/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2019/09/24/1421321s21.pdf, p.2

このように世界の主要国では量子コンピュータ等の量子科学技術をこれまでの社会を大きく変革させる重要な技術な位置付けて、多額の投資をしています。

またIBM社、Google社、Microsoft社などの世界の大手テクノロジー企業も多くの研究投資をし、本格的な商用化に向けて競争は激化しています。

量子コンピュータ業界をリードしているカナダのD-Wave Systems社は、世界初の商用量子アニーリングマシンを発売しています。

ドイツの自動車メーカーフォルクスワーゲンではD-Wave Systems社のシステムを利用し、渋滞緩和を目指した交通の流れの最適化を目指して検証を行っています。

この検証では交通渋滞が深刻な都市である北京の市内中心部と北京空港を結ぶ道の最適化を量子コンピュータを用いて行っています。
数百万台の車両と乗客、数十億通りのルート、目的地など莫大な要因から最適なルートを割り出すのは、従来のコンピュータでは膨大な時間がかかります。
しかし組合せ最適化問題を得意とする量子コンピュータを利用すれば交通の流れの最適化が可能です(図7)。

図7: 北京空港への道路の最適化
出典: D-Wave「フォルクスワーゲンは交通最適化研究に 実量子コンピューターをどのように使用しているか」
https://dwavejapan.com/app/uploads/2019/12/Final_Dwave_VW_Case_Study_2019_11_13.pdf

この手法は世界のあらゆる都市で拡張できることが期待されています。
交通インフラの最適化はエネルギー消費を削減し、温暖化や大気汚染などの環境問題の解決にも貢献します。

日本の量子コンピュータの取り組みと将来のビジョン

世界の動向でも紹介したように、日本は世界と比較して量子コンピュータへの投資規模ははるかに小さく、基礎研究は評価されているものの、量子コンピュータマシンの開発競争は北米に遅れをとっています[*3]。

ここでは現在の日本の量子コンピュータの取り組みと将来ビジョンについて見ていきましょう。

日本では2016年の第5期科学技術基本計画において、はじめて量子コンピュータが重要な科学技術として位置付けられました[*4]。
さらに地球温暖化や高齢化社会に対応するために策定された6つのムーンショット目標(野心的な目標)の一つに量子コンピュータの実現を掲げています。
この目標では2050年を期限とし、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現を目指しています。

量子コンピュータはノイズの影響などによるエラーが発生しやすく、大規模な演算になるとエラーが集積することで結果の精度が下がってしまいます。

誤り耐性型汎用量子コンピュータとは演算途中に発生するエラーを検出し訂正して演算する機能を持った量子コンピュータのことで、規模の大きな正確な計算処理においては必須の技術です。
誤り耐性型汎用量子コンピュータが実現すれば、量子コンピュータの制御の誤差を正し、正しい演算結果を導き出すことができます(図8)。

図8: 誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現
出典: 国立研究開発法人科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発事業」
https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal6/

次に量子コンピュータを用いた国内の取り組みや実証についてご紹介します。
東京大学と株式会社豊田中央研究所は大都市の信号機の制御を量子コンピュータを用いて最適化する技術を開発しました(図9)。

図9: 車が円滑に流れるように信号の表示を決める問題
出典: 東京大学「量子コンピュータにより大規模信号機群を制御する 最適化技術の開発に成功」
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400154067.pdf

従来の信号機は各交差点の局所的な情報のみを使用して制御しており、都市全体の交通の流れを最適化する手法はありませんでした。

量子コンピュータを活用した提案手法では、数値実験によって従来手法と比較して車の流れやすさが10%向上することが示されました[*5]。

また量子コンピュータ関連事業を展開する株式会社グルーヴノーツと三菱地所株式会社はAIと量子コンピュータを活用した廃棄物収集の最適化の実証によりCO2削減を実現する可能性を確認しています。

この検証では丸の内の26棟のビルにおいて廃棄物の収集ルートの最適化を行いました。AIで気象情報や地区イベント情報などからゴミの発生量を予測し、量子コンピュータで最適な収集ルートを検証しています(図10)。

図10: 複数のビルで廃棄物収集を行う際の検討事項イメージ(一例)
出典: グルーヴノーツ・三菱地所プレスリリース「AI や量子コンピュータを活用した廃棄物収集の運搬業務・経路の 最適化検証で CO2 排出量削減の可能性を確認」(2020)
https://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec200330_groovenauts.pdf

量子コンピュータを活用することで、いつ、何台の収集車で、どの経路でごみを収集すればいいのか、その膨大な組み合わせから最適なルートを瞬時に求めることができます。

この検証では収集車の台数、総走行距離、作業時間を最適化によって減少させ、CO2を約57%削減できるという可能性が示されました[*6]。

まとめ

量子コンピュータは、従来のコンピュータでは膨大な時間がかかってしまう処理を高速で行うことができ、社会や経済を大きく飛躍させることが期待されています。

まだ発展途上の技術ではありますが、組み合わせ最適化問題に特化した量子アニーリング技術など、一部は商用化されさまざまな社会問題の解決を目指しています。

東北大学では量子アニーリング技術を活かして、現在感染が拡大している新型コロナウイルスの打開策を支援する国際研究に参加をすることを発表しています[*7]。

量子アニーリング技術を活用して新薬の開発や、医療品の物流、感染拡大を防ぐ人の流れを最適化できる可能性があります。

量子コンピュータの産業的な貢献度は未知数でありながら、さまざまな問題を解決する大きな可能性を秘めています。
ヒトやモノの流れを最適化してエネルギーの無駄を省くことができれば、持続可能な未来社会を切り拓くことができるでしょう。

参照・引用を見る

*1

文部科学省「量子ってなあに?」(2012)

https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/ryoushi/detail/1316005.htm

*2

日本総研「量子コンピュータの概説と動向」(2020)

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/11942.pdf, p.10

*3

独立行政法人 情報処理推進機構 ニューヨークだより「米国における量子コンピュータの現状」(2019)

https://www.ipa.go.jp/files/000072886.pd, p.8 p.1

*4

内閣府「量子技術イノベーション戦略の策定に向けて」(2019)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ryoshigijutsu_innovation/dai1/siryou2.pdf, p.3

*5

東京大学「量子コンピュータにより大規模信号機群を制御する 最適化技術の開発に成功」

https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400154067.pdf

*6

グルーヴノーツ・三菱地所プレスリリース「AI や量子コンピュータを活用した廃棄物収集の運搬業務・経路の 最適化検証で CO2 排出量削減の可能性を確認業」(2020)

https://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec200330_groovenauts.pdf

*7

東北大学プレスリリース「COVID-19問題解決に向けて東北大学と民間企業が量子コンピューティング技術で研究協力」(2020)

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/04/press20200401-01-covid-19.html