食品や化粧品の香りづけに使用される香料は、私たちの生活に欠かせないものです。
しかし、香料として広く知られている精油(エッセンシャルオイル)を得るためには大量の植物が必要となるため、環境へ負荷を与えます。
また化学反応を利用してつくられる合成香料は、大量に入手できるという利点がある反面、香害という新たな問題を引き起こしています。
華やかな香りは私たちの生活に彩りを添えてくれます。
しかしその一方で、環境や香害のことを考えた時、この「香料」が持つ問題を軽視すべきではありません。
では私たちは、どうすれば良いのでしょうか。
そもそも香料とは?
香料とは、食品や化粧品などのさまざまな製品に香気を与えるための物質のことです。
具体的には、動植物から得られたものや、香気を有する化合物、それらの混合物を指します[ *1]。
香料は一般的に、動植物から抽出・圧搾・蒸留などの物理的手段や酵素処理をして得られる天然香料と、化学反応を利用した方法でつくられる合成香料に分類されます[ *2]。
日本香料工業会の統計によると、2018年(平成30年)の天然香料の国内生産量は623トン、輸入量は9,457トンとなっており、輸入依存度が高くなっています。
加えて、2018年の合成香料の国内生産量は9,351トン、輸入量は16万2,294トンとなっており、天然香料と同様に輸入依存度が高いことがわかっています[ *3],(図1)。
図1: 香料の国内生産量と輸出入量
出典: 一般社団法人日本産天然精油連絡協議会「森林資源を活用した新たな山村活性化に向けた調査検討事業(香イノベーション専門部会)報告書」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/sanson/kassei/sangyou/attach/pdf/houkokusyo_202003-8.pdf, p.16
また、香料のなかで、化粧品やハウスホールド製品などへの付与を利用目的とするものをフレグランス、主に食品への付与を利用目的とするものをフレーバーと呼びます。
フレグランスは、一般にコロンや香水などのことを指すと思われることが多いようです。
しかし香料業界では、
「消費者の多様な需要に対応したり、人々の想像力を刺激したりするためにつくられる香料」
という、より広義な意味で使われています。
フレーバーは、加工食品の製造工程で失われた香りを補うなど、食品が本来有する香りを再現・追求するための香料というのが、一つの方向性です。[ *1]。
天然香料と合成香料の特徴
天然香料と合成香料のそれぞれに利点がありますが、それと同時に環境への影響や香害なども懸念されています。
天然香料の特徴
天然香料として広く知られているものに精油(エッセンシャルオイル)があり、ストレスを軽減するアロマテラピーも人気です。
しかし、精油1kgを得るためには、生産条件や産地により異なるものの、ラベンダーの場合は花穂を100〜200kg、バラの場合は花を実に3〜5トンも必要とします[ *4]。
そのため、精油の生産には大規模なプランテーションが必要となることから、森林破壊の問題がつきまといます。
さらに、精油の原料植物の入手に関するトレーサビリティー(追跡可能性)の確立や、都市に人口が集中していることによる人手不足などの課題もあります[ *3]。
合成香料の特徴
合成香料の種類は3,000を超え、現在世界市場で取引されている主なものは約500種類あるといわれています。
合成香料の原料として、主に石油からつくられる芳香性化学物質などが使われます。
芳香性化学物質には、甘いバラのような香りのするゲラニオールや、ラベンダーの香りに似たエチルアミルケトンなどのさまざまな種類があり、これらの物質を合成して精製することで合成香料ができます。[ *5]。
産地や生産条件によりコストや香りが異なる天然香料と比べると、品質のばらつきが少なく、大量生産で安価かつ安定した供給ができるのが特徴です[ *2]。
しかし、強すぎる香りにより気分が悪くなってしまう「香害」が近年問題になっています。
国民生活センターによると、2014年4月から2020年1月末までに、柔軟剤仕上げ剤のにおいに関する相談件数は928件寄せられ、そのうち594件で危害があったということです[ *6]。
そして、「柔軟仕上げ剤のにおいがきつくて頭が痛くなる」などの相談情報が、年間130〜250件程度寄せられています(図2)。
図2: 「柔軟仕上げ剤のにおい」に関する相談件数の年度別の推移
出典: 独立行政法人国民生活センター「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020 年)」
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20200409_2.pdf, p.2
また、特に合成香料は、精製などの生産過程において大量の水が必要とされ、水不足や水価格の高騰、廃水処理などが懸念されています。
日本と世界における香料業界の取り組み
プランテーションによる森林破壊や水利用の問題、合成香料による香害の問題を減らしていくため、日本のみならず世界各国で、将来にわたって永続的に香料生産を続けていくことを目指すさまざまな取り組みが実施されています。
日本国内での取り組み
現時点では輸入に依存している香料ですが、天然香料については、ラベンダーやバラなどの海外で大規模に生産されている花だけではなく、クロモジやスギ、ヒノキなどの国内に多く存在する樹木も原料になります。
そのため、日本の森林を活用するべく、近年取り組みが進められています。
日本産天然精油連絡協議会は2019年(令和元年)、国土緑化推進機構との共同事業として、農林水産省の「平成31年度森林資源を活用した新たな山村活性化に向けた調査検討事業」を受託しました。
同事業を通して、日本産天然精油の生産地の現地調査・国内外の精油業界の調査・シンポジウムの開催などに取り組み、国産精油を増加させる方法を模索しています[ *7]。
また、独立行政法人森林総合研究所は、日本かおり研究所などと共同で国内のトドマツを原料とする精油から空気清浄剤を開発しました。
トドマツ精油は他の木材を原料とした精油と比較して、汚染物質である二酸化窒素を空気中から除去する能力が高いことが明らかになったのです(図3)。
図3: 二酸化窒素を除去する能力の比較
出典: 農林水産省「農林水産分野の最新研究成果を紹介! アフ・ラボ」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1402/report.html
トドマツ精油が有するこうした汚染物質の無害化に加え、悪臭の消臭・防虫・抗菌・森林浴のような癒やし効果などの多面的な効用から、スポーツ施設や病院、介護施設などでの活用ができると考えられています。
さらに、森林伐採時の廃棄材を有効活用でき、森林整備の面でも注目されるなど、これまでの「香り」としての役割にとどまらない可能性が探究されています[ *8]。
海外での取り組み
海外でも、環境負荷低減を中心とした取り組みが進められています。
2020年7月、国際団体である国際香粧品香料協会(IFRA)と国際フレーバー工業協会(IOFI)は、新たな業界憲章「IFRA-IOFIサステナビリティ憲章」を制定しました。
そして、世界の100社を超えるフレーバーおよびフレグランス企業が、以下の5つを重点分野とする同憲章に署名しました[ *9]。
- バリューチェーン全体で責任ある調達を行う
- 産業界の環境負荷を低減し、気候変動に対処する
- 従業員の福利厚生を充実させ、働きがいのある労働環境を確保する
- 製品の安全性について最先端を行く
- 透明性を保ち、社会から信頼されるパートナーとなる[ *10]
また、香料業界大手の米インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランス(IFF)は、2010年と比較して、水の消費量を2018年時点で約68%削減し、2020年までの目標である50%を大きく上回りました。
2018年6月には、2025年までの新たな環境目標「EcoEffective +」を発表しました。
同目標は、「温室効果ガス排出量削減」「埋立廃棄物ゼロ」「ウォーター・スチュワードシップ(積極的な水の管理)」の3分野を注視しており、次のような目標を発表しています。
- 2015年比で、温室効果ガス排出量を総量で30%削減する
- 主要製造施設での埋立廃棄物をゼロにする
- 水のサステナビリティに関する国際イニシアチブ「CEO Water Mandat」に署名し、国連や各国政府、企業、NGOなどと連携して水スチュワードシップに取り組む[ *11]
香料原料の有効活用のために国内でできること
香料原料を有効活用するために、今後どのような取り組みが求められるでしょうか。
林野庁によると、日本国内の「森林面積」は約2,500万ヘクタールで50年間横ばいです(図4)。
図4: 森林面積の推移
出典: 林野庁「森林面積・蓄積の推移」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/attach/pdf/181016-2.pdf, p.1
一方、森林を構成する幹の体積を示す「森林蓄積」は、過去50年間で約2.7倍に増加しており、十分に活用されていない状況であると考えられています(図5)。
図5: 森林蓄積の推移
出典: 林野庁「森林面積・蓄積の推移」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/attach/pdf/181016-2.pdf, p.1
過度な伐採は、CO2吸収源としての森林の損失や、生物多様性の喪失につながります。
しかし、収穫期を大きく過ぎて年齢を重ねた樹木は、若い樹木に比べるとCO2吸収の効率は低くなる傾向があります。
したがって、間伐や間伐後の再造林を適切に行い、森林を整備していかなくてはなりません。
香料に関わる問題解決のため、整備された森林を次の世代へと受け継ぐためにも、国内に存在する多様性に富んだ森林から国内精油を生産する方法の確立や事業戦略、人材育成などのアプローチを考える必要があるでしょう。
参照・引用を見る
*1
日本香料工業会「香料とは」
https://www.jffma-jp.org/about/
*2
日本香料工業会「香料の原料」
https://www.jffma-jp.org/course/
*3一般社団法人日本産天然精油連絡協議会「森林資源を活用した新たな山村活性化に向けた
調査検討事業(香イノベーション専門部会)報告書」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/sanson/kassei/sangyou/attach/pdf/houkokusyo_202003-8.pdf, p.10, p.47, p.48, p.49, p.58
*4
AEAJ「精油とは」
https://www.aromakankyo.or.jp/basics/oil/
*5
一般社団法人日本オーガニックコスメ協会「オーガニックコスメの成分と石油由来の合成成分」
*6
独立行政法人国民生活センター「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020 年)」
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20200409_2.pdf, p.2
*7
一般社団法人日本産天然精油連絡協議会「農林水産省の事業を受託!日本産精油の調査事業をスタートします!」
https://j-neoa.or.jp/news/20190709.html
*8
農林水産省「農林水産分野の最新研究成果を紹介!アフ・ラボ」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1402/report.html
*9
International Organization of the Flavor Industry「IOFI and IFRA launch Charter committing to a more sustainable future」
https://iofi.org/news/iofi-and-ifra-launch-charter-committing-to-a-more-sustainable-future
*10
The International Fragrance Association, International Organization of the Flavor Industry「About the Charter」
https://ifra-iofi.org/introducing-the-charter
*11
International Flavors & Fragrances「IFF Launches New Environmental Goals with Ambitious Science-Based Target」