黄砂は、日本でもよく知られた自然現象です。
春先に遠方を眺めると霞んで見えることがありますが、その原因の多くは中国北西部の砂漠地帯や乾燥地帯から飛んできた黄砂によるものです。
しかし近年、黄砂の発生数が増加傾向にある上、黄砂が有害物質などの運び屋となっていることが明らかになってきています。
その発生増加の理由としては、過放牧や過開墾などによる砂漠・乾燥地帯の拡大が挙げられており、有害物質などは発展の著しい中国の工業地帯などから運ばれてきていることが指摘されています。
そのため、黄砂は、自然現象というだけではなく、森林減少や土地の劣化、砂漠化といった環境問題とも関連性の高い現象であると認識され始めています。
この記事では、自然現象から災害、環境問題まで、多様な側面を持った黄砂について解説するとともに、日本における黄砂の健康被害についてもご紹介していきます。
黄砂とは
黄砂とは、東アジア内陸部のゴビ砂漠や黄土高原、タクラマカン砂漠といった乾燥・砂漠地帯の砂が強風によって上空に巻き上げられ、偏西風などに乗って中国・モンゴル・韓国・日本などに飛来し、大気中に浮遊あるいは降下する現象のことです(図1)。
図1: 黄砂の発生源と日本への輸送
出典: 環境省「黄砂ってなに?」
https://www.env.go.jp/air/dss/kousa_what/kousa_what.html
黄砂は年間を通して発生していますが、2月から増加が始まり、特に3月〜5月に多く発生します。
それは、この時期、積雪が無くなって地面が乾燥する上、植物の繁殖度合いが低いために砂が舞い上がりやすく、偏西風が生じやすいなどの気象条件も重なることが理由です(図2), [*1]。
図2: 黄砂の発生と輸送の仕組み
出典: 環境省「黄砂ってなに?」
https://www.env.go.jp/air/dss/kousa_what/kousa_what.html
黄砂の被害の内容や程度は、発生域付近の中国と風下域にあたる韓国、日本海をまたぐ日本で大きく異なります[*1]。
例えば、1993年5月に中国北西部で発生した黄砂の砂塵嵐では、85名の死者と264名の負傷者が発生し、37万ヘクタールもの農作物が被害を受け、12万頭にも及ぶ家畜が死亡・行方不明となっています[*2]。
2002年3月20日には、北京で記録的な黄砂が発生しており、市街地での視程は650mとなり、黄砂濃度は11,000μg(マイクログラム)/m3に達しました(図3)。
この黄砂の影響は韓国にも拡大し、幼稚園や学校の計4949校に休校令が出され、呼吸器科や皮膚科、眼科に通院する患者が急増しています[*2]。
図3: 2002年3月20日に北京で発生した黄砂の様子
出典: 環境省「2001~2002年の黄砂概況」
https://www.env.go.jp/air/dss/past/2001-02.html
直近の2021年3月には、中国北部を襲った黄砂の影響で、北京ではPM2.5が一時680μg/m3に達し、北京の空港では少なくとも400便余りが欠航になったと報告されています[*3]。
なお、PM2.5とは、大気中に浮遊する2.5μm以下の微小粒子のことです(図4)。
微小であるために肺の奥深くに入り込み易く、より大きな粒子から成る粉塵などよりも、呼吸器系疾患や循環器系疾患などのリスクを高めるものと考えられています。
PM2.5について、日本では、日平均値が70µg/m3以上の濃度で健康被害が生じる可能性があるとし、アメリカでは、日平均値140~150µg/m3超で屋外活動の中止を勧めています[*4]。
図4: PM2.5のサイズの人髪や海岸細砂との比較
出典: 内閣府大臣官房政府広報室「『PM2.5』による大気汚染健康に及ぼす影響と日常生活における注意点」(2018)
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201303/5.html
このように、中国とその周辺国家における黄砂の被害は甚大で、その経済的損失は、中国では毎年540億元(8100億円)に上り、韓国では年間およそ3兆〜5兆ウォン(2400億円〜4000億円)にも達すると推定されています[*5]。
一方、日本では黄砂の濃度が薄いため、ほとんどの場合は自動車や洗濯物などの汚れに対する注意喚起に留まっているのが現状です[*1]。
黄砂による健康被害
しかし、濃度が薄いと言っても、日本に降下する黄砂の総量は年間数百万トン(日本の面積37.8万km2から算出)にも及び、それは全国平均すると1平方キロメートル当たり数トンにも達します[*6]。
また、黄砂からは、土壌起源の多様な鉱物はもとより、微生物や酸性雨の原因となる硫酸イオンや硝酸イオン、アンモニウムイオンなどの大気汚染物質も検出されています[*1, *7]。
そして、未だ未解明の部分もありますが、黄砂のこれらの含有物によって様々な健康被害が発生しているのです。
まず、黄砂に含まれる鉱物が金属アレルギー症状を引き起こすことが報告されています。
黄砂はそもそも、金属の元となる鉱物から構成されており、日本に飛来する黄砂には、アルミニウムやカルシウム、鉄、ナトリウム、マグネシウムなどが含まれています。
そのため、黄砂の飛来日に皮膚が赤くなったり爛れたりするなどの皮膚症状が現れる方は、金属アレルギーの疑いがあります[*1]。
黄砂が鼻水やくしゃみ、目のかゆみ、結膜炎などのアレルギーのような症状を引き起こすことがあるという報告もあります。
その上、黄砂は、喘息や花粉症などのアレルギー症状を悪化させることも確認されています。
特にスギ花粉症は、花粉の飛散と黄砂の飛来の時期が重なるため、注意が必要です[*1, *7]。
なお、黄砂によるアレルギー症状の悪化は、気象庁の黄砂情報などを参考にして、不要不急の外出を控えたり、マスクを着用したりすることで軽減できる可能性があります[*1, *8]。
そのほか、黄砂の飛来と呼吸器疾患や循環器疾患の発症増大が関連している可能性も指摘されています。
呼吸器疾患については、小児では受診数、成人では救急搬送数がそれぞれ増加しており、肺炎による死亡との関連も報告されています。
循環器疾患による死亡にも関連があると見られており、PM2.5の濃度が10µg/m3上昇すると、死亡する人の割合が1.3%増加することが明らかになっています。
また、黄砂の飛来日は、そうでない日と比べて、心筋梗塞の発症数が1.4倍多いという結果も出ています(図5), [*1, *9]。
図5: 黄砂と心筋梗塞との関連性
出典: 国立研究開発法人 国立環境研究所「PM2.5の現状と健康影響」(2020)
https://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-6/38-6-02.html
このように、黄砂は、人々の生活や健康に多大な被害を与えるものなのです。
黄砂という環境問題とその対策
その黄砂の発生が近年、増加傾向にあります。
中国華北地域では2000年以降、観測日数が急激に増加しており、韓国においても1980年代以降、年間の黄砂観測日数が増加しています。
日本でも、1967年~2020年にとった統計では黄砂を観測した地点数が増加傾向にあり、2000年~2010年は特に黄砂の観測日数が多くなっています[*2, *10]。
その原因としては、中国西北部に位置する新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区、黄土高原などの砂漠化・乾燥化の進行が挙げられます。
これらの地域では、長年にわたって過剰な放牧や開墾、森林の伐採が行われたことで表層の土壌が剥がされて、その下に存在した砂の層が表出してしまったのです[*11, *12]。
例えば、内モンゴル自治区の草原の面積は、1960年の82万km2から、1999年には38万km2に減少しました[*12]。
黄土高原は、森林率50%以上の肥沃な地域であったにも関わらず、過度の開墾などにより森林率が6%にまで減少し、その総面積60万km2(日本の面積の約1.6倍)の3分の2以上が土壌浸食を受けていると推定されています[*13, *14, *15]。
このような状況を受けて、中国は、1994年から砂漠化の進行状況に対する調査を開始し、1994年から1999年の5年間で、砂漠化面積が262.2万km2から267.4万km2へと5.2万km2増加したと報告しています。
その後、中国政府によって、過放牧・過開墾・過伐採の禁止や緑化・植林の取り組みなどが大々的に進められました。
その中でも、黄土高原の中心をなす陝西省では、図6のように、2002年から2004年にかけて急激な造林が進められ、中国全体では、1999年から2014年にかけて砂漠化面積が267.4万km2から261.2万km2へと減少に転じています[*11]。
図6: 陝西省における各市の年間造林面積変化の変化(1999~2008)
出典: 山中典和「中国における乾燥地緑化の現状と課題」(2018)国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jals/27/4/27_147/_pdf/-char/ja, p.149
日本も、1980年代から林業分野で中国への協力を実施しています。
政府による資金援助や技術支援、NGOや地方自治体による草の根技術協力、ボランティアの派遣などを行っており、多様な支援方法を駆使して現地のニーズに適した協力を実施しています[*14]。
これらの様々な取り組みによって、例えば、黄土高原では、1949年に6%であった森林の被覆面積が2010年には26%にまで増加しています[*15]。
黄砂をどのように考え、対処すべきか
このように、黄砂は、発生地域に対しては災害として甚大な被害をもたらし、日本に対しては微細な粉塵として人々の健康に悪影響を与えていることから、人間社会では悪いものと認識されています。
そして、中国内陸部の砂漠化という環境問題に関連した現象であることから、単に植林・緑化を進めれば済む問題と考えてしまうかもしれません。
しかし、樹木は、生育に多くの水が必要です。
そのため、大規模に実施された植林によって、今度は中国北部の水資源が減少するという問題が起きています[*15]。
また、黄砂は、堆積物などの解析から約7,000万年前の白亜紀には発生していたと考えられている地球の営みの一つであることを忘れてはいけません[*5]。
黄砂は、現在分かっていることだけでも、
- 海洋へ降り注ぎ、海中にミネラルを供給したり、植物プランクトンの栄養塩となったりする
- ハワイなどの太平洋の島々に降り注ぐことで、河川や降雨などによって流出する表層土壌を供給する
- 含有するアルカリ成分によって、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの酸性物質を中和して酸性雨の発生を防ぐ
などの役割も果たしているという報告もあるため、黄砂自体が必ずしも悪いものであるとは言えないのです[*16, *17]。
従って、黄砂の原因である砂漠や乾燥地帯を無くそうとするのではなく、人の手が入っていなかった状態に徐々に戻していくことが大事なのではないでしょうか。
そのためには、環境状態に合わせた環境政策が必要です。
例えば、年間降水量が450ミリ未満の地域では、草地化がより適しており、植林は行うべきではないという意見があります。
そのほか、水消費の少ない土着の樹種を取り入れることや、まばらに生育するサバンナ疎林のような森林を構築することも干ばつの緩和には有効です[*15]。
そして、黄砂の発生源が遠方であるからといって、必ずしも日本が一方的に被害を受けているとは言えません。
日本も、農産物や衣類などの輸入を通して、間接的に中国の砂漠化に関わっている可能性があるからです。
それはつまり、人々の生活態度や消費行動が黄砂の発生頻度に影響していることを意味します。
黄砂を他人事と捉えることなく、一人一人が日々の生活や消費を見直し、地産地消や食品ロスの削減などに取り組むことが大切なのです。
参照・引用を見る
1.
環境省「黄砂とその健康影響について」(2019)
http://www.env.go.jp/chemi/%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E3%80%8C%E9%BB%84%E7%A0%82%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%8D%E5%B0%8F%E5%86%8A%E5%AD%90.pdf, p.1, p.4, p.6, p.11, p.12
2.
環境省「報告書の概要」(2005)
https://www.env.go.jp/press/files/jp/7216.html
3.
Bloomberg「北京の大気汚染、17年以来のひどさ-黄砂でPM2.5濃度急上昇」(2021)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-03-15/QPZXZLDWRGGE01
4.
環境省「微小粒子状物質(PM2.5)に関するよくある質問(Q&A)」
https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info/attach/faq.pdf, p.1, p.3
5.
一般社団法人 海外環境協力センター「黄砂とモンゴル」
https://www.oecc.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/05/57p17.pdf, p.17
6.
公益社団法人 日本気象学会「黄砂エアロゾルの降下量分布-般環境大気測定局の利用-」(1991)
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1991/1991_04_0221.pdf, p.44, p.45
7.
東朋美 他「黄砂とアレルギー疾患」(2014)国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jar/29/S1/29_s212/_pdf/-char/ja, p.213, p.214
8.
気象庁「黄砂情報」
https://www.data.jma.go.jp/env/kosa/fcst/
9.
国立研究開発法人 国立環境研究所「PM2.5の現状と健康影響」(2020)
https://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-6/38-6-02.html
10.
気象庁「黄砂観測日数の経年変化」(2021)
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/kosahp/kosa_shindan.html
11.
山中典和「中国における乾燥地緑化の現状と課題」(2018)国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jals/27/4/27_147/_pdf/-char/ja, p.147, p.148
12.
特定非営利活動法人 FoE Japan「内モンゴルの砂漠化」
https://www.foejapan.org/desert/area/
13.
独立行政法人 国際協力機構(JICA)「陝西省黄土高原植林事業」
https://www.jica.go.jp/oda/project/CXXII-P135/index.html
14.
独立行政法人 国際協力機構(JICA)「自然と人の共生に向けて~中国におけるJICAの林業協力~」
https://www.jica.go.jp/china/office/others/pr/ku57pq0000226edm-att/shokurin.pdf, p.2, p.5
15.
国連大学ウェブマガジン Our World「中国での砂漠化対策が、水の確保を犠牲にする」(2017)
https://ourworld.unu.edu/jp/chinas-fight-against-desertification-should-not-be-done-at-the-cost-of-water-security
16.
CORE「黄砂現象に関する最近の動き-自然現象か人為的影響か古くて新しい問題の解決に向けて-」(2006)
https://core.ac.uk/download/pdf/236665722.pdf, p.29
17.
熊本県環境保全協議会「黄砂は悪いもの、良いもの?」
http://www.kumamoto-kankyo.jp/cate_04/46.pdf, p.1