アルコールと言われて多くの方が真っ先に思い浮かぶのは、酒類など飲料としてのアルコールではないでしょうか。実は、アルコールは飲料としてだけではなく、消毒液や自動車の燃料など様々な種類があります。
生活には欠かせないアルコールですが、石油由来である合成アルコールの製造には、環境への負荷が大きくかかってしまっています。また、近年自動車のエコな燃料として普及が進んでいるバイオエタノール燃料も、穀物が原料となるため食料価格の高騰や食料不足、森林伐採といった新たな問題を引き起こしています。
このように、環境問題と深く関連するアルコールですが、どのように作られ、生産量や需要量の推移は各国でどのようになっているのでしょうか。また、具体的にどのように環境へ影響を及ぼしているのでしょうか。
燃料としてのアルコール
お酒として認識されることの多いアルコールですが、アルコールは、工業用の燃料や化学薬品としても広く活用されています。
工業用に使われるアルコールには、合成アルコール、発酵アルコールと大きく2種類あります。合成アルコールは主に化粧品や洗剤、医薬品など化学用に使われ、発酵アルコールは主に食品防腐用や香料、試薬など食品用として使われます(図1)。
図1: アルコールの種類
出典: 中国経済産業局「1.工業用アルコールについて」
https://www.chugoku.meti.go.jp/policy/seisaku/alcohol/kogyo_alcohol.pdf, p.1
また、発酵アルコールはバイオマス燃料として自動車の燃料に使われるなど幅広い用途で使われており、アルコールは生活には欠かせない原料やエネルギー源となっています。
消毒液としてのアルコール
合成アルコールは医薬品としても使われていますが、最近では、消毒液としての需要が高まってきています。
2020年以降、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、消毒液としてのアルコール需要も高まっています。
国内における2019年の月平均生産量は96万tであったのに対し、2020年3月以降は毎月200万tを超えています(図2)。
図2: アルコールの種類
出典: 経済産業省「マスク・消毒液・ワクチン等の状況 ~不足を解消するために官民連携して対応中です~」
https://www.meti.go.jp/covid-19/mask.html
このように、消毒液など新たな生活様式の根幹となっているのがアルコールであると言えるでしょう。
アルコールの製造方法
生活用品や工業用品としても多く活用されているアルコールですが、アルコールはその種類によって製造方法は異なります。
まず、化粧品や医薬品など化学用に使われる合成アルコールの製造は、原料としてエチレンが使われます。
原料のエチレンは、原油から作られる石油化学基礎製品になります。エチレンは、ナフサと呼ばれるガソリンによって作られますが、ナフサは原油を常圧蒸留装置で35℃から180℃の温度で蒸留した際に精製されます[*1]。その後、ナフサは800℃に加熱された熱分解管を通過し、蒸留によって炭素数ごとに成分を分離する工程により、エチレンが作られます[*2]。そのため、製造過程全体でCO2の排出に繋がってしまい、製造に伴う環境への悪影響が問題となっています。
一方で、食品防腐用など食品用に使われることの多い発酵アルコールは、アルコール発酵の反応によりCO2が発生してしまうものの、原料はジャガイモやトウモロコシ、米などの穀類です。
それらを生産すればするほどCO2が再吸収されるため、原料生産から製造まで全体で見たときの環境負荷は小さくなります(図3)。
図3: 発酵アルコールの製造過程
出典: 松元信也「穀類のアルコール発酵技術の変遷」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/78/12/78_12_905/_pdf, p.905
合成アルコールに比べ環境にも良いとされるため、近年は各国で発酵アルコールの製造、消費が活発に行われています。
海外における燃料アルコールの現状
生活に欠かすことのできないアルコールですが、世界全体でどれだけ生産・消費されているでしょうか。また環境に良いとされる発酵アルコールはどのように推進されているのでしょうか。
まず、アルコールの一種であるエタノールの生産量と需要量は、世界全体で年々増加傾向にあります。
図4: 世界のエタノール需給の推移
出典: 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「平成30年度テクノロジーの進歩に伴う工業用アルコール市場への影響調査報告書」
https://www.meti.go.jp/policy/alcohol/pdf/h30fychousahoukokusho_technology.pdf, p.6
特に2015年、2016年には需要量が生産量を上回っており、今後も需要が伸びていくとされています(図4)。具体的に需要量が大きい国としては、アメリカやブラジルが挙げられ、生産量の大きい国が需要量も大きい傾向にあります[*3]。
また、近年では温室効果ガスの排出量が低いバイオエタノールへの需要も高まっています。バイオエタノールとは、発酵アルコールの一種であり、穀類のみならず家畜糞尿、下水汚泥、廃食用油など、動植物由来のエネルギー源から生産することができる燃料を言い、環境負荷が小さいとされていることから、世界で需要が高まっています[*4]。
実際、2020年のバイオエタノールの市場規模は337億米ドルですが、2025年には648億米ドルに達すると予測されるなど、更なる成長が見込まれる分野と言えます[*5]。
バイオエタノールの更なる導入に向けた各国の取り組み
今後市場規模がさらに伸びていくとされているバイオエタノールですが、具体的に各国ではどのように活用されているのでしょうか。
バイオエタノールは、ガソリンや石油燃料の代替品として注目を浴びており、欧州などでは自動車燃料のうち10%分バイオエタノールを混ぜたE10燃料の使用を義務付ける国も増えているなど、バイオエタノールの普及に向けた取り組みが行われています。
バイオエタノール需給の高い国の動向を見てみると、例えばアメリカでは、1973年の第一次オイルショックを機に、ガソリン燃料の代替燃料として、サトウキビから栽培されるバイオエタノールの生産が拡大するようになり、政府もバイオエタノール燃料の活用を支援し続けています。
具体的には、小規模エタノール生産者への税控除措置や、一部自動車の燃料におけるバイオエタノール燃料の混合比率を15%まで引き上げるなど、バイオエタノール普及に向けた取り組みが行われています[*6]。また、0%から85%までの任意の混合比率で利用できるフレキシブル燃料自動車も普及しつつあるなど、様々な取り組みが実施されています[*7]。
日本におけるバイオエタノールの現状
海外では普及が促進されているバイオエタノールですが、日本ではどうなっているのでしょうか。
日本では、バイオエタノールの導入量自体は増加傾向にあります(図5)。しかし、国内での生産量は少なく、供給の大半が輸入で占められています。
図5: 日本のバイオエタノールの導入実績
出典: エネルギー総合工学研究所「バイオエタノールの導入技術比較調査 成果報告書」
http://need.co.jp/wp/wp-content/themes/need-2017/assets/pdf/doc-20201013_01.pdf, p.17
しかしながら、世界的なバイオエタノールの需要増を受けて、国内での実証事業も開始されています。米やとうもろこしなど穀物を使った取り組みや、廃棄物などを使ってエタノールを取り出す事業が開始されています(図6)。
図6: 国産バイオエタノール実証事業
出典: エネルギー総合工学研究所「バイオエタノールの導入技術比較調査 成果報告書」
http://need.co.jp/wp/wp-content/themes/need-2017/assets/pdf/doc-20201013_01.pdf, p.24
日本において本格的な実用化はまだ先になると考えられますが、将来的にはバイオエタノールの国内生産も行われることとなるでしょう。
バイオエタノール需要の高まりによる環境問題
以上のように、国内外で生産量が伸びており温室効果ガス排出効果も小さいバイオエタノールですが、生産量の増加に伴い、別の環境問題も起こり得ると指摘されています。
バイオエタノール燃料生産の原料としては家畜糞尿や下水汚泥などもあります。しかしながら現在、原料の多くはとうもろこしやさとうきびなどの穀類になります。このような穀類は本来、直接人間の食料となるのはもちろんのこと、家畜の飼料としても使われており、穀物の価格高騰などによる食料価格の高騰や食料不足を引き起こしています。
実際、2000年代の米国のとうもろこし需給の推移によると、バイオ燃料に使われるとうもろこしの需要量は増加傾向にありますが、これらは穀物価格の高騰を引き起こしました。その結果、飼料用に元々使われていた穀物の価格高騰を引き起こし、畜産物の価格高騰などにも波及し、貧しい国や人々に十分な食糧が供給されないという問題が生じてしまいました[*8]。
図7: 穀物・大豆の価格の推移
出典: 農林水産省「2 原油価格や穀物・大豆価格の高騰とその影響」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h19_h/trend/1/t1_t_02.html
また、バイオエタノール需要の高まりによって、森林伐採という別の環境問題が生じるケースもあります。例えば、ブラジルの世界遺産パンタナールの上流では、バイオエタノール需要の増加に伴いサトウキビなどバイオエタノール生産の原料となる穀物の畑が拡大しました。そのため、森林が伐採され、森林の4割が失われてしまったと報告されています[*9]。
このように、バイオエネルギー需要が高まれば高まるほど、原料需要の増加や食料価格の高騰につながるため、貧しい人にとっては食料調達がより困難になってしまうという問題が生じてしまいます。
アルコール燃料のこれからを理解する上で大切なこと
このように,お酒だけでなく燃料など様々な用途での需要が高まるアルコールは、環境問題と切っても切れない関係があります。
また、環境負荷提言の手段として活用されつつあるバイオエタノール燃料でさえも、食料問題など新たな問題を引き起こしうるとされています。
消費者として私たち一人ひとりが、新たな取り組みのメリットデメリットを理解したうえでアルコールを活用していくのが大切になると言えるでしょう。
参照・引用を見る
*1
コスモ石油株式会社「Sustainability Report 2004 DATA BOOK」
https://ceh.cosmo-oil.co.jp/csr/publish/sustain/pdf/data2004/04dataall.pdf, p.9
*2
伊藤 章「エチレンプラント ー石油化学工業の原料を知るー」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/66/4/66_204/_pdf, p.204, p.205
*3
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「平成30年度テクノロジーの進歩に伴う工業用アルコール市場への影響調査報告書」
https://www.meti.go.jp/policy/alcohol/pdf/h30fychousahoukokusho_technology.pdf, p.7, p.8
*4
国立環境研究所「バイオエタノール」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=6
*5
株式会社グローバルインフォメーション「バイオエタノールの世界市場:原料 (でんぷん由来・砂糖由来・セルロース由来)、エンドユーズ産業 (輸送・医薬品・化粧品・アルコール飲料)、調合燃料 (E5・E10・E15 – E70・E75 – E85) – 2025年までの予測」
https://www.gii.co.jp/report/mama940123-bioethanol-market-by-feedstock-starch-based-sugar.html
*6
農林水産省「バイオエタノール先進国と日本の取組の比較」
https://www.maff.go.jp/j/biomass/b-ethanol/pdf/02_02_siryou2.pdf, p.2
*7
環境省「Ⅱ 海外における取組状況 1. 自動車用バイオエタノールに関する取組状況」
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/biofuel/materials/rep_h1805/05.pdf, p.18
*8
本間正義「世界の食料問題をどうみるか」
http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2000/2008-05_005.pdf?noprint, p.38, p.39
*9
日テレNEWS24「バイオ燃料が世界遺産を危機に?ブラジル」
https://www.news24.jp/articles/2013/07/05/10231747.html