工業用途だけでない3Dプリンター 食品や住宅への応用で世界を変えようとする人々の挑戦

3Dプリンターが幅広い分野で利用されるようになってきました。

立体を手軽に再現できる3Dプリンターは、機械の部品製造にとどまらず、医療分野では義足の作成が実現しているほか、人の臓器や組織を再現する研究も行われています。

この3Dプリンターを使って、食べ物のデザインをしたり家を建てたりすることで、世界的な社会問題を解決しようとしている人たちがいます。

どのような取り組みでしょうか。

精密なものづくりに役立つ3Dプリンター

デジタルデータから複雑な形状のものを作り上げることができる3Dプリンターは、機械などの部品製造の現場では手間やコストを削減する手段として応用分野を広げています。

立体物を自由に造形できる利便性は、まず自動車や航空機、医療等の分野で利用されています(図1)。


図1: 航空機ジェットエンジンの部品への3Dプリンター応用例
出典: 経済産業省「3Dプリンタが生み出す付加価値と2つのものづくり~『データ統合力』と『ものづくりネットワーク』~」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seisan/new_mono/pdf/report01_02.pdf, p.9

上の図は、航空機のジェットエンジンに用いられている部品です。

工具が届かず、従来の技術では削りきれないような中空構造の部品も、3Dプリンターで一気に造形できるようになっています。

純粋に難しい形状のものを作り出せるようになっただけでなく、細かな調整が必要なためにコストがかかっていた製品の原価を下げることもできるようになりました(図2)。


図2: 3Dプリンターで製造した義足
出典: インスタリム社「インスタリム、世界初の3Dプリント義足の日本向け製品を発表」(2021)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000035921.html

義足は、使用者個人に合わせて製作する必要があるため製造過程は複雑になり、設備コストや技師装具士の技術力を必要としていました。そのため、一般的に1本あたり30万~100万と高価なものになっています。

しかし、日本のインスタリム社が開発した3Dプリンターでの義足製造技術では、形状データさえ読み込めば細かな部品の組み立てなどが最小限で済むため、原価は10分の1にまで抑えられたといいます[*1]。

価格が抑えられることで、普段使うものと別にスポーツ用の義足を持つことができたり、靴に応じて違う義足を使えるためファッションを楽しめたりと、義肢を必要とする人のQOLの向上につながるのです。

さらには、人間の臓器の形状を再現する研究が進められています(図3)。

図3: 3Dプリンターで作成した心臓のレプリカ
出典: 経済産業省「3Dプリンタが生み出す付加価値と2つのものづくり~『データ統合力』と『ものづくりネットワーク』~」(2014)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seisan/new_mono/pdf/report01_02.pdf, p.11

細部まで再現した臓器のレプリカは、複雑な手術をする際のシミュレーターとして役立っています。

広がる3Dプリンター技術の応用

代替肉の「内部」を再現

様々な材料をインクジェット代わりにできるようになったことで3Dプリンターの使い方はさらに広がっています。

その一つが、植物由来の代替肉の製造工程への応用です。

食肉用の牛を育てるには膨大な水資源や土地を必要とする理由から、大豆由来のソイミートや、細胞を培養して作られる培養肉など、代替肉への注目は近年高まり、世界的に需要が伸びています。

各メーカーは代替肉について食感や形状に工夫を凝らし、本当の肉を食べたときの感覚に近づける努力をしていますが、イスラエルのRedefine Meat社は3Dプリンターを利用し代替肉ステーキを作るという画期的な技術を開発しています(図4)。

図4: 脂肪分やたんぱく質の量によって肉の見た目をシミュレーション
出典: Redefine Meatホームページ
https://www.redefinemeat.com/

3Dプリンターでの肉の再現とはどういうことでしょうか。

この技術では、肉をプリントするためのインクとして肉牛が食べる栄養素に類似した植物由来の材料を使っています。

その結果、インクに含まれる穀物と豆類のたんぱく質が筋肉の質感を生み出し、脂質と各種の酸が肉汁のような風味や血液、肉の色を再現するということです[*2]。

牛肉は部位によって、脂身が多く柔らかい肉、赤身で固めの肉などがありますが、部位ごとにことなる食感も再現できそうです。

Redefine Meat社のこの技術に注目したベンチャー企業や投資家が多額の投資をしています。代替肉の本格普及の鍵となるかもしれません。

住宅への活用で貧困問題に立ち向かう

また、アメリカのNPO法人、New Storyは3Dプリンターを利用して、貧困問題を解決する試みを続けています。

3Dプリンターで住宅を作り、劣悪な環境で暮らす人に提供するというものです(図5)。

図5: New Storyが建築する3Dプリンター住宅
出典: New Story「An Impact Report for 02 2021」
https://newstorycharity.org/2021/04/an-impact-report-for-q1-2021/

テキサス州では、従来の方法ならば住宅100軒を建てるのに8カ月かかり、1軒当たりの費用は約6,000ドルでした。しかし3Dプリンターを使った場合、コストは4,000ドルに下がりました。また、1日で完成するというのも大きな特徴です[*3]。

New Storyは2015年からこれまでに、アメリカ国内やメキシコなどで2,300軒の住宅を建てられる額の資金提供を受けています[*4]。

生物多様性の保護のために

また、ヨーロッパでは3Dプリンターでサンゴ礁の形状を再現して海底に設置する研究が進んでいます(図6)。

図6: プール湾に設置された人工サンゴ礁
出典: 3DPARE「Reef Deployment in Poole Bay」(2020)
https://www.giteco.unican.es/proyectos/3dpare/news/10.html

ポルト大学などの研究チームがイギリス南海岸のプール湾に人工サンゴ礁を設置したところ、24時間以内には数種類のカニが人工サンゴ礁の中に移動したという結果が得られています[*5]。

また、香港ではサンゴが定着できるようなブロックを3Dプリンターで作成し海底に設置したところ、すぐ近くにイカが卵を産み付けている様子が確認されているほか、時間の経過によって様々な野生生物が集まってきているということです[*6]。

製造業分野で利用されているイメージの強い3Dプリンターですが、2009年に特許が切れたことから手頃なものが出回るようになり、新しいイノベーションが次々と生まれています。

3Dプリンターに限らず、テクノロジーの使い方は人間次第です。

ここまでに紹介してきた試みは、これからが本格化という段階ではありますが、SDGs達成のために世界がどのような知恵を出し合っていけるかは、今後ますます注目されることでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1

インスタリム「インスタリム、世界初の3Dプリント義足の日本向け製品を発表」(2021)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000035921.html

 

*2

Forbes「3Dプリント肉も登場、投資家の注目を集める代替肉業界」(2021)
https://forbesjapan.com/articles/detail/40022/1/1/1

 

*3

Wired「3Dプリンターで“出力”した家が、途上国の人々の暮らしを変える」(2018)
https://wired.jp/2018/03/22/3d-printed-house/

 

*4

New Storyホームページ
https://newstorycharity.org/

 

*5

3DPARE「Reef Deployment in Poole Bay」(2020)
https://www.giteco.unican.es/proyectos/3dpare/news/10.html

 

*6

AFPBBニュース「サンゴ礁保全・再生への取り組みで3Dプリンター活用 香港」(2021)
https://www.afpbb.com/articles/-/3338714

 

 

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