日本は世界有数の森林大国ですが、バブル景気崩壊以降、国内林業は長く低迷しており、国産材や林業従事者離れが続いていました。しかしながら近年、国産材の需要が高まっており、国内の森林や林業整備が急速に進みつつあります。林業整備に伴い「スマート林業」と呼ばれるICTを活用した新たな林業システムが注目を集めています。
このように注目を集めているスマート林業ですが、実際国内の森林の現状はどのようになっていて、木材需給はどれほどなのでしょうか。また、スマート林業は林野庁を中心に、各省庁が推進していますが、どのような取り組みが行われているのでしょうか。
日本の森林の現状
日本には森林が多いとされていますが、実際に国土のどれくらいが森林で、どのような種類の木々が存在しているのでしょうか。
日本の森林面積は約2500万ヘクタールで、国土の3分の2を森林が占めています。また、森林の割合が最も高い都道府県は北海道で553.8万ヘクタール、逆に最も小さい都道府県は大阪府で5.7万ヘクタールとされています[*1]。
また、森林は人の手によって植えられた人工林と、自然の力によって自生する天然林の2つに大別されます。森林面積全体の約4割が人工林であり、人工林の7割はスギ、ヒノキです(図1)。
図1: 森林面積に占めるスギ・ヒノキ人工林の割合
出典: 林野庁「スギ・ヒノキ林に関するデータ」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/data.html
人工林は植林後、手入れや伐採など適切な管理が必要となります。特に現在は、戦後に植えられたスギ、ヒノキが成長し、伐採の適齢期といわれる11齢級(植林から51年から55年経った木々)を迎える木々が多くなってきているため、それらの伐採と、それに伴う再造林が必要とされています(図2)。
図2: スギ・ヒノキ人工林齢級(森林の年齢)別面積
出典: 林野庁「スギ・ヒノキ林に関するデータ」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/data.html
国内の林業の歴史
国土の7割近くを占める日本の森林ですが、歴史的に森林は伐採と保護が繰り返し行われてきました。
第二次世界大戦期間中は、軍需物資等として大量の木材が必要となり、大規模な森林伐採が行われてきました(図3)。
図3: 戦前・戦中の木材伐採量の推移
出典: 林野庁「平成25年度 森林・林業白書 第I章 森林の多面的機能と我が国の森林整備」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/25hakusyo/pdf/6hon1-2.pdf, p.26
戦後も、復旧のため木材が必要となり、森林伐採が引き続き行われた結果、国内の森林は大きく荒廃し、全国各地で大規模な山地災害や水害が発生しました。
そこで、国土の保全のため、1946年には造林補助事業が実施され、全国で人工林が造林されました。また、1950年ごろからは住宅建築等木材需要が高まったため、国内における木材の大幅な増産となり、天然林の伐採と人工林化が進みました。しかしながらその後は、経済発展に伴う森林開発や、バブル景気崩壊後による木材供給と需要の減少により、国内林業は現在苦戦を強いられているといえます[*2]。
森林資源の需要の高まり
このように、バブル景気崩壊以降は苦戦を強いられている国内林業ですが、近年国産材のニーズは増えつつあります。
図4: 木材供給量及び木材自給率の推移
出典: 林野庁「木材供給量及び木材自給率の推移」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/kikaku/attach/pdf/200930_30-1.pdf
平成14年には木材総需要量に対する国産材の供給率は18.8%と過去最低の水準でしたが、その後は37.8%まで上昇しています。また、平成9年を境に木材総需要量は回復しており、国産材の供給量も増加しています(図4)。
国産材需要増加の要因として、中国や韓国など海外における木材需要の高まりによる輸出増加が挙げられます(図5)。
図5: 日本の木材輸出額の推移
出典: 公益財団法人ニッポンドットコム「日本の木材輸出:近年は増加傾向 2020年は前年比3%増の357億円」
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01051/
また、新型コロナウイルス感染拡大に伴い在宅時間が増加したことによる住宅購入やリフォームへの関心が高まっている点や低金利政策を背景に、海外での住宅着工が増加しました。その結果、従来輸入材を使って住宅建設を行なっていた国内メーカーの中には、海外での木材価格高騰と輸入材の品薄を背景に、輸入材から国産材に切り変えるメーカーも現れています[*3]。
このように、国産材を取り巻く環境は大きく変化しており、需要増加に向けた追い風となっています。
国内林業の課題
国産材需要は高まっていると言えますが、一方で大量の木材の安定供給に向けた課題も山積しています。
例えば、国内森林の4割が人工林ですが、人工林は伐採後の再造林や間伐など日々の管理が不可欠です。しかしながら、不動産開発や分割相続などによって小規模零細林家が増加し、林道整備や機械化が立ち後れてしまったことで、林業生産性が低くなってしまっています[*2]。
特に、相続等による林地の分割により、行政が森林所有者を把握できず境界が確定できないなどの理由のために、林道の整備ができず、大規模な機械を導入することができないという課題があります。
また、野生鳥獣等による被害も深刻化しています。生息地の拡大等によりシカの数が増えており、植栽した苗木の食害や踏みつけによる土壌流出などで、森林の整備が困難になっています[*2]。
さらに、安定的な木材供給を支える林業従事者の不足も課題の一つとして挙げられます。実際、林業従事者数は昭和55年から減少しており、平成27年には4.5万人にまで落ち込んでいます。また、従事者の高齢化も進んでおり、平成27年には4分の1が65歳以上の高齢者となっています(図6)。
図6: 林業従事者の推移
出典: 林野庁「林業労働力の動向」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/routai/koyou/01.html
スマート林業とは
以上のように課題が山積する国内林業ですが、林業の効率化や少ない人数で林業を実施できる体制構築の手段の一つとして、各省庁はスマート林業の実現に向けた対応を行っています。
スマート林業とは、地理空間情報やICT、ロボット等の先端技術を活用した林業のことであり、航空レーザ計測の活用による林地境界等の実態調査や施業に係るロボットのように、ICTを活用した林業の新たな形です(図7)。
図7: スマート林業とは
出典: 林野庁「スマート林業の実現に向けた取組について」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/smartforest/attach/pdf/smart_forestry-18.pdf, p.2
民間部門におけるスマート林業推進に向けた取り組み
スマート林業の推進に向けて、民間企業では先進技術の開発や導入が積極的に行われています。例えば、住友林業は、林業従事者の路網設計業務を支援するソフトウェアを開発しました。斜面の状況や危険地形をICTによって見える化するとともに、現地調査の回数を大幅に削減できるとされ、最適な路網を効率的に設計できるとされます[*4]。
また、山間部に苗木を植える際、苗木をふもとから山中へ運ぶため、山道の状況によっては運搬に多大な時間を要します。そこで、住友林業では重労働であった苗木運搬をドローンによって実施できるようなシステムを設計しました。苗木を運ぶルートを記憶させることによって自動飛行も可能であり、2020年2月より販売が開始されています[*4]。
林野庁における取り組み
国内の林業経営をよりよくする手段としてスマート林業が注目を浴びていますが、スマート林業の導入は、民間のみならず、森林情報の整備や提供、需給マッチングの円滑化など行政による支援も不可欠です。そのため、国内の森林を管理する林野庁が中心となって、様々な支援や情報の取りまとめを行っています。
例えば、現場におけるスマート林業の普及のため、「林業イノベーション現場実装推進プロジェクト」を実施しています。プログラムの構成として、(1)新技術の導入による省力化、効率化などの効果を提示することで林業の将来像を提示しつつ、(2)各新技術のロードマップを作成し、官民一体で新技術を推進し、(3)技術実装に向けた推進方策を策定しています[*5]。
具体的な取り組みとしては、森林情報のデジタル化に向けた森林GISの作成や、森林情報の高度化が挙げられます。これにより、必要な森林情報を即座に収集しやすくなるとともに、省人化も期待されています(図8)。
図8: 森林情報のICT化
出典: 林野庁「スマート林業の実現に向けた取組について」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/smartforest/attach/pdf/smart_forestry-18.pdf, p.3
また、生産・流通段階においても、ICTを活用した林道の整備やサプライチェーンの最適化、作業の効率化、需給マッチングの円滑化に向けた入札サイトの構築など、ICTの導入を推進しています(図9)。
図9: 生産・流通段階におけるスマート林業の取り組み
出典: 林野庁「スマート林業の実現に向けた取組について」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/smartforest/attach/pdf/smart_forestry-18.pdf, p.4
林野庁以外の省庁における取り組み
現在、スマート林業の推進は林野庁が中心となって取り組んでいますが、スマート林業におけるドローンの利活用やIoT技術の活用など先端技術については経済産業省、森林の保全については環境省が中心となって推進しています。
経済産業省では、「空の産業革命に向けたロードマップ2020」を作成し、様々な社会的課題の解決に向けたドローンの活用を促進しています。具体的には、ドローンを使って森林被害の把握や、森林資源情報の把握、リモートセンシング技術の活用を前提とした造林事業の設計・施工管理手法の普及促進等を実施しています[*6]。
また、環境省では森林の保全を推進しています。例えば、東日本大震災による放射性物質の影響を受けた森林や里山の保全のための除染活動などを行っています[*7]。
このように、林野庁のみならず、林業経営に関係する各省庁と連携しながらスマート林業が推進されていると言えます。
スマート林業の将来
森林には、土砂災害防止や生物多様性の保全、水源涵養機能など多面的な機能があります。しかしながら、人工林が活用されず手入れされない状況が続くと、土砂崩れや洪水など自然災害が発生しやすくなります[*8]。
また、ブラジルやインドネシア、アフリカなど海外諸国では反対に、森林の過度の伐採によって森林減少に陥っています。新型コロナウイルスの影響により住宅需要が高まる中、今後も過度な乱伐が懸念されます[*9]。
新型コロナウイルスの影響や海外における木材需要の伸びなどにより、現在国産材の需要は伸びています。しかしながら、国産材自給率は依然として3分の1ほどであり、国産材を活用できる余地は多いとされます。
国内の森林を活用し、海外の森林を保全するためには、国内でスマート林業を積極的に推進することが不可欠です。
そのためには、森林を取り巻く法制度や環境整備、ICTの導入支援など官民一体となってスマート林業導入に向けた取り組みを行っていくことがスマート林業推進のカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
農林水産省「日本の森林面積とその割合(わりあい)をおしえてください。また、森林の割合の多い県と少ない県をおしえてください。」
https://www.maff.go.jp/j/heya/kodomo_sodan/0105/19.html
*2
林野庁「平成25年度 森林・林業白書 第I章 森林の多面的機能と我が国の森林整備」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/25hakusyo/pdf/6hon1-2.pdf, p.26, p.28, p.31, p.33, p.34
*3
産経新聞「「国産材に好機」ウッドショック、業界の期待と冷静」
https://www.sankei.com/article/20210711-QP3VGXS2ZNK4NBGMIRSDAANT4M/
*4
住友林業株式会社「規制改革推進会議 農林水産ワーキンググループ 住友林業 発表資料」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/nousui/210831/210831nousui_03.pdf, p.21, p.22
*5
林野庁「林業イノベーション現場実装推進プログラム」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/ken_sidou/attach/pdf/191210-1.pdf, p.3
*6
経済産業省「空の産業革命に向けたロードマップ2020」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/robot/pdf/roadmap2020.pdf, p.6
*7
環境省「森林の除染等について」
http://josen.env.go.jp/about/efforts/forest.html
*8
林野庁「森林・林業・木材産業の現状と課題https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/genjo_kadai/pdf/2_shinrin.pdf p.2
*9
Forest Partnership「世界の森林と保全方法」
http://www.env.go.jp/nature/shinrin/fpp/worldforest/index1.html