「ブルーカーボン」とは 沿岸域における二酸化炭素隔離の可能性を考えてみよう

私たちの日常生活の中でも地球温暖化の影響が顕著になりつつあります。台風の大型化と高頻度化、夏の高温化と長期化、山火事や干ばつの増加、それにともなう生態系の変化などが起きています。地球温暖化に対する取り組みとして、現実的な適応策が求められています。

地表の7割は海洋であるため、海洋が地球温暖化に及ぼす影響は大きいのですが、陸地に住む私たちは、海洋への影響についてはあまり多くを知りません。この記事では、近年注目を集めるブルーカーボンの特徴と可能性について解説します。

なぜいまブルーカーボンなのか?

ブルーカーボンとは

「ブルーカーボン」とは、海洋や沿岸域の生態系によって捕捉・固定される炭素のことを指します。例えばマングローブ林や塩性湿地、藻場に固定される炭素を「ブルーカーボン」と呼び、これらマングローブ林などの生態系を「ブルーカーボン生態系」と呼びます。この用語は、2009年10月の国連環境計画(UNEP)報告書の中ではじめて用いられました[*1]。

ブルーカーボンがうまれた背景

地球温暖化に関する研究が進むにつれて、その原因物質の一つである炭素の動態が以前より詳細に明らかになり、炭素の発生源や吸収源における個々のプロセスにも注目が集まるようになりました。

なかでも海洋生態系による炭素の捕捉・固定については、その大きさの割に重要性が十分認識されていないという危惧からブルーカーボンと名付けられ、一般によく知られる、森林や草地の植物など陸地生態系によって捕捉された炭素である「グリーンカーボン」と区別されるようになりました。

さらに化石燃料の燃焼によって発生する二酸化炭素ガスを「ブラウンカーボン」、化石燃料の燃焼によって発生する炭素微粒子(すす)を「ブラックカーボン」と呼びます。

カーボンニュートラルとブルーカーボン

近年になってブルーカーボンが着目されてきたもう一つの理由としては、カーボンニュートラルの実現が国際的に強く求められるようになったことが挙げられます。

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、正味の排出量をゼロにすることです[*2]。

2020年10月に当時の菅義偉内閣総理大臣が「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と所信表明演説の中で宣言しました。

カーボンニュートラルの実現については、温室効果ガスの排出量の削減が最重要ですが、既に長年にわたり排出量削減に努めており、経済を維持した上でさらに排出量を削減するのは容易ではありません。

今後も排出量の削減に努めるのはもちろんですが、吸収量を増加させる手段にも注目が集まりました。

2021年6月に各省庁が共同で制作した「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の中で、「カーボンニュートラルを実現するのは、並大抵の努力ではできない」と明確に示されています[*3]。

つまり排出量の削減と吸収量を増加させる施策の両方について、できる限りの努力をしても、今の技術ではカーボンニュートラルを実現するのは極めて困難な状況なのです。

そんな中、約35,000kmで世界第6位の長さを誇る日本の海岸線におけるブルーカーボンを炭素吸収量に含めることができれば、吸収量を多少でも増やすことができ、企業や国の間で行なわれる排出量取引にも利用できるのではないかという見込みが出てきました。

二酸化炭素収支とブルーカーボン

ブルーカーボンの理解を定量的に進めるために、地球上における炭素の分布や、炭素収支およびそのメカニズムを見てみましょう。ちなみに炭素収支とは、大気と陸域や海洋との炭素のやりとりのことです。

地球上の炭素分布

地球上の炭素の多くは海洋にあります。その量は大気の50倍です。ちなみに、陸地には大気の3倍の炭素があります[*1]。

海洋に多くの炭素が貯蓄されるのは、二酸化炭素が海水に溶けやすいからです。陸上の森林と同じように、海洋には植物プランクトンが、沿岸域にはマングローブや海藻が生息し、光合成で二酸化炭素を吸収します。

光合成により海表面の二酸化炭素濃度は低くなりますが、その値が大気よりも低くなると、大気から海洋へと二酸化炭素が吸収されます。その後これらの生物が沈むことにより、炭素が深部に運ばれ、そこで蓄積されます。

産業革命以前の炭素収支

最終氷期が終了した約1万年前以降から産業革命(1750年頃)以前においては、大気中の二酸化炭素量はほぼ一定でした。

大気中にある二酸化炭素が森林に吸収され、森林土壌に貯蓄されますが、このうち1年あたり9億トンの炭素(以降、「C/年」)が、河川から海へと流れ込みました。

そして、そのうちの2億トンC/年は植物プランクトン等に利用されながら海底に堆積し、残りの7億トンC/年は大気へと戻っていました[*4]。

現在の炭素収支とブルーカーボン

近年では、年間で排出される二酸化炭素は、94億トンC/年になり、このうち陸域で吸収されるものは19億トンC/年です。また海域で吸収されるのは25億トンC/年となっています[*5], (図1)。

図1: 現在の炭素収支
出典: 国土交通省「ブルーカーボンー沿岸生態系の二酸化炭素隔離機能ー」
https://www.pari.go.jp/unit/ekanky/research/bluecarbon2.html

陸域と海域の吸収量の合計は44億トンC/年で、排出量である94億トンC/年の半分にも満たず、誤差を含め残りの約51億トンC/年が大気中に増え続けていると推計されています。

実際に、大気中の二酸化炭素濃度は、産業革命以前の平均的な値とされる278ppm(1750年)から410.5ppm(2019年)へと倍増しています。このことから、二酸化炭素排出量の削減が極めて重要であることがよくわかります[*6]。

再び図1に着目すると、海域に吸収される炭素の約半分となる11億トンC/年は沿岸域と呼ばれる浅い海域で吸収されます。ここに河川から9億トンC/年が加わるので、沿岸域には20億トンC/年が流入しています。

また海域に吸収された二酸化炭素のうちの2.4億トンC/年が海底で長期間貯留されます。森林とは異なり海底には酸素が無いためこれらは酸化分解されません。

この長期貯留される2.4億トンC/年のうちの1.9億トンC/年は沿岸域で行われるため、海洋で貯留される炭素の79%が沿岸域でなされることになります。沿岸域は海域の1%にも満たないので、その貯留量の大きさがよくわかります。

ブルーカーボン生態系の二酸化炭素吸収メカニズム

ところで、なぜ沿岸域はこれほど二酸化炭素を吸収するのでしょうか。二酸化炭素の吸収に寄与する、マングローブ林、塩性湿地、海草・海藻などについて、二酸化炭素吸収速度を比較した上で、それぞれの特徴と炭素貯留メカニズムをみていきましょう。

ブルーカーボン生態系の二酸化炭素吸収速度

ブルーカーボン生態系ごとの二酸化炭素吸収速度を示したのが図2です[*7]。

図2: ブルーカーボン生態系における二酸化炭素吸収速度と熱帯雨林との比較
出典: 日本港湾協会「ブルーカーボン」
https://www.phaj.or.jp/distribution/lib/basic_knowledge/kiso201206.pdf

図2から、ブルーカーボン生態系の炭素吸収速度は、塩性湿地やマングローブ林、アマモ場などで大きいことがわかります。その吸収速度は、熱帯雨林を大きく上回り、塩性湿地に関しては17倍を超えています。

次にそれぞれのブルーカーボン生態系において、高い炭素吸収能を有するメカニズムを解説します。

マングローブ生態系

マングローブは、河口などにおいて海水でも生育可能な植物群落のことを指します。

通常の植物は海水では育ちませんが、マングローブは独自のメカニズムにより、通常の植物には分布できない海沿いで生育することができます[*8]。

独自のメカニズムとは、マングローブが吸収した塩分を排出したり、淡水のみを吸収するメカニズムです。

塩分を排出するために、多くのマングローブは葉に塩分を貯めて落葉します。そのため通常の樹木よりも多く落葉し、有機物を海底の泥へと輸送します。また、泥の中でも樹木を安定させるために独特の根の形状を有しています。このような根は、様々な生物のすみかとなります(図3)。

図3: マングローブの特徴
出典: 環境省「マングローブと環境問題」
https://www.nies.go.jp/kanko/news/26/26-4/26-4-04.html

マングローブ林が、成長とともに樹木内に炭素を貯留する機構は熱帯雨林における炭素貯留メカニズムと同様ですが、マングローブはそれに加えて海底の泥の中に枯れた葉や根を多く堆積させます。海底の泥の中には酸素が無いため、葉や根の有機物の分解が進まず炭素を貯留しつづけます。

海草・海藻場

海草とは、アマモなど陸の生物が海に侵出したものを指します。陸上の植物と同様に、海中で花を咲かせ種子によって繁殖します[*9]。

海草や海草表面に付着する微細藻類は、光合成で二酸化炭素を吸収して成長し、炭素を固定します。マングローブ林と同様に、海草場の海底には豊富な有機物が堆積し、ブルーカーボンとしての炭素貯留が行われます[*10], (図4)。

図4: 海草場(アマモ場)のイメージ
出典: 環境省「藻場とは」
https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g1/g1chapter3/mobahigata/mobatowa/index.html

この他にも海草場には、海底の地面を安定化させる機能や、栄養塩を吸収する機能、酸素の供給機能、産卵場や幼稚魚育成の場としての機能があるため、海草生態系を守ることは、ブルーカーボンとして炭素を貯留する以外にも様々なメリットがあります。

一方、海藻は海で生活する藻類のことで、胞子によって繁殖します。これらは海草と異なり海で進化しました。海藻にはコンブやワカメ、他にアラメやカジメなどがあります[*10], (図5)。

図5: 海藻藻場のイメージ
出典: 環境省「藻場とは」
https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g1/g1chapter3/mobahigata/mobatowa/index.html

海藻もそれ自体が二酸化炭素を吸収するだけでなく、魚の産卵や稚魚の生育場所に利用されるため、保全すれば多くの利益があります。

また海藻は海草とは異なり、根で養分を吸収しないため、切れてもなかなか枯れずに外洋まで運ばれ、やがて海底に沈むことで、炭素を海底に輸送し炭素貯留に貢献します[*9]。

これら海草や海藻は日本に多く分布しますが、マングローブと比較してその評価が十分に進んでいないため、その炭素貯留効果には不明な点があります。

干潟・塩性湿地

塩性湿地・干潟には、ヨシなどをはじめとする様々な塩生植物、海水中や地表の微細な藻類など、多様な生物が生息します(図6)。これらも光合成によって二酸化炭素を吸収します。

図6: 塩性湿地の様子
出典: 環境省「湿地:なぜ大切にしなくてはならないのか」
https://www.env.go.jp/nature/ramsar/conv/leaflet2016/wwd2015_fact_sheet1.pdf, p.2

塩性湿地や干潟もマングローブ等と同様に、植物や動物の遺骸が海底に溜まっていき、ブルーカーボンとして炭素を貯留しています。
これらはやがて泥炭地となりますが、陸上の森林に貯留されている炭素量の2倍が貯えられており、その保全は極めて重要です[*11]。

ブルーカーボン生態系に関する課題と展望

ブルーカーボン生態系が着目され始めたのは、ここ10年ほどのことであるため、その研究はまだ途上です。次にブルーカーボン生態系に関する課題と展望についてみていきましょう。

ブルーカーボン生態系の減少

沿岸域のブルーカーボン生態系は失われやすい特徴があります。UNEP(国連環境計画)のブルーカーボン報告書では、この貴重な生態系が、年間2〜7%ずつ消失しており、消失率は熱帯雨林の4倍に及ぶとされています[*1]。

ブルーカーボン生態系の消失により、貯留されていた炭素が再び放出されてしまうことは大きな問題です。

インドネシアでは、国内の二酸化炭素排出量の20%がマングローブ林の破壊によるものとされています[*1]。

ブルーカーボン生態系の研究がもたらすポテンシャル

ブルーカーボン生態系の中で、比較的研究が進んでいるのはマングローブ林です。一方で海藻生態系やサンゴ礁生態系における炭素収支には、未解明な事柄が多いのが実情です。

一方、陸上生態系である森林等の炭素吸収が、温室効果ガス削減に及ぼす効果は世界的に認知され、植林や森林経営による温室効果ガス削減施策は、国内外における排出権取引の対象にもなっています。

今後、ブルーカーボンによる炭素吸収を活用した温室効果ガス削減対策が、排出権取引として認証されれば、海に囲まれる日本にとって、大きな経済効果をもたらす可能性があります。

世界的には、ブルーカーボン生態系は1,907±300億ドル/年の経済価値があると試算されており、オーストラリア、インドネシア、キューバの寄与が大きいとみられます。なかでも塩性湿地の豊富なオーストラリアでは、228±38億ドル/年の純利益が生み出されています[*12]。

この試算では、主にマングローブや塩性湿地の経済価値が高く評価されていますが、これらは日本では少なく、逆に日本に多くある海草・海藻の価値は十分に評価されていません。

今後の研究の進捗次第では、日本におけるブルーカーボンの炭素貯留量の評価が大きく変わってくるとみられます。

温暖化によるブルーカーボン生態系への影響

海面上昇や気候変動、沿岸域管理が、ブルーカーボンによる二酸化炭素吸収量に与えるインパクトについて、さらに理解を深める必要があります。

海面上昇により沿岸域の水深が変化することに加えて、台風の規模や頻度も変化することで、沿岸域の生態系に大きな物理的影響が発生します。また、気候変動により気温が上昇すれば生息する生物群も変化します。

さらにどのような沿岸域の管理がブルーカーボンの貯留を維持・促進するかは明らかにされていません[*13]。 

まとめ

UNEPのブルーカーボン報告書によると、海洋植物が生息する沿岸域は、海域全体の0.5%に満たないのですが、海域の堆積物中の炭素貯蔵量の半分以上を占めています[*1]。

さらに他の吸収源対策と比較すると費用が小さく、またブルーカーボンを増やす活動は、魚の産卵場を増やすなど海域の生産性を向上させるため、多くの副次効果もあります。

その経済的な価値は、全世界で年間1,907億ドルとされていますが、この試算には日本に多く分布する、藻場の評価が十分になされていません。

日本の海岸線の長さは世界第6位となっており、ブルーカーボンによる炭素貯留量やその経済効果を過小評価している可能性があります。

日本沿岸におけるブルーカーボン生態系による炭素貯留を定量化できれば、排出量取引に利用でき、それらはブルーカーボン生態系の保全にも役立てられるでしょう。

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参照・引用を見る

*1

United Nations Environment Programme「BLUE CARBON: THE ROLE OF HEALTHY OCEANS IN BINDING CARBON」
https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/7772, p.6, p.12, p.13, p.38

*2

環境省「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

*3

経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210618005/20210618005-3.pdf, p.1

*4

気象庁「海洋の炭素循環」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/global_co2_flux/carbon_cycle.html

*5

国土交通省「ブルーカーボンー沿岸生態系の二酸化炭素隔離機能ー」
https://www.pari.go.jp/unit/ekanky/research/bluecarbon2.html

*6

気象庁「二酸化炭素濃度の経年変化」
https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/co2_trend.html

*7

日本港湾協会「ブルーカーボン」
https://www.phaj.or.jp/distribution/lib/basic_knowledge/kiso201206.pdf

*8

環境省「マングローブと環境問題」
https://www.nies.go.jp/kanko/news/26/26-4/26-4-04.html

*9

水産庁「藻場の働きと現状」https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/tamenteki/kaisetu/moba/moba_genjou/

*10

環境省「藻場とは」
https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g1/g1chapter3/mobahigata/mobatowa/index.html

*11

環境省「湿地:なぜ大切にしなくてはならないのか」
https://www.env.go.jp/nature/ramsar/conv/leaflet2016/wwd2015_fact_sheet1.pdf, p.2

*12

Christine Bertram et al.「The blue carbon wealth of nations」, Nature climate change, 2021
https://www.nature.com/articles/s41558-021-01089-4.pdf, p.706

*13

Peter I. Macreadie et al.「The future of Blue Carbon science」, Nature Communications, 2019
https://www.nature.com/articles/s41467-019-11693-w.pdf, p.7, p.8

 

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