ダム建設や高速道路建設など大規模な開発は、周辺環境に大きな影響を与えます。また、大規模開発の結果、周辺環境に悪影響を与えてしまった場合、元通りに戻すことは容易ではありません。
そこで、環境への影響を事前に分析し、関係者の合意を得ながら事業を進める手段として、1970年代以降、世界各国で環境アセスメントを実施するようになっています。
このように、歴史の古い環境アセスメントですが、具体的にどのようなものなのでしょうか。また、実施したときの効果や課題としてどのようなものが挙げられるのでしょうか。
環境アセスメントとは
一般の方には馴染みがない環境アセスメントですが、具体的にどのようなものなのでしょうか。
環境アセスメントの概要
道路や空港、ダム建設など、人々の生活の質を高めるため様々な事業が日々計画、実行されています。しかしながら、人々の生活を豊かにするための事業と言っても、周辺環境への悪影響を与えてはなりません。環境への悪影響がないかを事前に分析し、一般の方々も安心できるよう広く公表することが不可欠です。
図1: 環境アセスメントとは
出典: 環境省「環境アセスメント制度のあらまし」
http://assess.env.go.jp/files/1_seido/pamph_j/pamph_j.pdf, p.1
事業者が開発に伴って環境にどのような影響があるのか調べ、広く公表することを環境アセスメント(環境影響評価)と言います(図1)。環境アセスメント制度は、環境破壊を最小限に抑えながら人々の生活を豊かにするために不可欠な制度であり、全ての人が判断できる統一的な基準となっています。
評価項目は各国の法令や自治体の条例ごとによって異なりますが、例えば沖縄県では、環境への配慮や、地域の人々、歴史的・文化的環境に配慮して、5つの区分から環境アセスメントを行うこととしています(図2)。
図2: 沖縄県が定める環境アセスメントの5項目
出典: 沖縄県「環境アセスメント(沖縄県環境影響評価条例のあらまし)」
https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/seisaku/hyoka/documents/asess_pamphleth301001.pdf, p.2
大気質や騒音、生態系への影響などどの項目についてアセスメントを実施するかは、事業特性及び地域特性を踏まえて決定します。
調査項目の決定後、各項目についての評価を行うこととなります。例えば、1の「環境の自然的構成要素の良質な状態の保持」に関して、大気質について評価する場合、まず環境基本法やダイオキシン類対策特別措置法、大気汚染防止法など法律で規定されている物質や、浮遊粉じん等、対象事業に影響のある物質を抽出します。
次に、当地の気象条件を加味しつつ現地調査などを実施し、情報収集、解析を行います。収集した情報をもとに、事業の実施によりどれだけ環境への影響があるのか予測し、広く公表するのが、大気質に関する環境アセスメントの一連の流れとなります[*1]。
対象事業の内容により異なりますが、具体的な評価の流れとしては、(1)評価設計の策定、(2)アセスメント図書の作成、(3)評価の決定を行い、(4)事業の実施段階でのフォローという流れになります(図3)。
図3: 環境アセスメントの流れ
出典: 環境アセスメント学会「環境アセスメントを活かそう『環境アセスメントの心得』」
http://www.jsia.net/6_assessment/kokoroe/kokoroe_2.01.pdf, p.4
環境アセスメントの効果
環境アセスメントは、環境への影響を事前に分析し、広く公表することによって、多くの関係者の意見を吸い上げることが可能となります。そのため、近隣住民や周辺環境に配慮した計画の変更、修正を行うことができます。
例えば、横浜市と首都高速道路株式会社が実施した「高速横浜環状北西線」事業において、都市計画手続の前段階として、環境アセスメントを実施したうえで、事業の必要性と懸念事項を住民へ周知し、住民説明会を複数回実施しました(図4)。
実施過程を図示した図4では、オレンジ色の矢印を見ると分かるように、懸念・ニーズの聴取から計画の概略作成、概略計画完成に至るまで何度も住民側と話し合いを行い計画のすり合わせを行っています。
図4: 「高速横浜環状北西線」事業の実施過程
出典: 環境省総合環境政策局環境影響評価課「環境アセスメントのためのよりよいコミュニケーション優良事例集」
http://www.env.go.jp/press/files/jp/106271.pdf, p.8
横浜市では、説明会や周辺自治体・町内会との会合を通じて得られた意見を「みなさまの声」としてとりまとめています。このように、環境アセスメントを通じて関係者の懸念やニーズを計画へ反映し、よりよい事業を実施できる点が最大のメリットとなります[*2]。
環境アセスメントの歴史
環境アセスメントの歴史は古く、1969年にアメリカで制定された国家環境政策法が世界初の環境アセスメント法と言われています[*3]。この時期にアメリカで制定された背景としては、1962年にレイチェル・カーソン氏による「沈黙の春」が出版されたことによって環境問題に対する社会的関心が高まったことがあります。1960年代後半には環境保護運動が盛んになったため、それを受けてアメリカで環境アセスメント法が制定されました。同法は、アメリカ国外にも影響を与え、ヨーロッパやアジア諸国における環境アセスメント制度導入に繋がりました。
1980年代には、経済協力開発機構(OECD)、欧州共同体(EU)を始めとする国際機関の勧告により、環境アセスメントはさらに世界各国へ普及していきました。また、国連海洋法条約や生物多様性条約、気候変動枠組み条約のように、環境アセスメントは国際的な枠組みにも規定されるなど、国際機関においても必須のものとして普及しています[*3]。
海外における環境アセスメント
以上のように、世界各国に普及した環境アセスメントですが、具体的に各国でどのように普及し、運用されているのでしょうか。
ドイツにおける環境アセスメント政策
1985年に採択された環境影響評価におけるEC理事会指令が契機となり、ヨーロッパ諸国では相次いで環境アセスメントに関する法制度が整備されました。それに先立ち、環境先進国として様々な環境施策を行うドイツでは、1970年代から部分的な環境影響評価制度を実施していました[*4]。
その後、EC理事会指令に対応するため、ドイツは1990年に環境アセスメント法を施行し、2001年にはEU第2次環境影響評価指令に合わせて改正しています[*5]。評価の対象となる事業として、産業施設のほか、高速道路建設、森林伐採、大規模ホテル建設など周辺環境に多大な影響を与える事業が挙げられます。
開発途上国で環境アセスメントが実施された事業例
環境先進国のみならず、開発途上国での事業でも環境アセスメントは積極的に活用されています。例えば、ペルーでは、Cerro Verdeという企業が鉱山拡張に伴う計画に先立ち、周辺環境に配慮した事業用水の確保のため、行政や農業従事者など様々な利害関係者と連携して環境アセスメントを実施・打合せを実施しました[*6]。
その結果、周辺環境や利害関係者に配慮した形でスムーズに事業が実施され、さらには、鉱山拡張事業で余った水は下水処理などに二次利用されるなど、効率的かつ環境に良い事業運営に改善されています。
日本における環境アセスメント
海外では広く実施されている環境アセスメントですが、日本国内ではどのように実施されているのでしょうか。
日本における環境アセスメントの概要
日本では、1972年から公共事業に環境アセスメントが導入されたのが始まりとなります。
その後、港湾計画や埋立て、発電所、新幹線についての環境アセスメント制度が設けられ、1984年には統一的なルールとして「環境影響評価の実施について」が閣議決定しました。
さらに、1993年の「環境基本法」制定を機に、1997年には「環境影響評価法」が制定され、2013年には改正「環境影響評価法」が完全に施行されました(図5)。
図5: 環境影響評価法の制定までの経緯
出典: 環境省「環境アセスメント制度のあらまし」
http://assess.env.go.jp/files/1_seido/pamph_j/pamph_j.pdf, p.2
環境影響評価法では、道路や河川、鉄道など13種類の事業が環境アセスメントの対象として位置付けられています。
これら13の事業は、規模の大きさによって第1種事業と第2種事業、その他に分けられ、第1種事業は環境アセスメントが必須となります。
第2種事業については環境アセスメントが必要か個別に判断し、必要と判断されたものについては、環境アセスメントが行われます。
そして、その他小規模の事業は環境アセスメントの対象外となっています(図6)。
図6: 環境アセスメントの対象事業一覧
出典: 環境省「環境アセスメント制度のあらまし」
http://assess.env.go.jp/files/1_seido/pamph_j/pamph_j.pdf, p.5
日本における環境アセスメントの流れ
環境影響評価法で定められている手続の流れとしては、環境アセスメントの対象事業かを確認した後、評価方法の決定(スコーピング)を行うものとされています。その際、評価項目、方法を記載した方法書を作成し、パブリックコメントを経て決定します。
その後、方法書に沿って環境アセスメントを実施し、結果を公表、自治体や周辺住民などからの意見を事業に反映させます。
現行の環境アセスメントにおける課題
国内外で制度化され、様々な事業で実施されている環境アセスメントですが、課題もあります。
まず、現行の環境影響評価法で定められている以外の事業や小規模事業における環境アセスメントの実施について挙げられます。
例えば、発電所については水力発電や火力発電、地熱発電など対象事業が定められていますが、バイオマス発電や海洋資源を活用した発電など新エネルギーは対象に含まれていません。
また、小規模火力発電など小規模な事業は対象外のため、環境アセスメントは必須ではありません。しかしながら、小規模であっても周辺環境への影響を考慮する必要があり、事業者による自主アセスメントが求められています[*7]。
2つ目の課題として、複合影響や累積影響に対してどのように考慮するかが挙げられます[*8]。
同じ規模の事業であっても周辺施設や地域特性によって、環境アセスメントの必要性が変わります。
例えば、Aの道路、Bの道路、Cの道路が順次開発されるとした場合、それぞれ別事業であり、小規模な事業であれば環境アセスメントは必要ありません。しかしながら、これらの道路が同一地域で開発されるとした場合、近隣住民から見ると、広域的影響は大きいものとなります。
また、環境アセスメントを実施する場合でも、各事業で実施された場合、環境への影響が過少に見積もられる可能性があります。
現行の枠組みでは、以上のような複合影響、累積影響に対応できておらず、今後の課題と言えるでしょう。
環境アセスメントの今後
環境アセスメントの概要から日本を含む各国の状況、現行の環境アセスメントの課題などについて紹介してきました。
正しく環境アセスメントが実施されることによって、近隣住民や周辺環境に配慮した事業を進めていくことができます。
今後は、複合的な要因への対応や小規模事業など現行制度の枠外にある事業等への対応がカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
沖縄県「沖縄県環境影響評価技術指針」
https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/seisaku/hyoka/documents/301001gijyutsushishin_honbun.pdf, p.23
*2
環境省総合環境政策局環境影響評価課「環境アセスメントのためのよりよいコミュニケーション優良事例集」
http://www.env.go.jp/press/files/jp/106271.pdf, p.8
*3
海外環境協力センター「国際協力における環境アセスメント 国際協力に関係する人々が環境影響評価制度の理解を深めるために」
https://www.env.go.jp/earth/coop/coop/document/eia_j/09-eiaj.pdf, p.3, p.4
*4
中井臣久 訳「ドイツ環境影響評価法(UVPG)」
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/onakai14.pdf, p.91
*5
EICネット「環境影響評価法【ドイツ】」
https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=476
*6
Canadian International Resources and Development Institute「BEST PRACTICES IN ENVIRONMENTAL ASSESSMENT: CASE STUDIES AND APPLICATION TO MINING」
http://ok-cear.sites.olt.ubc.ca/files/2018/01/Best-Practices-in-Environmental-Assessment.pdf, p.19, p.20
*7
田中充「再生可能エネルギー導入に伴う環境アセスメント制度の課題」
http://kanto.env.go.jp/files/5c29c16291a90a45b72e9a29dbbe36b7.pdf, p.21, p.22
*8
村山武彦「これからの環境アセスメントの課題」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsia/15/2/15_44/_pdf, p.45