EUが「2035年までのガソリン車・ディーゼル車の発売禁止」を表明するなど、電気自動車を取り巻く状況は、近年大きく変化しています。
世界中で電気自動車の導入が推進されている一方で、電気自動車が身近に感じられるほどには至っていないのが現状です。
電気自動車の普及に不可欠なのが、安定走行を確保するための急速充電設備の整備です。日本では充電設備の整備は、どのくらい進んでいるのでしょうか。
この記事では、日本と世界の電気自動車向け急速充電設備の整備状況と、電気自動車の今後の展望をお伝えします。
日本の電気自動車政策と急速充電設備の整備状況
電気自動車とは
電気自動車(EV:Electric Vehicle)とは自動車の動力源を電動化したものですが、日本ではバッテリーを搭載し、充電して走行するBEV(Battery Electric Vehicle)のことを指します。
電動化された次世代自動車には、BEVだけではなく、ハイブリット電気自動車(HEV:Hybrid Electric Vehicle)やプラグイン・ハイブリット車(PHV:plug-in Hybrid Electric Vehicle)、水素燃料電池自動車(FCEV:Fuel Cell Electric Vehicle)なども含まれ、諸外国ではこれらは総称してxEVと呼ばれています(図1)。
図1: xEVの種類
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁 グリーン購入パンフレット「「電気自動車(EV)」だけじゃない?「xEV」で自動車の新時代を考える(2018)」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/xev.html
日本の自動車販売数の次世代自動車の割合は上昇傾向にありますが、ハイブリッド自動車が大半を占めています(図2)。
ハイブリッド自動車とはエンジンとモーターの2つの動力を使用することで、低燃費を実現する自動車のことです。
図2: 日本の次世代自動車の年間販売台数推移
出典: 国土交通省「EV/PHV普及の現状について」
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf, p.2
一方で、電気自動車やプラグイン・ハイブリッド自動車は1%足らずと伸び悩んでおり、日本政府は普及に向けて支援を行っています。
電気自動車普及のための国の支援
電気自動車やプラグイン・ハイブリッド自動車購入への支援として行われているのが、購入費用の補助と、自動車に関する税の減税です[*1]。
電気自動車購入を補助する「クリーンエネルギー自動車導入事業補助金」は、ガソリン車と比較して現状では購入コストが高い、電気自動車の普及を促すための制度です。この制度では、対象の車種を購入すると国から約20万円から40万円の補助金が受けられます。
そして、現在の税制上では、「エコカー減税」と「グリーン化特例」により、自動車取得税が非課税、自動車重量税が免税、自動車税が75%減税されます(図3)。
図3: エコカー減税の概要
出典: 国土交通省「EV/PHV普及の現状について」
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf, p.3
電気自動車の充電設備の整備状況
次に、電気自動車の普及に不可欠な日本の充電スポットの整備状況をご紹介します。
2019年のデータでは、全国の充電スポット数は約1万8千ヵ所、スーパーマーケットや商業施設、道の駅、宿泊施設、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアなどに設置されています(図4)。
図4: 全国の充電スポット数
出典: 一般社団法人次世代自動車振興センター「EV/PHV普及の現状について」
http://www.cev-pc.or.jp/event/pdf/J_all_panel.pdf, p.4
充電スポットは、国の補助金制度によって導入が進められ、現在の充電スポット数はガソリンスタンド数の約6割に達しています[*2]。
電気自動車の充電スポットに設置される充電器には、急速充電器と普通充電器の2種類があります(図5)。
図5: 急速充電器と普通充電器
出典: 一般社団法人次世代自動車振興センター「EV/PHV普及の現状について」
http://www.cev-pc.or.jp/event/pdf/J_all_panel.pdf, p.4
普通充電器は戸建て住宅や駐車場、病院などに設置され、充電に数時間かかるのに対し、急速充電器はガソリンスタンドや商業施設などに設置され、15分充電すれば80kmの距離を走ることができます[*3]。
つまり、これまでのガソリン車にとってのガソリンスタンドに匹敵するのが、急速充電器のある充電スポットとなります。
次の図6のデータによれば、電気自動車用の充電器は2019年の時点で約3万台普及していますが、普通充電器が約74%と大半を占めています。
なお、先ほどご紹介した全国の充電スポット数の約1万8千ヵ所と乖離があるのは、複数台の充電器を設置している充電スポットがあるためです。
図6: 日本における公共用充電器普及台数の推移
出典: 経済産業省「自動車を取り巻く現状と 電動化の推進について」
https://www.esisyab.iis.u-tokyo.ac.jp/symposium/20200804/20200804-01.pdf, p.20
電気自動車を取り巻く世界の流れ
海外の充電設備の整備状況
日本での電気自動車と充電設備の普及状況について紹介してきましたが、次に世界の状況についてみていきましょう。
次の図7は、世界の主要国の電気自動車の累計販売台数と公共充電器数、充電器1台あたりの電気自動車とプラグイン・ハイブリッド車の台数です。
図7: 世界主要国の公共充電器数
出典: 経済産業省「自動車を取り巻く現状と 電動化の推進について」
https://www.esisyab.iis.u-tokyo.ac.jp/symposium/20200804/20200804-01.pdf, p.20
このデータでは、米国やノルウェーでは電気自動車とプラグイン・ハイブリッド車の販売台数自体は多いですが、充電器1台あたりのEV・PHV台数は多くなっています。
米国の充電設備整備に関するプロジェクト
米国では、1990年代から大気汚染改善を目的として、電気自動車の普及を進めてきました。
2009年からは充電インフラ整備のための大規模な実証実験として、米国エネルギー省の助成を受けた、充電設備メーカーのECOtality社のThe EV projectがスタートしています。
このプロジェクトでは、電気自動車と充電設備の利用実態を調査するために、対象車種を所有するユーザーに対して、家庭用充電器を無料で配布しています[*4]。
対象地域は、カリフォルニアやワシントンDCなどの米国の主要都市を含む、10の州と1つの特別区で、これらのエリアで家庭用の充電設備が無料で導入されています(図8)。
図8: The EV projectの対象地域
出典:一般社団法人次世代自動車振興センター「The EV project」
http://www.cev-pc.or.jp/town/the-ev-project.html
The EV projectによって、家庭用充電器設備が約8,000ヶ所、商業施設等の充電設備が約5,000ヶ所、急速充電設備が約200ヶ所整備されました[*4]。
2019年からは、電気自動車用充電サービス会社のボルタが、全米初の無料急速充電設備のサービスを開始しています。
このプロジェクトでは、充電設備の中でも最大級の出力である直流急速充電器が採用されています。
直流急速充電器では1時間で約560キロ分の電力が充電可能で、無料となるのは、約280キロ分に相当する30分間の充電です。[*5]
無料サービスの目的は電気自動車の利用者増加で、無料分は充電器に設置されるデジタル広告の収入によってまかなうビジネスモデルになっています(図9)。
図9: ボルタのEV充電サービスのイメージ図
出典:日本貿易振興機構「ボルタ、全米初の無料EV急速充電サービスを主要都市で開始(2019)」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/10/0ba9be346528ee5e.html
電気自動車普及に向けた今後の展望と課題
世界と日本の電気自動車の普及目標
日本を含めた世界の主要国では、電気自動車の普及に向けて、次の図10のような目標を掲げています。
図10: 主要国・地域の乗用車等の電動化に関する目標の概要
出典:参議院資料「自動車産業のカーボンニュートラル実現に向けた課題(2021)」
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2021pdf/20210910052.pdf, p.57
EVシフトを確実に進めるために、世界各国ではディーゼルエンジンやガソリンエンジンなどの内燃機関のみの自動車の発売を禁止することを表明しています。
図10にもあるように、EUでは気候変動対策として、2035年までのガソリン車の新車発売禁止方針を発表しています。
この方針では、2035年以降に発売される新車は全て排気ガスを出さないゼロエミッション車とし、ハイブリッド車を含むガソリン車を禁止にしています。
日本の電気自動車の普及台数の目標は図11のようになっており、達成のためには現在の約20倍〜30倍の電気自動車とプラグインハイブリッド車を販売する必要があります。
図11:日本の次世代自動車の普及目標と現状
出典: 経済産業省「モビリティの構造変化と2030年以降に向けた自動車政策の方向性に関する検討会 参考資料(2020)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mobility_kozo_henka/pdf/002_03_00.pdf, p.35
さらに、2021年に閣議決定された成長戦略実行計画案では、電気自動車向け急速充電器を2030年までに現在の4倍の約3万台設置することを目標にしています[*6]。
電気自動車に乗り換えることによるメリット
電気自動車を選択するメリットは、CO2排出量削減によって気候変動の解決に貢献することだけではありません。
排気ガスによる大気汚染がないことや騒音の少なさ、加速性の高さなどの自動車の性能面、そしてランニングコストなどの経済的なメリットもあります。
電気自動車はガソリン車と比較して、ランニングコストが低く、年間約3万6千円安くなるという試算もあります[*7]。
100km走行した場合のランニングコストも、電気自動車はガソリン車の半分以下になっています(図12)。
図12:100km走行した場合のランニングコストの比較
出典: 一般社団法人次世代自動車振興センター「ガソリン車から乗り換えて変わること」
http://www.cev-pc.or.jp/lp_clean/merit/
さらに、電気自動車は走行以外にも非常用電源として活用可能で、地震や台風などの自然災害による停電リスクを抱える日本では、メリットも大きいでしょう。
一方で自宅や職場など、車を常時置いておく場所に充電設備を確保できるのかという点が、購入時の注意点になります。
電気自動車の充電インフラ整備の課題
電気自動車の普及に向けて、購入費補助などのさまざまな政策が実施されていますが、やはり充電インフラの整備が鍵となります。
充電インフラ設備の整備に関しては、都心部では設置場所の確保が困難であること、地方部は空白地域・区間が残っていることが課題です(図13)。
図13:充電インフラの現状
出典:経済産業省「充電インフラの課題解消と拡充に向けた取り組み(2021)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/carbon_neutral_car/pdf/001_06_00.pdf, p.3
充電切れを心配することなく安心して走行するためには、空白の解消が必要ですが、充電器が低稼働であれば、設置コストの回収が困難であるという事情もあります。
都市部は充電器の設置数自体は多いものの、設置場所が有料駐車場であったり、誰もが気軽に利用できる充電器は少ないのが現状です。
また、電気自動車の購入には、自宅に充電環境がないことがネックとなるケースが多いです。
充電設備の後付けは戸建て住宅の場合は比較的容易ですが、マンションなどの集合住宅では費用が高額なうえに、駐車場が共用設備であるため設置の合意が難しいという課題があります。
集合住宅に住む人が約40%占める日本の住宅事情を考慮すると、集合住宅の充電設備の整備をしなければ本格的な普及は難しいと考えられます(図14)。
図14:日本の住宅事情とBEV(EV)購入者の関係
出典:参議院資料「自動車産業のカーボンニュートラル実現に向けた課題(2021)」
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2021pdf/20210910052.pdf, p.63
また、電気自動車は走行時にはCO2を排出しませんが、使用される電力が石炭由来であれば地球温暖化対策への貢献度が低いのも課題です。
そのため、充電のために使用される電力をCO2を排出しない太陽光発電や風力発電などの「ゼロエミッション電源」でつくることが重要です。
参照・引用を見る
*1
国土交通省「EV/PHV普及の現状について」
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf, p.3
*2
一般社団法人次世代自動車振興センター「EV/PHV普及の現状について」
http://www.cev-pc.or.jp/event/pdf/J_all_panel.pdf, p.4
*3
経済産業省「充電設備について」
https://www.meti.go.jp/policy/automobile/evphv/what/charge/index.html
*4
一般社団法人次世代自動車振興センター「The EV project」
http://www.cev-pc.or.jp/town/the-ev-project.html
*5
日本貿易振興機構「ボルタ、全米初の無料EV急速充電サービスを主要都市で開始(2019)」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/10/0ba9be346528ee5e.html
*6
内閣官房「成長戦略実行計画案(2021)」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai11/siryou1-1.pdf, p.12
*7
一般社団法人次世代自動車振興センター「ガソリン車から乗り換えて変わること」
http://www.cev-pc.or.jp/lp_clean/merit/