近年、CO2を回収して再利用するカーボンリサイクルの一つとして注目が集まっているのが、CO2と水素からメタンを合成するメタネーションです。
メタンは天然ガスの主成分であり、火力発電所などから排出されたCO2と再生可能エネルギーから製造された水素を用いて、都市ガスに再利用することで、ガス事業におけるカーボンニュートラルの実現に貢献します。
ガスの燃焼によってCO2は発生しますが、メタン合成のために回収されるCO2によって相殺され、CO2排出は「実質ゼロ」となります。
この記事では、CO2排出実質ゼロに貢献するメタネーションの仕組みと課題、実用化に向けた取り組みについて紹介します。
CO2排出実質ゼロの考え方
地球規模の課題である気候変動の解決に向けて、世界各国ではCO2排出量を減らす脱炭素化の取り組みが進められています。
しかし、現状では技術的にどうしてもCO2排出をゼロにできない領域やコストが高くなってしまう分野も存在します。
そのため、CO2排出を「実質ゼロ」にするカーボンニュートラルという考え方が、世界の多くの国で目指すべき目標として採用されています。
「実質ゼロ」とは、CO2排出自体をゼロにするのではなく、脱炭素化を進めつつ、どうしても排出されてしまうCO2は吸収や除去をすることで差し引きをゼロにするという考え方です[*1], (図1)。
図1: カーボンニュートラルとは
出典: 環境省 脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは?」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
カーボンニュートラルの実現を目指して、電力部門(供給サイド)では主に再生可能エネルギーや水素の活用による脱炭素化、産業・運輸・家庭などの非電力部門(需要サイド)においては、徹底した省エネに加え、使用されるエネルギーそのものの電化や水素化を進めます。
どうしても脱炭素化できない分野に関しては、植林やBECCS(Bio Energy with Carbon Capture and Storage)、DACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage)、そしてCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization or Storage)によって、CO2を回収・除去します[*2],(図2)。
図2: カーボンニュートラル実現のイメージ
出典: 資源エネルギー庁「『カーボンニュートラル』って何ですか?(後編)~なぜ日本は実現を目指しているの?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_02.html
BECCSはバイオマスの燃焼により発生したCO2を回収・貯留する技術で、DACCSは大気中にすでに存在しているCO2を回収・貯留する技術のことです。
BECCSとDACCS、植林などは、大気中のCO2を正味としてマイナスにすることのできる、ネガティブエミッション技術と呼ばれます。
CCUS/カーボンリサイクルとは、火力発電所や工場などから排出されるCO2を回収して貯留し、資源として有効利用する技術です。
この記事のテーマであるCO2と水素でメタンを合成するメタネーションも、CCUS技術の一つです。
ガス事業の脱炭素化を推進するメタネーションとは
ガス事業における脱炭素対策
CO2削減といえば、再生可能エネルギーの活用や省エネ家電の開発、節電など電力部門に関して注目されやすいのですが、給湯や暖房などのガスの利用でもCO2は排出されています。
現在都市ガスでは燃える気体であるメタンを主成分とした、天然ガスが使用されています。
天然ガスは海外から輸入される液化天然ガス(LNG)を主原料としており、工場からガス導管を通じて、私たちの家庭など需要家まで届けられます[*3], (図3)。
図3: 需要家までのガスの流れ(イメージ図)
出典: 一般社団法人 日本ガス協会「都市ガス事業について 都市ガスとLPガスの違い」
https://www.gas.or.jp/chigai/
天然ガスの優れた特性は、石炭や石油と比較してCO2排出量が少ないところです。
さらに酸性雨や大気汚染の原因であるSOx(硫黄酸化物)やNOx(窒素酸化物)の排出量も少なく、環境負荷が比較的小さいエネルギーです[*4], (図4)。
図4:天然ガスの環境特性
出典: 資源エネルギー庁「ガスのカーボンニュートラル化を実現する『メタネーション』技術」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/methanation.html?msclkid=9ce3d67bb97011ecacda3f807faee6f6
天然ガスの利用によって、すでに低炭素化が進められているガス業界ですが、ガスのカーボンニュートラル化に向けて、次の図5のようなシナリオが策定されています[*5]。
図5:ガスのカーボンニュートラル化に向けたシナリオ
出典: 経済産業省・一般社団法人 日本ガス協会「都市ガス事業における地球温暖化対策の取組み 低炭素社会実行計画2020年度実績報告」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/shigen_wg/pdf/2021_001_07_01.pdf, p.13
メタネーションの仕組み
ガスのカーボンニュートラル化のシナリオで重要な位置付けになっているのが、ガス自体を脱炭素化するメタネーションです。
メターネーションでは、図6のように水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を反応させ、合成メタン(CH4)を生成します[*6]。
図6: 天然ガスの環境特性
出典: 資源エネルギー庁「日本のエネルギー エネルギーの今を知る10の質問」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/pdf/energy_in_japan2021.pdf, p.12
合成メタンは燃焼することでCO2を排出しますが、火力発電所や工場などから排出されたCO2を回収してメタネーションとして使用することで相殺されます[*7], (図7)。
図7:メタネーションの仕組み
出典: 一般社団法人 日本ガス協会「メタネーションとは」
https://www.gas.or.jp/gastainable/methanation/
合成に使用される水素を再生可能エネルギーで製造することで、製造時にCO2を排出しない、カーボンニュートラルメタンをつくることが可能になります。
ガス業界では、ガスのカーボンニュートラル化を実現するために、2030年までにメタネーションを実用化し、2050年にはガス全体の9割をカーボンニュートラルメタンとすることを目標としています[*8], (図8)。
図8: 2050年ガスのカーボンニュートラル化の実現に向けた姿
出典: 経済産業省・一般社団法人 日本ガス協会「カーボンニュートラルチャレンジ2050アクションプラン」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/methanation_suishin/pdf/001_06_00.pdf, p.2
メタネーションのメリット・デメリット
メタネーションのメリットは、排出されたCO2を再利用することで、脱炭素化に貢献するだけではありません。
メタネーションによって生成されたメタンは、現在都市ガス供給で使用されているガス機器やガス導管などの既存のインフラを活用して供給することができます。
そのため、社会実装のための設備投資のコストを抑制でき、経済効率にも優れています[*8]。
さらに、現在輸入に頼っているLNGを国内生産のカーボンニュートラルメタンに代替できれば、LNG輸入量を減らすことも可能です。
市場価格の高騰などの国際情勢に左右されにくくなり、エネルギーセキュリティ向上の観点においても意義があります。
このようにメリットの多いメタネーションですが、現時点で実装に向けた課題も存在します。
まず、カーボンニュートラルメタンの供給コストは、LNG輸入価格と比較して高コストであり、実用化に向けたコストダウンが課題です。
原料となる水素に関しても、安価で安定的に供給ができる大規模システムの実用化には、まだまだ時間がかかるでしょう。
水素製造には気候や季節によって出力が変動する再生可能エネルギーを利用するので、需要変動にどう対応していくのかについても、技術開発と実証が必要です[*9]。
メタネーション実装に向けた国内外の取り組み
メタネーションは、世界的に見ても実用化・商用化はまだされておらず、実証試験の段階です。
次にメタネーションの社会実装に向けた、国内外の取り組みやプロジェクトを紹介します。
国内のメタネーション実証試験
2022年3月から横浜市鶴見区で、横浜市と東京ガスが連携したメタネーションの実証試験が開始されています。
この実証試験では、下水道センターの再生水と太陽光発電などの電力を使用して製造された水素と、排ガスから分離回収されたCO2と消化ガスを利用して、合成メタンを生成します[*10], (図9)。
図9: メタネーション実証試験の概要
出典: 横浜市 「横浜市と東京ガスがメタネーションの実証試験に向けた連携協定を締結~鶴見区末広地区を脱炭素のモデル地区に~」(2022)
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/ondan/2021/0118methanation.files/0118press.pdf, p.1
この実証試験の目的は、製造時にCO2を排出しないグリーン水素の製造と、合成メタンの製造・利用までの一連の技術ノウハウの獲得です。
最新の水電解装置とメタネーション装置を利用して、地域におけるカーボンニュートラルメタンの活用や水素の地産地消モデルの確立を目指しています。
また、2025年に開催される大阪・関西万博では、万博で出た生ごみから発生するバイオガスとグリーン水素を組み合わせたメタネーションの実証試験が予定されています[*11], (図10)。
図10: 2025大阪・関西万博での実証イメージ
出典: 経済産業省・大阪ガス株式会社「メタネーション技術を活用したバイオガス有効利用の取り組み」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/methanation_suishin/pdf/007_08_00.pdf, p.4
バイオガスとは、生ごみから微生物の力を使って発生させたガスのことで、メタンが含まれています。
この実証試験では、バイオガスに含まれるCO2と水素を化学反応させるので、CO2分離装置が不要です。
海外のメタネーション実証試験
太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの普及が進んでいる欧州では、国を越えた大規模な実証が進められています。
ドイツ・スイス・イタリアの3か国が連携して実施している「STORE&GO」は、27の機関が参加しているメタネーション実証プロジェクトです[*12], (図11)。
図11: STORE&GOのプロジェクトイメージ
出典: STORE&GO HP「The project STORE&GO – Shaping the energy supply for the future」
https://www.storeandgo.info/about-the-project/
STORE&GOはパリ協定の目標達成のためのプロジェクトで、再生可能エネルギーを最大限活用するために、エネルギーを貯蔵して活用するビジネスモデルの確立を目的としています。
水素の製造に使用される電気は、アルプス地域や地中海地域などの地域特性を活かした再生可能エネルギーを利用し、CO2は大気と排水処理プラント、バイオガスプラントから調達されています。
まとめ
日本では、2050年までに温室効果ガスの排出を社会全体として実質ゼロにする、カーボンニュートラルを目指しています。
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、相殺させることで、気候変動を抑制する取り組みです。
メタネーションは、排出されたCO2を都市ガスの資源として再利用する技術で、ガス事業の脱炭素化に向けた重要な取り組みです。
メタネーションは既存のガス供給設備を利用できるので、低コストで社会実装できるというメリットがあります。
使用する水素を再生可能エネルギーで製造すれば、製造段階でCO2を排出しないうえに、余ってしまう再生可能エネルギーの余剰電力を有効活用することができます。
実用化や商用化に向けては、技術面やコスト面の課題が残されており、ノウハウ獲得に向けて国内外でも積極的に実証試験が進められています。
メタネーションの実用化は、カーボンニュートラル実現のための重要なソリューションの一つとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
環境省 脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは?」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
*2
資源エネルギー庁「『カーボンニュートラル』って何ですか?(後編)~なぜ日本は実現を目指しているの?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_02.html
*3
一般社団法人 日本ガス協会「都市ガス事業について 都市ガスとLPガスの違い」
https://www.gas.or.jp/chigai/
*4
資源エネルギー庁「ガスのカーボンニュートラル化を実現する『メタネーション』技術(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/methanation.html?msclkid=9ce3d67bb97011ecacda3f807faee6f6
*5
経済産業省・一般社団法人 日本ガス協会「都市ガス事業における地球温暖化対策の取組み 低炭素社会実行計画2020年度実績報告」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/shigen_wg/pdf/2021_001_07_01.pdf, p.13
*6
資源エネルギー庁「日本のエネルギー エネルギーの今を知る10の質問」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/pdf/energy_in_japan2021.pdf, p.12
*7
一般社団法人 日本ガス協会「メタネーションとは」
https://www.gas.or.jp/gastainable/methanation/
*8
経済産業省・一般社団法人 日本ガス協会「カーボンニュートラルチャレンジ2050アクションプラン」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/methanation_suishin/pdf/001_06_00.pdf, p.2, p.8
*9
一般社団法人 日本エネルギー経済研究所「カーボンニュートラルメタンの将来ポテンシャル」(2018)
https://eneken.ieej.or.jp/data/7769.pdf, p.3,p.35
*10
横浜市「横浜市と東京ガスがメタネーションの実証試験に向けた連携協定を締結~鶴見区末広地区を脱炭素のモデル地区に~」(2022)
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/ondan/2021/0118methanation.files/0118press.pdf, p.1
*11
経済産業省・大阪ガス株式会社「メタネーション技術を活用したバイオガス有効利用の取り組み」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/methanation_suishin/pdf/007_08_00.pdf, p.4
*12
STORE&GO HP「The project STORE&GO – Shaping the energy supply for the future」
https://www.storeandgo.info/about-the-project/