CO2を排出しない水素は、脱炭素社会の実現に必要なクリーンエネルギーの一つとして、国内外でも導入や技術開発が進んでいます。
水素のエネルギー活用として代表的な技術が、水素と酸素を反応させることで電気を作る燃料電池です。
商用化が進んでいる燃料電池の一つが、電解質としてセラミックスを使用する固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)です。
SOFCは、家庭用燃料電池(エネファーム)にも使用されている身近な存在の燃料電池で、大規模発電用や自動車などの移動体まで様々な分野での実用化が研究されています。
高い発電効率が特徴のSOFCは、省エネ性や環境性に優れていますが、価格・寿命面では課題も残されています。
この記事では、SOFCの特徴や他の燃料電池との違い、国内外での導入事例についてご紹介します。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)とは
固体酸化物形燃料電池(SOFC)の仕組み
水素と酸素を化学反応させることで電気を作る燃料電池は、発電時にCO2を排出しないクリーンなエネルギーシステムです。
電池という名称ではありますが、電気を作り出す小さな発電所といったイメージです。
燃料電池はさまざまな分野で活用が期待されていますが、私たちの生活のなかで特に身近なのが家庭用燃料電池(エネファーム)です[*1], (図1)。
図1: エネファームの仕組み
出典: 一般社団法人 日本ガス協会「エネファームって?『エネファーム』の知りたいこと、大公開します!」
https://www.gas.or.jp/user/comfortable-life/enefarm-partners/enefarm/
エネファームとは、天然ガスから取り出した水素を酸素と反応させて、熱と電気をつくりだす家庭用コジェネレーションシステム(熱電併給システム)です。
このエネファームに使用されている燃料電池の一つが、固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)です。
SOFCは、電解質として固体酸化物であるセラミックスを使用し、作動温度は600℃~900℃ととても高温です[*2], (図2)。
図2: SOFCセルの構成と発電原理
出典: NEDO「SOFCの現状と課題 ~今後取り組むべき基盤技術開発~」(2019)
https://www.nedo.go.jp/content/100895118.pdf, p.3
SOFCは2011年にエネファームとして商用化され、2017年にはマイクロガスタービンと組み合わせた業務・産業用燃料電池の販売も開始されています[*2]。
小規模な家庭用の燃料電池としてだけでなく、火力発電の代替となる大規模発電用燃料電池の実用化も期待されています。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)と他の燃料電池との違い
燃料電池には固体酸化物形燃料電池(SOFC)の他にも、作動温度と電解質、作動イオンが異なる3種類の燃料電池があります[*2], (表1)。
表1: SOFCセルの構成と発電原理
出典: NEDO「SOFCの現状と課題 ~今後取り組むべき基盤技術開発~」(2019)
https://www.nedo.go.jp/content/100895118.pdf, p.3
この4種類の燃料電池は、作動温度や構造などの違いから、それぞれ異なる用途に使用されています。
発電効率に注目すると、固体高分子形燃料電池(PEFC)が30%〜40%、リン酸形燃料電池(PACF)が35%〜42%、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)が40%〜50%であるのに対し、SOFCは40%〜65%と、他の燃料電池と比較して高い発電効率が特徴です[*3]。
SOFCと比較されることが多いのが、同じくエネファームに使用されているPEFCです。
この2つの大きな違いは作動温度で、PEFCはSOFCに先駆けて2009年にエネファームとして商用化されています。
次の図3は、PEFC・SOFCを使用したエネファームのそれぞれの普及台数と販売価格の推移で、累計普及台数はPEFCが大半を占めています[*4]。
図3: エネファームの普及台数と販売価格の推移
出典: 資源エネルギー庁「分散型エネルギーリソースの活用促進に向けた取組」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/energy_resource/pdf/011_07_00.pdf, p.7
PEFCの2年後に販売が開始されたSOFCも順調に普及台数を増やしており、2018年度の販売実績では、販売台数の49%がSOFC、51%がPEFCと割合はおよそ半々となっています[*2]。
また、CO2排出量に注目すると、SOFCを使用したエネファームの方が省エネ性能が優れています[*5], (図4)。
図4: PECF・SOFCと従来の家庭用コジェネシステムとの省エネルギー性能比較
出典: NEDO「高効率な固体酸化物形燃料電池(SOFC)を使った、家庭用燃料電池システムを開発」(2021)
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201215osakagas/
一方で、PEFCは低温で動作するため、運転の入り切りを頻繁に行えるなど、運転操作性に優れています。
排熱回収率も高いため、PEFCはお風呂や床暖房などの熱需要が多い家庭向け、SOFCは電力需要が多い家庭向けというすみわけがされています。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)のメリットと課題
固体酸化物形燃料電池(SOFC)のメリットは、先ほど紹介したように、他の燃料電池と比較して発電効率が高いところです。
SOFCの熱効率は40%〜65%で、従来の火力発電の発電効率(40%前後)を上回る高い発電効率を誇っています。
さらに、高温反応であるため従来の高価な白金などの貴金属の触媒が不要で、コストダウンが可能です。
日本が蓄積してきた、セラミックス技術を活用できるといった特長もあります[*3]。
都市ガスや化学燃料由来の水素以外にも、バイオガスなどの低炭素な燃料を活用することもできます。
エネファームの燃料電池として先駆けて商用化されたPECFと比較して、装置の構成がシンプルで、小型化・薄型化が可能です。
そのため、マンションなどの集合住宅の限られたスペースにも設置しやすく、今後市場を開拓していくことで、さらなる普及促進が見込まれています。
一方で、SOFCの本格普及に向けた課題としては低コスト化・長寿命化が挙げられています。
価格や販売台数に関しては、資源エネルギー庁が掲げる目標やターゲットは達成できておらず、達成に向けて技術開発が進められています。
SOFCはセラミックスで構成されていますが、セラミックスには作動温度が高温であることによる劣化や、運転条件による機械的な破損といったリスクがあります。
セラミックスはサイズが小さい方が温度の変動に対して破損しにくく、発電効率も高いという特性もあり、研究開発の方向性が業務用から家庭用へとシフトしています[*5], (図5)。
図5: 需要家までのガスの流れ(イメージ図)
出典: NEDO「高効率な固体酸化物形燃料電池(SOFC)を使った、家庭用燃料電池システムを開発」(2021)
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201215osakagas/
このような背景もあり、特に出力の大きい業務・産業用のSOFCについては普及が進んでおらず、コスト低減や長寿命化に向けてさらなる技術開発が必要です。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)の国内外での活用事例
国内での固体酸化物形燃料電池(SOFC)の導入事例
主に家庭用として普及が進んでいる固体酸化物形燃料電池(SOFC)ですが、大規模発電が可能な分散型電源としても実証が進められています。
名古屋市港区のスマートタウン「みなとアクルス」では、集合住宅の全戸にSOFCのエネファームを設置し、24時間運転することで、一つの分散型電源として活用しています。
集合住宅の265戸にエネファームを設置し、エリア内の電源構成のうち5%を占めています[*6], (図6)。
図6: みなとアクルス エネルギーセンターの電源構成
出典: 国立研究開発法人 建築研究所「名古屋『みなとアクルス』の集合住宅で実現する自立分散型電源の高効率燃料電池群による地産地消への取組と双方向参加型エネルギーマネジメントによる省CO2と防災機能の充実」(2018)
https://www.kenken.go.jp/shouco2/pdf/ppt/H29-2/05saitaku.pdf, p.5
エネファームで発電した電力は優先的に家庭で使用され、使いきれない電力はエリア内の商業施設やスポーツ施設等へ融通されます[*6], (図7)。
図7: みなとアクルスのスマートエネルギーネットワーク
出典: 国立研究開発法人 建築研究所「名古屋『みなとアクルス』の集合住宅で実現する自立分散型電源の高効率燃料電池群による地産地消への取組と双方向参加型エネルギーマネジメントによる省CO2と防災機能の充実」(2018)
https://www.kenken.go.jp/shouco2/pdf/ppt/H29-2/05saitaku.pdf, p.6
さらに住宅にはHEMS(Home Energy Management System:住宅エネルギー管理システム)、エネルギーセンターにはCEMS(Community Energy Management System:地域エネルギー管理システム)を設置することでエネルギーを効率的に無駄なく使用し、CO2の大幅削減にも貢献します。
集合住宅のSOFCをまとめて一つの分散電源とし、エネルギーの地産地消を実現する先進的なプロジェクトです。
海外の固体酸化物形燃料電池(SOFC)の導入事例
ドイツでは、火力発電所の代替として、分散電源としての固体酸化物形燃料電池(SOFC)の本格普及が進められています。
ドイツの自動車部品、電動工具メーカーであるボッシュは、SOCFの産業用燃料電池の本格生産を2024年に開始する予定です[*7], (図8)。
図8: ボッシュのSOFCシステム
出典: 経済産業省 関東経済産業局「令和3年度広域関東圏における水素利活用促進に係る普及啓発事業 海外事例集」(2022)
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/suiso/data/seisakusuisodata20220318_suiso2.pdf, p.15
SOCFは工場や店舗、データセンター、電気自動車向け充電設備などに設置され、分散型電源による電源供給の鍵となる見込みです。
SOFCの生産能力は年間200MWを目指しており、これは40万人分の家庭用電気に相当します[*8]。
まとめ
燃料電池の中でも特に高効率である固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、家庭に設置されるエネファームとしてすでに普及が進んでいます。
省エネ性・環境性にも優れたSOFCは、今後技術開発が進めば、分散電源の一つとして火力発電所の代替となることも期待されています。
燃料電池の発電のために必要な水素を再生可能エネルギーによって作り出すことができれば、大幅なCO2削減にも貢献します。
さらに、近年の自然災害の激甚化によって停電リスクが高まっている日本においては、災害への備えとしてもニーズが高いでしょう。
エネルギーの地産地消に寄与するSOFCは、水素社会を実現するための、重要なエネルギーシステムの一つです。
参照・引用を見る
*1
一般社団法人 日本ガス協会「エネファームって?『エネファーム』の知りたいこと、大公開します!」
https://www.gas.or.jp/user/comfortable-life/enefarm-partners/enefarm/
*2
NEDO「SOFCの現状と課題 ~今後取り組むべき基盤技術開発~」(2019)
https://www.nedo.go.jp/content/100895118.pdf, p.3, p.5,p.6
*3
国立研究開発法人 国立環境研究所「環境技術解説:燃料電池」(2021)
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=4
*4
資源エネルギー庁「分散型エネルギーリソースの活用促進に向けた取組」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/energy_resource/pdf/011_07_00.pdf, p.7
*5
NEDO「高効率な固体酸化物形燃料電池(SOFC)を使った、家庭用燃料電池システムを開発」(2021)
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201215osakagas/
*6
国立研究開発法人 建築研究所「名古屋『みなとアクルス』の集合住宅で実現する自立分散型電源の高効率燃料電池群による地産地消への取組と双方向参加型エネルギーマネジメントによる省CO2と防災機能の充実」(2018)
https://www.kenken.go.jp/shouco2/pdf/ppt/H29-2/05saitaku.pdf, p.5, p.6
*7
経済産業省 関東経済産業局「令和3年度広域関東圏における水素利活用促進に係る普及啓発事業 海外事例集」(2022)
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/suiso/data/seisakusuisodata20220318_suiso2.pdf, p.15
*8
日本貿易振興機構(ジェトロ)「ボッシュ、2024年から定置用燃料電池を本格生産(ドイツ)」(2020)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/12/330e881fea9f03d7.html