近年、台風や水害などの自然災害が増え、毎年のように被害が発生しています。
災害によって引き起こされる問題には、建物の倒壊、断水、交通網の遮断など様々な種類があります。その中でも、あらゆるものに電気が使われている現代では、停電は大きな問題です。
そのため、安定して電力が供給されるよう様々な工夫が行われていることをご存じでしょうか。
実は、この工夫により世界的に見ると日本は停電が少ない国なのです。
今回は、停電が発生するメカニズムを解説するとともに、電気がどのようなしくみで供給されているのか、普段目にすることがない電力供給の裏側をご紹介します。
停電の原因
停電が発生する原因は、大きく分けて以下の2つです。
電気経路の途絶
まず1つ目が、物理的に送電線が破損したり、送電設備が故障したりする「電気経路の途絶」です[*1]。電気経路の途絶には、以下に示すような原因があります。
- 落雷による送電設備の破損
雷が送電設備に落ちて設備が損傷すると、停電が発生します[*2]。
- 強風による電線同士の接触
雪が付着した送電線に強い風が吹きつけると、送電線が大きく揺れて送電線同士が接触し、停電が発生します。
重い雪が電線に付着した状態で強風が吹くと電線が上下に大きく揺れる現象を「ギャロッピング現象」といいます[*3]。
- 台風や地震による送電線の切断、破損
倒木や飛来物によって送電線や電柱が損傷したり、地震の影響で変電設備や送電設備が破損したりすると、停電が発生します[*4, *5]。
- 塩害
通常、送電設備は絶縁体で覆われていますが、海水が電線に付着することによって漏電が起こると、停電が発生します[*3]。
- 鳥獣の接触
鳥は針金ハンガーや水にぬれた木の枝等の電気が流れやすい材料で電柱に巣を作ることがあります。
巣の場所によっては針金ハンガーに電気が流れてしまい、停電が発生します。
他にも、電気関係の設備内に野生動物が侵入する場合もあります[*6, *7]。
- 重機による送電設備の破損
運搬中の重機が送電線に引っかかり切断してしまったり、工事中に誤って送電線を切断してしまったりすると、停電が発生します[*8]。
上記以外にも、山くずれ、なだれなどの自然現象や設備の自然劣化、火災、作業者の過失、設備の不備などの原因があります[*9]。
系統崩壊
停電が発生する原因の2つ目は「系統崩壊」です。電力の需給バランスは「同時同量」でなければなりません。「同時同量」とは、電気をつくる量(供給)と電気の消費量(需要)が、同じ時に同じ量になっているということです(図1)。
図1: 電力の需要と供給(電力需給バランスが均等な時)
出典: 資源エネルギー庁「電気の安定供給のキーワード『電力需給バランス』とは?ゲームで体験してみよう」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/balance_game.html
これらの量が常に一致していないと、電気の品質(周波数)が乱れてしまい、電気の供給を正常に行うことができなくなってしまいます[*10], (図2)。
周波数は、たった0.2Hz程度変動しただけで一部の機器に影響が出るほど、電気の品質の重要な要素です[*1]。
この需要と供給のバランスが崩れてしまうと大規模停電が発生してしまいます(図2)。
2018年9月に発生した北海道全域の停電は、この電力需給バランスの崩壊が原因でした[*10]。
図2: 電力の需要と供給(電力需給バランスが不均等な時)
出典: 資源エネルギー庁「電気の安定供給のキーワード『電力需給バランス』とは?ゲームで体験してみよう」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/balance_game.html
停電の種類
一口に停電と言っても、実はいくつかの種類に分けられます[*11]。
- 瞬低(しゅんてい:瞬時電圧低下)
送電線への落雷などによる瞬間的な電圧低下が原因で起こる0.02~2秒の間の停電のことを指します。
便宜上「停電」と記載していますが、意図的に電力を停止させている状態なので、電力会社では「停電」と呼びません。
- 瞬停(しゅんてい:瞬時停電)
送電線への落雷などによる瞬間的な電圧低下が原因で起こる約1分間の停電のことを指します。
こちらも瞬低と同様、便宜上「停電」と記載していますが、意図的に電力を停止させている状態なので、電力会社では「停電」と呼びません。
- 停電
上記の瞬低・瞬停以外の約1分間以上の電力の停止状態が続く状態を、電力会社では「停電」と定義しています。
停電しにくい国・日本
2022年3月には初めて電力需給ひっ迫警報が出され、電力需給の課題が強調されましたが[*12]、実は、日本は世界と比較すると停電が少ない「停電に強い国」なのです(図3)。
図3: 欧米諸国と日本における需要家停電回数
出典: 資源エネルギー庁「あらためて学ぶ、『停電』の時にすべきこと・すべきでないこと」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/teiden_info.html
日本国内の停電回数においては、1960年台と2000年台を比較すると格段に停電が少なくなっていることがわかります。
地震や台風が発生したときの停電時間は長いものの、それでも1960年台の停電時間に比べると改善しています(図4)。
図4: 停電回数の推移
出典: 電気事業連合会「停電回数の推移」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/supply/antei/index.html
電気の安定供給をささえる日本の技術とノウハウ
ここまでで紹介したように、日本は電力供給が安定した国です。
そして日本国内での停電回数や停電時間の推移データからもわかるように、電力供給の安定性は年々向上しています。
その裏には、日本で培われた技術とノウハウが生かされているのです。
以下では、日本の電力供給における創意工夫の事例を紹介します。
エネルギーミックス
日本は2019年度時点の自給率は12.1%で、他の経済協力開発機構加盟国と比べても低い水準です[*13]。
その中で、安定的に電気を届けるために火力、原子力、再生可能エネルギー、水力など、様々な発電方法を組み合わせて電気を作っています[*14]。
現時点では化石燃料の依存度が高いものの、再生可能エネルギーの割合が年々増えていることがわかります(図5)。
図5: 総合エネルギー統計
出典: 資源エネルギー庁「2020—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2020_1.html
送電線網
日本はエリアごとに電力会社が存在しますが、北海道から九州までの電力系統は、すべて送電線でつながっています(図6)。これによって、電力会社の垣根を超えた電力融通が可能になり、安定供給ができるのです[*15]。
また、2022年に入り、岸田文雄首相から再生可能エネルギーの普及のため次世代送電網を増強することが発表されました[*16]。
次世代送電網では、以下のような送電ネットワークの強化が行われる予定です[*17, *18]。
- 北海道と東北・東京を結ぶ送電線網の新設
- 九州と中国を結ぶ送電線網の増強
- 北陸と関西、中部を結ぶ送電線網の増強
これにより地方で余っていた再生可能エネルギーを都市部に送電することができるようになり、電力が不足した場合のバックアップ機能が強化されることになります。
図6: 地域間連系線の現状と増強計画
出典: 資源エネルギー庁「電力ネットワークの次世代化 系統制約の克服に向けた 送電線設備の増強・利用ルールの高度化」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/019_02_00.pdf, p.4
系統安定化システム
日本では自然災害や事故などが発生すると、保護リレーと呼ばれる機器によって異常を素早く検知し、事故区間を電力系統から切り離す対策が行われています。この対策により、瞬低や瞬停が起こるのです。
ただし、切り離しが行われても、2次的な事故で電気が不安定な状態に陥ることもあります[*19]。
2次的な事故では、周波数が大幅に低下する、発電機が安定的に運転できなくなるという現象が発生します[*20]。
この場合は結果として大停電につながりがちで、海外の大停電事例のほとんどがこのケースです。
一方で、日本は設備や系統の運用に余裕をもたせているため、たとえ同時に事故が起きた場合でも安定して電気が供給できます。これは海外ではあまり見かけられない日本の優れた技術です。
さらに、事故区間を切り離したあと、健全区間を自動復旧する配電自動化システムが普及しているため、停電時間の大幅な短縮が可能になっています[*19]。
図7: 系統安定化システム
出典: 株式会社東芝「日本が停電に強いのはなぜ? 意外と知らない電力供給のカラクリ」(2017)
https://www.toshiba-clip.com/detail/p=805
監視・制御システム
前述の通り、電気は需要と供給のバランスが一致していなければなりません。そのため、変化する電気の需要に合わせて発電機を制御してバランスを取り、安定した周波数を維持するため、発電事業者と小売事業者等は30分単位で計画を実績を一致させる必要があります。
また、発電所で作り出した電力を需要地まで輸送するとともに、適正電圧を維持できるよう、電力流通設備を制御する必要もあります。
これらは、各電力会社において24時間体制で監視・制御されています[*19], (図8)。
図8: 発電から消費までの電気の流れ
出典: 株式会社東芝「日本が停電に強いのはなぜ? 意外と知らない電力供給のカラクリ」(2017)
https://www.toshiba-clip.com/detail/p=805
マンパワー
電気を安定的に供給するために、様々な工夫がされていますが、現状では自然災害や事故による送電設備の破損をゼロにできません。
強風で木の枝が電線にぶつかり電線が破損した、車両事故で電気設備が破損した、大雨で設備が浸水したなど原因は様々です。
停電が発生した場合は、現場に作業員の方が出向いて事故原因を調査し、電気の復旧作業が進められます[*21, *22]。
これらの他にも、以下のような取り組みが日々行われています[*23, *24]。
- 電気設備の設置場所を嵩上げする。
- 水防ラインを設置する。
- 倒木によって被害をもたらす可能性がある樹木を事前に伐採する。
- 緊急時の連絡体制を構築する。
※水防ラインとは、浸水を防止することを目標として設定するもので、建築物内への浸水を防ぐ対策です。マウンドアップ、止水板、防水扉、土のうなどが使用されます[*25, *26]。
多くの工夫と努力に支えられている日本の電気
今や、私たちの生活に電気は欠かせません。一度、大規模停電が発生してしまうと、社会に大きな影響を与えてしまいます。
大切であるがゆえ、2022年の電力需給ひっ迫警報発令に代表されるような懸念事項や不具合が明らかになると、多くのメディアに取り上げられ、批判や不満が噴出します。
しかし、世界と比較すると、日本の電力供給システムは非常に安定しています。
この安定したシステムは、24時間体制で監視・制御を行っている電力会社、停電の復旧作業を行う作業員の方々の努力の上に成り立っているのです。
また、エネルギー政策の側面からみると、世界的にも温暖化防止やエネルギー安全保障の観点から化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が重視されています。
資源の少ない日本において、再生可能エネルギーの活用は重要です。
しかし、現在の日本は、変動性再生可能エネルギー(VRE)の大量導入を前提とした送電線網や連系ルールが十分ではないため、しばしば再生可能エネルギーの出力抑制が行われることがあります[*27]。今後は、安定的に再生可能エネルギーを有効活用するための施策が求められます。
その上で重要になるのが、「安全性、安定供給、経済性、環境」の「3E+S」です(図9)。
設備やシステムの運用を充実させることも重要ですが、3E+Sに基づいたエネルギー政策の重要性も忘れてはいけません。
図9: エネルギー政策の基本方針
出典: 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2020年度版『エネルギーの今を知る10の質問』」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2020/005/
「使えるのが当たり前」になっている電気ですが、私たちの手元に送られて来るまでには、たくさんの人の手が加わっています。
普段使っている携帯電話の電源を入れる時、部屋の電気をつける時、電気が何気なく使えることは決して「当たり前」ではないことを思い出してみてください。
参照・引用を見る
*1
Global Energy Policy Research「停電はなぜ起こる」(2012)
http://www.gepr.org/ja/contents/20120702-02/
*2
日経BizGate「落雷で停電が増加 地域社会を守る避雷器」(2019)
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXZZO4115536012022019000000
*3
its communications「暴風雪による停電」(2006)
https://www.itscom.co.jp/safety/column/070/
*4
資源エネルギー庁「『台風』と『電力』〜長期停電から考える電力のレジリエンス」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/typhoon.html
*5
経済産業省「3月11日の地震により東北電力 で発生した広域停電の概要」(2011)
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/9/pdf/sub2.pdf, p.7, p.8, p.9
*6
朝日新聞「電柱のカラスの巣、あえて放置 中部電力のねらいは?」(2017)
https://www.asahi.com/articles/ASK666QRYK66OIPE01V.html
*7
独立行政法人製品評価技術基盤機構「事故事例集」(2019)
https://www.nite.go.jp/data/000101319.pdf, p.13
*8
一般財団法人関西電気保安協会「ショベルカーによる掘削工事により停電」
https://www.ksdh.or.jp/information/troublecase_02.html
*9
経済産業省「電気事故情報(令和2年度)」(2020)
https://www.safety-kinki.meti.go.jp/denryoku/2020accident/denki_jiko_2020fy.html
*10
資源エネルギー庁「電気の安定供給のキーワード『電力需給バランス』とは?ゲームで体験してみよう」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/balance_game.html
*11
山洋電気株式会社「停電の種類と『瞬停・瞬低・瞬断』とは?」(2020)
https://techcompass.sanyodenki.com/jp/training/power/ups_basic/002/index.html
*12
NHK「初の電力需給ひっ迫警報 課題が見えてきた」(2022)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/articles/20220323.html
*13
資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2021年度版エネルギーの今を知る10の質問」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2021/001/
*14
電気事業連合会「電源のベストミックス」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/supply/bestmix/index.html
*15
電気事業連合会「全国を連携する送電線」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/supply/soudensen/index.html
*16
日本経済新聞「首相、脱炭素戦略で指示 再生エネ普及へ送電網増強」(2022)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA045EP0U2A100C2000000/
*17
日本経済新聞「再生エネ普及へ送電網、2兆円超の投資想定 首相が指示」(2022)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA231B10T21C21A2000000/
*18
資源エネルギー省「電力ネットワークの次世代化に向けた中間とりまとめ(案)」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/033_04_00.pdf, p.6
*19
株式会社東芝「日本が停電に強いのはなぜ? 意外と知らない電力供給のカラクリ」(2017)
https://www.toshiba-clip.com/detail/p=805
*20
押田秀治・大和田靖之・黒瀬健・前田徹・京本寿美恵「大規模系統安定システム」
発行元: 三菱電機技報, 2012年No.9, Vol.86
https://www.giho.mitsubishielectric.co.jp/giho/pdf/2012/1209103.pdf, p.7
*21
東北電気保安協会「協会職員5人で2時間の闘い!―緊急時で組織力全開―」
https://www.t-hoan.or.jp/oyakudachi/pdf/hokoku/256.pdf
*22
東北電気保安協会「台風による強風!木の枝が電柱上の電線直撃」
https://www.t-hoan.or.jp/oyakudachi/pdf/hokoku/277_2.pdf, p.25
*23
中部電気保安協会「電気事故・故障の発生状況と防止策」(2020)
https://www.chubudenkikyokai.com/topics/wp-content/uploads/2020/05/2b2e5406a7a5c563f95830dcbf4d694c.pdf
*24
経済産業省「停電対応の強化に向けた取組」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/resilience_wg/pdf/012_06_00.pdf, p.13
*25
東京海上ディーアール株式会社「『建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン』が公表されました」(2020)
https://www.tokiorisk.co.jp/publication/column/033.html
*26
経済産業省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン 建築物における電気設備の浸水対策の事例集(原案)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/safety_security/denkisetsubi_shinsui/pdf/003_b04_00.pdf, p.3
*27
資源エネルギー庁「再エネの発電量を抑える『出力制御』、より多くの再エネを導入するために」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kyushu_syuturyokuseigyo.html