地球温暖化については昔から議論されていましたが、2015年パリ協定が発効されて以降、世界各国で脱炭素化の動きが加速しました。産業部門、運輸部門など様々な分野からCO2は排出されていますが、エネルギー分野を中心とした脱炭素化の施策は注目を集めています。
エネルギーの脱炭素化というと、再生可能エネルギーを思い浮かべる方も多いでしょう。太陽光発電や風力発電など様々な種類がありますが、汚泥から発生するガスで発電できることはあまり知られていません。
今回は、汚泥由来のガスから発電するバイオガス発電について解説していきます。
バイオマス発電とは
バイオマスとは、動植物などから生まれた生物資源の総称です。バイオマス発電はこの生物資源を「直接燃焼」したり「ガス化」したりするなどして発電を行います[*1]。
バイオマスの種類
バイオマスは生物資源の総称であり、いくつか種類があります。
家畜の排泄物や農業残渣などは農業・畜産・水産系、製材したあとの廃材は木質系、下水汚泥や産業食用油など生活系のバイオマスとして分類されています(図1)。
図1: バイオマスの分類
出典: 資源エネルギー庁「再生可能エネルギーとは」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/biomass/index.html
バイオマス発電のメリット
資源エネルギー庁では、バイオマス発電のメリットを以下のように紹介しています[*1]。
- 地球温暖化対策
光合成によりCO2を吸収して成長するバイオマス資源を燃料とした発電は「京都議定書」における取扱上、CO2を排出しないものとされています。
- 循環型社会を構築
未活用の廃棄物を燃料とするバイオマス発電は、廃棄物の再利用や減少につながり、循環型社会構築に大きく寄与します。
- 農山漁村の活性化
家畜排泄物、稲ワラ、林地残材など、国内の農産漁村に存在するバイオマス資源を利活用することにより、農産漁村の自然循環環境機能を維持増進し、その持続的発展を図ることが可能となります。
- 地域環境の改善
家畜排泄物や生ゴミなど、捨てていたものを資源として活用することで、地域環境の改善に貢献できます。
このように、バイオマス発電は、現在メディアで盛んに取り上げられているSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献できる優れた発電方法のひとつなのです。
バイオマス発電のデメリット
CO2の排出がなく、農山漁村の活性化にもつながるバイオマス発電ですが、もちろんデメリットもあります。
一般的にバイオマスは、広い地域に分散して存在しているため収集・運搬・管理にコストがかかります。さらに、バイオマスを利用するための施設も小規模分散型の設備になりがちで、経済性の向上が課題になっています[*1]。
従来のバイオマス発電のデメリットをカバーする下水汚泥バイオガス
前述の通り、多くのバイオマスは利用するために手間と費用がかかるというデメリットがあります。
しかし、今回ご紹介する下水汚泥由来のガス(バイオガス)を利用した発電は、既に下水処理場に集められた汚泥を使用することで収集・運搬のコストを削減できます[*2]。
環境省の報告では、2018年度の時点で、下水汚泥が全産業廃棄物の発生量の約2割を占めています[*3]。下水汚泥発生量は横ばいの状態ですが、資源の安定供給が可能とも言えるためエネルギー源として注目されているのです[*2]。
下水汚泥由来バイオガス発電のしくみ
下水汚泥を利用した発電方法は大きく分けて以下の2つに分類されます。
<下水汚泥を800℃で蒸し焼きにしてガス化>
まず1つ目が、高温で下水汚泥を蒸し焼きにして、熱分解ガスを取り出す方法です[*2], (図2)。
下水汚泥は水分を含んでいるため、乾燥を行った後、酸素の少ない状態で800℃の高温で蒸し焼きにして熱分解ガスを取り出します。
この熱分解ガスに酸素と水蒸気を加えて燃焼させると、水素や一酸化炭素を主成分とする有用なガス(改質ガス)に変換されます。改質ガスには有害物質が含まれるため、精製を行った後、汚泥由来のガスとしてエンジンを動かして発電します。
さらに、800℃の高温で蒸し焼きにしたときの廃熱は、汚泥の乾燥などに再利用されています[*2]。
図2: 下水汚泥のガス化発電技術概略図
出典: 独立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「下水汚泥から燃料ガスを回収・発電 世界初の下水汚泥ガス化発電施設」(2011)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201103metawater/index.html
<下水汚泥から発生する消化ガスを利用>
もう1つが消化ガスの利用です。
下水汚泥の中には微生物が含まれています。この微生物が汚泥を分解すると、メタンとCO2を含んだ可燃性ガス(消化ガス)が発生します[*4]。
消化ガスにはシャンプーや化粧品などに含まれるシリコンに起因するシロキサンという発煙性ガスや、硫化水素、水分などの不純物が含まれるため、前処理を行います。
不純物を取り除いたガスは、ガスエンジンに供給されて発電が行われます(図3)。
さらに、発電によって発生した熱は回収されて、消化タンクの加温等に有効利用されます。これまで、発生した消化ガスは消化槽の加温や焼却炉の補助燃料として場内利用される事例がほとんどでしたが、近年では発電にも利用されるようになっています[*5]。
図3: 消化ガス発電のシステム構成例
出典: 東芝インフラシステムズ株式会社「消化ガス発電システム」
https://www.global.toshiba/jp/products-solutions/social/water-environmental/solution-product/municipal-field/renewable-energy/digestion-gas-power.html
下水汚泥由来バイオガス発電の課題
下水汚泥を800℃で蒸し焼きしてガス化する方法は、2010年に東京都下水道局清瀬水再生センターに設備が導入されており、2011年時点で1日当たり100tの下水汚泥が処理されていました[*2]。
この発電方法は、2011年時点では世界でも珍しいプロジェクトであり、一般的に普及している発電方法ではありませんでした。
しかし、近年はヨーロッパやアメリカ、韓国などでも下水汚泥由来のバイオガス発電が行われています[*6]。
消化ガスを利用する方法は、設備の運転管理が煩雑になる、汚泥の脱水性が悪くなるなどがデメリットとしてあげられています[*7]。
そもそも、消化ガス発電ができる下水処理場は全国で300箇所程度しかなく、その数は近年横ばい傾向で増加していません。
また、設備が整った下水処理場においても、生成された消化ガスが利用されず、焼却処分されているという現状もあります[*8]。
消化ガス発電設備の増加、消化ガスの有効利用量増加も課題と言えそうです。
下水汚泥由来バイオガス発電のポテンシャル
下水道分野では2018年度の実績で、年間約600万tのCO2が排出されています。
その一方で、下水汚泥が有する有機物の全エネルギーを熱量として換算した場合、約120億kWhにものぼる熱量を持っています。これは、下水処理場の年間電力消費量の約1.6倍のエネルギーに相当します[*9]。
下水汚泥を800℃で蒸し焼きしてガス化する方法が広く普及すれば、汚泥内が持つエネルギーを有効利用できると同時に汚泥処理の問題が解決するでしょう[*2]。さらに、この方法は汚泥焼却方式と比較すると、大幅に一酸化二窒素(N2O)発生量を削減できます。N2OはCO2の310倍も温室効果があると言われており、N2O排出量を削減できることは大きなメリットです[*10]。
消化ガスを利用する方法もエネルギーの有効活用に繋がりますし、固形物量が減少することから、下水汚泥の減量にも貢献できます[*10]。
既に全国では以下のような地域が、汚泥由来のバイオガスを利用した発電を行っています(図4)。
- 愛知県豊橋市
下水汚泥、し尿・浄化槽汚泥及び生ごみを中島処理場に集約し、メタン発酵により再生可能エネルギーであるバイオガスを取り出して発電に利用[*11]。
- 佐賀県佐賀市
下水処理過程で生じる消化ガスから施設で使う電力の約40%を発電[*12]。
発電以外にも、以下のような下水の活用事例もあります。
- 新潟市
下水の熱を利用した融雪[*13]
- 福岡市
下水バイオガスから作った水素を燃料電池自動車へ供給[*14]
- 神戸市
下水バイオガスから作ったバイオガスを天然ガス自動車へ供給[*15]
- 広島県
下水汚泥を粒状に乾燥させ、固形燃料(ペレット)を製造[*16]
- 岐阜市
下水汚泥焼却灰から「りん」を回収[*17]
図4: 下水道が有する多様な資源・エネルギー
出典: 国土交通省「下水道が有するポテンシャルと現状の取り組みについて」(2021)
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001466673.pdf, p.24
このように下水汚泥は固形燃料や肥料に活用されていますが、発電という視点で考えると一般的に普及しているとは言い難い状況です。
しかしながら、前述の通り汚泥にはエネルギーとしてのポテンシャルがあり、下水汚泥ガス化発電にはN2O排出量を削減できるという大きなメリットがあります。
下水汚泥由来のバイオガス発電が普及すれば、温室効果ガス排出量の削減に大きく貢献できるでしょう。
今後、この分野の研究や普及が進むことが期待されます。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「再生可能エネルギーとは」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/biomass/index.html
*2
独立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「下水汚泥から燃料ガスを回収・発電 世界初の下水汚泥ガス化発電施設」(2011)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201103metawater/index.html
*3
環境省「環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」(2020)
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/html/hj20020301.html
*4
熊本市上下水道局「消化ガス発電事業」(2013)
https://www.kumamoto-waterworks.jp/waterworks_article/7991/
*5
一般社団法人日本下水道施設業協会「下水道パワー!(第1回) 下水汚泥消化ガス利用技術について」(2017)
https://www.siset.or.jp/pdf/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E4%B8%8B%E6%B0%B4%E9%81%93No73_%E4%B8%8B%E6%B0%B4%E9%81%93%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%EF%BC%81%EF%BC%88%E7%AC%AC1%E5%9B%9E%EF%BC%89.pdf, p.20, p.21
*6
国土交通省「下水汚泥エネルギー化技術 ガイドライン -平成 29 年度版-」(2017)
https://www.mlit.go.jp/common/001217263.pdf, p.40, p.41
*7
公益社団法人日本下水道協会「消化プロセス導入にともなうメリット・デメリット」
https://www.jswa.jp/wp2/wp-content/uploads/pdf/digestion_process_merit_demerit.pdf, p.2
*8
公益社団法人日本下水道協会「下水汚泥のエネルギー利用の課題」
https://www.jswa.jp/recycle/energy/e201/
*9
国土交通省「脱炭素化/資源・エネルギー利用」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000124.html
*10
公益社団法人日本下水道協会「下水汚泥のエネルギー化技術」
https://www.jswa.jp/recycle/energy/e105/
*11
豊橋市上下水道局「豊橋市バイオマス資源利活用施設整備・運営事業」
https://www.city.toyohashi.lg.jp/30705.htm
*12
佐賀市上下水道局「佐賀市下水浄化センターの取り組み」
https://www.water.saga.saga.jp/main/5806.html
*13
新潟市「下水熱の融雪利用」(2018)
https://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/jyogesuido/gesui/gesuinetsu/yusetsu.html
*14
福岡市「福岡市水素リーダー都市プロジェクト~下水バイオガスから作った水素を地産地消!~」(2022)
https://www.city.fukuoka.lg.jp/keizai/kagakugijutsu/business/suisoleader.html
*15
神戸市建設局「『こうべバイオガス』と天然ガス自動車の導入」
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/1804/bio.pdf, p.1
*16
広島県「芦田川浄化センター下水汚泥固形燃料化事業」(2017)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/106/asidagawanennryouka-kyouyoukaisi.html
*17
岐阜市「りん回収事業(りん酸肥料『岐阜の大地』の販売)」(2022)
https://www.city.gifu.lg.jp/kurashi/suidou/1003348/1003354/1003355.html