近年実用化が進む蓄電技術―蓄電池・揚水式水力発電とは異なる、新たな蓄電手段「重力蓄電」とは―

太陽光発電や風力発電など、現在積極的に導入されている再生可能エネルギー。その恩恵を十分に受けるためには、安定的に電力が供給できるような仕組みが必要と言われています。

しかし太陽光や風力などの再生可能エネルギーの多くは、電力供給が天候に左右されるため、安定的とは言えないのが現状です。

そこで、充電をおこなって電気を蓄え、必要な時に電気を供給できる蓄電技術の重要性が高まってきています。現在は、蓄電技術としてリチウムイオン電池や、揚水式水力発電など様々な手段が活用されていますが、それらの蓄電技術にも課題が山積しています。

そのような課題を克服する手段として、近年「重力蓄電」と呼ばれる技術が注目を集めています。重力蓄電はどのような技術で、実用化に向けてどのような取り組みが行われているのでしょうか。

既存の蓄電技術の課題なども合わせて、詳しく解説します。

 

蓄電システムとは

蓄電システムとは、充電をおこなって電気を蓄え、必要な時に電気を供給できるシステムです[*1], (図1)。

図1: 蓄電システムとは
出典: パナソニック株式会社「蓄電システムとは」
https://sumai.panasonic.jp/chikuden/about/

太陽光発電のように、夜間に発電が難しい再生可能エネルギーでも、蓄電システムを使えば夜間でも電力を供給することができます。また、蓄電システムはスマートフォンやパソコンなどに内蔵されているバッテリーにも活用されるなど、幅広く使われている技術です[*2]。

蓄電システムの市場規模

再生可能エネルギーの普及に伴い、蓄電システムの需要は年々高まっています。例えば、株式会社矢野経済研究所の試算によると、定置用蓄電池の市場規模(メーカー出荷容量ベース)は2020年には33,692MWhでしたが、2030年には3倍の101,662MWhまで増加すると予測されています[*3], (図2)。

図2: 定置用蓄電池の設置先別世界市場規模推移・予測
出典: 株式会社矢野経済研究所「2030年の定置用蓄電池(ESS)世界出荷容量を101,662MWhと予測~既存発電設備の稼働中止や再エネ発電設備増加を背景に、電力需給安定化のための定置用蓄電池導入が更に加速化する見通し~」
https://www.dreamnews.jp/press/0000266257/

特に、発電所や再生可能エネルギー電源として設置される蓄電池の需要増加は著しく、その他の用途と比べ需要の伸びが最も高いとされています。

 

蓄電技術の重要性

このように、再生可能エネルギー発電の普及に伴い需要も更に伸びていくとされる蓄電技術ですが、蓄電システムの活用には様々なメリットがあります。

一つ目のメリットは、電力需要が低い時間帯に電力供給を受け、需要の高い時間帯に蓄電した電力を使用することで、ピークカット・ピークシフトに役立てるという点です[*1], (図3)。

図3: ピークカット・ピークシフトとは
出典: パナソニック株式会社「蓄電システムとは」
https://sumai.panasonic.jp/chikuden/about/

昼間など電力需要が多い時間帯の電力消費を、蓄電した電気で賄うことによって、電力供給が逼迫することがなくなります。また、電力需要の多い時間帯は電力料金が高く設定されていることも多いため、蓄電された電気を使用することは消費者にとっても大きなメリットがあります。

二つ目のメリットとしては、電力系統の安定化を図ることができるという点です。太陽光発電や風力発電は、電力供給量が天候に大きく左右されるため、電力供給が不安定であるとともに、天候の良い時には電力供給量が急増してしまうため、電力系統に大きな負荷をかけてしまいます[*4]。

しかしながら、蓄電システムを導入することによって、電力供給量を平準化することができるため、再生可能エネルギーの利活用をさらに拡げることができると言えます。

 

様々な蓄電システム

再生可能エネルギーの更なる普及に向けて需要の増加が見込まれる蓄電システムには、後述する重力蓄電のほかにも、二次電池や揚水式水力発電があります。

<二次電池>

まず、一般的に認知されている蓄電システムとして、二次電池が挙げられます[*5], (図4)。

図4: 電池の種類
出典: 電池工業会「電池の種類」
https://www.baj.or.jp/battery/kind/type.html

二次電池には、自動車用に使われる鉛蓄電池やアルカリ蓄電池、携帯電話やノートパソコン、電気自動車などに使われるリチウムイオン電池などがあります。このように、二次電池は、日常生活の至る所で一般的に使われている蓄電池と言えます。蛇足ですが、一次電池とは放電のみできる使い切りの乾電池などを指します。

<揚水式水力発電>

二次電池のほかに、揚水式水力発電と呼ばれる蓄電施設があります。揚水式水力発電とは、水力発電所の上部と下部に調整池を作り、昼間の電力需要の多いときには上の調整池から下の調整池に水を落として発電し、電力需要の少ない夜間に余剰電力を使って下の調整池から上の調整池に汲み上げることで、位置エネルギーによって蓄電する方法です[*6], (図5)。

図5: 揚水式水力発電の仕組み
出典: 電気事業連合会「揚水式水力発電」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/hatsuden/water/yousuishiki/

昼夜で発電量の増減が難しい火力発電の余剰電力などを利用するため、電力需給の効率的な平準化ができるというメリットがあります。

 

既存の蓄電技術の課題

このように、既に多くの蓄電手段が開発・実用化されています。メリットも大きい二次電池や揚水式水力発電ですが、一方で、様々な課題も山積しています。

二次電池が抱える課題

例えば、二次電池であるリチウムイオン電池には、発電・発火のリスクがあります。これまでにも火災事故が各国で発生しており、安全対策が重要な課題の一つとされています[*7]。

また、リチウムイオン電池の原料となるリチウムなどの産出国は偏在しており、産出国の中には政情不安な国や、輸出制限など資源ナショナリズムが顕在化している国もあります[*8], (図6)。

図6: リチウムの主要産出国
出典: 資源エネルギー庁「EV普及のカギをにぎるレアメタル」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ev_metal.html

実際、リチウムの生産量世界第二位のチリでは、鉱山会社への増税につながる法案(実効税率を現在の40.3%から82%まで引き上げ)が議会に提出されるなど、政治的な動向による原料価格の上昇が懸念されています[*9]。

 

揚水式水力発電が抱える課題

二次電池のみならず、揚水式水力発電も課題を抱えています。例えば、揚水式水力発電は、電力需要の少ない夜間に下部調整池から上部調整池へ水を送り、電力需要の多い昼間に発電を行います。しかし電力需給バランスが厳しいなどの理由で夜間に上部調整池へ十分な水量を汲み上げられなった場合、上部調整池の水を使い切ってしまい、運転が停止して発電できなくなるおそれがあります[*10]。

また、設備コストや発電コストの面での課題もあります。現状では、蓄電池の設備コスト(総建設費/蓄電容量)は11円/Whであるのに対し、揚水式水力発電は15円/Whと割高であることが指摘されています(揚水発電の耐用年数を40年、蓄電池の耐用年数を10年と仮定した場合) [*11]。

発電コストについても、蓄電池は16.5 円/kWhであるのに対し、揚水式水力発電で22.6円/kWhと割高です。設備利用率を高めることでコストの軽減を図ることも可能とされていますが、有効活用されていないのが現状です。

さらに、揚水式水力発電設備を整備するためには、調整池を上下2箇所に設置する必要があるため、山間部のような高低差のある地域が必要です。そのため、後述する重力蓄電と比べると、設置場所に大きな制約があるという懸念があります[*12]。

 

近年注目を集める蓄電技術「重力蓄電」とは

二次電池や揚水式水力発電には、先述したようにそれぞれ課題があります。そこで、それらの課題を克服しうる新たな手段として、「重力蓄電」と呼ばれる技術が近年注目を集めています。

重力蓄電の仕組みのうち、電力を位置エネルギーとして貯蔵するという点では揚水式水力発電と同じです。しかしながら、揚水式水力発電と大きく異なるのは、位置エネルギーを得るのに、コンクリートブロックなどの重りを使うという点です[*13, *14], (図7, 図8)。

図7: クレーン型の重力蓄電
出典: Energy Vault「PHOTO GALLERY」
https://www.energyvault.com/photo-gallery?cat=EV1

図8: 重力蓄電で使用する重りの例
出典: Energy Vault「PHOTO GALLERY」
https://www.energyvault.com/photo-gallery?cat=EV1

まず、高さのある塔などを設置し、クレーンや発電機を設置します。次に、クレーンによって重りを上部に吊り上げることで位置エネルギーが蓄えられます。上部に吊り上げた重りを落下させ、発電機を回転させることで位置エネルギーが運動エネルギーとなり、電力が生成されます。

電気を使用しない時は、重りを上部に吊り上げておく(位置エネルギーを蓄えておく)ことができるため、効率的な蓄電が可能と言えます。

重力蓄電のメリット

二次電池や揚水式水力発電と比較して、重力蓄電には様々なメリットがあります。例えば、揚水式水力発電は発電所を建設するために高低差のある調整池を作れる場所が2つ必要になりますが、建設するのに適している土地は実際には多くありません。一方で、重力蓄電施設にはそのような制約はないため、広い範囲で設置可能です[*12]。

また、揚水式水力発電の多くは山間部を切り開いて建設するため、周辺の環境破壊につながるという懸念があります。一方で、重力蓄電施設は場所を選ばないため、周辺環境に悪影響を及ぼさない場所を選定して建設が可能です。

さらに、リチウムイオン電池は経年劣化するため定期的にバッテリーを交換する必要がありますが、重力蓄電はセメントなどの重りを使用するため、運用コストが低く抑えられます。実際、重力蓄電のリーディングカンパニーであるEnergy Vault社のCEOであるRobert Piconi氏によると、重力蓄電は同量のストレージ容量を有するバッテリー(蓄電池)と比較しても半分のコストに抑えられるとのことです。

 

実用化が進む重力蓄電

二次電池や揚水式水力発電と比べて様々なメリットがある重力蓄電。それでは具体的に、重力蓄電の開発・実用化の状況はどのようになっているのでしょうか。

例えば、スイスにあるEnergy Vault社は、ソフトバンクグループなど複数の投資会社の出資を受けて、再生可能エネルギーによる電力を24時間安定的に供給する手段として、重力蓄電の普及に取り組んでいます[*15], (図9)。

図9: 再エネ施設に併設された重力蓄電
出典: Business Wire「エナジー・ボールトがソフトバンク・ビジョン・ファンドから1億1000万ドルのシリーズB資金調達を完了」
https://www.businesswire.com/news/home/20190814005011/ja/

実際に、Energy Vault社は米DG Fuels社というグリーン燃料メーカーと契約を結び、将来的に重力蓄電の商用利用をスタートする予定です。

DG Fuels社は、大規模太陽光発電システムの平準化にEnergy Vault社の重力蓄電システムを使用するとしており、契約容量は計1.6GWh分。システム自体は大規模ですが、建設期間は約半年で、揚水式水力発電と比較しても短期間での建設が可能となっています。

また、スコットランドにあるGravitricity社も重力蓄電システムを開発しています。Gravitricity社は、クレーンによる重力蓄電システムとは異なり、深さ1kmの穴を利用して、500から5,000トンの重りを上下させることでエネルギーを出入力させています[*12], (図10)。

図10: Gravitricity社の重力蓄電システム
出典: IEEE Spectrum「Gravity Energy Storage Will Show Its Potential in 2021」
Gravity Energy Storage Will Show Its Potential in 2021 – IEEE Spectrum

Gravitricity社の重力蓄電システムは、1つの重りを使用することによって必要な電力を素早く短時間で出入力できるもので、2023年には本格的に稼働できるとのことです。

 

まとめ

このように、重力蓄電の普及に向けて、欧州を中心に実用化に向けた取り組みが積極的に進んでいます。日本ではまだ重力蓄電システムの建設等は進んでいないのが現状ですが、揚水式水力発電と比較して短期間で建設可能な重力蓄電は今後増えていくと予想されます。

今後は、再生可能エネルギーと併設した形での重力蓄電設置を支援するなど、官民一体となって推進することが、重力蓄電普及のカギとなるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
パナソニック株式会社「蓄電システムとは」
https://sumai.panasonic.jp/chikuden/about/

*2
資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語~『蓄電池』は次世代エネルギーシステムの鍵」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/chikudenchi.html

*3
株式会社矢野経済研究所「2030年の定置用蓄電池(ESS)世界出荷容量を101,662MWhと予測~既存発電設備の稼働中止や再エネ発電設備増加を背景に、電力需給安定化のための定置用蓄電池導入が更に加速化する見通し~」(2021)
https://www.dreamnews.jp/press/0000266257/

*4
資源エネルギー庁「再エネの安定化に役立つ『電力系統用蓄電池』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/keitoyochikudenchi.html

*5電池工業会「電池の種類」
https://www.baj.or.jp/battery/kind/type.html

*6
電気事業連合会「揚水式水力発電」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/hatsuden/water/yousuishiki/

*7
経済産業省「蓄電池産業の現状と課題について」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chikudenchi_sustainability/pdf/001_s01_00.pdf, p.9

*8
資源エネルギー庁「EV普及のカギをにぎるレアメタル」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ev_metal.html

*9
日本経済新聞「中南米、高まる資源ナショナリズム 外資に調達リスクも」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN220130S1A121C2000000/

*10
東内 正春「揚水式水力発電について」国際環境経済研究所(2022)
https://ieei.or.jp/2022/06/expl220630/?type=print

*11
科学技術振興機構低炭素社会戦略センター「日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト」(2019)
https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2018-pp-08.pdf, p.8, p.9

*12
IEEE Spectrum「Gravity Energy Storage Will Show Its Potential in 2021」(2021)
Gravity Energy Storage Will Show Its Potential in 2021 – IEEE Spectrum

*13
重力再生エネルギー研究所「重力蓄電システムの概容」(2021)
https://jsek.jp/post-2.html

*14
Energy Vault「PHOTO GALLERY」
https://www.energyvault.com/photo-gallery?cat=EV1

*15
日経XTECH「米国で近く始まる重力蓄電 500MWhシステムが半年で竣工?」(2021)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01855/00004/

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