台風発電とは? 開発の現状と、実現によるエネルギー市場への影響

強い風と激しい雨をもたらす台風は、洪水や家屋の倒壊など甚大な被害を引き起こし、ライフラインや、最悪の場合、人命に関わる事態に発展する可能性があります。

しかしながら、巨大なエネルギーを持つ台風は、自然由来のエネルギー源ととらえることもできます。

近年では、台風のエネルギーを利用する台風発電の技術開発が進みつつあります。あの膨大なエネルギーはどのようにして活用されるのでしょうか。さらに、台風発電が普及した場合、日本のエネルギー市場にはどのような影響を与えるのでしょうか。

 

国内外における台風の現状

熱帯の海上で発生する低気圧を「熱帯低気圧」と呼びますが、このうち北西太平洋または南シナ海に存在し、なおかつ低気圧域内の最大風速がおよそ17m/s以上のものを「台風」と呼びます[*1]。

その発生により、大雨、洪水、暴風、高波、高潮がもたらされるため、台風は川の氾濫や土砂崩れ、地滑りなどを引き起こし、私たちの生活や生命を脅かす自然災害です[*2]。

また、台風によって電気設備の浸水や電柱の倒壊から停電が発生するなど、電力供給を停止させることもあります。例えば、2019年9月に上陸した台風15号では、千葉県を中心に大規模な停電が発生し、復旧までおよそ280時間もの時間がかかりました。このように、大規模な台風によって多くの世帯への電力供給が滞ることがあります[*3], (図1)。

図1: 台風被害における停電戸数の推移
出典: 資源エネルギー庁「『台風』と『電力』~長期停電から考える電力のレジリエンス」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/typhoon.html

鉄塔や電柱の倒壊のみならず、発電施設自体が被害を受けることもあります。例えば、2003年に発生した台風14号によって、沖縄電力株式会社が宮古島に保有する6基の風力発電設備が倒壊や損傷などの被害を受けました[*4]。

また、太陽光発電設備が被害を受けることもあります。例えば、2019年に発生した台風19号では、群馬県や福島県、宮城県など広範囲の太陽電池発電設備で浸水や土砂崩れ、強風による損壊など様々な被害をもたらしました[*5]。

このように、台風は土砂災害や水害など大きな被害をもたらすとともに、安定的な電力供給を阻害する要因となっています。

 

台風のエネルギーのポテンシャル

以上のように、ネガティブな側面がフォーカスされがちな台風ですが、一方で近年では、台風のエネルギーを活用して、電気を生み出す台風発電開発の動きが加速しています。

実は、台風のエネルギーは膨大で、勢力の強い台風だと日本で消費されるエネルギーのなんと約8年分に相当するとされています[*6]。

また、国土交通省中部地方整備局によると、1976年に発生した台風17号のエネルギーは、2012年の日本の総発電量9408億kWhの53倍に匹敵すると試算されています[*7]。

台風発電技術の研究・開発に向けた動き

巨大な台風のエネルギーを活用できれば、CO2を多く排出する化石燃料由来のエネルギーに代わって電力を賄うことができ、地球温暖化の解決に貢献する可能性があります。

例えば、内閣府が発案した「ムーンショット型研究開発制度」では、人々の幸福の実現を目指す計画として、台風の制御に関する研究の推進(目標8)を盛り込んでいます[*8], (図2)。

図2: ムーンショット型研究開発制度における各目標
出典: 内閣府「ムーンショット型研究開発制度」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html

現在、台風やゲリラ豪雨による被害の軽減に向けた様々な研究が開始されていますが、プロジェクトの一つとして「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」という台風エネルギーの活用に向けた取り組みも注目を集めています[*9]。

横浜国立大学の筆保弘徳教授が中心となって行う同研究では、無人帆船によって台風の勢いを弱めるとともに、航行しながら海中プロペラで発電を行う台風発電技術の開発が進められています[*10]。

研究・開発によって将来的には、台風の横風を帆で受けて台風の移動速度と同一速度で帆船を航行させ、海中のスクリュープロペラを回すことによって発電ができるようになるとしています。また、年間20個の台風をそれぞれ5日間追走できたと仮定した場合、発電量は1艇当たり33億kWhになるとしています。日本の年間の総発電量は約1兆kWhのため、帆船を使った台風発電には大きなポテンシャルがあると言えます[*11, *12], (図3)。

図3: 帆船による台風発電のイメージ
出典: 筆保弘徳「未来につなげ タイフーンショット計画~2050年までに台風の『脅威』を『恵み』に!~」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/Fudeyasu-v9b.pdf, p.37

帆船による台風発電の実証実験は開始したばかりのため、まだ部分的な実証段階にあります。今後は無人帆船の自立運航やオペレーションの最適化を図るとともに、発電エネルギーをいかにして陸域まで送るかの検討が必要となっています[*11]。

 

民間企業による台風発電の研究・開発

無人帆船による台風発電の研究は、大学機関が中心となって行っていますが、一方で民間企業による開発も進んでいます。

例えば、2014年に創業した株式会社チャレナジーは、一般的に普及している水平軸プロペラ式の風力発電機と異なる「垂直軸型マグナス式風力発電機」を開発し、激しい台風のような環境下でも、故障・事故に陥らず、安定して電力を供給できる発電機の実証実験に取り組んでいます[*13, *14], (図4)。

図4: 垂直軸型マグナス式風力発電機
出典: 環境省「次世代型風力発電機を活用したマイクログリッドシステム導入による適応策への貢献」
http://copjapan.env.go.jp/cop/cop25/exhibition/detail_e01.html

2016年8月から沖縄県南城市にて実証実験を開始し、2017年10月の台風直撃時にも発電が可能なことが実証されました。

実証実験で使われた発電機は1kW試験機でしたが、実用化に向けて出力が10kWの発電機の開発も進めています。既に沖縄県石垣市やフィリピンで稼働を開始しており、将来的には年間販売台数を100台から200台にすることを目指しています[*15]。

1台当たりの電力供給量は、フィリピンの一般的な家庭30世帯の電力を賄うことができます。製造コストも一般的な風車の2倍程度かかるという課題がありますが、フィリピンのように多数の島からなる島国で、電力インフラが十分に整備されていない離島では需要が見込まれるため、同社は風車の大型化を進めていくとしています。

 

今後の展望と課題

台風発電は、台風というこれまでネガティブにとらえられてきたものを、エネルギーとして活用するための新たな取り組みです。

2050年の国内消費電力は年間1.3~1.5兆kWhになると予測されており、そのうちの50~60%が再生可能エネルギーになる見込みですが、台風発電の実現によって、日本のエネルギー市場も変化すると予想されます。

エネルギー単価として、中長期の風力発電コスト目標として置かれている8~9円/kWhを採用すると、2050年の台風発電の市場規模は4.7兆円と見込まれます。また仮の試算ではありますが、電力を全て再生可能エネルギーで賄うとして、その65%を台風発電から供給した場合には、8.8兆円の市場規模になると試算されています。

株式会社チャレナジーの取り組みのように既に実用段階の技術もありますが、その規模は小さく、更なる普及に向けては、大型化や新たな発電方法の研究・開発が必要です。また、ムーンショット計画において進められている台風発電は、台風の進路が高い制度で予測できないと効率的な発電ができないため、周辺技術として台風の高精度予測システムの開発も求められます[*11]。衛星、無人観測機、高性能スーパーコンピュータの開発・製造・運用も必要になるため、これらに関連した産業が発展する可能性もあるでしょう。

台風発電船に関しては、蓄電システムの開発や、無人・遠隔での台風発電船オペレーション手法などの技術も開発の余地があります。

年間十数個にも及ぶ台風が接近・上陸する日本で、その脅威が資源として活用される日も遠くないのかもしれません。

 

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参照・引用を見る

*1
気象庁「台風とは」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-1.html

*2
内閣官房内閣広報室「大雨・台風では、どのような災害が起こるのか」
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/bousai/taifu_ooame.html

*3
資源エネルギー庁「『台風』と『電力』~長期停電から考える電力のレジリエンス」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/typhoon.html

*4
沖縄電力株式会社「台風14号による風力発電設備の倒壊等事故調査報告について(概要)」(2004)
https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/oshirase/2004/files/161125-1.pdf, p.1

*5
経済産業省「令和元年台風19号における太陽電池発電設備の被害状況一覧」(2019)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/newenergy_hatsuden_wg/pdf/019_s03_01.pdf, p.1

*6
テレ朝NEWS「台風制御し電力へ“タイフーンショット”が描く未来」(2021)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000232090.html

*7
スマートジャパン「台風と地震、どちらのエネルギーが大きい?」(2013)
https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1308/30/news126_2.html

*8
内閣府「ムーンショット型研究開発制度」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html

*9
内閣府「ムーンショット目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub8.html

*10
筆保弘徳「台風研究最前線」第18回天気予報研究会(2016)
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/education/lec/20210220/fudeyasu.pdf, p.19

*11
タイフーンショット「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/DOWNLOAD/typhoon/IR-TS.pdf, p.3, p.11, p.12, p.13, p.15, p.16, p.30

*12
筆保弘徳「未来につなげ タイフーンショット計画~2050年までに台風の『脅威』を『恵み』に!~」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/Fudeyasu-v9b.pdf, p.37

*13
新エネルギー・産業技術総合開発機構「垂直軸型マグナス式風力発電機」
https://www.nedo.go.jp/content/100877329.pdf

*14
環境省「次世代型風力発電機を活用したマイクログリッドシステム導入による適応策への貢献」
http://copjapan.env.go.jp/cop/cop25/exhibition/detail_e01.html

*15
日本経済新聞「『台風発電』フィリピンで稼働 チャレナジー」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2513X0V20C21A8000000/?unlock=1

 

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