近年、各メディアで電力需給がひっ迫していると報道されることが多くなりました。
なぜ電力需給のひっ迫が盛んに取り上げられているかというと、電気の需要と供給のバランスが崩れてしまうと、大規模停電が起こる可能性があるためです。
2022年3月に政府から初めて「電力需給ひっ迫警報」が出されたときには、企業や公官庁、一般家庭の節電協力によって、幸いにも大規模停電に至ることはありませんでした。
しかし、電力需給のひっ迫以外の要因でも大規模停電が起こる可能性はあり、実際、日本では何度か大規模停電が発生しています。
今回は、国内外の大規模停電の事例を紹介し、その原因や対策を解説します。
日本で起こった大規模停電
1882年(明治15年)に東京・銀座に日本初の電灯が灯されて以降、電気は国内で急速に普及し、今や私達の生活になくてはならない重要な社会インフラです[*1]。
普段は安定的に供給されている電気ですが、これまで何度か大規模停電に陥ったことがあります。
以下ではいくつかの事例を紹介します。
北海道胆振東部地震によるブラックアウト
発生年月日
2018年9月6日[*2]
原因
北海道胆振地方中東部で発生したマグニチュード6.7の地震
北海道胆振東部で発生したマグニチュード6.7・最大震度7の地震の発生により、火力発電所、風力発電所、水力発電所が次々と停止しました。電気の供給力が段階的に失われていき、最終的には電力の需給バランスが崩壊し、地震発生から17分後に大規模停電が発生しました[*2]。
停電範囲
北海道全域・最大約295万戸[*2]
復旧までにかかった時間
発生後から約2日で99%が復旧しました。
西日本豪雨や同年に発生した台風などが原因で発生した停電と比較すると、かなりスムーズに停電が解消しています(図1)。
しかしながら、民間企業の工場や事務所が稼働を再開すると電力の需要が大きくなるため、北海道内全域の家庭・業務・産業の各部門に対して、大規模停電発生から13日後まで節電要請が出されました[*2]。
図1: 北海道地震における停電戸数の推移
出典: 資源エネルギー庁「日本初の“ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/blackout.html
対策
大規模停電後に実施された検証委員会では、北海道の発電設備や大規模停電発生時の対応に不適切な点はなかったと評価されています。
各発電所は試運転を経て、通常運転を再開しました。
また、政府は電力会社に発電所のインフラ設備について、安全性の総点検を実施するよう指示を出しています[*1]。
未曽有の事態・東日本大震災による大規模停電
発生年月日
2011年3月11日[*3]
原因
三陸沖で発生したマグニチュード9.0の地震[*3]
東日本大震災は国内観測史上最大規模の地震であり、電気以外にも水道、ガス、通信などの様々なインフラに被害をもたらしました。
東北電力管内では、地震と津波により送電設備・変電設備が崩壊し、太平洋側の多くの発電所も停止したため、大規模停電が発生しました[*3, *4]。
さらに、2011年4月7日には宮城県沖でマグニチュード7.1の余震が発生し、宮城変電所で送電線がショートしたため青森県、岩手県、秋田県、 宮城県、山形県、福島県で広域停電が発生しています[*3]。
東京電力管内でも、福島第一原子力発電所が地震と津波の影響で停止しています[*5]。
通常、電力が不足した場合は、他の発電所から電力を融通してもらいます。
しかし、この時余力があった発電所は、周波数60Hz地域の中部及び西日本でした。50Hz地域の東北電力、東京電力に電力を融通するためには周波数変換装置が必要となりますが、その変換装置の設備容量が足りず十分な電力供給ができない状況でした[*3,*4]。
停電範囲
東北電力管内・最大約450万戸、東京電力管内・最大約405万戸[*6]
復旧までにかかった時間
東北電力管内では、発生後から26日で新潟県、山形県、秋田県、青森県において電力の復旧が完了しました。
しかしながら、余震の影響で再び広範囲にわたり停電が発生し、本震である3月11日から69日が経っても約12万戸が停電したままでした(図2)。
東京電力管内では、3月11日の地震発生以降、翌日に東京都、神奈川県、群馬県、山梨県、静岡県が復旧を完了し、2日後には埼玉県、4日後に栃木県、千葉県が復旧完了しました。
最終的には、地震発生から8日で茨城県の普及が完了し、完全復旧しています(図3)。
図2: 東日本大震災における停電戸数の推移(東北電力管内)
出典: 内閣府 防災情報のページ「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第1回会合 被害に関するデータ等」
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/1/pdf/sub2.pdf, p.1
図3: 東日本大震災における停電戸数の推移(東京電力管内)
出典: 内閣府 防災情報のページ「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第1回会合 被害に関するデータ等」
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/1/pdf/sub2.pdf, p.2
対策
東北電力は、東日本大震災の発生を受けて災害対策マニュアルの見直しを行いました。
また、地震対策として電力設備の耐震性の向上、予備品の配置、軽量で衝撃に強い新しい素材を採用しています[*3]。
さらに、津波対策として電力設備の嵩上げ、室内機器の浸水・冠水対策、ガレキや車などの漂着物から変電所を守る擁壁の設置、移動可能な災害対策用通信設備の整備が行われました。
また、人的被害防止のために、避難場所の確保も行われています[*3, *7]。
世界で起こった大規模停電
強烈な寒波襲来によるテキサス州大停電
発生年月日
2021年02月19日[*8]
原因
寒波による発電設備の凍結とガスパイプラインによるガス供給の不調[*9]
2つの要因が重なっており、まず1つ目が2021年2月14日の週から襲来していた寒波の影響です。
テキサス州には全米一の導入量を持つ風力発電設備がありましたが、寒波で設備が凍り付き発電量が落ちてしまいました。
2つ目は、火力発電所が停止したことです。
パイプラインにガスを供給するための設備が計画停電の対象設備に含まれていたため、ガス供給が滞り、火力発電が稼働できませんでした[*9], (図4)。
図4: 停止した発電機の容量とその停止理由
出典: 電気新聞ゼミナール「大寒波襲来によるテキサス州大停電の回避策は何か?」(2021)
https://criepi.denken.or.jp/press/journal/denkizemi/2021/210519.html
停電範囲
テキサス州・最大400万戸以上[*8]
復旧までにかかった時間
大停電発生から2日後の時点では、停電戸数が3万1,600戸までに減少しました[*10]。
対策
寒波による被害を踏まえて、テキサス州が法律やガイドラインを制定し、電気事業者には冬季対策を求めています。
具体的には、重要な設備やシステムに対して寒冷気象に備えた検査や修理等の実施を推奨、テキサス電力信頼度協議会管内の発電・送電事業者への耐候化の要求が行われました。
また、2021年6月に成立した発電事業者に冬季対策の実施を要求する法案によって気象災害対策を実施させることも決まっています[*11]。
さらに、テキサス州の大規模停電はアメリカ全土に影響を与えています。2023年4月に北米電力信頼度協会から全米の発電設備の設置者に対して、寒冷気象対策計画の作成と実施を求める基準が発行される予定です[*11]。
帰宅ラッシュを襲ったロンドン大停電
発生年月日
2019年8月9日[*3]
原因
送電線への落雷事故による電源消失に起因する、バックアップ電源の容量超過
送電線へ雷が落ちたことで停電が発生し、大容量電源と分散型電源が失われ、バックアップ用の電源の容量を超過したことで周波数のバランスが崩れ、大規模停電につながりました[*3]。
停電範囲
西部ウェールズ全50万戸
北部11万戸
北西部2万6,000戸
南東部30万戸[*12]
復旧までにかかった時間
2019年8月9日午後5時すぎに停電が発生しましたが、午後6時半には復旧しています。
しかし、帰宅ラッシュの時間帯に停電が起こったため、その影響は深夜まで続きました[*12], (図5)。
図5: キングス・クロス駅で運行再開を待つ人たち
出典: BCC NEWS「英イングランドとウェールズで大規模停電 100万人近くに影響」(2019)
https://www.bbc.com/japanese/49302911
対策
この大規模停電の最終報告書には、以下のような対策が盛り込まれています[*3]。
- 発電機の送電網接続を見直し改善する、分散型電源の配電条件を守ることを徹底するなど、電源が喪失した場合の対策を行う。
- 事故傷害の種類、レベル、電源周波数の範囲などが定められている電力の品質維持に関する規制を考慮したバックアップ電源へ見直す。
- 必要不可欠なサービスを考慮して送電網を遮断する。
大規模停電を防ぐために
日本国内の系統事故の発生原因は、災害や設備事故など色々とありますが、全てが停電を引き起こすわけではありません[*3]。
大規模停電を引き起こす災害は、大型台風や大地震などです。
これらの災害で設備の破損をゼロにすることは不可能に近く、災害を想定した電力ネットワークの構成と設備の復旧方法などが検討されています[*3]。
電力ネットワークの構成は各国で異なっており、日本はくし形、欧州はメッシュ型の送電網になっています(図6)。
図6: 欧州と日本の電力ネットワークの違い
出典: 電気事業連合会「Enelog vol28」(2018)
https://www.fepc.or.jp/enelog/common/pdf/vol_28.pdf, p.4
くし形の場合は、1つの系統で事故が発生した場合、連係線を遮断すれば系統全体への影響を防ぐことができます[*3]。
しかし、離れたエリア間で大容量の電気を融通することが難しいというデメリットもあります[*13]。
電力ネットワークの構成は時代によっても変化しており、日本では2021年から「ノンファーム型接続」の受付が開始されました。「ノンファーム型接続」は送電線などの送変電設備の空いている容量を活用し、新しい電源をつなぐ方法です。この仕組みによって、系統の空容量が不足している地域においても、一定の制限下で、新たな再エネ発電の系統接続が可能となります[*14]。
近年は気候変動の影響により自然災害の発生件数が増加傾向にあります[*15]。災害の激甚化も指摘されており[*16]、大規模停電のリスクも高まっています。
また、カーボンニュートラル実現に向けて再生可能エネルギーの普及が進む反面、現在の送電設備では送電できる容量に制約があり、需給調整に課題を抱えたままです[*13]。
大規模停電を防ぐためには、時代に合わせたシステムや法整備、街づくりなど多方面で対策が必要となるでしょう。
参照・引用を見る
*1
電気事業連合会「日本の電気事業と社会」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/rekishi/
*2
資源エネルギー庁「日本初の“ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/blackout.html
*3
大規模停電の記録編集委員会「大規模停電の記録 電力系統の安全とレジリエンス」オーム社, p.15, p.16, p.42, p.71, p.72, p.250, p.263, p.264
*4
資源エネルギー庁「第2節 東京電力福島第一原子力発電所事故及びその前後から顕在化してきた課題」(2013)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2014html/1-1-2.html
*5
NHK「東電福島第一原発事故とは <事故の概要>」(2021)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/nuclear-power-plant_fukushima/feature/article/article_08.html
*6
内閣府 防災情報のページ「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第1回会合 被害に関するデータ等」
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/1/pdf/sub2.pdf, p.1, p.2
*7
総務省「ICTによる行政・防災の推進」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei//whitepaper/ja/r03/pdf/n5900000.pdf, p.447
*8
日本経済新聞「米寒波で大規模停電、テキサス州など400万世帯に影響」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16EEG0W1A210C2000000/
*9
電気新聞ゼミナール「大寒波襲来によるテキサス州大停電の回避策は何か?」(2021)
https://criepi.denken.or.jp/press/journal/denkizemi/2021/210519.html
*10
NPO法人 国際環境経済研究所「何がテキサス州を停電させたのか」(2021)
https://ieei.or.jp/2021/02/yamamoto-blog210222/
*11
経済産業省「米国で発生した寒波と熱波に関する調査報告」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/denki_setsubi/pdf/014_04_00.pdf, p.6
*12
BCC NEWS「英イングランドとウェールズで大規模停電 100万人近くに影響」(2019)
https://www.bbc.com/japanese/49302911
*13
資源エネルギー庁「再エネの大量導入に向けて ~『系統制約』問題と対策」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/saiene/keitouseiyaku.html
*14
経済産業省「電力ネットワークの次世代化について」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/043_04_00.pdf, p.6
*15
中小企業庁「我が国における自然災害の発生状況」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/2019/html/b3_2_1_2.html
*16
国土交通省「国土交通白書2022」(2022)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r03/hakusho/r04/html/nj010000.html