製鉄の燃料に欠かせないコークス。石炭から作られ、現代の製造業にはなくてはならない存在です。
しかしながら、コークスは燃焼に伴うCO2発生量が大きく、環境負荷が大きいことが問題とされています。また、日本は石炭の大部分を海外からの輸入でまかなっているため、安定供給の面で課題があります。
そのような中、近年では石炭を原料としない「バイオコークス」と呼ばれる新たな代替燃料が注目を集めています。それでは、バイオコークスとはどのようなエネルギーなのでしょうか。また、国内での導入事例や、更なる普及に向けてはどのような課題があるのでしょうか。
コークスとは?
コークスとは、粉砕した石炭を1200℃のコークス炉内で18~22時間蒸し焼きにして抽出した炭素の塊を言います[*1]。
高い発熱量と強度を持つコークスは、製鉄に不可欠な燃料のほか、ガラスの原料や、銅、亜鉛、ステンレスなどの非鉄精錬の材料として使われており、用途に応じて様々な種類があります[*2], (図1)。
図1: コークスの種類
出典: 日本コークス工業株式会社「コークスとは」
https://www.n-coke.com/recruit/business/coke/about/
コークスの原料となる石炭
石炭は、用途別に分類すると主に火力発電の燃料に用いられる「一般炭」と、コークスの原料となる「原料炭」に分けられます[*3]。
日本で消費される原料炭の大部分は海外から来ており、主にオーストラリアやインドネシア、アメリカから輸入されています[*4], (図2)。
図2: 原料炭のコールフロー(2020年)
出典: 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「石油価格動向」
https://coal.jogmec.go.jp/content/300379418.pdf, p.5
また、世界の石炭消費量の産業別比率を見ると、全体の2割近くが鉄鋼やコークスとして消費されており、世界全体のコークス需要は高いことが分かります[*4], (図3)。
図3: 世界の石炭消費量の産業別比率(2019年)
出典: 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「石油価格動向」
https://coal.jogmec.go.jp/content/300379418.pdf, p.2
コークスが抱える課題
様々な産業を支えているコークスですが、環境への影響や、原料である石炭の安定供給など問題も抱えています。
例えば、燃料別の発熱量あたりのCO2排出量を見ると、ガソリンが0.0671 tCO2/GJ、液化天然ガス(LNG)が0.0495 tCO2/GJに対して、コークスは0.1078 tCO2/GJと、他の燃料と比べて単位あたりのCO2排出量が高いというデメリットがあります[*5]。
また、先に述べたように、日本は消費する石炭の大部分を海外からの輸入に依存しているため、その供給が海外の情勢に左右されやすく、安定的な資源確保に課題があります[*6]。
例えば、日本の石炭総輸入量の15.9%を占める輸入先国インドネシアは、2022年1月に、同国の石炭火力発電所への供給量を確保することを目的に、1月中の石炭輸出を禁止する旨を発表しました。また、石油掘削会社に生産の一部を国内販売することを義務付ける新規制を導入するなど、石油など資源に対する国家管理を強化し、自国の主導権の下で開発・生産を行おうとする資源ナショナリズム的な動きが顕著です [*7, *8]。
このように、コークスへの過度な依存は環境への悪影響につながるだけでなく、輸入先国の動向によって供給量が減少するなど経済活動に大きな影響を及ぼしかねません。
バイオコークスとは
そこで近年、石炭の代替として、バイオマスを使った次世代エネルギー「バイオコークス」の実用化に向けた研究・開発が進んでいます。
バイオコークスとは、植物性バイオマスを原料とした固形燃料です。刈草や剪定枝といった草本系から、お茶かすやコーヒーかすといった食品廃棄物まで、光合成に起因する全ての有機資源を原料として利用できます[*9], (図4)。
図4: バイオコークスの特徴
出典: 築山建材株式会社・学校法人近畿大学「バイオコークス化による未利用バイオマスの有効利用技術の開発」
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/jigyoka/files/End_issue_01_h29.pdf, p.4
バイオコークスは、石炭由来のコークスと同様に、ごみ焼却や製鉄、さらには発電の燃料にも利用することができます。
製造工程は至ってシンプルで、まずバイオマスを充填し、それらを圧縮した後、180℃程度の温度で加熱・圧縮し、冷却すれば完成です[*9], (図5)。
図5: バイオコークスの製造工程
出典: 築山建材株式会社・学校法人近畿大学「バイオコークス化による未利用バイオマスの有効利用技術の開発」
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/jigyoka/files/End_issue_01_h29.pdf, p.6
バイオコークスのメリット
バイオコークスは、バイオマスを原料として使う特性上、様々なメリットがあります。
- 石炭と違って原料が枯渇しない
1つ目のメリットとしては、バイオコークスは石炭由来のコークスと異なり、原料が枯渇しないという点が挙げられます[*10], (図6)。
図6: コークスとバイオコークスができるまで
出典: 近畿大学「再生可能エネルギー『バイオコークス』って何がすごいの? 焼き芋しながら聞いてみた」
https://kindaipicks.com/article/002143
コークスの原料である石炭が自然界で生まれるまでには、約1000万年から3000万年の多大な時間を要します。 一方で、石炭は火力発電を稼働する燃料として世界的に大量消費されており、世界の石炭可採年数(=確認可採埋蔵量/年間生産量)は2020年末時点で139年と、枯渇する可能性も示唆されています[*11]。
バイオコークスの原料は前述の通り、植物由来の有機資源であるため、身近な原料を用いて、わずか40分程度で製造することが可能です。
原料の安定供給の確保の面で、大きなメリットがあると言えるでしょう。
- 環境に良い
2点目のメリットとしては、従来のコークスに比べて環境に良い点が挙げられます。
バイオコークスは食品系廃棄物や農業系廃棄物を原料にリサイクルできるため、ごみ削減に貢献します[*10], (図7)。
図7: バイオコークスの利活用による循環システム
出典: 近畿大学「再生可能エネルギー『バイオコークス』って何がすごいの? 焼き芋しながら聞いてみた」
https://kindaipicks.com/article/002143
また、バイオマス原料1kgに対してバイオコークスを1kg作ることができるため、生産効率も非常に高いエネルギーです。植物バイオマス原料を用いたバイオコークスを使うことで、製鉄所など消費地でのCO2排出量が、原料となる植物資源のCO2吸収量と差し引きゼロとなるため、カーボンニュートラルなエネルギーとも言えます[*10]。
さらに、石炭由来のコークスを代替することで、CO2排出量を直接的に減らすことも可能です。例えば、石炭コークス100tのうち、20tをバイオコークスに代替したとすると、CO2排出量は300tから240tまで削減できるとされます。このように、現在消費しているコークス全てとまではいかないまでも、いくらかを国内で生産したバイオコークスに代替することで、気候変動問題の解決に貢献できると言えます[*12]。
バイオコークス普及に向けた取り組み
このように様々なメリットがあるバイオコークスは、実用化に向けて様々な取り組みが既に各地で行われています。
例えば、大阪府森林組合は、高槻市に年間1,800tの生産能力を備えたバイオコークス加工場を設立し、2011年6月から稼働を開始しています。同加工場で間伐材を使って生産されるバイオコークスは、株式会社トヨタ自動織機の知多工場へ供給され、鋳造炉の燃料として利用されています[*13]。
原料に間伐材を使うことで、CO2の削減等だけでなく、林業の活性化につながるという効果も期待されています。
木材の他には、通常廃棄される「そば殻」を原料としたバイオコークスの実用化に向けた取り組みが、新潟県十日町市内の企業と近畿大学によって稼働しています[*14]。
当試みでは、十日町市に所在する株式会社小嶋屋総本山で発生していた年間約40tのそば殻を利用し、1日当たり100~200kgのバイオコークス製造を行っています。製造されたバイオコークスは、別企業の養殖ふぐ事業の温水用ボイラーの燃料として使用されており、地域内で循環したシステムが構築されています。
さらに、製造工程では市内の障がい者就労支援施設に所属する障がい者が従事しており、地元の障がい者の施設外就労の機会を提供するなど地域の雇用を創出しています。
このように、地域内で循環するバイオコークスの取り組みは、環境に良いだけでなく、地域経済の活性化など多くのメリットがあると言えるでしょう。
バイオコークスの更なる普及に向けて
メリットが多いバイオコークスですが、更なる普及に向けて課題もあります。バイオコークスは、廃材や食品廃棄物など様々な原料から生産が可能ですが、原料によって製造条件・効率が変わるため、バイオコークス化に適した原料をいかにして選定し、調達できるかがカギとなります[*9]。
また、バイオコークス化するためには、水分率約10%程度にまで原料を乾燥させる必要がありますが、乾燥に必要な設備や操業のための経費が事業性を圧迫することも懸念されています。
日本は、大部分のコークスを海外からの輸入に依存しています。それら全てを国産のバイオコークスに代替できれば大きな温室効果ガス削減が見込めます。しかし、全てバイオコークスに切り替えようとすると、原料となるバイオマスを年間30万t集める必要がありますが、日本は温帯地域でバイオマスが少ないため、現状では国内でコークス需要をまかなえる量のバイオマスを集めることはほぼ不可能とされています[*10]。
そのため、当座はコークスの一部をバイオコークスに移行させつつ、将来的に供給量を増やすために、どのように原料を確保するかが課題となります。
環境負荷の軽減のみならず、地域産業の活性化や地域にある資源の活用など様々な可能性のあるバイオコークス。今後は、地産地消のエネルギーとして、林業や農業、製造業や電気業など様々な業種が、国や地方自治と連携して取り組むことが実用化に向けたカギとなるでしょう[*9]。
参照・引用を見る
*1
新日鐵住金株式会社「製鉄業における石炭利用」
http://www.jcoal.or.jp/coaldb/shiryo/material/10_kanehashi.pdf, p.20
*2
日本コークス工業株式会社「コークスとは」
https://www.n-coke.com/recruit/business/coke/about/
*3
日本貿易振興機構 アジア経済研究所「新興国・途上国のいまを知る 第3回 石炭大国・中国のいま」
https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2018/ISQ201820_031.html
*4
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「石油価格動向」
https://coal.jogmec.go.jp/content/300379418.pdf, p.2, p.5
*5
日本LPガス協会「燃料の発熱量 CO2排出係数の一覧表」
http://202.231.212.39/nenten/data/co2_list.pdf
*6
資源エネルギー庁「日本のエネルギー2021年度版『エネルギーの今を知る10の質問』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2021/001/
*7
REUTERS「インドネシア、新たな石炭規制導入 国内供給拡大狙う」
https://jp.reuters.com/article/indonesia-coal-idJPKBN2K0019
*8
財団法人 日本エネルギー経済研究所「再び台頭する資源ナショナリズム」
https://eneken.ieej.or.jp/data/pdf/1356.pdf, p.5
*9
築山建材株式会社・学校法人近畿大学「バイオコークス化による未利用バイオマスの有効利用技術の開発」
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/jigyoka/files/End_issue_01_h29.pdf, p.3, p.4, p.6, p.18, p.19, p.22
*10
近畿大学「再生可能エネルギー『バイオコークス』って何がすごいの? 焼き芋しながら聞いてみた」
https://kindaipicks.com/article/002143
*11
一般社団法人 日本原子力文化財団「【1-1-6】 世界のエネルギー資源確認埋蔵量」
https://www.ene100.jp/zumen/1-1-6
*12
近畿大学「バイオコークスの特徴」
https://www.kindai.ac.jp/bio-coke/about/
*13
株式会社三井住友フィナンシャルグループ「~バイオマス特集(第二部)~ バイオマス利用と持続可能な社会」
https://www.smfg.co.jp/sustainability/report/topics/detail104.html
*14
近畿大学「そば殻を活用したバイオコークスの実用化の取組について 近畿大学バイオコークス研究所」
https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2015/06/007453.html