近年、国内外で脱炭素化に向けた取り組みが加速しています。特に、電力部門においては、太陽光や風力など再生可能エネルギーの発電割合を増やす制度や施策が推進されるなど、石油やガスなどの化石燃料からのシフトが進んでいます。
しかし一方で、電力の安定供給や、ガソリンやガスなど日常生活を営むために必要な化石燃料のニーズは依然として高く、すぐに全てを再エネ等にシフトすることは現実的ではありません。そのため、石油やガスの生産・供給自体の脱炭素化が企業に求められています。
それでは、石油・ガス企業では、脱炭素化に向けてどのような取り組みが行われているのでしょうか。詳しくご説明します。
石油・天然ガスとは
石油、天然ガスは、化石燃料と呼ばれるエネルギー資源であり、液体のものを石油、気体のものを天然ガスと呼んでいます[*1]。
石油は、原料となる原油を加熱した時の沸点の違いによって密度や不純物の量が異なり、その用途も変わってきます。例えば、原油の密度が大きいガソリンや軽油は、主に自動車や機械向けの動力用燃料として使われます。一方で、密度が小さい石油製品は、主に大型機械や船舶、航空機などの動力燃料や発電燃料などで使われています。
天然ガスは、主に都市ガスとして一般家庭へ供給されるとともに、設備向けの産業用や発電燃料として使われています。
石油・天然ガス利用による環境負荷
石油や天然ガスなどの化石燃料は、一般的にCO2排出量が大きいとされています。例えば、発電技術とのライフサイクル(原料調達から廃棄までの一連の流れ)全体のCO2排出量を比較すると、太陽光や風力、原子力など発電時にCO2を排出しない再エネなどの発電技術と比べて、石油や天然ガス(LNG)による火力発電はCO2排出量が大きくなっています[*2], (図1)。
図1: 各種発電技術のライフサイクルCO2排出量
出典: 資源エネルギー庁「『CO2排出量』を考える上でおさえておきたい2つの視点」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/lifecycle_co2.html
また、石油から作られるガソリンなどの燃料は、前述したように自動車や航空機などの動力源として運輸部門で多く活用されていますが、部門別のCO2排出量を見ると、運輸部門におけるCO2排出量は17.7%(1億8,500万t)を占めています[*3], (図2)。
図2: 運輸部門における二酸化炭素排出量(2020年度)
出典: 国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
運輸部門の中でも、特に自家用乗用車からのCO2排出量が多いため、自動車におけるCO2排出量削減が重要と言えます。
脱炭素化に向けた国内外の動き
石油や天然ガスなど化石燃料の過度な使用は環境負荷の増大につながります。そこで国内外では、再エネの積極的な導入や電気自動車の推進など、化石燃料の過度な依存からの脱却を進めています。
海外の動向
世界全体の発電電力量は年々増加しており、電力需要の増加に伴い石油や天然ガス供給量は増加しています。しかしながら、脱炭素化に向けて、クリーンなエネルギーである再エネ由来の発電量も増えており、1985年には2,059TWhであった再エネ発電電力量は、2021年には7,931TWhにまで増加しています[*4], (図3)。
図3: 世界全体の発電電力量の推移
出典: 公益財団法人 自然エネルギー財団法人「統計|国際エネルギー」
https://www.renewable-ei.org/statistics/international/
また、2021年の世界全体の電源構成を見ると、27.9%が再エネ由来の電源となっています。
さらに、運輸部門での脱炭素化を推進するため、2030年代半ばまでに新車販売からガソリン車をなくすことを目指す国も増えています[*5]。
例えば、イギリスは2030年までにガソリン車・ディーゼル車の新車販売を禁止するとしています。また、中国は専門家団体の工程表によると、2035年をめどに全ての新車を電気自動車・ハイブリッド車にするとしています。さらに、アメリカのカリフォルニア州ではガソリン車・ディーゼル車、カナダのケベック州ではガソリン車の新車販売を2035年までの禁止を打ち出すなど、世界の国や地域で「脱ガソリン車」への動きが加速しています。
国内の動向
国内においても、脱炭素化に向けて様々な取り組みが行われています。例えば、2012年から再エネ設備から発電された電気をあらかじめ決められた価格で買い取るよう電力会社に義務付けたFIT制度(固定価格買取制度)が開始し、2022年4月からはFIT制度に代わってFIP制度が導入されるなど、再エネ導入拡大に向けた施策が積極的に行われています[*6]。
その結果、国際エネルギー機関の分析によると、2018年度実績で再エネ導入容量は世界第6位、太陽光発電の導入容量は世界第3位と、日本の再エネ導入量は急増しています。また、発電電力量の構成についても2011年度には水力発電を含めた再エネ比率が10.4%であったのに対し、2019年度には18.1%にまで増加しています[*7], (図4)。
図4: 日本における再エネ導入状況
出典: 資源エネルギー庁新エネルギー課「2030年に向けた今後の再エネ政策」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/community/dl/05_01.pdf. p.5
化石燃料の一種である石炭の割合は増加していますが、石油等は14.5%から6.6%まで減少、天然ガスは37.7%から37.1%まで減少するなど、石炭や天然ガスに依存し過ぎないようなエネルギー政策が推進されています。
また、自動車についても2030年には2017年時点で36.7%であった次世代自動車(ハイブリッド車や電気自動車など)の普及割合を50~70%にまで引き上げることを目標とするなど、政府は脱化石エネルギーを目指した方針を打ち出しています[*8], (表1)。
表1: 次世代自動車の普及目標と現状
出典: 国土交通省・経済産業省「EV/PHV普及の現状について」
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf, p.1
脱炭素化に向けた課題と化石燃料の重要性
以上のように、国内外で石油や天然ガスからクリーンなエネルギー資源への転換が積極的に図られていますが、一方で、再エネ等の導入に向けた課題も山積しています。
例えば、太陽光や風力のような再エネの発電量は気候条件によって左右されてしまうため、電力の安定供給に必要な「発電持続機能」が弱いというデメリットがあります[*9]。
「発電持続機能」とは、落雷などの事故による送電線や発電所のトラブルによって電気の周波数や電圧、電気の流れが変化した時に、変化に対応しながら発電を持続する能力や、発電量を柔軟に増減する能力のことです。
実際、オーストラリアでは2016年に、複数の落雷の発生により送電線が損傷する事故が発生した結果、電力供給全体の約5割をカバーしていた風力発電は発電所の電気設備を保護するために一斉に停止してしまい、電力の需給バランスが大きく崩れてしまいました[*9], (図5)。
図5: 2016年にオーストラリアで発生したブラックアウトの概要
出典: 資源エネルギー庁「再エネと安定供給~求められる『発電を続ける力』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/saiene_anteikyokyu.html
脱炭素化に向けて化石燃料の利用を減らすことは重要ですが、電力の安定的な供給や経済性の観点から火力発電は不可欠な存在であり、化石燃料は、依然として高いニーズがあります。特に、火力発電は調整力が優れているため、天候不良によって再エネ電力が十分に供給できない場合にも柔軟に補うことができるため、重要なエネルギー源と言えるでしょう[*10]。
石油・ガス企業の脱炭素化に向けた取り組み
当面は重要な役割を果たすと言える石油や天然ガスですが、必要な量の供給は行われながらも、脱炭素社会の実現に向けては、生産時における省エネ化やCO2排出量の削減が求められています。
こうした状況を受けて、脱炭素化に向けた取り組みを積極的に行う石油・ガスの製造・販売企業が国内外で増えつつあります。
欧米企業の取り組み
例えば、欧州の大手石油会社シェルは、脱炭素社会の実現に向けて、2030年までに温室効果ガス排出量を半減させるとする目標を発表しました。
また、2050年までに自社のエネルギービジネスからの炭素排出量を実質ゼロにするという目標を掲げ、実現に向けて動き始めています[*11], (図6)。
図6: 2021年までの炭素排出量削減実績と2050年までの目標
出典: Shell plc「Shell Energy Transition Progress Report 2021」
https://reports.shell.com/energy-transition-progress-report/2021/_assets/downloads/shell-energy-transition-progress-report-2021.pdf, p.6
2021年から2022年初めにかけては、例えば、年間82万トンの生産能力を有し、SAF(持続可能な航空燃料。バイオマス原料や廃棄物を原料とした非化石燃料由来の航空燃料) と廃棄物から再生可能なディーゼル燃料を生産する、バイオ燃料製造施設への最終投資の決定や、オランダにおいて世界発となるバイオLNGバンカリング(船舶へのバイオLNG補給)の実証試験の実施、船舶用の水素燃料電池を開発するプログラムへの参画など、様々な取り組みを実施しています [*12]。
さらに、排出されたCO2を回収し、地中深くに貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)プロジェクトへの投資を積極的に推進しており、2035年までに既存のCCS施設に加えて、年間2,500万tものCO2を追加で回収することを目指すCCSプロジェクトを推進するなど、カーボンニュートラルの実現に向けての取り組みを行っています[*11]。
シェル以外にも、大手の石油・ガス企業が、回収したCO2を利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)プロジェクトを推進しています。例えば、石油やガス生産が盛んに行われているアメリカのテキサス州では、CCUSプロジェクトが様々な企業によって推進されています[*13]。
実際に、エクソンモービル社やペンゾイル社などではCCSプロジェクト実施に向けた検討を行ったり、実際に運用したりするなど、アメリカにおいても脱炭素化に向けた取り組みが広がっています。
国内企業の取り組み
国内の石油・ガス企業においても、社会全体のカーボンニュートラル実現に向けて取り組みが積極的に行われています。例えば、石油業界では、既存インフラを活用できる水素や、水素とCO2を組み合わせた合成燃料、CCS・CCUなどの脱炭素技術の研究開発が進められています[*14], (図7)。
図7: 国内石油企業における脱炭素化のイメージ
出典: 石油連盟「カーボンニュートラル実現に向けた石油業界の挑戦」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/carbon_neutral_car/pdf/002_04_00.pdf, p.5
具体的な企業の取り組みとして、例えば、ENEOS株式会社は、国内のバイオマス発電事業者と共同で、世界最大級のバイオマス発電所開発に向けた取り組みを開始するとしています。
また、再エネから、製造時・利用時に二酸化炭素を出さないCO2フリー水素を取り出し、CCSなどによって回収したCO2を原料に合成燃料を製造・供給する構想を立てています[*15], (図8)。
図8: 合成燃料のサプライチェーン構築
出典: ENEOS株式会社「カーボンニュートラル実現に向けたENEOSグループの合成燃料の取組みについて」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/e_fuel/pdf/001_05_00.pdf, p.2
天然ガスなどを扱う企業においても取り組みが広がっています。例えば、東京ガス株式会社では、脱炭素化に向けて2019年にグループ経営ビジョン「Compass2030」を公表し、カーボンニュートラルLNGを活用した都市ガスの普及促進や、太陽光発電や木質バイオマス発電、洋上風力など再エネの導入拡大によるCO2排出量削減に取り組んでいます[*16], (図9)。
図9: カーボンニュートラル都市ガスの仕組み
出典: 東京ガス株式会社「東京ガスグループの脱炭素化に向けた取り組みについて」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/2050_gas_jigyo/pdf/007_03_00.pdf, p.8
また、CO2と水素を使って生成される合成燃料の一つ、「メタネーション」実用化の促進を掲げるなど、脱炭素化に向けて様々な取り組みを行うとしています[*17], (図10)。
メタネーションによって生成されたメタンは、現在都市ガス供給で使用されているガス機器やガス導管などの既存のインフラを活用して供給することが可能です。
図10: メタネーション技術開発の促進
出典: 東京ガス株式会社「東京ガスグループの脱炭素化に向けた取り組みについて」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/2050_gas_jigyo/pdf/007_03_00.pdf, p.10
このように、国内の石油・ガス企業においても、供給する製品の低炭素化を図ることで、カーボンニュートラルを実現できるよう取り組みが推進されています。
まとめ
社会全体で脱炭素化を推進するためには、CO2を多く排出する石油・ガス企業の取り組みが重要であり、今回紹介してきたように、国内外では既に様々な事業が計画・実施されています。
今後は、事業の省エネ化・低炭素化を具体的に実現していくとともに、再エネやCO2を出さない燃料の実用化などを行政や他企業と連携して進めていくことが、エネルギー業界、ひいては社会のカーボンニュートラル実現を後押しすることでしょう。
参照・引用を見る
*1
石油資源開発株式会社「石油・天然ガスとは」
https://www.japex.co.jp/business/oilgas/origin/
*2
資源エネルギー庁「『CO2排出量』を考える上でおさえておきたい2つの視点」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/lifecycle_co2.html
*3
国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
*4
公益財団法人 自然エネルギー財団「統計|国際エネルギー」
https://www.renewable-ei.org/statistics/international/
*5
NHK「ガソリン車、なくなるの?」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/20201204/369/
*6
資源エネルギー庁「再エネを日本の主力エネルギーに! 『FIP制度』が2022年4月スタート」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/fip.html
*7
資源エネルギー庁新エネルギー課「2030年に向けた今後の再エネ政策」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/community/dl/05_01.pdf. p.5, p.6
*8
国土交通省・経済産業省「EV/PHV普及の現状について」
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf, p.1
*9
資源エネルギー庁「再エネと安定供給~求められる『発電を続ける力』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/saiene_anteikyokyu.html
*10
資源エネルギー庁「火力発電について」(2012)
https://www.env.go.jp/council/06earth/y0613-11/ref04.pdf, p.3
*11
Shell plc「Shell Energy Transition Progress Report 2021」(2021)
https://reports.shell.com/energy-transition-progress-report/2021/_assets/downloads/shell-energy-transition-progress-report-2021.pdf, p.6, p.22
*12
シェルジャパン株式会社「『ENERGY TRANSITION PROGRESS REPORT 2021』発行のお知らせ」
https://www.shell.co.jp/ja_jp/media-centre/news-and-media-releases/2022/energy-transition-progress-report-2021.html#
*13
日本貿易振興機構「テキサス州で石油ガス企業がCCUSに注目(米国)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0801/b7eca3ac088f0cb5.html
*14
石油連盟「カーボンニュートラル実現に向けた石油業界の挑戦」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/carbon_neutral_car/pdf/002_04_00.pdf, p.1, p.5, p.6
*15
ENEOSホールディングス株式会社・ENEOS株式会社「カーボンニュートラル実現に向けたENEOSグループの合成燃料の取組みについて」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/e_fuel/pdf/001_05_00.pdf, p.2
*16
東京ガス株式会社「東京ガスグループの脱炭素化に向けた取り組みについて」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/2050_gas_jigyo/pdf/007_03_00.pdf, p.2, p.7, p.8, p.10