日本では明治時代から大正時代にかけて、電気事業が本格的な産業として発展し、一般家庭にも電灯が普及しました。
電気が一般家庭に普及して以降も、戦争や高度経済成長、オイルショック、東日本大震災など、さまざまな出来事によってエネルギー事情は大きく変化していきました。
近年では気候変動対策のために、脱炭素化が推進され、再生可能エネルギーの導入が拡大しています。
この記事では、明治時代から現在に至るまでの日本の電気事業とエネルギー政策の変遷について解説します。
電気事業の始まりと一般家庭への普及
日本で電気事業が登場したのは、開国によって西洋の科学技術が取り入れられるようになった明治時代初期です。
1872年に横浜で初めてガス灯が点灯し、その10年後の1882年に銀座に日本初の電灯・アーク灯が設置されました[*1]。
移動式発電機によって点灯されたアーク灯は非常に明るい光を放ち、多くの人々が驚いたと伝えられています[*2], (図1)。
図1: 銀座のアーク灯点灯
出典: 荻本和男「明治期よちよち歩きの電気技術」電気学会会誌
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1994/114/12/114_12_822/_pdf, p.822 ,p.823
その後、日本で初めての家庭向け発電所である石炭火力発電所が、東京の茅場町に建設されました。
この発電所では、エジソン式直流発電機によって配電線による電力供給がおこなわれました。
そして、直流発電から始まった電力供給は、電気需要の高まりに伴い、長距離かつ広範囲への送電が可能な交流発電へと移行していきます。
交流発電が導入される際、関東では50Hzのドイツ製発電機が採用され、関西では60Hzのアメリカ製発電機が採用されました。
このような経緯があり、現在でも西日本と東日本で異なる周波数となっています。
火力発電所に続いて、京都では日本初の水力発電所である蹴上発電所の運用が開始されました。
長距離送電が可能になったことで、大規模な水力開発への機運も高まり、水力発電を主力として火力発電を予備とする「水主火従」の発電方式がとられるようになります。
水力発電が主力となることで、電気料金の大幅な値下げが可能になり、電気の普及が急速に進みました[*2]。
大正時代に入ると、ガス・電気・水道のインフラが整備され、ラジオ放送も始まります。
当初は主に電灯のために供給されていた電気は、工場やエレベーター、電車などの動力として、幅広く利用されるようになります[*3]。
1912年には、東京都の前身である東京市のほぼ全ての家庭で電灯が普及しました[*4]。
一方で都市部以外のエリアの普及には時間がかかり、全国各地の家庭に電灯が普及したのは戦後です。
電灯の普及によって、ガスはコンロや湯沸かし器などの熱源として、石油は自動車や船の燃料などの動力エネルギーへシフトしました。
そのため、当時火力発電所で主な燃料になったのは石炭です。
石炭は戦時中の重要物資として増産され、さらに戦後の復興においても、大きな原動力となりました[*5]。
高度経済成長期とオイルショックによるエネルギー政策の転換
戦後、日本は1950年代後半から1970年代前半にかけて、急激な経済成長を遂げました。
1950年代に三種の神器と呼ばれた「電気冷蔵庫・電気洗濯機・白黒テレビ」が急速に普及し、さらに1960年代には新・三種の神器として3C「カラーテレビ・クーラー・自動車」が一般家庭に浸透し始めました。
次の図2は電化製品普及の推移で、1960年代から1970年代にかけて、冷蔵庫や洗濯機、テレビ、掃除機などの家電製品の普及が急速に進んでいることが分かります[*6]。
図2: 家庭電化製品普及の推移
出典: 内閣府 「平成19年版高齢社会白書(全体版)」(2007)
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2007/zenbun/html/j1164000.html
さらに、1964年の東京オリンピック開催や新幹線の開通などの国内の電力需要の高まりによって、大規模な電源開発が進められます。
経済成長が進む一方で、戦前の電力普及と戦後の復興を牽引した石炭は、1960年代以降、採掘コストの向上や石油との競合によって採掘量が減少します。
中東で大規模な油田が発掘されたことで石油の輸入量が増加し、エネルギーの主役が石炭から石油へと転換します。
国内で採掘していた石炭から輸入の石油へと転換したことで、日本のエネルギー自給率は58%から15%へと大幅に低下しました[*7]。
電力需要の急激な高まりに対応するために、水力発電よりも建設期間が短い火力発電の建設が急ピッチで進められました。
その結果、およそ半世紀ぶりに火力発電が水力発電を上回り、火力発電の燃料でもある石油は日本のエネルギーの中心になっていきます。
図3を見てもわかる通り、1950年代までの電力構成では水力発電と石炭火力が主でしたが、1965年以降は石油の割合が増加しています。[*8], (図3)。
図3: 発電設備容量の推移(一般電気事業用)
出典: 資源エネルギー庁「平成25年度エネルギーに関する年次報告」(2014)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2014html/2-1-4.html
経済発展を遂げ経済大国になった日本ですが、1970年代に入ると、二度にわたるオイルショックが発生します。
産油国で勃発した戦争をきっかけとして発生した第一次オイルショックによって、国際原油価格が3か月で約4倍に高騰しました[*9]。
当時日本のエネルギーの8割近くが輸入原油であったことから、オイルショックによって物資が不足するという不安が広がり、トイレットペーパーの買い占めなどの社会的混乱を招きました。
国内の物価が急激に上昇したことで、経済は戦後初めてマイナス成長となり、高度経済成長は終わりを迎えます。
1978年〜1982年には二度目のオイルショックが発生し、さらに原油価格が高騰しました[*10], (図4)。
図4: 原油輸入価格と石油石品小売価格
出典: 資源エネルギー庁「石油がとまると何が起こるのか? ~歴史から学ぶ、日本のエネルギー供給のリスク?」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/anzenhosho/kasekinenryo.html#topic02
時代の転換点となった二度のオイルショックは、日本のエネルギー政策にも大きな影響を及ぼしました。
石油依存率を下げるために原子力や天然ガスが活用され、エネルギーの多様化が進められます。
再生可能エネルギー主力電源化を目指す時代へ
1985年にオーストリアで開催されたフィラハ会議をきっかけに、地球温暖化問題が世界的に認知されるようになりました。
1997年には京都議定書が採択され、先進国を中心に国ごとの具体的な温室効果ガス排出削減目標が世界で初めて策定されました[*11]。
さらに2015年に合意されたパリ協定では、京都議定書に代わる新たな国際的枠組みとして、途上国を含むすべての参加国で世界共通の長期目標を掲げています[*12]。
日本では、温暖化対策として省エネルギーを進めるとともに、温室効果ガス排出が少ない再生可能エネルギーの導入拡大が推進されています。
技術開発による導入コストの低下と、余った電気を電力会社が買い取る固定価格買取制度(FIT制度)がスタートしたことで、太陽光発電の導入量が着実に増加しました[*13], (図5)。
図5: 原油輸入価格と石油石品小売価格
出典: 資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史⑤】『地球温暖化対策』と『電力・ガス自由化』が始まる」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history5heisei.html
再生可能エネルギー導入の必要性が世論としてさらに高まったきっかけが、2011年に発生した東日本大震災・福島第一原子力発電所事故です。
原子力発電の安全神話が崩れ、さらに一方向の集中型エネルギーシステムの脆弱性も明るみになりました。
原発事故を踏まえて2014年に発表された第4次エネルギー基本計画では、原子力発電への依存度を可能な限り低減し、徹底的な省エネルギーと再生可能エネルギー導入加速化などが方針として発表されました[*14]。
2016年からは電力の小売全面自由化がスタートし、消費者がライフスタイルや価値観に合わせてエネルギーを選ぶことができる時代になりました[*15]。
再生可能エネルギーを重視する電力事業者も増加し、消費者の選択によって再生可能エネルギーの導入を後押しできるようになりました。
まとめ
2021年に発表された第6次エネルギー基本計画では、「2050年カーボンニュートラル」と「2030年度の温室効果ガス排出46%削減(2013年度比)、さらに50%削減の高みを目指す」という目標の実現に向けて、エネルギー政策の道筋が示されています。
2030年に目指すべき電源構成についても見直しが行われ、省エネを従来の目標から2割増にし、再生可能エネルギーは現在の導入割合から倍増するという目標が設定されています[*16], (図6)。
図6: 2030年度の電源構成目標
出典: 資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルを目指す 日本の新たな『エネルギー基本計画』」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku_2022.html.html
明治時代に電気事業が登場してから約150年、日本のエネルギー事情は大きく変化してきました。
技術の進化や国際情勢、自然災害などのさまざまな要因によって、電源構成も変化し、現在は気候変動対策として再生可能エネルギーの主力電源化が進められています。
より地球環境に優しく、災害に強い、柔軟で強靭なエネルギーシステムの構築のためには、今後もさらなる変革や技術革新が必要になるでしょう。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史①】日本の近代エネルギー産業は、文明開化と共に産声を上げた」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history1meiji.html
*2
電気学会誌 「明治期よちよち歩きの電気技術」(1994)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1994/114/12/114_12_822/_pdf, pp.822-p.825
*3
電気事業連合会 「電気の歴史(日本の電気事業と社会)」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/rekishi/
*4
SDGsエネルギー学習推進ベースキャンプ教材「くらしくらべ」
https://energy-kyoiku.go.jp/assets/74/et_energy_p10-11.pdf
*5
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史②】国の屋台骨として、エネルギー産業は国家の管理下に」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history2taisho.html
*6
内閣府 「平成19年版高齢社会白書(全体版)」(2007)
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2007/zenbun/html/j1164000.html
*7
一般社団法人日本原子力文化財団 「1章 日本のエネルギー事情と原子力政策 日本のエネルギー選択の歴史と原子力」
https://www.jaero.or.jp/sogo/detail/cat-01-01.html
*8
資源エネルギー庁「平成25年度エネルギーに関する年次報告」(2014)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2014html/2-1-4.html
*9
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史④】2度のオイルショックを経て、エネルギー政策の見直しが進む」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history4shouwa2.html
*10
資源エネルギー庁「石油がとまると何が起こるのか? ~歴史から学ぶ、日本のエネルギー供給のリスク?」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/anzenhosho/kasekinenryo.html#topic02
*11
独立行政法人環境再生保全機構「地球温暖化問題に関する国際的な動き」
https://www.erca.go.jp/erca/ondanka/inter/index.html
*12
資源エネルギー庁「今さら聞けない『パリ協定』 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/pariskyotei.html
*13
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史⑤】『地球温暖化対策』と『電力・ガス自由化』が始まる」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history5heisei.html
*14
資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」(2014)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/140411.pdf, p.4, p.5
*15
資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史⑥】 震災と原発事故をのりこえ、エネルギーの未来に向けて」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history6mirai.html
*16
資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルを目指す 日本の新たな『エネルギー基本計画』」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku_2022.html.html