現在、私達が使用する電気の約8割は石油などの化石燃料に由来し、発電時に発生するCO2は地球温暖化の原因となるため、使用量を減らすことが世界的に重要な課題となっています[*1]。
CO2排出量の削減に向けた取り組みは国家だけでなく、産業界や企業にも求められています。グローバル企業をはじめ、国内企業も続々とカーボンニュートラルを実現することを表明しています。
しかし、実際には自社内だけでは十分な対策が取れないケースもあり、そういった場合には「環境価値」の取引が有効になります。非化石燃料由来の電気を調達するための「グリーン電力証書」や、「J-クレジット制度」、「非化石証書」などが活用されるようになってきました。
それでは、環境価値にはそれぞれどのような特徴があり、企業側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。また、環境価値証書の普及に向けた課題についても詳しくご説明します。
カーボンニュートラルに関する企業を取り巻く環境
近年、カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにする概念)を表明する企業が世界的に増加しています。例えば、グローバルテック企業のMicrosoft社やApple社は2030年までにカーボンニュートラルを目指すことを既に表明しており、気候変動対策と整合したビジネス戦略が国際競争力の前提条件になりつつあります[*2]。
実際に世界のトレンドとしては、環境に配慮した製品を求める顧客の声が高まっており、それに伴い、非化石電気を調達したい、自社排出量を減らしたいといった企業のニーズも高まっています[*2], (図1)。
図1: 世界のトレンド産業界のニーズ
出典: 資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/ANRE_211006_RE-Users.pdf, p.4
環境価値とは
以上のようなニーズに対応するため、非化石燃料由来の電力が持つCO2を排出しないという「環境価値」を購入することによって、排出量の削減等に貢献しているとみなす「環境価値証書」と呼ばれる仕組みが広く活用されています[*3]。
環境価値証書を購入することによって、購入者はその分の非化石燃料由来の電力を導入したとみなされます[*4]。
現在、日本では、「グリーン電力証書」「J-クレジット」「非化石証書」の3種類の環境価値証書が流通しています[*2], (表1)。
表1: 環境価値証書の比較
出典: 資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/ANRE_211006_RE-Users.pdf, p.14
それぞれの証書は証定主体や購入できる主体が異なります。以下、3つの証書の特徴やメリット、普及に向けた課題について見ていきましょう。
(1)グリーン電力証書とは
グリーン電力証書とは、風力、太陽光、バイオマスなどの再生可能エネルギーによって作られた電気の環境価値を証書化したものです。証書発行事業者が認証機関(一般財団法人日本品質保証機構)の認証を得て、需要家等と取引されます[*5], (図2)。
図2: グリーン電力証書システムの概要
出典: 日本自然エネルギー株式会社「グリーン電力証書システムとは?」
http://www.natural-e.co.jp/green/about.html
グリーン電力証書を購入した企業や自治体は、証書に記載された電力量相当分の再生可能エネルギーを使用したとみなされます。また、グリーン電力証書の得られた収益を活用することで、再生可能エネルギーの更なる促進を図ることにもつながります。
グリーン電力証書のメリット
グリーン電力証書を取得することで、購入者は次のようなメリットを得られます[*5]。
- 再生可能エネルギーの普及など環境問題の解決に貢献できる
- 自主的なCO2削減目標達成に利用できる
- 顧客やサプライヤーなどとの環境コミュニケーション活動に利用できる
- 各種報告制度に再生可能エネルギー使用量やCO2削減量として報告できる
(4)の各種報告制度とは、RE100やSBT、CDPなど国際的な温室効果ガス削減目標やイニチアチブのことで、参加する企業は、購入したグリーン電力証書を自社で使用した再生可能エネルギーの使用量として報告することができます[*5, *6]。
なお、RE100とは、事業活動で使用する電力の全てを再生可能エネルギーで賄うことを約束した企業が参加できる国際的なイニシアチブのことです。
また、SBT(Science Based Targets)とは、企業が環境問題に取り組んでいることを示す目標設定の一つで、パリ協定の求める水準と整合した温室効果ガス排出削減目標が求められます[*6]。
CDP(Carbon Disclosure Project)とは、国際的なNGOであるCDPが気候変動等に関わる事業リスクについて企業がどのように対応しているか、質問書形式で調査し、評価したうえで公表するプロジェクトのことです。
これらの各種報告制度において環境価値を再生可能エネルギー調達量として報告する際には、認証を受けた環境価値証書である必要がありますが、グリーン電力証書は20年以上の歴史・実績を持つ環境価値証書であるため、公的機関の認知度が高いです[*4]。
認証電力量は2021年に過去最高の8.02億kWhを記録するなど、制度が開始した2001年から増加傾向にあります[*7], (図3)。
図3: グリーン電力量認証の推移(2001から2022第二四半期まで)
出典: 一般財団法人 日本品質保証機構「グリーン熱設備認定およびグリーン熱量認証の推移」
https://www.jqa.jp/service_list/environment/service/greenenergy/file/list_cert/power_chart_202303.pdf.2
グリーン電力証書の普及に向けた課題
グリーン電力証書自体はJ-クレジット制度や非化石証書と異なり、法的に許可・認可されているわけではありません。松山市や横浜市など一部の自治体もグリーン電力証書の発行主体ではありますが、発行主体の大半は民間企業です[*4, *8]。
2011年度に行われた証書発行事業者に対するアンケート調査では、中小発行事業者の86%が販路開拓面を課題に挙げていました。実際、J-クレジット制度や非化石証書と比較して取引量が少なく、現在でも販路開拓面で課題を抱えています。
また、グリーン電力証書は、J-クレジットや非化石証書と比較して発電量当たりの価格が高いというデメリットがあります。J-クレジット制度における取引価格は1kWh当たり約1円、非化石証書(再生可能エネルギー)は1kWh当たり1.2~1.3円であるのに対し、グリーン電力証書は1kWh当たり2~4円と割高です[*2]。
RE100やSBT 、CDPなどの取り組みで活用できるグリーン電力証書ですが、J-クレジット制度や非化石証書といかにして差別化を図るかが課題です[*2, *9]。
(2)J-クレジット制度とは
J-クレジット制度とは、CO2等の排出削減量・吸収量を「クレジット」として国が認証する制度のことです[*10], (図4)。
図4: J-クレジット制度の概要
出典: 経済産業省「J-クレジット制度について」
https://japancredit.go.jp/about/outline/
発行事業者から直接購入するグリーン電力証書と異なり、J-クレジットはオークションによって取引されます。また、再生可能エネルギー由来の電気の取引だけでなく、適切な森林管理や省エネ設備の導入によるCO2等の吸収もクレジットとして取引できる点が大きな特徴です[*2, *10]。
J-クレジット制度のメリット
J-クレジット制度でクレジットを購入することで、グリーン電力証書と同様に、RE100やSBT、CDP等の各種報告制度における再生可能エネルギー調達量に組み込むことができます[*11]。
また、これらの各種報告時に加え、購入したクレジットを温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)における排出量報告の調整に活用できる点も大きなメリットです。
さらには、グリーン電力証書と比較して発電量当たりの取引価格が安く、流動性が高いため、クレジットを売買しやすいことも挙げられます[*2, *4]。
J-クレジット制度の普及に向けた課題
J-クレジットを創出するにあたっては、温室効果ガスの排出削減、または吸収量の増加につながるプロジェクト登録時の妥当性の確認や、クレジット認証時の検証に時間やコストがかかることが課題です[*12], (図5)。
図5: J-クレジット創出時の課題
出典: J-クレジット制度事務局「第26回J-クレジット制度運営委員会資料」
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_220427/1_inkai_shiryo.pdf, p.4
2020年度におけるプロジェクト登録、クレジット認証の平均審査費用は、約50~100万円となっており、事業者にとって大きな負担になっています。
そこで環境省は2020年に「気候変動×デジタル」プロジェクトを発表し、申請手続きや認証工程の簡素化に向けたデジタル技術の活用の検討を開始しています[*13], (図6)。
図6: J-クレジット制度におけるデジタル化の推進
出典: 環境省「『気候変動×デジタル』プロジェクト~デジタル化によるJ-クレジット制度の抜本拡充策~」
https://www.env.go.jp/content/900515948.pdf, p.3
デジタル化によるクレジット創出量・取引量の拡大とともに、ブロックチェーン技術(暗号技術等を活用してインターネット上の情報を分散して管理する技術)を活用した中小企業・家庭を含む全員参加型の取引市場の創出にも取り組んでいます。
(3)非化石証書とは
非化石証書とは、非化石電源からつくられた電気であることを証明した環境価値証書のことで、2018年5月から開始した比較的新しい制度です[*1]。
現在、高度化法(エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用および化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律)によって、小売電気事業者は自ら調達する電気のうち、非化石電源比率(化石燃料をつかわない発電所からの電気の比率)を2030年度までに44%以上にすることが求められており、非化石電源比率の向上を後押しするために創設されたのが「非化石価値取引市場」です。
非化石証書の大きな特徴は、小売電気事業者のみが市場で購入できるという点です。グリーン電力証書およびJ-クレジット制度では、小売電気事業者のみならず、最終需要家も証書またはクレジットを購入することができます。しかしながら、非化石証書は環境価値と実際の電力がセットで取引されます[*2]。
また、非化石証書には、FIT制度(固定価格買取制度)を活用した再生可能エネルギーによる「FIT証書」、再生可能エネルギーのうちFIT制度を活用しない再生可能エネルギーによる「非FIT証書」、原子力など再生可能エネルギー以外の非化石電源による「非FIT証書」と3種類の環境価値証書があります[*2], (図7)。
図7: 3種類の非化石証書
出典: 資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/ANRE_211006_RE-Users.pdf, p.13
非化石証書のメリット
非化石証書も、SBT、CDPにおいては再生可能エネルギー調達量として報告できます。また、RE100についてもトラッキング付非化石証書であれば活用できます[*4]。
トラッキング付非化石証書とは、電源の種類や産地など電源を特定できる情報が紐づけされた非化石証書のことです。2019年2月から実証実験が続けられており、トラッキングによって紐づけられると、RE100だけでなく、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への報告の際にも活用できます[*14]。
また、非化石証書は国が認証を行っているため信頼性が高く、他の証書と比べて取引量も多いことから、売買しやすいというメリットがあります[*2, *4]。
実際、再生可能エネルギー由来のFIT非化石証書の約定数は急増しており、2021年11月の約定量は19億kWhを超えるなど、グリーン電力証書やJ-クレジットよりも活発な取引が行われています[*2, *15], (図8)。
図8: FIT非化石証書の約定数推移
出典: 資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/059_03_02.pdf, p.3
非化石証書の普及に向けた課題
非化石価値取引市場では、原子力などの再生可能エネルギー以外の非化石電源や、大規模水力も環境価値証書の対象となりますが、既存の大規模水力や原子力の環境価値を非化石証書で取引しても、社会全体の非化石電源比率の向上にはつながりません。また、脱炭素化に向けてはFIT電源など再生可能エネルギーの新規導入が求められていますが、「非FIT証書」の約定数と比較して「FIT証書」の約定数はかなり少ないのが現状です[*16], (図9)。
図9: 非化石証書の現状
出典: 公益財団法人 自然エネルギー財団「非化石証書の抜本的な見直しを、電力の環境価値を適正に評価する制度へ」
https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20210609.php
さらに、取引に参加できるのは小売電気事業者のみですが、取引量の更なる増加に向けて参加資格を拡大することが求められています。現在は、需要家が証書を購入できるよう仲介事業者を取引に参加できるようにするなどの要件緩和が検討されています[*2]。
ニーズに合わせて環境価値証書を選択することがカギ
グリーン電力証書、J-クレジット、非化石証書は平均的な売買価格や取引に参加できる主体、取引様態などの違いがあります。
J-クレジットは温対法にも対応できるなど、環境価値証書によってそれぞれに内容やメリットが異なります。また、クレジットごとの課題も考慮するとともに、課題に対する取り組みに注視することが重要です。例えば、J-クレジット制度における申請手続きの簡素化や、非化石証書における参加者要件の緩和などは、実施されれば取引需要家にとって大きなメリットとなります。需要家のニーズに合わせて選択することが効果的な環境価値証書活用のカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「2018年5月から始まる『非化石証書』で、CO2フリーの電気の購入も可能に?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/hikasekishousho.html
*2
資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/ANRE_211006_RE-Users.pdf, p.3, p.4, p.5, p.13, p.14, p.15, p.18
*3
東京都環境局「環境価値とは」
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/renewable_energy/solar_energy/value_environmental.html
*4
一般社団法人 REアクション推進協会「環境価値の売買で再エネを有効活用!非化石証書・各証書の概要・メリット・デメリットを解説」
https://re-action.jp/environmental-value-2/re-action-join-
*5
日本自然エネルギー株式会社「グリーン電力証書システムとは?」
http://www.natural-e.co.jp/green/about.html
*6
J-クレジット制度事務局「CDP・SBT・RE100での活用」
https://japancredit.go.jp/case/cdp_sbt_re100/
*7
一般財団法人 日本品質保証機構「グリーン熱設備認定およびグリーン熱量認証の推移」
https://www.jqa.jp/service_list/environment/service/greenenergy/file/list_cert/power_chart_202303.pdf, p.2
*8
一般社団法人 エネルギー情報センター「グリーン電力証書の価格推移」
https://pps-net.org/green-energy_price
*9
木村 啓二「日本のグリーン電力制度の現状と課題」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jweasympo/34/0/34_267/_pdf/-char/ja, p.269
*10
J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度について」
https://japancredit.go.jp/about/outline/
*11
J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度」
https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_003.pdf, p.1
*12
J-クレジット制度事務局「第26回J-クレジット制度運営委員会資料」
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_220427/1_inkai_shiryo.pdf, p.4, p.5
*13
環境省「『気候変動×デジタル』プロジェクト~デジタル化によるJ-クレジット制度の抜本拡充策~」
https://www.env.go.jp/content/900515948.pdf, p.2, p.3, p.4
*14
株式会社朝日新聞社「非化石証書とは? 仕組みや特徴、課題点をわかりやすく解説」
https://www.asahi.com/sdgs/article/14792117
*15
資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/059_03_02.pdf, p.3
*16
公益財団法人 自然エネルギー財団「非化石証書の抜本的な見直しを、電力の環境価値を適正に評価する制度へ」
https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20210609.php