地熱発電の普及に向けて欠かせない地域との共生―国内外における事例とは?

日本は、地熱資源量が世界第3位と地熱発電のポテンシャルが非常に高い国です。しかしながら、地熱資源量に比べて地熱発電設備容量の割合が世界的に見ても少なく、十分に地熱資源を活用できていないのが現状です[*1]。

国内での導入に向けては、地域社会との合意形成や環境の事前調査など様々なハードルがあります。

一方、地熱発電には電力供給だけでなく、農業や観光など地域産業の活性化に繋がるメリットがあり、海外では積極的な導入が図られています。

それでは、国内における地熱発電導入に伴う課題とはどのようなものなのでしょうか。また、地熱発電が普及する地域では、どのように共生しているのでしょうか。詳しくご説明します。

 

地熱発電とは

地熱発電とは、地下1,500m~3,000m程度の地中深くから取り出した蒸気で直接タービンを回し発電するものです。マグマの熱で温められた150℃を超える高温高圧の蒸気・熱水を「地熱貯留層」から取り出し、熱エネルギーとして利用します[*3], (図1)。

図1: 地熱発電の仕組み
出典: 資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~地方創生にも役立つ再エネ『地熱発電』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/chinetsuhatsuden.html

発電に使用したあとの熱水は、別の井戸(還元井)から地熱貯留層に戻すことができるため、持続的にエネルギーを取り出すことが可能です。

また、太陽光発電や風力発電のように、天候によって発電量が左右されることがないため、昼夜を問わず安定的に発電できる「ベースロード電源」としても期待されています。CO2排出量はほぼゼロに等しく、環境に優しい再生可能エネルギーの一種です。

日本の地熱発電の現状と課題

 
日本は豊富な地熱資源量を有し、地熱発電のポテンシャルが非常に高い国です。その地熱資源量は2,347万kWにのぼり、アメリカ、インドネシアに次いで世界第3位の地熱資源国です[*1]。

一方で、地熱発電設備容量は2021年末時点で61万kWと、資源量に対する設備容量が少なく、他国と比較して導入が遅れています[*1], (表1)。

表1: 主要国における地熱資源量及び地熱発電設備容量出典: 資源エネルギー庁「もっと知りたい!エネルギー基本計画4 再生可能エネルギー(4)豊富な資源をもとに開発が加速する地熱発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku2021_kaisetu04.html

このように、国内で地熱発電の導入が進まないのには、以下3つのハードルがあるためです。

(1)時間や費用などコスト面の課題

地熱発電は、採掘申請から実際の稼働まで多くの時間と費用がかかります[*5]。

一般的には、地域との合意形成から発電所の稼働まで10年以上の期間がかかるとされます。また、環境の初期調査で5年程度かかりますが、調査の結果、5割程度は発電に不適合と判定されるため開発を断念する場合の損失等を考慮し、計画を断念する事業者も少なくありません[*5], (図2)。

図2: 地熱発電開発の道のり
出典: SOMPOインスティチュート・プラス株式会社「地熱発電の課題と秘めた高い潜在能力」
https://www.sompo-ri.co.jp/2022/09/30/5600/

また、資源エネルギー庁によると、3万kWの地熱発電所を建設しようとすると、調査や開発に73億円、設備の建設に183億円の費用がかかると試算されています[*6]。

このように、地熱発電建設には莫大なコストがかかるため、大規模な発電所を建設する場合には、資金力のある大手企業でなければ着手できないという現状があります。

(1)法規制等に関する課題

地熱発電に適した地域は自然豊かな場所であることも多いため、許認可の手続きに時間がかかったり、そもそも開発が制限されている場合もあります。

国内の地熱資源の8割が国立・国定公園内にあります。そのため、豊かな自然、景観、希少性の高い生態系の維持や保護を目的とした法令により、公園内での建物の建設や森林伐採が禁止され、大規模な地熱発電の開発を進められないことがあります[*5]。

このような課題に対処するため、近年政府は自然公園内での地熱資源の開発規制を緩和しています[*6]。

しかしながら、自然公園内での開発は慎重に進める必要があるため、許認可の手続きには依然として時間を要します。また、地熱発電の開発には20以上の法令が関連しており、手続きの煩雑さも事業者にとって大きなハードルとなっています。

(3)地域社会との調整

地元住民や自然保護団体、温泉事業者など地域社会との合意形成も、開発事業者にとって大きなハードルとなっています。

地熱発電はCO2をほぼ排出しないといった点や、後述するように地域経済への貢献など様々なメリットがありますが、井戸の掘削による地盤沈下や有害物質の発生などの懸念から、地元住民の中には建設を反対する人もいます[*5]。

また、一般的に、地熱発電で活用する蒸気や熱水の貯まる地熱貯留層からの熱源採取が温泉に影響を及ぼすことはないとされています[*6]。

しかしながら、温泉帯水層(温泉水の存在する層)と地熱貯留層の深さが同程度の場合や、通常温泉帯水層と地熱貯留層の間に存在する不透水層が十分に発達していない場合などには、影響が全くないとは言い切れません。

そのような事情から、温泉事業者が地熱開発による悪影響を懸念することがあります。そのため、開発事業者は、温泉を含む地熱系の全体像を把握し、地域住民や事業者に理解を求めることが必要です。

課題に対する取り組み

  
地熱発電開発コストの低減や、稼働までの期間短縮に向けた取り組みは国内でも積極的に行われています。

例えば、コスト低減に向けては、JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)によって地熱資源調査の先導的な実施や、事業者が地熱資源を探査する際の資金の出資、井戸の掘削などで融資を受ける際の債務の一部保証などが行われています[*1]。

法規制等の問題についても、規制の運用の見直しが図られています。政府は2021年4月に「地熱開発加速化プラン」において、通常およそ10年かかる開発期間を最大で2年程度短縮すると発表しました。

また、法改正によって創設された新たな仕組みを通じて科学的データを収集・調査し、事業者や地元住民に提供したり、地域との合意形成に役立てるとしています。

以上のように、課題の解決に向けて様々な取り組みが国内で実施されていますが、地熱発電の更なる普及に向けては、地熱発電事業に対する様々な懸念事項を払しょくし、地域社会との共生関係を築き上げることが重要です。

 

海外における地熱発電と地域の共生

アイスランドにおける地熱との共生

  
アイスランドは電力の3割が地熱発電で賄われている地熱大国です。地熱資源量580万kWに対して地熱発電設備容量が71万kWと、地熱発電の導入が進んでいます[*1, *7]。

また、アイスランドは電力だけでなく、地域暖房や養殖漁業、融雪、工業利用、浴用など幅広い用途で地熱を活用しており、一次エネルギーの約7割を地熱に頼っています[*7, *8], (図3)。

図3: アイスランドの地熱利用用途の内訳(2013年)
出典: 大阪ガス株式会社「地球の熱を、エネルギーに。『火と氷の国』アイスランドの試み」
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/w-energy/report/201508/index.html

例えば、アイスランドでは、ほぼ全ての小中学校に温水プールがあり、年間を通して水泳の授業が行われています。また、農業への地熱活用も活発です。特にバナナ栽培が盛んで、欧州最大のバナナ生産国です[*7]。

地熱発電所の排水を使った観光名所も人気を集めています。「ブルーラグーン」と呼ばれる世界最大級の露天温泉では、自然に湧出する水ではなく、隣接するスヴァルスエインギ地熱発電所の地下熱水が活用されています[*8], (図4)。

図4: アイスランドで人気を博す「ブルーラグーン」
出典: 大阪ガス株式会社「地球の熱を、エネルギーに。『火と氷の国』アイスランドの試み」
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/w-energy/report/201508/index.html

さらに、ブルーラグーンにある海洋水の成分や温泉の中で生育された藻から抽出した成分を利用して化粧品も開発されるなど、地熱発電は電力供給だけでなく、地域経済の活性化にも役立っています。

インドネシアにおける地熱との共生

  
世界第4位の2億7,000万人を超える人口を有し、毎年5%前後の経済成長を続けるインドネシアは、地熱資源量が2,779万kWと日本以上に地熱発電のポテンシャルが高い国です[*1, *9]。

インドネシアは国家的な課題である再生可能エネルギーへのシフトと安定的な電力供給を達成するため、2030年までに地熱発電容量を5,800MWに増やす計画を立てており、地熱発電所の建設を加速させています[*9]。

インドネシアでは、周辺環境との調和や、地域住民との合意形成も同時に達成しています[*10]。

例えば、地域住民や環境に配慮して建設された発電所として、茶畑と森林の中に立地するインドネシア最大級の発電所「ワヤン・ウィンドゥ地熱発電所」が挙げられます[*10, *11], (図5)。

図5: ワヤン・ウィンドゥ地熱発電所
出典: 富士電機株式会社「地熱発電プラント」
https://www.fujielectric.co.jp/products/geothermal_power_generation/catalog/pdf/01A3-J-0020.pdf, p.1

発電所は茶畑に配慮して建設されており、例えば、蒸気が茶畑に影響を与えそうな場所では、蒸気の向きを変えて環境への影響を低減しています。また、発電所運営の際には地元住民の意見を取り入れており、四半期に一度の環境部会の報告会では、報告書が住民に配布されます。

さらには、発電以外にも、蒸気や温水を使って特産の茶葉を乾燥させる取り組みを始めるなど、地域社会との共生を実現しています。

 

国内における地熱発電と地域の共生

大分県九重町における地熱発電との共生

  
国内においても地熱発電と地域の共生に成功している地域があります。

地熱による発電電力量全国1位の大分県の中で、特に大きな発電量を誇る九重町には日本最大の八丁原発電所や菅原バイナリー発電所などが稼働しており、町内の発電所の設備容量は162,050kWにも及びます[*12], (図6)。

図6: 九重町にある八丁原発電所
出典: 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「地熱」
https://geothermal.jogmec.go.jp/library/pamphlet/file/jogmec_geothermal.pdf, p.14

九重町は、阿蘇くじゅう国立公園や耶馬日田英彦山国定公園のような自然や温泉などがあるため観光業が盛んです。また、豊後牛やトマト、白ネギのような農産物など農業も盛んな地域であり、地熱発電者は温泉事業者や農業者と信頼関係を築きながら事業を進めています。

実際、発電所からの配湯は、温泉宿の給湯や暖房、ハウス栽培にも利用されています。また、地下から吹き上がる蒸気を調理の際に活用するなど、地熱と地域経済が密接に関連しています。

さらに2022年7月には、次世代エネルギーとして注目される水素を、木質チップと地熱エネルギーを組み合わせて製造する全国初の施設が九重町に完成しました。木質チップを燃焼させて炭にしたうえで、地下から取り出した高温の水蒸気と反応させることで水素を製造する取り組みで、製造量やコストなどを検証し、実用化を目指すとしています[*13]。

北海道森町における地熱発電との共生

  
北海道で唯一の大規模地熱発電所である森発電所が立地する森町においても、園芸ハウスでのトマト生産などで地熱が活用されています[*14]。

一般家庭5万世帯分の電気使用量に相当する25,000kWの設備容量を誇る森発電所では、地熱蒸気の生産時に熱水を真水と熱交換することでできる温水を園芸ハウス施設に供給しています[*14], (図7)。

図7: 森町の園芸ハウスの様子
出典: 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「北海道茅部郡森町」
https://geothermal-model.jogmec.go.jp/model01.html

地熱と温泉熱利用の園芸ハウスで生産されるトマトは森町の基幹作物となっています。
さらに、地元町内会・農事組合、温泉事業者および地熱利用ハウス組合によって地熱開発事業濁川地域連絡協議会が組織されており、地域事業者が安定的な地熱資源利用、自然環境保護、熱水利用事業の推進に協働で取り組んでいます。

 

まとめ

地熱発電は、クリーンで安定供給が可能な電力供給手段として重要な再生可能エネルギーであるとともに、地域の雇用創出や観光業、農業など地域経済に大きく貢献できるポテンシャルがあります。

しかしながら、先述したように、地熱発電の建設による地場産業や周辺環境への悪影響を懸念する地域住民や事業者も存在します。国内における地熱発電の更なる普及に向けては、地域の抱える懸念の解消と、電力供給以外の活用およびメリットの訴求が円滑な導入のカギとなるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
資源エネルギー庁「もっと知りたい!エネルギー基本計画4 再生可能エネルギー(4)豊富な資源をもとに開発が加速する地熱発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku2021_kaisetu04.html

*2
資源エネルギー庁「地熱のページ」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/geothermal/explanation/development/about/

*3
資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~地方創生にも役立つ再エネ『地熱発電』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/chinetsuhatsuden.html

*4
資源エネルギー庁「地熱発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/geothermal/index.html

*5
SOMPOインスティチュート・プラス株式会社「地熱発電の課題と秘めた高い潜在能力」
https://www.sompo-ri.co.jp/2022/09/30/5600/

*6
安川 香澄「地熱発電 -課題と展望-」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieenermix/98/2/98_154/_pdf/-char/ja, p.158

*7
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「無限の可能性を秘める地熱利用」
https://www.jogmec.go.jp/content/300368836.pdf, p.6, p.7

*8
大阪ガス株式会社「地球の熱を、エネルギーに。『火と氷の国』アイスランドの試み」
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/w-energy/report/201508/index.html

*9
住友商事株式会社「インドネシアの電力供給を支える地熱発電」
https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/business/case/group/geothermal

*10
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「環境との調和、人々との共生(インドネシア)」
https://geothermal.jogmec.go.jp/information/case/indonesia1.html

*11
富士電機株式会社「地熱発電プラント」
https://www.fujielectric.co.jp/products/geothermal_power_generation/catalog/pdf/01A3-J-0020.pdf, p.1

*12
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「地熱」
https://geothermal.jogmec.go.jp/library/pamphlet/file/jogmec_geothermal.pdf, p.13, p.14

*13
NHK「木質チップと地熱で水素製造へ 全国初の施設が九重町に完成」
https://www3.nhk.or.jp/lnews/oita/20220728/5070013314.html

*14
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「北海道茅部郡森町」
https://geothermal-model.jogmec.go.jp/model01.html

 

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