台風の制御・活用に向けた取り組み「タイフーンショット計画」とは? 計画の詳細と背景を紹介

年々甚大化する自然災害は、人々の生活に大きな被害をもたらし、2022年に世界各地で発生した経済損失被害額は3,130億ドルにのぼります。

特に、2022年に発生した洪水やハリケーンの件数は、2002年以降の平均件数を上回る421件を記録し、台風への対策は喫緊の課題となっています[*1]。

国内では近年、台風の制御および活用を目指す「タイフーンショット計画」が本格的に始動し、注目を集めています[*2]。

本記事では、台風制御の可能性と、台風をエネルギー活用する国内のポテンシャルについて紹介します。

 

深刻化する台風被害

冒頭でも紹介したように、近年地球温暖化の影響により、自然災害による被害が甚大化・増加しています。

実際に、2020年の被害額は、2019年から2020年までの暴風雨被害による平均被害額を3割上回り、台風を含めた暴風雨による被害額は世界で約10兆円を、洪水は5兆円を超えています。[*3]。

2018年に発生した台風21号では、保険金支払額が1兆678億円にのぼり、とても大きな被害をもたらしました[*4]。

台風制御の可能性

台風は海水温や大気の状態のわずかな変化に敏感に反応して大きく変わり、雲の変化によっても強度や進路が変化します。これらの変化を人為的に引き起こすことができるようになれば、台風を制御することが可能です[*5]。

また、台風はその発生に大きなエネルギーを消費しています。このエネルギーを取り出し、発電などに活用するポテンシャルも秘めています。

例えば、台風からエネルギーを取り出すことのできる「台風発電船」が年間20個の台風にそれぞれ5日間追走した場合、1艇当たり33億kWh(日本の年間の総発電量は、約1兆kWh)を発電できると試算されます。

台風を制御・活用する動き

台風制御に関する研究は近年始まったものではなく、ハリケーンの人口制御に向けた研究が1940年代後半からアメリカで行われてきました[*6]。

日本でも、1961年に施行された災害対策基本法には、「台風に対する人為的調節の実施に努めなければならない」と記されています。ただし、当時は台風のメカニズムそのものがまだ解明されておらず、人為的介入の効果検証も困難であったため、研究は実施されてきませんでした。

しかしながら近年、観測技術やスーパーコンピュータ分野での技術性能が大幅に向上したことを機に、台風への効果判定が可能になりました[*1, *6]。

また、国内においては、2021年9月に開かれた内閣府総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会において、台風制御・活用に関する研究「タイフーンショット計画」の一部がムーンショット型研究開発事業(破壊的イノベーションの創出を目指し、より大胆な発想に基づく研究開発を推進する国家プログラム)の目標8に採用されています[*6, *7]。

 

タイフーンショット計画とは

このような技術的、社会的変化の結果、台風制御および活用に向けた研究開発が「タイフーンショット計画」として本格的に開始しています。タイフーンショット計画とは、2050年までに台風の勢力を人為的に抑える技術と、台風エネルギーの利活用を実現する計画のことです[*6, *8], (図1)。

 

図1: タイフーンショット計画が目指す社会像
出典: 内閣府「ムーンショット目標8」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub8.html

2030年までに台風の制御による被害の軽減効果をコンピュータ上で実証するとともに、屋外実験を開始することを中間目標としています。そして、2050年までに台風制御によって被害を大幅に軽減し、日本および国際社会にメリットをもたらすよう技術の普及に努めるとしています[*8]。

台風制御の実用化に向けた取り組み

近年の技術進歩によって、台風制御の効果検証は可能になりつつありますが、実用化に向けては、これまで以上に高い精度の予測技術や、人工的に制御する技術の普及が不可欠です[*9], (図2)。

図2: タイフーンショット計画における研究の全体像
出典: 筆保弘徳「台風研究最前線」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/education/lec/20210220/fudeyasu.pdf, p.20

タイフーンショット計画では、次に紹介するような取り組みを進めています。

台風高精度予測技術の確立

台風予測のため、スーパーコンピュータを用いた解析等によって精度の高い台風予測が実現することが期待されています。しかしながら、現段階では、台風の中心気圧や風速等の実測値が得られていないため、台風の実態は正確に把握されておらず、メカニズムなどについても十分に理解されていません[*5]。

台風制御や台風発電の実現には、モニタリングなどによる台風のメカニズムの解析が必須です。タイフーンショット計画では、台風をシミュレーション上で再現するための数値モデルの高解像度化や、雲・乱流モデルの改良の高度化に向けた取り組みを推進しています。

具体的には、高精度な観測に向けて大量のデータをリアルタイムで送受信するための大規模容量通信の整備や、台風内部の実際の構造をデータ化したデータベースの構築を進めるとしています。また、人工衛星による台風監視のため、大気を立体的に観測可能な赤外サウンダーや雷検出装置など新規センサーの整備も進めています。

さらに、台風のデータ収集のため、観測技術やリモートセンシング技術、雲レーダーなどの関連技術の開発を進める必要があります[*5], (図3)。

図3: ムーンショット目標達成のために取り組むべき研究開発
出典: タイフーンショット「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/DOWNLOAD/typhoon/IR-TS.pdf, p.17

各種技術の開発に向け、ムーンショット型研究開発事業では既に、様々な研究開発プロジェクトが採択されています。例えば、「航空機、船舶、衛星での高精度観測と台風内部まで再現する数値モデル開発を行い、台風制御理論の確立」を目指すプロジェクトや、「台風を模倣する大型室内実験水槽を用いて、台風下の海面を通しての運動量・熱の輸送機構を解明」し、予測精度を高めることを目指すプロジェクトなどが実施されており、今後の技術進歩が期待されています[*10]。

台風人工制御技術の確立

台風を制御するためには、シミュレーションのほか、実際に台風を制御する技術を確立する必要があります。タイフーンショット計画では制御システムとして主に、インパクト物質(例えば、水分を吸収・吸着する性質を持つ吸湿性物質など)が散布可能な航空機や航空機に搭載される散布システムの確立を目指しています[*5], (図4)。

図4: インパクト物質散布イメージ
出典: タイフーンショット「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/DOWNLOAD/typhoon/IR-TS.pdf, p.21

航空機については、コストパフォーマンスが良い、積載量が大きい機体の開発が求められています。また、散布システムについても、積載量に制限がある航空機に搭載されるため、重量、耐空性など様々な条件をクリアする装置の開発が求められています。

社会受容性の醸成

台風制御を社会に実装するためには、技術分野のみならず、倫理的・法的・社会的課題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)を解決する必要があります[*4], (図5)。

図5: 台風制御におけるELSI
出典: 筆保弘徳、三好建正「目標候補名:2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20210916/siryo2-2.pdf, p.9

新たな技術を社会に導入するためには、国内での法整備や国家間での条約などの取り決め、制御による経済効果の検討など、技術開発以外にも整備すべき事項が多くあります。また、一般的にはまだ認知されていない技術を国民に広く周知し、受け入れてもらえるようにすることも重要です。

タイフーンショット計画では、台風制御による効果測定を行い国民へ情報を開示するとしています。また、台風制御に関するコンセプトムービーを作成し、理解を浸透させていく予定です。[*9]。

台風の活用に向けた取り組み

台風を制御するだけでなく、台風のエネルギーを活用した取り組みも計画されています。そのエネルギーは膨大で、勢力の強い台風だと、日本で消費されるエネルギー約8年分に相当すると言われています[*2]。

タイフーンショット計画では、台風の風を利用した「台風発電帆船」の開発も進んでいます。無人戦のスクリューを回転させて発電し、停電が起きた時に、発電した電気を使う仕組みです[*2, *6], (図6)。

図6: 台風発電帆船の考え方
出典: 国立研究開発法人 科学技術振興機構「台風科学技術研究センターとタイフーンショット計画」
https://www.jst.go.jp/tt/journal/journal_contents/2022/08/2208-02_article.html

台風との相対位置(進行方向の左後ろ側)に帆船を航行させれば、台風と同じ方向に進み、長時間の発電が可能です。また、台風の発達に重要な「吹込みの風」を帆船の抵抗によって弱められれば、台風の勢力を弱めることにもつながります。

 

タイフーンショット計画の今後の展望

2030年までに部分的な実証試験開始、2040年までに台風に対する実証試験開始を目指して、着々と研究が進められています[*5], (図7)。

図7: 社会像実現に向けたロードマップ
出典: タイフーンショット「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/DOWNLOAD/typhoon/IR-TS.pdf, p.30

現在はシミュレーションの高精度化や台風制御理論の構築など、土台となる基礎研究が行われていますが、開始されたばかりであるため、社会実装に向けては超えるべきハードルが多くあります。

壮大なタイフーンショット計画の実現に向けては、多くの時間と研究費が必要です。ムーンショット型研究開発事業など、長期的に研究に取り組むことができる体制を整備することがカギとなるでしょう。台風の脅威がエネルギーをもたらす恵みとなる日も遠くないかもしれません。

 

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参照・引用を見る

*1
トムソン・ロイター株式会社「自然災害の経済損失、22年は3130億ドル=エーオン」
https://jp.reuters.com/article/climate-change-disasters-aon-idJPKBN2U504T

*2
株式会社テレビ朝日「台風制御し電力へ“タイフーンショット”が描く未来」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000232090.html

*3
株式会社日本経済新聞社「温暖化、台風被害10兆円」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO75239830Y1A820C2EA1000/

*4
筆保弘徳、三好建正「目標候補名:2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20210916/siryo2-2.pdf, p.3, p.5, p.9

*5
タイフーンショット「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/DOWNLOAD/typhoon/IR-TS.pdf, p.3, p.4, p.5, p.14, p.17, p.18, p.21, p.22, p.30

*6国立研究開発法人 科学技術振興機構「台風科学技術研究センターとタイフーンショット計画」
https://www.jst.go.jp/tt/journal/journal_contents/2022/08/2208-02_article.html

*7
内閣府「ムーンショット型研究開発制度」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html

*8
内閣府「ムーンショット目標8」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub8.html

*9
筆保弘徳「台風研究最前線」
http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/education/lec/20210220/fudeyasu.pdf, p.20, p.21

*10
国立研究開発法人 科学技術振興機構「ムーンショット目標8」
https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal8/index.html

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