下水処理場では、処理の過程で汚泥が発生しますが、その汚泥からは、バイオガスと呼ばれる再生可能エネルギーを生成することができます。現在、下水汚泥由来のバイオガスは、発電や都市ガス、自動車など様々な場面のエネルギー源として活用されています[*1]。
しかしながら、日々の下水処理において大量の汚泥が発生するため、有効活用されていない汚泥や、利用しきれずそのまま焼却処分されるバイオガスも多く存在します。
そこで近年、新たな活用方法として、バイオガス由来の水素製造が注目を集めています。
下水汚泥からの水素製造とは具体的にどのような仕組みなのでしょうか。また、普及に向けてどのような取り組みが行われているのでしょうか。
下水処理場の役割と現状
下水処理場とは、下水道管からの汚水を浄化する施設のことです。下水処理場ではまず、大きなごみを取り除くため、下水道管を通ってきた汚水に含まれる土砂類を沈殿させます[*2, *3], (図1)。
図1: 下水処理の流れ
出典: 東京都下水道局「下水処理の解説」
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/about/e4/fukyu/kaisetsu/index.html
次に、微生物を使って下水中の汚れを分解します。その際、汚れが付着した微生物は、かたまりとなって沈んでいきます。その後、汚泥から分離された上澄み部分はきれいに処理されて川や海に流されます。
2020年度末時点で、下水処理場は全国に約2,200か所あります。下水処理場では、上記のような過程を通じて水を循環利用しています。きれいな水を維持してくれる下水処理場は私たちの生活に欠かせないインフラです[*4]。
下水処理場におけるこれまでの環境への取り組み
バイオガスとは、生ごみや紙ごみ、家畜ふん尿などから発生するガスのことです。バイオガスには燃えやすい気体であるメタンが含まれているため、発電やガスなどに利用することができます[*5], (図2)。
下水処理場では、処理を行う過程で汚泥が発生し、この汚泥を発酵させることによって、バイオガスを作り出すことができます[*1]。
図2: バイオガスの生成過程
出典: 環境省「メタンガス化が何かを知るための情報サイト」
https://www.env.go.jp/recycle/waste/biomass/whatisbiogass.html
一部の下水処理施設には汚泥発酵設備が設置され、作り出したバイオガスを活用する取り組みが既に始まっています[*1]。
下水処理場におけるバイオガスの活用
国土交通省によると、全国約2,200か所の下水処理場のうち、約300か所に汚泥発酵設備があるとされています。これらの施設で作られたバイオガスは、発電や都市ガスなど様々な用途で活用されています[*1]。
例えば、愛知県豊橋市では、下水汚泥を含むバイオマス資源を処理場に集約し、メタン発酵によりバイオガスを取り出し、ガス発電のエネルギーとして活用しています。また、発酵後に残った汚泥についても、炭化燃料に加工してエネルギーとして利用しています[*6], (図3)。炭化燃料とは、バイオマス資源を炭化技術によって固形炭素燃料に加工したものです。炭素を固定することができるため、CO2の排出量削減が可能になります。
図3: 豊橋市におけるバイオガスの利活用
出典: 豊橋市上下水道局「豊橋市バイオマス資源利活用施設整備・運営事業」
https://www.city.toyohashi.lg.jp/30705.htm
佐賀市では、下水浄化センターにおいて、下水汚泥の処理過程で生じるバイオガスで発電を行っており、同施設で使う電力の約40%を賄っています[*7]。
図4: 佐賀市下水浄化センターにおける消化ガス発電設備
出典: 佐賀市上下水道局「佐賀市下水浄化センターの取り組み」
https://www.water.saga.saga.jp/main/5806.html
発電施設では、コージェネレーションシステムを導入しており、発電時に熱(温水)と電気が同時に生み出されています。
バイオガス利用の現状と課題
以上のように、既に多くの地域で下水汚泥の有効活用が進んでいますが、そのポテンシャルを十分に生かしきれていないのが現状です。2011年度の調査では、下水道の普及に伴い汚泥量は増加傾向にありますが、バイオマスとしての利活用は約3割に留まります[*8]。
また、約300か所ある汚泥発酵設備を持つ処理場においても、発生するバイオガスの2割強が未利用のまま焼却処分されているため、発電、都市ガス原料、天然ガス自動車など既存用途での利用を拡大するとともに、バイオガスの新たな活用方法の検討が求められています[*1]。
バイオガスを活用した新たな取り組み
下水汚泥を活用した水素製造
そこで近年、下水汚泥から発生するバイオガスを原料として水素製造を行う新たな取り組みが研究・開発されています[*9], (図5)。
図5: 下水バイオガス原料による水素創エネ技術の概要
出典: 国土交通省「下水道からの『水素』製造技術をガイドライン化 ~下水バイオガス由来の水素を燃料電池自動車に供給~」
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/kisya/journal/kisya20161031.pdf, p.2
下水バイオガスから水素を取り出すまでの流れは、まず、下水バイオガスから不純物を除去し、濾過によりCO2を分離することで、メタンガス(CH4)を生成します。この時分離した高純度なCO2は、野菜や微細藻類の生育に利用できるため、周辺の植物工場や藻類培養を行う企業へ供給されます。
次に、水蒸気をメタンガスと反応させることで水素とCO2に分離させ、吸着剤(PSA)を使ってCO2を取り除くことで、水素を作り出します。
水素は化石燃料から作るとCO2が排出されてしまいます。しかしながら、再生可能エネルギーである下水バイオガスを活用することで、製造から使用までトータルでCO2を排出しない「カーボンフリー」が実現可能になります。[*10]。
福岡市における下水汚泥を利用した水素製造の取り組み
下水バイオガス由来の水素製造技術を実証するため、国土交通省では、2014年度から福岡市と連携して事業を実施しています[*11], (図6)。
図6: 福岡市における下水バイオガス原料による水素製造技術の実証事業
出典: 国土交通省「下水道における水素社会への取組について」
https://www.mlit.go.jp/common/001120066.pdf, p.7
同事業により製造される水素は、1日に発生する下水バイオガス2,400立法メートルに対し、3,300立法メートル(燃料電池自動車約65台分に相当)に及びます。
福岡市では、2014年に建設した下水バイオガス水素ステーションを核として、下水バイオガス由来の水素を活用する取り組みも進めています。2016年には、水素を使用した燃料電池トラックの貨物輸送実証を市内にある天神地区において開始しました[*12]。
また、2022年には、トヨタ自動車株式会社と株式会社本田技術研究所が共同で構築した、水素で走行する移動式発電・給電システム「Moving e(ムービング イー)」を世界で初めて導入するなど、水素エネルギーの地産地消に取り組んでいます[*13], (図7)。
図7: Moving eイメージ
出典: 福岡市「水素で走行する移動式発電・給電システム『Moving e』を導入」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/53617/1/suisodesoukousuruidoushikihatsudenkyudenshisutemumovingewodounyu.pdf?20230210173513, p.1
「Moving e」は、バスとしての走行だけでなく、災害時には避難所、平時にはイベント等でも活用できる移動型の給電システムです。
下水汚泥由来の水素製造のこれから
今後、全国各地の下水処理場において、福岡市のような取り組みが広がることによって、再生可能エネルギーの地産地消の推進にもつながります。
福岡市の下水汚泥由来の水素製造事業は、国土交通省の下水道革新的技術実証事業の採択を受けて実施されており、当技術の普及に向けて国土交通省は、ガイドラインを策定し、公表しています[*14]。
各地域が様々な水素需要に合わせてサプライチェーンを構築しつつ、ガイドラインを活用した水素製造を行うことで、有効的な下水汚泥の活用および脱炭素化につながると言えるでしょう。
参照・引用を見る
*1
東洋経済新報社「10万台の車が『下水から作った水素』で走る日」
https://toyokeizai.net/articles/-/234610
*2
公益社団法人 日本下水道協会「下水処理の仕組み」
https://www.jswa.jp/sewage/operation-public/
*3
東京都下水道局「下水処理の解説」
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/about/e4/fukyu/kaisetsu/index.html
*4
国土交通省「下水道の維持管理」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000135.html
*5
環境省「メタンガス化が何かを知るための情報サイト」
https://www.env.go.jp/recycle/waste/biomass/whatisbiogass.html
*6
豊橋市上下水道局「豊橋市バイオマス資源利活用施設整備・運営事業」
https://www.city.toyohashi.lg.jp/30705.htm
*7
佐賀市上下水道局「佐賀市下水浄化センターの取り組み」
https://www.water.saga.saga.jp/main/5806.html
*8
国土交通省 水管理・国土保全局 下水道部 下水道企画課「下水道における水素製造・利用の取組」
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/006_s02_00.pdf, p.2
*9
国土交通省「下水道からの『水素』製造技術をガイドライン化 ~下水バイオガス由来の水素を燃料電池自動車に供給~」
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/kisya/journal/kisya20161031.pdf, p.2
*10
資源エネルギー庁「『水素エネルギー』は何がどのようにすごいのか?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
*11
国土交通省「下水道における水素社会への取組について」
https://www.mlit.go.jp/common/001120066.pdf, p.7
*12
福岡市「下水からつくった”グリーン水素”を天神の貨物輸送に活用します!」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/53617/1/FCtruck.pdf?20230210173513, p.1, p.2
*13
福岡市「水素で走行する移動式発電・給電システム『Moving e』を導入」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/53617/1/suisodesoukousuruidoushikihatsudenkyudenshisutemumovingewodounyu.pdf?20230210173513, p.1
*14
国土交通省「下水道革新的技術実証事業」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/mizukokudo_sewerage_tk_000450.html