脱炭素化に向けたダムの動向は? 既存のダムを有効活用する「高度運用」

地球温暖化が深刻化し、台風や洪水、土砂崩れなどの水害が甚大化するなかでは、治水機能や利水機能を持つダムの役割がこれまで以上に増しています。

一方で、国内で新たにダムを建設できる適地にも限りがあります。そのような制約のなかで近年動きが加速しているのが、ダムにおける脱炭素化です。

それでは、脱炭素化のさらなる推進に向けて、ダムではどのような取り組みが行われているのでしょうか。詳しくご説明します。

 

ダムの役割と国内における設置の現状

様々な機能を持つダム

  
ダムとは、水を貯めることで水の量を増やしたり、減らしたりする施設のことです。ダムには、川の氾濫を防ぐ役割のほか、水が枯渇したりしないように水量を調整する治水機能や、貯水池に貯めた水を利用して電気を作り出す発電機能など様々な機能があります[*1], (図1)。

図1: ダムの役割
出典: 株式会社大林組「ダムの基礎知識」
https://www.obayashi.co.jp/damworld/lesson/

ダムの用途別種類と国内における設置数

  
ダムは、構造によって様々な種類に分類できますが、大きくは、発電ダムと治水ダムの2種類に分けられます[*2], (図2)。

 

図2: 用途による分類(左が発電ダムで右が治水ダム)
出典: 一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会「1. 発電専用ダムの特徴」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_05.pdf, p.1

発電ダムは、水が持つ位置エネルギーを利用して電気を作り出すダムです。貯水池に貯めた水を放流し、発電機に繋がった水車を回すことで発電します。

一方で、治水ダムとは、台風や大雨による被害を軽減する洪水調整機能を持つダムのことです[*3]。

2014年時点で、国内でダムは2,750基設置されています。その内、発電ダムは639基、治水ダムは445基、発電と治水用途を兼用する多目的ダムは218基、それ以外のダム(農業用水ダムや工業用水ダムなど)は1,448基設置されています[*4]。

 

脱炭素化におけるダム発電への期待

気候変動により深刻化する水害

  
地球温暖化によって水害の深刻化が懸念されています。国土交通省の試算では、気温が2℃上昇すると、降雨量は1.1倍、水路に流れる水の量は約1.2倍、洪水発生頻度は約2倍にまで上昇するとされています[*4], (表1)。

表1: 気温上昇による降雨量等の変化

出典: 一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会 水循環委員会「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_02.pdf, p.3

現時点でも被害が深刻化しており、2008年から2017年における短時間強雨の発生件数は、約30年前の約1.4倍にまで増加しています。また、2012年以降、全国の約3割の地点で、1時間当たりの降雨量が観測史上最大を更新するなど、気温上昇によって降雨の強度は増しています[*5]。

大規模ダムにおける水力発電の促進

発電用や治水用など様々な用途で活用されるダムですが、近年、水害対策や気候変動対策のため、その重要性はこれまで以上に高まっています。

特に、現在政府は2050年までに温室効果ガス排出量を全体としてゼロにするカーボンニュートラル目標を定めており、水力発電のさらなる活用が期待されています[*4], (図3)。

図3: 2050年カーボンニュートラル目標に向けた温室効果ガス排出量の削減目標
出典: 一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会 水循環委員会「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_02.pdf, p.4

石炭火力発電を水力発電に新たに置き換えることで、0.4億トンのCO2削減効果が期待できます。実際、水力発電の製造から運用までのライフサイクル全体における発電量あたりのCO2排出量は他の発電方法と比較しても低く、環境に優しいエネルギーです[*4], (図4)。

図4: 日本の電源種別ライフサイクルCO2の比較
出典: 一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会 水循環委員会「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_02.pdf, p.12

また、水力発電は太陽光発電や風力発電と異なり、気候条件に左右されずに安定的に発電ができるベースロード電源として運用することが可能です[*6]。

現在、河川や農業用水、上下水道を活用して発電を行う中小水力発電の導入が進んでいますが、発電量に対する建設コストが高くなってしまうなどの課題もあります。そのため、安定的に運用が可能な大規模ダムにおける水力発電の促進が重要になっています。

ダムの脱炭素化に向けた動き

既存ダムの高度運用に向けた検討

  
治水対策や地球温暖化対策の両面で更なる活用が求められるダムですが、大規模ダムの建設は環境負荷が大きく、新たに設置できる適地が少ないという課題があります[*7]。

発電水力調査では、国内における包蔵水力(技術的・経済的に利用可能な水力エネルギー量)について、出力10万kW以上の大規模発電が可能な未開発地点は2か所、5万kW以上10万kW未満の水力エネルギー量のある未開発地点は13か所のみと、限られています[*8]。

このような制約を克服するため、現在、既存の発電・治水それぞれの専用ダムを改修し、両方の役割を担わせる「高度運用」に向けた取り組みが検討されています[*9]。

本来、貯水池を空にして洪水を貯め込む治水ダムと、貯めた水を発電に使う発電ダムは、相反関係にあります。そのため、両機能を備えたダムは限られています。治水と発電両方の役割を担う多目的ダムも一部存在しますが、多目的ダムでは治水容量と利水容量を明確に区分する「制限水位」を定め、これをルールとして運用されてきました。

しかしながら、降雨量を予測し、降雨量が少ない時期や時間帯には制限水位以上の水を貯めることで発電量を高め、降雨量が多くなる場合には発電量を減らし、治水空の容量を増やすことで有効にダムを活用することができます。

企業や業界団体、大学の研究者等で構成される日本プロジェクト産業協議会は、2021年に「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」と題する提言を公表しました[*7, *9], (図5)。

図5: ダムの高度運用概念図
出典: 特定非営利活動法人 国際環境経済研究所「治水強化と水力発電増電に向けたダム管理のパラダイムシフト」
https://ieei.or.jp/2022/01/expl220117/

本提言では、従来固定的に設定されていた「制限水位」を、アンサンブル手法(多数の予報を行うことで、予報結果のばらつきを確率的に捉える手法)やデータを用いた降雨予測技術の導入により柔軟に変更できるようにする取り組みの推進や、既存ダムへの放流管の新設・増設による放流可能量強化が提案されています[*4]。

例えば、高度運用実現に向けた柱となるアンサンブル手法は、コンピューターによる降雨予測の進歩により運用が可能になってきています。現在、京都大学防災研究所では、降雨量や水位の最大、中位、最小など様々なケースを予測し、5日から7日前に貯水量を判断できるようにする研究が行われており、IT技術による最適化が進められています[*7]。

先述の通り、高度運用の実現によって、水力発電量の増加にもつながります。現在国などが管理する70の多目的ダムで高度運用が実現すると、約15%から20%の発電量増加につながる可能性があると試算されています[*9], (図6)。

図6: 国内における目的ごとのダム数
出典:一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会 水循環委員会「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_02.pdf, p.9 

降雨予測技術による治水機能と発電機能の両立を目指すことで、新たなダムの建設に伴う環境負荷を生むことなく、ダムの脱炭素化を図ることができます。

多目的ダムにおける治水・利水機能の強化

  
既存の多目的ダムにおいても、大規模な改修によって治水・利水機能を強化する取り組みが実施され始めています[*7]。

国土交通省は現在、既存の多目的ダムにおける洪水調整能力と発電能力を高めるための事業を進めており、既に全国約30か所で改修が進んでいます。

例えば、岐阜県にある新丸山ダムは、再開発によって堤高を約20メートルかさ上げし、洪水調整と発電能力を高めました[*10], (図7)。

図7: 新丸山ダム再開発による貯水池の容量増量
出典: 国土交通省中部地方整備局 新丸山ダム工事事務所「新丸山ダム建設事業説明資料」
https://www.cbr.mlit.go.jp/kikaku/jigyou/data/pdf/h2701_shiryou09.pdf, p.2

改修工事によって、さらなる強雨等への対応を実現するとともに、既設の発電所において最大出力を10%以上増加させ、最大出力210,500kWの発電を実現しました。

このような既存ダムを有効活用する取り組みも、近年のダムにおける脱炭素化のトレンドとなっています。

 

既存ダムのさらなる有効活用がカギ

水害や地球温暖化への対策など緊急性の高い問題に対応するため、引き続き国や自治体、事業者が連携してダムの脱炭素化等に取り組むことが求められています。

一方で、新規ダムの建設余地が少なくなっている現状では、既存のダムの拡張や機能の高度化などによって対応していくことが不可欠です。

降雨予測など最新の技術によってダムを有効活用することで、国内の再生可能エネルギーの容量拡大と防災の両面を推し進めることに繋がります。

 

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参照・引用を見る

*1
株式会社大林組「ダムの基礎知識」
https://www.obayashi.co.jp/damworld/lesson/ 

*2
一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会「1. 発電専用ダムの特徴」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_05.pdf, p.1 

*3
一般財団法人 日本ダム協会「ダムによる洪水調節の仕組み」
http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=359 

*4
一般社団法人 日本プロジェクト産業協議会 水循環委員会「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_02.pdf, p.3, p.4, p.7, p.9, p.12

*5
国土交通省「気候変動に備える治水対策の推進(適応)とダムの高度利用によるカーボンニュートラル(緩和)への貢献」
http://www.japic.org/information/assets_c/2022/05/20220513_03.pdf, p.5, p.7, p.9 

*6
資源エネルギー庁「水力発電は安定供給性にすぐれた再生可能エネルギー」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiryokuhatuden.html 

*7
株式会社 日本経済新聞社「既存ダムで治水と脱炭素両立 降雨予測とIT化がカギ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD14ACA0U2A410C2000000/ 

*8
資源エネルギー庁「日本の水力エネルギー量」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/hydroelectric/database/energy_japan006/ 

*9
特定非営利活動法人 国際環境経済研究所「治水強化と水力発電増電に向けたダム管理のパラダイムシフト」
https://ieei.or.jp/2022/01/expl220117/ 

*10
国土交通省中部地方整備局 新丸山ダム工事事務所「新丸山ダム建設事業説明資料」
https://www.cbr.mlit.go.jp/kikaku/jigyou/data/pdf/h2701_shiryou09.pdf, p.2 

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