新型コロナウイルスの蔓延は私たちの働き方に大きな変化をもたらしました。なかでもテレワークの急増はその代表といえるでしょう。
テレワークの普及の影響としてまずいわれるのが、オフィスでのエネルギー消費量の減少と、自宅でのエネルギー消費量の増加です。こう考えるとエネルギーを消費する場所が職場から自宅に移っただけのようにみえますが、オフィスにおいて大人数が集約的に仕事をする場合と、個々の家で仕事をする場合ではエネルギー効率は異なるでしょう。
またテレワークが可能になったことで、家賃の高い都心から郊外へ引っ越す動きも見られました。家が大きくなったり、出勤における移動距離がこれまでより増えることはエネルギー消費を増大させます。また、ECサイトでの買い物が増えれば、輸送によるエネルギー消費は増加します。
このように、エネルギー消費はライフスタイルの変化の影響を受けるために複雑です。そこで、いくつかの観点からテレワークの普及とエネルギー消費の関係性について解説します。
テレワークの普及にともなうエネルギー消費の変化
オフィスにおいては、テレワークにより消費するエネルギーが減ると考えられますが、そう単純ではありません。たとえば、オフィスのコンピューターに外部からアクセスするために常時通電していると、エネルギー消費の減少率は低下します。
家庭においても、普段から家族と同居している場合と単身者では、その影響は異なります。
さらに、郊外へ引っ越した場合、住宅とオフィス間の移動距離が伸びたり、車の利用が増えることもあるでしょう。
そのため、テレワークによるエネルギー消費の変化を検討するうえでは、生活スタイルの変化にともなう間接的な影響を考慮しなければなりません。
そこで、テレワークによるエネルギー消費傾向の変化について、家庭、オフィス、交通に分けて見ていきましょう。
家庭のエネルギー消費の変化
図1は家庭でのテレワークの実施率とエネルギー消費量の関係を示しています。この図から、電力、ガス、灯油のいずれにおいても、テレワークの増加とともにエネルギー消費が増加していることがわかります[*1]。
ただしその増加はわずかであり、テレワークが15%から30%へと倍増しても、エネルギー消費量の増加は、1割程度と小幅にとどまっています。
図1: テレワーク実施率とエネルギー消費量の変化
出典: 資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.22
このような結果を理解するには、テレワークが家庭のエネルギー消費に及ぼす影響をより詳しく見ていく必要があります。そこでテレワークの影響を直接的なものと間接的なものにわけてみていきましょう。
テレワークの消費エネルギーへの直接的な影響
テレワークの直接的な影響には、家庭のエネルギー消費量の増加があげられます。表1は2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言前後の在宅時間と電力消費の変化です。この表から在宅時間が増加した世帯は78.7%におよび、在宅時間が増加した世帯の電力消費量は、在宅時間が増加していない世帯に比べて1.765倍に増加しています[*2]。
表1: テレワーク実施率とエネルギー消費量の変化出典: 資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.47
家庭でのエネルギー消費を検討するうえでは、居住者の構成についても考慮する必要があるでしょう。たとえばテレワーク中の家庭に在宅勤務者以外の居住者がいる場合には、照明や空調のエネルギー消費量はそれほど変化しません。一方、同居者がいない場合は、それまで使用されていなかった照明や空調などが純増します[*2]。
また家庭に2人の在宅勤務者がいる場合、消費電力は2倍にはなりません。表2に示すとおり、共働き世帯数の割合は68%とされており、エネルギー消費量の増減を複雑にします[*1]。
表2: 共働き世帯数の割合
出典: 資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.47
以上のように、テレワークによる家庭でのエネルギー消費量の増加は想定よりも少なく、家庭における居住者の構成などが影響しています。
テレワークの消費エネルギーへの間接的な影響
テレワークが長期化すると、それにあわせてライフスタイルが変化する傾向があります。典型例は、都市部から郊外への引っ越しです。
図2は、テレワークの普及に伴う都⼼から郊外への人口流入の動向を示しています。新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年の東京において、流入人口が大幅に減少していることがわかります[*3]。
図2: 東京圏の都県別の転入超過数
出典: 国立社会保障・人口問題研究所「新型コロナウイルス感染拡⼤と⼈⼝動態:何が分かり、何が起きるのか」
https://doi.org/10.50870/00000211, p.30
この他にもテレワークが及ぼすライフスタイルの変化は多岐にわたります。図3は、新型コロナウイルスの感染拡大によって家庭に生じたエネルギー消費量の変化要因をまとめたものです。ネットショッピングやオンライン授業、オンライン診療の増加などもあげられます[*1]。
図3: 家庭のエネルギー消費量に影響する様々な要因
出典: 資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.48
図4は、ネットショッピング利用世帯の割合を示しています。ネットショッピングの利用者は、新型コロナウイルスの感染が増加した2020年3月から5月にかけて急激に伸びています[*4]。
図4: ネットショッピング利用世帯の割合
出典: 総務省「令和3年通信情報白書 第1部 特集 デジタルで支える暮らしと経済」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd121310.html
ネットショッピングの利用は、それまで徒歩で買い物に行っていた家庭ではエネルギー消費の増加につながります。一方、それまで自家用車で買い物に行っていた家庭ではエネルギー消費の減少につながります。このようにテレワークはライフスタイルに様々な変化をもたらしますが、その影響は家庭によって大きく異なります。
オフィスのエネルギー消費の変化
テレワークによりオフィスを利用する従業員が減り、オフィス機器や照明、空調などが削減されれば、その分のエネルギー消費が家庭に移ることが予想されます。
また、利用者の減少にあわせてオフィスを小さくすると、テレワークの実施率10%当たりで1.4%〜1.6%程度エネルギー消費が減少します。
しかし2020年の緊急事態宣言時のテレワーク実施率は35%程度、エネルギー消費量は最大で5.6%程度の減少にとどまりました[*1, *2]。エネルギー消費が大きく減少しない理由は、家庭と同様にテレワークによるエネルギー消費の変化が多岐にわたるためです。
たとえば、オフィス機器には待機電力があり、オフィスにおけるコンピューターとディスプレイは、オフィスのコンセントに刺された電気消費量の70%を占めますが、コンピューターの40%は、手元にあるデバイスから、離れた場所にあるデバイスをネットワーク経由で遠隔操作するリモートデスクトップとして使われたり、クラウドサーバーを更新したりする目的で、電源が入れたままになっています[*5]。
またオフィスビルはもともと、十分な人数が出勤しているときにエネルギー効率が良くなるように設計されているために、使用している床面積が小さくなってもそれほどエネルギー消費が減りません。たとえばオフィスの天井照明は、照明によるエネルギー消費の大部分を占めていますが、オフィス利用者の人数にあわせて調整することが難しいです。空調についても区画ごとに制御できない場合が大半です[*6]。
以上のことから現状では、テレワークによるオフィスのエネルギー消費の減少は数%と限定的です。今後はオフィスを有効活用できるように、オフィスの中で個人が固定したデスクを持たずに、その日空いている好きな席を利用するフリーアドレス化を進めるだけでなく、予めテレワークを想定してオフィスを設計する必要があります。
交通エネルギー消費の変化
テレワークによって通勤が減れば、交通エネルギー消費の減少が見込まれます。具体的には、新型コロナウイルスの影響下において1週間に平均で3日程度まで出勤日数が減少しました[*1]。
図5は、自動車ガソリン需要の推移です。新型コロナウイルスの感染が増加した2020年4月頃において、ガソリン需要が大きく減少しています。とくに自家用車による移動に関連した自家用旅客については2割程度の減少がみられます[*1]。
図5: 自動車ガソリン需要の推移
出典: 資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.27
飲食店や学校をはじめ様々な施設が閉鎖されるなど多くの活動が制限されているため注意が必要ですが、これらのガソリン需要の減少にはテレワークの影響が含まれていると考えられます。
また郊外に引っ越した在宅勤務者は、新たに車を購入したり、大きな車に買い替えたりする傾向がみられます。また、都心では徒歩圏で買い物をしていたのに、引っ越し後は大型ショッピングモールに車で買い物に行く頻度が増える場合があります。
さらに近年では、都心と郊外の二拠点居住のようなライフスタイルも選択肢の一つとなっています。
こうした様々な事情から、交通に関するエネルギー消費量はテレワークの普及によって増加する場合もあるのです。交通のエネルギー消費は、街の構造や交通手段、その地域の気候や、個人のライフスタイルによって大きく変わりますが、テレワークが増えたことでさらに複雑化しています[*7, *8, *9]。
テレワークに適した環境づくり
多くの調査によると、テレワークによってエネルギー消費傾向は若干のマイナスとなるものの、劇的な減少にはつながらないとされます。その原因はテレワークによる生活変化のなかにエネルギー消費を増加させるものが多く含まれたり、オフィスがテレワークに対応していないことなどが挙げられます。
しかしこれらは現在のシステムを継続した場合の予測です。テレワークに最適化されたオフィスや家庭環境を構築することで、エネルギー消費量の改善が見込まれており、積極的な取り組みが期待されます。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「令和2年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000216.pdf, p.21,22,27,31,46,47,48
*2
山口容平・下田吉之「在宅勤務によるエネルギー消費の変化」
https://www.kinki-shasej.org/upload/pdf/kankyou3482.pdf, p.3, 6
*3
国立社会保障・人口問題研究所「新型コロナウイルス感染拡⼤と⼈⼝動態:何が分かり、何が起きるのか」
https://doi.org/10.50870/00000211, p.30
*4
総務省「令和3年通信情報白書 第1部 特集 デジタルで支える暮らしと経済」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd121310.html
*5
H.Burak Gunay et.al「Modeling plug-in equipment load patterns in private office spaces」
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0378778816301268
*6
William O’Brien et.al「Do building energy codes adequately reward buildings that adapt to partial occupancy?」
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/23744731.2019.1581015
*7
Jack M. Nilles「The State of California Telecommuting Pilot Project Final Report」
https://www.jala.com/CalFinal.PDF, p.44
*8
Zhu P., Mason S.G. 「The impact of telecommuting on personal vehicle usage andenvironmental sustainability」
https://link.springer.com/article/10.1007/s13762-014-0556-5, p.1
*9
国土交通省「平成26年度国土交通白書」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h26/hakusho/h27/pdf/np102100.pdf, p.43,48,49