小水力発電とは、河川や農業用水路などを利用した小規模な水力発電のことです。出力の大きさに関する区分にはさまざまな定義がありますが、一般的な水力発電のような大規模なダムを伴わない水力発電設備を指します。
小水力発電は、発電時に二酸化炭素を排出しない環境に優しい再生可能エネルギーでもあり、天候に左右されないというメリットを持っています。
豊かな水資源に恵まれた富山県では、県内のいたるところで小水力発電の開発が進められています。2021年の時点で県内で54カ所もの小水力発電所が稼働しており、今後更なる普及を目指しています。
この記事では、脱炭素社会の実現に貢献する小水力発電の特徴と課題、そして富山県での小水力発電の取り組みについて紹介します。
小水力発電の特徴とは?
出力の小さい水力発電である小水力発電ですが、世界的に統一された具体的な定義はありません。
たとえば、ESHA(European Small Hydropower Association:ヨーロッパ小水力発電協会)では、小水力発電の出力を「10,000kW以下」と定義しており、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)の水力実施協定では、出力は定義せず、大規模なダム開発を伴わない、環境に配慮された設備を小水力発電としています[*1]。
日本の電力業界では、以前から最大出力「10,000kW以下」の水力発電設備を小水力発電として扱ってきました。
一方で、「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新エネ法)」で定義される新エネルギーとしての小水力発電は、最大出力「1,000kW以下」の比較的小規模な発電設備を総称したものです。
一般的には水力発電は出力によって表1のように分類されており、1,000kW以下の小規模な発電設備はミニ水力、マイクロ水力と呼ばれます[*2]。
表1: 水力発電の発電出力の区分出典: 環境省「小水力発電情報サイト」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/shg/page01.html
小水力発電は、水の流れを利用した発電方式ですが、ダムのように大規模構造物を建設して水を貯めることなく、河川などの高低差を利用して発電するものが一般的です。
河川の落差を確保するためにバイパスを設置する「水路式」、落差がある用水路などに発電機を直接設置する「直接設置式」、減圧バルブによる水圧を利用する「減圧設備代替式」、既存のため池やプールを活用した「現有施設利用」の4つの方式があります[*3], (表2)。
表2: 小水力発電の発電方式出典: 環境省「小水力発電情報サイト」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/shg/page02.html
つまり小水力発電は、大規模な水力発電の簡易版や機能省略版というわけでありません。そのため、小水力発電独自の技術の開発や技術者の育成が必要です。
その他にも小水力発電には、「地域密着型」であるという特徴があります。
小水力発電は公営事業として認められているため、県や市などの自治体の企業局が事業主体として運営しているケースも多く見られます。
水の高低差を利用して発電する小水力発電は、原理がシンプルなので、地元の施工業者などの民間企業、NPO、個人などのさまざまな事業者が参画しやすいところが強みでもあります[*1, *4]。
落差と流量のあるところであれば発電可能なので、自然河川の他にも農業用水路、砂防ダム、上下水道施設などを活用できます[*5], (図1)。
図1: 小水力発電の事例
出典: 長野県「中小水力発電導入の手引き」(2017)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kigyo/kurashi/ondanka/shizen/documents/guidebook2.pdf, p.4
さまざまな事業者が参画しやすい小水力発電の導入が進めば、地域活性化や雇用促進にもつながることが期待されています[*1, *4]。
小水力発電のメリットと現状の課題
小水力発電は、すべて国内でまかなうことのできる純国産の再生可能エネルギーです。
石油や天然ガスなどの資源に恵まれていない日本において、小水力発電は自国の資源を活用できる貴重なエネルギー源の一つと言えます。
小水力発電は、他の再生可能エネルギーと比較してもメリットがあります。
まず、小水力発電は設備利用率が70%程度で、太陽光発電や風力発電と比較して効率よく設備を使用することができます[*3], (表3)。
設備利用率とは、発電所の総供給設備容量に対する平均電力の比率で、設備がどのくらい有効に使用されているかを示す指標となる数値です[*6]。また、一度発電所を建設すれば、その後数十年にわたって長期稼働することができます[*7]。
表3: 主な再生可能エネルギー発電の特徴と比較出典: 環境省「小水力発電情報サイト」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/shg/page02.htm
さらに、小水力発電は、発電時に二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーでありながら、気候や時間帯に左右されず一日中安定して発電することが可能で、出力変動が少ないため、電力品質に悪影響を与えることなく系統の安定に寄与します。
また、水力発電自体はすでに長い歴史があり、数多くの技術やノウハウが蓄積されているところもメリットの一つです。
事前調査や土木工事も比較的容易なので、機器の規格化・量産化によって発電コストを下げることができれば、経済性を高めることができます[*3], [*7]。
一方で、小水力発電の普及にはまだまだ課題もあります。
例えば、水の使用には「河川法」をはじめとしたさまざまな法律が関係するため、新たに事業者に参入する場合は、法的手続きが煩雑になります。
水利権は地元の漁業関係者との調整が必要になるうえに、地域の自然環境にも影響を与えるため、地域住民の理解を得ることも不可欠です[*7, *8]。
富山県における小水力発電導入促進の取り組み
北アルプス立山連峰など三方を山岳地帯で囲まれた富山県は、3,000m級の急峻な山から1年を通じて豊富な水が流れる急流河川が多数あります。年間降水量も多く豪雪地帯なので、水力発電に適した条件が揃っている地域です。
富山県の包蔵水力(水力発電として利用できる水力エネルギー量)は全国第二位、そして水力発電の開発電力量は全国第一位です[*9]。
日本を代表するダムの一つである黒部ダムも、富山県東部にある黒部川水系を利用しています。
富山県では明治時代末期から豊かな水資源を活用した水力発電の開発が進められており、現在も県内の約6割を水力発電が占めています[ *9], (図2)。
図2: 富山県内の発電電力量構成比(2020年度)
出典: 富山県「富山県再生可能エネルギービジョン改定検討会議」(2021)
https://www.pref.toyama.jp/documents/21915/mat02.pdf, p.13
このように富山県は、環境負荷の少ないエネルギー基盤を形成した、日本有数の再生可能エネルギー先進県です。
次の図3は、富山県内の再生可能エネルギー導入状況です。太陽光発電やバイオマス発電も多く導入されていますが、小水力発電の開発も県内のさまざまな地域で進められています[*9], (図3)。
図3: 富山県における再生可能エネルギー導入状況
出典: 富山県「富山県再生可能エネルギービジョン改定検討会議」(2021)
https://www.pref.toyama.jp/documents/21915/mat02.pdf, p.15
県民・事業者・行政が一体となって再生可能エネルギーの導入を推進する富山県では、「水の王国とやま 小水力発電導入促進プロジェクト」が積極的に取り組まれています。
このプロジェクトでは、農業用水路や中小河川での小水力発電の整備を進んでおり、2021年には53カ所の小水力発電所が稼働しています[*9]。
富山県ではさらなる目標として、「令和8年(2026年)までに60カ所以上」を掲げています[*10]。
発電事業者の多様化も進んでおり、2024年には脱サラした個人が立地調査から資金調達まで手がけた新たな小水力発電施設が稼働する予定です。すでに水力発電の開発が進んでいる富山県では、未開発資源は残り少ないため、小水力発電の積み上げによって脱炭素を進めています[*11]。
次の図4は、富山県内にある農業用水路を利用した主な小水力発電所の位置図です[*12]。
図4: 農業用水小水力発電所位置図
出典: 富山県「もっと使おう、水のパワー」
https://www.tym-midori.net/pamphlet/pdf/syosuiryoku.pdf, p.5, p.6
2009年に運用開始した仁右ヱ門用水発電所は、県営では全国初の農業用水路を利用した小水力発電所です[*13]。
県営の小水力発電所は次々と設置されており、2015年に竣工した小摺戸発電所では、経済産業省の「小水力発電導入促進モデル事業」の採択受け、以下の4つの新たな技術開発に取り組んでいます[*14]。
図5: 小水力発電の 4つの新たな技術開発の取り組み
出典: 富山県「概要」
https://www.pref.toyama.jp/7104/kendodukuri/jougesuidou/suidou/hatsudensho/kj00015832/kj00015832-001-01.html
この技術開発は、イニシャルコストと保守点検費用の低減を目的としており、実証実験によって実用に支障がないことが確認されています。
既存の農業用水路を活用した小摺戸発電所の年間可能発電量は約2,800MWhで、一般家庭の750世帯分に相当します[*15]。
水資源に恵まれた日本において、小水力発電のポテンシャルが高い地域は富山県だけではありません。富山県の他にも、静岡県、長野県、岐阜県、鹿児島県で、小水力発電所が多く設置されています[*4]。
まとめ
山地が多く、水が豊富な日本では古くから水力発電が積極的に導入されており、技術を確立してきました。
再生可能エネルギーの一つである小水力発電は、設備利用率の高さや安定した出力など、他の再生可能エネルギーとは異なる特徴を持っています。
原理が比較的シンプルで農業用水路などの身近な場所に設置できるため、発電事業者だけでなく、自治体や個人などの多様な事業者が参入しています。また、以前は初期コストなどの経済性にも課題がありましたが、再生可能エネルギーを一定価格で買い取るFIT制度の導入によってハードルは低くなり、現在は新規参入者が増加しています。
小水力発電は発電量は少ないものの、エネルギーの地産地消や地域活性化、そして再生可能エネルギーの多様化に貢献する存在です。
小水力発電の経済性を高める技術開発もおこなわれており、今後さらなる普及や促進が期待されています。
参照・引用を見る
*1
全国小水力利用推進協議会「小水力発電とは」
http://j-water.org/about/
*2
環境省「小水力発電情報サイト」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/shg/page01.html
*3
環境省「小水力発電情報サイト」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/shg/page02.html
*4
経済産業省資源エネルギー庁「【インタビュー】『日本の環境に適した小水力発電は、地域の活力を生みだすもとになる』―上坂博亨氏(前編)」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/interview11uesaka01.html
*5
長野県「中小水力発電導入の手引き」(2017)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kigyo/kurashi/ondanka/shizen/documents/guidebook2.pdf, p.4
*6
パワーアカデミー「電気工学用語集 設備利用率」
https://www.power-academy.jp/learn/glossary/id/985
*7
経済産業省資源エネルギー庁「再生可能エネルギーとは 水力発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/renewable/water/index.html
*8
経済産業省資源エネルギー庁「【インタビュー】『日本の環境に適した小水力発電は、地域の活力を生みだすもとになる』―上坂博亨氏(後編)」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/interview11uesaka02.html
*9
富山県「富山県再生可能エネルギービジョン改定検討会議」(2021)
https://www.pref.toyama.jp/documents/21915/mat02.pdf, p.13, p.15, p.18, p.19
*10
富山県「企業局の小水力発電」(2021)
https://www.pref.toyama.jp/7104/kendodukuri/jougesuidou/suidou/kj00012559.html
*11
日本経済新聞「『水力立県』富山、小水力発電多様に 信託式や個人開発」(2023)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC148UN0U3A810C2000000/
*12
富山県 「もっと使おう、水のパワー」
https://www.tym-midori.net/pamphlet/pdf/syosuiryoku.pdf, p.5, p.6
*13
富山県 「仁右ヱ門用水発電所」
https://www.pref.toyama.jp/7104/kendodukuri/jougesuidou/suidou/hatsudensho/kj00011649/index.html
*14
富山県 「概要」
https://www.pref.toyama.jp/7104/kendodukuri/jougesuidou/suidou/hatsudensho/kj00015832/kj0015832-001-01.html
*15
経済産業省資源エネルギー庁 「富山県小摺戸地点小水力発電実証事業」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/guide/pdf/jirei_53.pdf