デンマークの首都、コペンハーゲン。世界初のカーボンニュートラル都市になるという目標を掲げるこの都市に、2019年、「コペンヒル(CopenHill)」が誕生しました[*1]。
「ごみの山」の上に築かれたユニークな施設のコンセプトは「快楽主義的持続可能性」。
カーボンニュートラルを目指すデンマークではその目標に向けたさまざまな取り組みがみられますが、その中でも最大規模を誇るコペンヒルとは、どのような施設なのでしょうか。
複合的な機能
コペンヒルはコペンハーゲン市内中心部近くのアマー(Amager)という工業地帯にあります。高さ85メートル、屋上の緑地が1万平方メートル、全長450メートルという巨大な施設です[*1, *2], (図1)。
図1: コペンヒルの外観
出典: Bjarke Ingels Group「PROJECTS」
https://big.dk/#projects
誕生の背景
2011年、コペンハーゲンで、築50年の廃棄物発電プラント「アマー・バッケ」建て替えのためのコンペが行われました[*1, *2],。
満場一致で優勝したのは、世界的に活躍するデンマークの建築家、ビャルケ・インゲルス氏が率いるBIG建築事務所。ちなみにインゲルス氏は、トヨタ自動車の実証スマート都市建設プロジェクト「Woven City」の設計も担当しています。
BIGのアイディアはアマ―・バッケの屋根にスキー場をつくり、コペンハーゲンに新たなランドマーク(その地域の目印となるもの)をつくるというもの。このコペンヒル完成までにかかった年月は9年、費用は約5億ユーロでした。
コンセプトは「快楽主義的持続可能性(hedonistic sustainability)」。このコンセプトには、「サステナブルな街づくりとは、環境によいだけでなく、市民が生活をもっと楽しめるようにすること」というインゲルス氏の考えが反映されています[*3]。
コペンヒルの目的は、廃棄物管理・エネルギー生産、環境保全、レクリエーション、環境教育・啓発と様々です[*1]。
この多様な機能がどのようなものかみていきましょう。
廃棄物発電プラント
上掲の図1には巨大な煙突が見えます。
コペンヒルの廃棄物発電プラントは、ARC社(Amager Resource Centre)が運営しています[*1, *4]。
ARC社はコペンハーゲン市周辺の5つの地方自治体が出資している公共会社です。
このプラントでは、年間44万トンの廃棄物をクリーンなエネルギーに変換し、地域の15万世帯に電力と地域暖房を届けています[*1, *5], (図2)。
地域暖房とは、地域内の建物群に地域冷暖房プラントから、温水・蒸気などを地域導管を通して供給し、暖房・給湯などを行うシステムのことです[*6]。
図2: 廃棄物発電プラント
出典: Bjarke Ingels Group「PROJECTS」(左図)、ARC「Teknik」(右図)
https://big.dk/#projects, https://a-r-c.dk/amager-bakke/teknik/
サイロ(貯蔵庫)は、30×50メートル、高さ36メートルで、約22,000トンの廃棄物を貯蔵することができますが、この量は地域の自治体から排出される3週間分の廃棄物量に相当します[*5]。
炉は2つあり、それぞれ1時間当たり25~42トンの廃棄物を処理でき、廃棄物1トンにつき2.7MWhの地域暖房と0.8MWhの電力を生産することができます。
コペンヒルのシステムは、廃棄物管理・エネルギー生産の模範的なモデルといわれています。そのシステムをより詳しく見てみましょう。
エネルギーへの変換
廃棄物のエネルギーの90%は高圧蒸気に変換されます[*5]。
2つのボイラーでつくられる蒸気は摂氏440度の高温になり、スチーム・レールと呼ばれる
蒸気パイプに集められて、そこから蒸気タービンに送られます。
蒸気タービンは、シャフトに取り付けられた一連の羽根車で構成され、蒸気が羽根車を通っ
て膨張すると運動エネルギーが発生し、シャフトが回転し始めます。シャフトは発電機に接
続されており、エネルギーを電気に変換します。
発電量は最大63MWです。
ちなみに、100MWは約3万1,000世帯分の年間消費電力量に相当します[*7]。
地域への暖房供給
タービンが蒸気から圧力と熱を奪っても、熱エネルギーはまだ残っています。残ったエネル
ギーは地域熱交換器で利用されます[*5]。
熱交換器では、地域暖房用の水が加熱され、地域暖房ネットワークに送られます。水中の熱が消費者によって利用されると、水は戻されて再び加熱されるしくみです。
このような地域暖房の生産量は最大247MWです。
電力と地域暖房の生産は、消費者のニーズに合わせてカスタマイズされています。
大量の電力が必要な場合は、すべての蒸気をタービンに通す一方で、地域暖房が大量に必要な場合は、蒸気を直接、熱交換器に送ります。
こうしたプラントでは廃棄物は資源であり、大量のエネルギーが必要な場合は、より多くの廃棄物をエネルギーに変換します。
デンマークは、2020年、電力セクターで消費された電力量の50%がVRE(気象条件により発電量が変わる変動性再生可能エネルギー)で、電力システムにおけるVREのシェアが世界で最も高い国です[*8]。
需要に合わせて調整可能な機能をもつこのプラントは、発電量が変動的なVREを補完する存在なのです。
スラグのリサイクル
残余廃棄物を焼却すると、重量の17~20%がスラグとして残ります。スラグは、廃棄物の灰、砂利、砂、金属、その他の燃えない物質です[*5]。
スラグは別のスラグサイロに集められ、選別工場に運ばれます。そこで3〜4か月間、水をかけながら回転させます。
こうした作業によって、200キログラムのスラグに対して、10~15キログラムの金属がリサイクル用に選別されます。
排ガス洗浄・CO2回収
アマ―・バッケの排ガス洗浄は世界でトップクラスです[*5]。電気フィルターで排ガスに含まれるダストと灰の大部分が除去され、その後、NOx(窒素酸化物)も除去されます。
また、排ガスからのCO2回収にも取り組んでおり、廃棄物発電プラントでのCO2回収によって、燃料の約半分がカーボンニュートラルです。
モニタリング
アマー・バッケのプラントは、1日24時間、1年365日稼動しつつ、全プロセスを24時間体制で監視しています[*5]。
現在は、約1万のアラームポイントと視覚システムを含む管理・規制・監視システムを通じて、制御室の従業員が全プロセスを監視しています。
「自然」の中でのレクリエーションと啓発
コペンヒルはさまざまなアクティビティが楽しめるレクリエーション・センターとしても稼働しています。
スキーやスノーモービル、ジョギング、ハイキングだけでなく、建物の巨大な壁面ではボルダリングが楽しめ、カフェやレストランもあります[*9]。
ただし、コペンヒルは単にレクリエ―ションを提供する場ではありません。
ルーフ・ナチュラルパーク
インゲルス氏はコンペで「イメージとしての自然」を提唱しました。それを本物の自然として再現させたのは、庭園プロジェクトの経験豊富なデンマークの建築事務所、SLAです[*3]。
SLAはコペンヒルの屋上に、「ルーフ・ナチュラルパーク」をつくりました[*9], (図3)。
図3: 屋上のスロープ
出典: COPENHILL「WELCOME TO COPENHILL NEWS&EVENTS」
https://www.copenhill.dk/en/
屋上のスロープは人工芝と天然芝をミックスし、一年中スキーやスノーボードが楽しめます。その周辺はハイキングやジョギングのコースとして利用されています[*3]。
スロープの周囲には北欧の植物を配置し、鳥が訪れ、虫も生育する空間をつくっています。
SLAは北欧の山々、気候、特有の生物、植物について丹念に調べ、生物の多様性やエコシス
テム(ある領域の生き物や植物が互いに依存しながら生態を維持する関係)にも注目しま
した。
植えたのは、96本の大木と約200本の小木。耐久力と順応性、美的にすぐれた植物を選び、1,200平方メートルの面積にイバラなどの低木を約7,000本、2,000平方メートルに牧草を植え、スキースロープを含む11,000平方メートルに植物の種を撒きました。
2019年の設立以来ずっと、生物学者たちがコペンヒルの生物多様性を監視してきました[*1]。2020年の調査では、119種類の新しい植物や樹木種が観察されたということです。
啓発
廃棄物プラントの10フロアある管理スペースはARCが使っていますが、その中には教育センターもあります[*1]。
教育センターは学術ツアー、ワークショップ、持続可能性カンファレンスを日常的に行い、市民を対象とした環境教育・啓発にも熱心に取り組んでいます。
所要時間45~60分のユニークな見学ツアーもあります[*10]。
ツアーでは、エレベーターで頂上まで行き、コペンハーゲンと海の眺めを楽しみながら、建築、ビジョン、持続可能性、スキースロープ、背景にある考えなど、建物全体について学びます(図4)。
図4: 見学ツアーの様子
出典: COPENFILL「GUIDED TOURS」(YouTube)
https://www.copenhill.dk/en/aktiviteter/rundvisninger, 0:49
ツアー中はスタッフが参加者の質問に答え、希望すれば、ツアーの最後に丘を歩いて降りることもできます。
コペンヒルの意義
都市の廃棄物センターは「迷惑施設」となりがちです[*11]。
しかし、コペンヒルは、廃棄物をクリーンなエネルギーに変える廃棄物発電プラントであるだけでなく、レクリエーション・センターでもあり、さらに環境・エネルギー教育の場となって、都市にとっての新たな価値を創造しています。
環境問題の解決と持続可能性、そして市民のウェルビーイングの実現を目指した包括的なアプローチとして、その社会的意義は大きいといえるでしょう。
参照・引用を見る
*1
Bjarke Ingels Group「PROJECTS」
https://big.dk/#projects
*2
映画『コペンハーゲンに山を』公式サイト「映画概要」
https://unitedpeople.jp/copenhill/about
*3
HILLS LIFE「COPENHILL TURNS A POWER PLANT INTO THE BEDROCK FOR SOCIAL LIFE」(2020年10月5日)
https://hillslife.jp/learning/2020/10/05/copenhill-turns-a-power-plant-into-the-bedrock-for-social-life/
*4
Wa-reclステーション(一般財団法人日本環境衛生センター)「コペンハーゲン市 ARC社(官民連携/欧州型)」
https://wa-recl.net/article/a/136
*5
ARC「Teknik」
https://a-r-c.dk/amager-bakke/teknik/
*6
一般社団法人都市環境エネルギー協会「地域冷暖房とは」
https://www.dhcjp.or.jp/about/
*7
株式会社大林組「大林組の再生可能エネルギー創出事業サイトを更新しました」(2013年)
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news_20131028_2.html#:~:text=%E4%
*8
Danish Energy Agency「Development and Role of Flexibility in the Danish Power System」(2021)
https://stateofgreen.com/jp/wp-content/uploads/2021/11/DEA%89%88.pdf, p.3
*9
COPENHILL「WELCOME TO COPENHILL>NEWS&EVENTS, ACTIVITIES」
https://www.copenhill.dk/en/
*10
COPENFILL「GUIDED TOURS」
https://www.copenhill.dk/en/aktiviteter/rundvisninger, 0:49
*11
一般社団法人 JA共済総合研究所(株式会社H&Sエナジー・コンサルタンツ パートナー 石丸美奈)「カーボンニュートラル実現に向けたスマートシティの現状」(共済総研レポート №178)(2021年12月) p.45
https://www.jkri.or.jp/PDF/2021/Rep178ishimaru.pdf