解体後がゴール! 被災者や難民に寄り添う「紙の家」は循環型社会に向けたチャレンジ

華やかな建築家の職能に疑問を抱き、自らの経験や知識を活かして困っている人たちをサポートしたいと願う建築家がいます。

大きな災害があれば世界中どこへでもすぐに駆けつけ、現地の人々とともに難民シェルターや被災者の避難所、仮設住宅をつくります。

材料は現地で調達した紙の筒、紙管(しかん)。

紙管を用いて建築物をつくるのは、環境保全の重要性が今ほど認識されていなかった頃から変わりません。

それはなぜでしょうか。そもそも紙で家が建つものなのでしょうか。

「建築界のノーベル賞」といわれるプリツカ―賞を受賞した坂茂(ばん・しげる)氏の活動と、世界の注目が集まる「紙の家」をとおして、循環型社会の構築について考えます。

 

環境問題と建築家の社会的責任

建築家は財力や権力をもった特権階級の人たちをクライアントにし、その財力や権力を市民に認識してもらうために、立派なモニュメントをつくるのが常だと坂氏は述べています[*1]。

また、個人の家を建てるときは、クライアントが非常に幸せなときだといえます。

医者や弁護士が常に問題を抱えた人たちのために仕事をしているのに対して、人の幸せなときにつきあう建築家は、ある意味で恵まれた存在です。

建築家として自立しかけていた頃、坂茂氏はそうした職能に疑問を抱くようになっていました。

ルワンダでの難民支援と「紙のシェルター」

1994年、そんな坂氏の目に留まったのがルワンダ難民の写真でした[*1]。

内戦による虐殺を逃れた難民は200万人以上に上り、難民キャンプの様子はあまりに悲惨でした。

いてもたってもいられなくなった坂氏はアポなしでジュネーブの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に飛び込みます。そして、再生紙の紙筒をシェルターの構造材に使うことを提案し、コンサルタントとして雇われることになりました。

当時、典型的な難民シェルターは、国連から渡された4メートル×6メートルのプラスチックシートを使い、難民自らが木を伐りフレームをつくって組み立てるというものでした。

ところが、多数の難民が一斉に木を伐ることになってしまったため、森林はたちまち破壊され、環境問題を引き起こしていたのです。

こうして1995年の春、UNHCRでの取り組みとして開発したのが、難民全員に支給されるプラスチック・シートと紙管を使ったシェルターでした[*2], (図1)。

図1: 国連難民高等弁務官事務所の紙のシェルター
出典: 坂茂建築設計「災害支援活動>国連難民高等弁務官事務所用の紙のシェルター」
https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%

ルワンダ難民のシェルター問題はすぐに解決し、その後、新たな難民が押し寄せてきている場所に移動して、シェルターをつくり続けました[*1]。

阪神・淡路大震災と「紙教会

その頃、日本でも大きな災害が生じます。

1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災では多くの人が建物の下敷きになって命を落としました。

坂氏は建物の倒壊によって多くの人命が失われたことに、建築家として責任を感じたといいます[*3]。

この経験が国内で被災者支援ボランティアを行う原点となりました。

被災後、神戸の「たかとり教会」には多くのベトナム人難民が集まっていました。ルワンダ難民にかかわった坂氏はそのことを知り、1月末に教会に駆けつけます。

焼失した聖堂を紙管の仮設建築で再建することを提案しましたが、火事で消失した直後だったこともあり、神父や周囲の人々からはすぐには受け入れてもらえません。

しかし諦めずに教会との話し合いを続け、地域住民が利用でき、日曜のミサも行える仮設のコミュニティホールの建設が決まりました。坂氏の役割は、建設費にあてる義援金と建設作業にあたるボランティアを集めることでした。

この「紙の教会」のプロジェクトを進める過程で、テント暮らしを続けるベトナム人難民のための仮設住宅「紙のログハウス」の建設も始めました。

難民の人々は都心部の工場でしか仕事がなく、仮設住宅の多い郊外からは通うことが困難だったため、公園での不便なテント生活を余儀なくされていたのです[*1]。

建材は各企業からの寄付を受け、160人以上のボランティアの手によって教会と30戸のログハウスが、5週間で完成しました[*3, *4], (図2)。

その後、建設10年を迎えた紙の教会は、神戸と同じように震災の被害を受けた台湾に移築され、地域のコミュニティーセンターとして新たに活用されています。

図2: 坂茂建築設計「災害支援活動>紙の教会 神戸」
出典: https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%

ログハウスは、安価で誰でも簡単に組み立てられることと断熱性能を重視して設計を進めました[*1, *5]。

基礎にはビールメーカーから寄付されたビールケースに砂袋を詰めたものを使い、壁と小屋組は紙管、天井と屋根にテント膜を使用しています。

こうして、コストを抑えるとともに、解体のしやすさや残材の処分、製造から解体までのサイクルコストの面でも優れたものを目指しました(図3)。

図3: 紙のログハウス
出典: 坂茂建築設計「災害支援活動>紙のログハウス 神戸」
https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%bd%83%88/paper-log-house-kobe/

国内外の継続的な災害支援

坂氏は1995年、NGO「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」を設立し、2013年にNPO法人として認証され、同氏の設計事務所や大学の坂研究室の協力を得ながら継続的にボランティア活動が行える体制をつくりました[*3, *6]。

2022年度(令和4年度)に行った国内事業には、東日本大震災で支援したプロジェクトの継続的なサポート事業、福島県におけるブックカフェの支援、継続的に行っている防災キャンプヘの参加、全国自治体での防災訓練を通じた避難所用間仕切リシステムの推進などがあります。

また、海外では、ウクライナ戦争に関わる難民支援、 トルコ地震における支援を行いました[*7, *8]。

 

なぜ紙管なのか

紙管を使った建築を手がけるのは、世界中で坂氏だけです[*1]。

なぜ紙管なのでしょうか。

その答えを探りながら、循環型社会への有益な取り組みについて考えていきましょう。

身近な素材を材料に

坂氏が初めて紙管を使ったのは、1984年のことでした[*1]。

当時、坂氏はアメリカの大学を卒業して帰国したばかりで実務経験がない中、海外の建築家の日本での展覧会の会場構成に携わっていました。

ふんだんに木を使うその建築家の建築の世界観を表現しようとするも、予算が乏しく、木を使うだけの余裕がありません。また、短期的な仮設の展覧会に木を使って、それをすぐに壊してしまうのはもったいないと考え、木に代わる材料を考えました。

そのとき閃いたのが、紙の筒です。

建築家がスケッチするときに使うトレーシングペーパーの芯も、当時よく使われていたファックス用の紙が巻かれているのも紙管です。また、コンクリートの型枠にも昔から紙管が使われていました。

紙管は身近な素材だったのです。

そこで、小さい紙管を天井に、比較的大きいものを間仕切りに使ってみました。すると、非常に強度があることに気づき、建築の構造材として使う開発を始めます。

紙管が初めてパーマネント(半永久的な)建築の構造材として建設大臣の認定を受け利用できるようになったのは、1993年のことでした。

リサイクル・リユースを見据えて

その頃はまだ環境問題が今ほど認識されておらず、建築に紙管を使うことに興味を持つ人も多くありませんでしたが、2000年に転機が訪れます。

ドイツのハノーバーで開催された、環境問題をテーマにした国際万博です[*1, *9]。

リサイクル材を建築に使う日本で唯一の建築家であった坂氏が、約3,000平方メートルの日本館を紙の筒でつくりました。

建築家はふつう、建築物の完成時がゴールです。しかし、坂氏は解体後にゴールを置きました。

各国が展示のためにたくさんの建築物をつくって、半年後に壊す。それでは環境問題をテーマにした万博が大量の産業廃棄物を出して、環境問題をつくりだすようなものです。

そこで坂氏は、解体後を見据え、地元の材料メーカーと、解体された建材をいかにリサイクル・リユースするのかを、1つずつ吟味しました。

紙管も解体後にはすべて地元の業者が買い取り、リサイクルします。紙管はもともと再生紙でできていて、何度でもリサイクルできるのです。

図4: ハノーバー万国博覧会の日本館
出典: World architects「Profiles of Selected Architects 坂茂建築設計」
https://www.world-architects.com/ja/shigeru-ban-architects-tokyo/project/japan-pavilion-expo-2000

基礎にもこだわりました。基礎はふつうコンクリートを使いますが、コンクリートはリサイクルが非常に難しい材料です。

そこで、木で箱をつくって中に砂袋を詰め、基礎にしました。そうすれば、解体後はリユースすることができます。

ジョイント(継ぎ目)も、リサイクルに費用がかかる鉄の代わりに、すべて布のテープを巻きました。車のシートベルトなどに使われる、不燃性の布です。

屋根の素材も、環境によくない塩ビ膜を避け、メーカーと協力して、ドイツの基準に合った防水性能と強度をもった紙の膜を開発しました。

その紙は、現在、災害支援にも利用されています。

現地の安い材料で安全に

安くて中が空洞でかさばるため、紙管には既製品の在庫はないと坂氏はいいます[*1]。

紙管はどんなものであっても、クライアントのニーズに合わせて直径や長さがつくられる半特注なのです。

紙管の工場は世界中いたるところにありますが、構造材として使えるほどの紙管が現地で入手できない場合には、輸入することは考えずに、木で補強したり、その紙管を別の用途に使ったりしています。

それは、地元で安く手に入る材料を使い、地元の人たちと一緒につくることを重要視しているからです。

また、建築自体の強度や耐久性は、材料の強度とは全く関係がないといいます。

たとえば、紙管の強度は木よりも弱いのですが、地震でも壊れません。一方、コンクリートのように強いものでも、地震で簡単に壊れることがあります。

現地にあるもので、どうやって安全なものをつくるかは、構造設計、構造計算次第なのです。

 

「紙の家」と循環型社会の構築

紙は再生可能資源を原料とし、使い終わったら可能な限り古紙として回収して再利用します。また、パルプをつくる際の副産物である黒液はバイオマス燃料として活用され、建築廃材や廃棄物も燃料として活用されます[*10]。

このように紙やパルプによる建築は循環型社会の構築に欠かせません。

プリツカ―賞を受賞した際の記者会見で、坂氏はこう語っています[*1]。

「人が愛すれば紙でつくってもパーマネント(半永久的)になれる。コンクリートでつくっても、人が愛せない商業建築は結局、仮設なんです」

循環型社会とは、そのような本質に根ざしたビリーフによってもたらされるものなのだ―紙の家はそう示唆しているのかもしれません。

 

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参照・引用を見る

*1
公益社団法人 日本記者クラブ「記者会見 建築家の社会的責任 坂茂 建築家(2014年プリツカ―賞受賞者)(2014年4月2日)
https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2014/04/f624b240c643cfbb24198067a8e2a39d.pdf, p.1, pp.2-4, pp.8-9, p.10, p.19, p.22

*2
坂茂建築設計「災害支援活動>国連難民高等弁務官事務所用の紙のシェルター」
https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%

*3
ジャパンタイムズ Sustainable Japan Magazine「建築家・坂 茂の被災者支援、日本国内での取り組み。」(2022年8月26日)
https://sustainable.japantimes.com/jp/magazine/200

*4
坂茂建築設計「災害支援活動>紙の教会 神戸」
https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%

*5
坂茂建築設計「災害支援活動>紙のログハウス 神戸」
https://shigerubanarchitects.com/ja/%e4%bd%83%88/paper-log-house-kobe/

*6
坂茂建築設計「VANについて」
https://shigerubanarchitects.com/ja/about-van/

*7
東京都生活文化スポ―ツ局「法人の認定等>法人・団体情報詳細>事業報告書等>4年度事業報告書」
https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/houjin/npo_houjin/list/ledger/0010423/10423-JH-R04-I1697592856448.pdf, p.1

*8
坂茂建築設計「災害支援活動>ウクライナ難民支援プロジェクト」
https://shigerubanarchitects.com/ja/news/ukraine-refugee-assistance-project/

*9
World architects「Profiles of Selected Architects 坂茂建築設計」
https://www.world-architects.com/ja/shigeru-ban-architects-tokyo/project/japan-pavilion-expo-2000

*10
経済産業省「『トランジション・ファイナンス』に関する紙・パルプ分野における技術ロードマップ(案)」(2022年3月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/transition_finance_suishin/pdf/008_05_00.pdf, p.3

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