台風の脅威は恵みになるか? 「タイフーンショット構想」の意義とポテンシャル

台風は多大な被害をもたらす脅威です。しかも地球温暖化の影響で、台風災害は今後ますます激化するとみられています。

しかし、2050年を目標にその脅威を「恵み」に変換しようとする計画があります。台風の勢力を制御して被害を抑制するとともに、その膨大なエネルギーを活用して発電を行い、安心かつ安定した持続可能な社会を実現する――それが「タイフーンショット構想」です。

そもそも台風のメカニズムとはどのようなもので、それをどう抑制・活用するのでしょうか。

タイフーンショット構想の内容と社会的意義、課題を解説し、今後を展望します。

 

台風の脅威

日本の災害の最大要因は台風です[*1]。

また、地球温暖化の影響によって、暴風や豪雨、高潮など、日本における台風災害の危険性は年々増大しており、今世紀後半にはさらに激化すると予想されています。

台風による被害

台風は多大な被害をもたらします。

たとえば、2019年10月の台風19号ハギビス(令和元年東日本台風)による被害額は約1兆8,800億円で、統計開始以来最大の被害額となりました[*2], (図1)。

図1: 津波以外の単一の水害による被害額
出典: 国土交通省「令和元年東日本台風の発生した令和元年の水害被害額が統計開始以来最大に ~令和元年の水害被害額(確報値)を公表~」(2021年3月31日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001396912.pdf, p.1

この台風は、静岡県や関東甲信地方、東北地方を中心に広い範囲で記録的大雨を降らせ、全国142か所で堤防が決壊するなど、甚大な被害が発生しました。被害は、死者84人、行方不明者3人、家屋の全壊約3千棟、半壊約1万8千棟、床上浸水約2万棟、床下浸水約4万棟に上ります。

この台風に限らず、台風災害の危険性は年々増大していると、指摘されています[*1]。

太平洋側の地域に接近する台風が増えており、それらの台風は、強度が増しているだけでなく、移動速度も遅くなっているため、被害が生じやすい状況になっているのです。

激化する台風災害

台風による災害は、今後さらに激化するとの予想があります。

地球温暖化の影響で、強い熱帯低気圧の発生割合は過去40年間で増加しています。また、温暖化の進行と共に、非常に強い熱帯低気圧の発生割合が増加し、熱帯低気圧のピーク時の風速も上昇しています[*1]。

さらに、台風が最大強度をとる位置が北上し、さらにその強度が増大していることから、日本を含む中緯度地方(北半球の真ん中くらいの緯度にある国や地域)における台風のリスクが高まっているのです(図2)。

図2: 台風の最大強度の位置(左図)・台風の強度(右図)
出典: 気象庁「防災講演会あいち:「激甚化する気象の実体」激甚災害をもたらす台風の実態と地球温暖化に伴う将来変化」(2022年12月11日)
https://www.data.jma.go.jp/nagoya/shosai/app/kouenkai/R4_tsuboki.pdf, p.26

このままだと、台風は今後さらに大きな脅威となるでしょう。

そこで注目されているのが、タイフーンショット構想です。

 

タイフーンショット構想とは

タイフーンショット構想とは、横浜国立大学・筆保教授(台風科学技術研究センター長)をリーダーとする産学連携のチームによって進められている、以下のような計画です[*3, *4]。

2050年を目標に、その台風の勢力を制御、さらにその一部をエネルギーとして取り出すことで、台風の「脅威」を「恵み」に変換し、資源活用することで安心かつ安定した持続可能な社会を実現する。

以下の図3はそのイメージです[*4]。

図3: タイフーンショット構想のイメージ
出典: 台風科学技術研究センター「What’s TyphoonShot? タイフーンショット構想」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/aboutts.html

「ムーンショット目標8コア研究」に

2022年3月、タイフーンショット構想を基にした研究提案が「ムーンショット型研究開発事業」に採択され、目標8コア研究として「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」がスタートしました[*5]。

ムーンショット型研究開発制度は、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する、国の大型研究プログラムです[*6]。

この研究開発制度には9つの目標が掲げられていますが、目標8は以下のようなものです[*7]。

「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」

「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」は、数多くの大学や研究所、気象庁、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、民間企業などが参加する大型プロジェクトです[*5]。

図4: 「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」の概要図
出典: 台風科学技術研究センター「タイフーンショットMS ムーンショット型研究開発事業『安全で豊かな社会を目指す台風制御研究』」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/TSMS8.html

 

タイフーンショット構想における手法

次に、台風のメカニズムを概観したうえで、タイフーンショット計画の核となる、台風制御と台風発電の手法についてみていきましょう。

台風のメカニズム

台風は、熱帯の海上で発生する「熱帯低気圧」のうち、北西太平洋または南シナ海に存在し、低気圧域内の最大風速(10分間平均)が約17m/s(34ノット、風力8)以上のものを指します[*8]。

台風は積乱雲の塊で、中心には雲がない領域(台風の目)が、その周りには目の壁雲が存在します[*3]。

台風のエネルギー源は水蒸気です。台風に向かって吹き込む強い風によって水蒸気が台風の内側に運ばれて上昇し、凝結して雲になる時に熱を放出します。

この熱によって台風の中心は暖気核とよばれる温かい領域となり、暖気核が発達すると吹き込む風が強くなります。台風が発達するのは、その風がさらに水蒸気を運んで暖気核の温度が上昇するという、相乗効果によります。

台風制御の歴史

米国では古くからハリケーン制御の研究が行われてきました。取り組みが始まったのは

1947年ですが、1969年にはハリケーンにヨウ化銀を散布したところ、最大風速が30%減少しました[*3]。

しかし、この効果は、自然に弱くなったものなのか、ヨウ化銀散布による効果なのかを確認することができず、米国におけるハリケーン制御は1969年で打ち切られました。

その後、技術の進展によって、台風のメカニズムの解明が進むとともに、シミュレーションで制御の効果を確認できるようになったため、台風制御の実現が見えてきました。

台風制御の前提となるのは、高精度の台風予測ですが、予測精度向上に向けた取り組みも進んでいます。たとえば2017年には、日本で30年ぶりに航空機による台風観測が行われました。

なお、熱帯低気圧を強さによって分類している用語には、台風の他に、ハリケーンやサイクロンがあります[*9]。

ハリケーンは、北大西洋、カリブ海、メキシコ湾および西経180度より東の北東太平洋に存在する熱帯低気圧のうち、最大風速が約33m/s以上になったものを指します。また、サイクロンは、ベンガル湾やアラビア海などの北インド洋に存在する熱帯低気圧のうち、最大風速が約17m/s以上になったものを指します。

制御手法

台風制御の手法については現在研究が進められています[*3]。

選択肢はいくつかありますが、その1つは、航空機によって水やドライアイスなどのインパクト物質を台風の上空から暖気核へ散布して暖気を冷やすことで、台風のエネルギーを弱めることです(図5)。

図5: 台風の構造と制御のイメージ
出典: 東京海上研究所「SENSOR  トピックス『タイフーンショット計画』~台風を脅威から恵みに変える~」(東京海上研究所ニュースレターNo.056  2021/7)
https://www.tmresearch.co.jp/sensor/pdf/sensor056.pdf, p.2

横浜国立大学の筆保教授が行った令和元年台風第15号(房総半島台風)を対象としたシミュレーションでは、上記物質を散布すると、散布後の中心気圧が3~5hPa上昇しました。それは台風が弱化したことを意味します。

風速は1〜3m/s弱まることが分かりました。一見、わずかな差のようにも見えますが、建物被害に換算すると、台風が通過した神奈川県では40%の軽減効果があることになります。

台風発電の仕組み

タイフーンショット構想では、台風を制御するだけでなく、台風のエネルギーを活用して発電することを目指しています[*3]。

検討されている手法は、台風を上から見た時の台風左側の後方で、台風の横風を帆で受けて台風の移動速度と同じ速度で帆船を航行させ、海中のスクリュープロペラを回して発電するというものです(図6)。

図6: 発電船のイメージ
出典: 東京海上研究所「SENSOR  トピックス『タイフーンショット計画』~台風を脅威から恵みに変える~」(東京海上研究所ニュースレターNo.056  2021/7)
https://www.tmresearch.co.jp/sensor/pdf/sensor056.pdf, p.2

この手法はプールでの縮小模擬実験で検証されています。

また、遠隔操船もすでに実証実験の段階にあり、自律操船の研究も始まっています。

なお、発電した電気を陸域まで送る方法としては、海水を電気分解し得られた水素を輸送する方法や、船底の蓄電池に蓄電し船で陸域まで輸送する方法、近くの離島や洋上基地へマイクロ波送電する方法などが考えられています。

 

タイフーンショット構想の社会的意義と展望

最後に、社会的意義と課題を整理し、今後を展望しましょう。

社会的意義と産業への影響

横浜国立大学台風科学技術研究センターの構想によると、タイフーンショット構想の社会的意義は次の4点に集約されます[*10]。

  1. 台風制御による「安全で活き活きとした持続的な社会への貢献」
  2. 再生可能エネルギーの創出による「脱炭素社会への貢献」
  3. 台風イノベーションによる「技術大国日本の復活に貢献」
  4. 産学シームレスでの研究による「世界で戦える人材育成に貢献」

この構想は社会や産業にも大きな影響をもたらすことが期待できます。

台風制御が実現すれば、国や自治体、企業は防災コストを他の分野に振り向けることができます。また、実現に至る過程においてもさまざまなビジネスの創出が期待できます。

台風による強風や高潮を考慮する必要がなくなれば、これまで以上の超高層ビルを建設することが可能となりますし、水辺や水上に都市を建設することもできるかもしれません。

このように、ビジネスの自由度が高まり、都市開発にも有益な影響をもたらすかもしれません。

課題と展望

課題としては、社会受容性を高めていく必要性が挙げられます。

日本全国1万人を対象に実施したアンケート調査では、台風制御、台風発電に肯定的な回答の割合は62.4%でした[*10]。

一方、台風制御について慎重に考えるべきだという意見もみられました[*3]。

その理由は、環境への悪影響、他国への損害、自然を人為的にコントロールすることへの心理的抵抗感です。

社会受容性を醸成するためには、台風制御・台風発電の仕組みや、自然・社会への影響をわかりやすく伝える活動を通じて、理解を得ていく必要があります。

また、望まない結果をもたらした際の責任は誰がどのように負うのかなど、台風の制御・活用に対する国際的ガイドラインを制定する必要もあります。

タイフーンショット構想を推進するためには、さまざまなステークホルダーによる議論を経て、社会的環境や制度を整備していくことが求められています。

 

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参照・引用を見る

*1
気象庁「防災講演会あいち:「激甚化する気象の実体」激甚災害をもたらす台風の実態と地球温暖化に伴う将来変化」(2022年12月11日)
https://www.data.jma.go.jp/nagoya/shosai/app/kouenkai/R4_tsuboki.pdf, p.1, p.24, p.26, p.28

*2
国土交通省「令和元年東日本台風の発生した令和元年の水害被害額が統計開始以来最大に ~令和元年の水害被害額(確報値)を公表~ 」(2021年3月31日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001396912.pdf, p.1

*3
東京海上研究所「SENSOR  トピックス『タイフーンショット計画』~台風を脅威から恵みに変える~」(東京海上研究所ニュースレターNo.056  2021/7)
https://www.tmresearch.co.jp/sensor/pdf/sensor056.pdf, p.1, p.2

*4
台風科学技術研究センター「What’s TyphoonShot? タイフーンショット構想」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/aboutts.html

*5
台風科学技術研究センター「タイフーンショットMS ムーンショット型研究開発事業『安全で豊かな社会を目指す台風制御研究』」
https://typhoonshot.ynu.ac.jp/TSMS8.html

*6
内閣府「ムーンショット型研究開発制度」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html#:~:text=%E3

*7
内閣府「ムーンショット目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub8.html

*8
気象庁「台風とは」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-1.html

*9
気象庁「台風について」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq14.html

*10
国立研究開発法人 科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発事業 ミレニアプログラム>目標候補名:2050年までに台風の『脅威』を『恵み』に変換し資源活用することで安心・安定した持続可能な社会を実現」
https://www.jst.go.jp/moonshot/program/millennia/pdf/05_fudeyasu.pdf, p.23, p.24

 

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