炭素を土壌に取り込む! 農業の最前線「カーボンファーミング」の仕組みとポテンシャル

カーボンファーミング(炭素貯留農業)とは、農地などの土壌中に炭素を貯留させる農業生産方法のことです。

農業は、現在、温室効果ガスの大きな排出源となっていますが、カーボンファーミングによって、農業が炭素の排出源ではなく、逆に吸収源となり、環境保護に貢献することが期待されています。

カーボンファーミングの仕組みとその背景、効果を解説し、カーボンファーミングに関する国内外の動向をご紹介します。

 

カーボンファーミングとは

まず、カーボンファーミングの定義とその仕組み、分類をみていきましょう。

定義と炭素貯留の仕組み

2023年3月、農林水産省はカーボンファーミングに関する報告書を公表しました。その中では、 次のように定義されています[*1]。

カーボンファーミング(Carbon Farming)とは、大気中のCO2を土壌に取り込んで、農地の土壌の質を向上させ温室効果ガスの排出削減を目指す農法で、いわゆる環境再生型農業を指す。

では、CO2が土壌に取り込まれる土壌炭素貯留とはどのようなものでしょうか[*2], (図1)。

図1: 農地・草地土壌の炭素収支モデル
出典: 農林水産省「農林水産分野における温暖化対策農地による炭素貯留について」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/13/pdf/data3_3.pdf, p.1

農地に使われた堆肥などの有機物は、多くが微生物によって分解され、大気中に放出されますが、一部が分解されにくい土壌有機炭素となって、長期間土壌中に貯留されます。土壌有機炭素は、もともと植物が光合成で大気から吸収した炭素に由来するため、土壌有機炭素が増加するとその分だけ、大気中のCO2が減少することになります。これが、土壌炭素貯留です。

土壌有機炭素は、土壌の性質を良好に保ち、養分を作物に持続的に供給するため、大変重要な役割を果たしており、農業生産性の向上・安定化に不可欠です。

カーボンファーミングは、温室効果ガス(以後、「GHG」)の排出削減を実現するとともに、農地の土壌の質を向上させ、農業の生産性や質を向上させる農法なのです。

分類と農法

カーボンファーミングを推進する欧州議会(EUの主要機関の1つ)は、カーボンファーミングを以下のように5つのカテゴリーに分類しています[*1]。

  1. 泥炭地の再湿潤化と復元:泥炭地の再湿潤化・維持・管理
  2. アグロフォレストリー・システムの確立と維持:植林と既存森林の回復・管理
  3. 鉱物土壌の土壌有機炭素(SOC)の維持と増進:農地・草地の管理
  4. 家畜と糞尿管理:腸内メタンガス削減技術、糞尿管理、牛群および飼料の効率化
  5. 農地と草地における栄養管理:栄養計画、肥料のタイミングと散布の改善、肥料の削減

2. のアグロフォレストリーとは、樹木を植え、森林を管理しつつ、その間の土地で農作物の栽培や家畜の飼養を行うもので、森林保護と農業を両立させながら、気候変動に対応する取り組みです[*3]。

このように、カーボンファーミングにはさまざまなカテゴリーがありますが、炭素貯留量を増やすための農法の1つに「不耕起栽培」が挙げられます[*4, *5]。

不耕起栽培とは、収穫後、翌年の作付けまで農地を耕さないで、表面を深さ15㎝程度に撹拌したり、切り込みを入れた後、種を撒いたり、肥料を施す栽培方法です。

不耕起栽培を行うことによって、土壌微生物の分解作用に伴うGHGの大気放出を抑制することができます。

 

カーボンファーミング推進の背景

次に、カーボンファーミング推進の背景をみていきましょう。

農林⽔産分野ではGHGをどのくらい排出しているのでしょうか[*6], (図2)。

図2: 世界全体と日本の農林⽔産分野の温室効果ガスの排出量と割合
出典: 北海道「農業分野におけるカーボンニュートラルについて」
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/9/0/7/5/5/9/3/_/01-2%E8%A6.pdf, p.7

人為起源のGHG排出量は世界全体で約590億t-CO2(2019年)ですが、農林業における排出量はそのうちの22%を占めています。

一方、日本の総排出量11億7,000万t-CO2(2021年度)のうち、農林水産分野からの排出量は4,949万t-CO2で、4.2%にあたります。

農業や林業などの土地利用によるCO2排出に歯止めをかけるためには、植物や土壌などが大気中からの炭素を吸収し、その量が大気中への放出量を上回るようにすることが有効です。

土壌中の炭素量を増やすことを目指す国際的なイニシアティブ「4パーミル・イニシアティブ」は、世界の土壌の表層の炭素量を年間0.4%増加させることができれば、人間の経済活動によって発生する大気中の二酸化炭素を実質ゼロにすることができると試算しています[*1]。

こうした背景から、大気中のCO2を土壌に取り込み、GHGの排出削減を目指すカーボンファーミングに注目が集まっているのです。

 

欧米の取り組み

カーボンファーミングを推進する欧米の動向を探っていきましょう。

EUによる取り組み

カーボンファーミングが推進されれば、それによる炭素の削減効果は、現在のEUにおける排出量の3~12%、または現在のEUの農業分野からの排出量の26%以上に相当すると、学術的研究によって推定されています[*1]。

(1)「テクニカル・ガイダンス・ハンドブック」

2021年4月27日、欧州委員会(EUの行政執行機関)は2年間の調査を経て、「テクニカル・ガイダンス・ハンドブック」を発表しました。これはEUにおけるカーボンファーミングの立ち上げと実施方法に関する技術手引書です。目的は、官民機関によるカーボンファーミングの立ち上げを支援することです。

同ハンドブックでは、適切なカーボンファーミングの取り組みがEUの脱炭素化に大いに貢献できると結論づけています。

また、カーボンファーミングの規模拡大のためには経験が必要であるとし、地方や地域レベルで試験的な取り組みを行うことが推奨されています。

(2)「持続可能な炭素循環に関するコミュニケーション」

2021年12月、欧州委員会は「持続可能な炭素循環に関するコミュニケーション」を発表しました。これは、炭素除去量を増やすための開発に関する行動計画を定めたものです。

このコミュニケーションには、炭素貯蔵につながる取り組みを行うことで土地管理者が報酬を得られるという、環境に配慮したビジネスモデルの拡大が提唱されています。

(3)資金援助

EUは、試験的な取り組みを支援するために、「LIFEプログラム」や「欧州地域開発基金」などを通じて資金援助を行っています。

LIFEプログラムは、新しい炭素除去方法の開発と採用を特定・加速させ、ヨーロッパの土壌の有機炭素貯蔵を増加・維持することを目的としたプロジェクトです。

欧州地域開発基金とは、農場で炭素除去技術を導入することにより、農業土壌を改善しながら気候変動を低減することを目的としたプロジェクトです。

(4)専門家グループによる支援

2022年、欧州委員会は専門家グループの公募を行い、選定された70名の専門家による活動が始まりました。

同グループは、炭素除去認証制度に関する欧州委員会の取り組みを補助し、特に以下に関する技術的な専門知識と助言を提供しています。

  • カーボンファーミング、炭素貯蔵製品、永久貯蔵のための様々な選択肢、認証方法論を含む炭素除去
  • 農業、林業、産業界による炭素貯蔵のための革新的なインセンティブと解決策
  • 炭素除去の確実性、透明性、品質を確保するための認証の開発
米国の取り組み

米国では、連邦議会でカーボンファーミングを排出量取引制度に組み込むための法整備が進められました[*4]。

2021年6月に上院を通過した「成長する気候ソリューション法」は、農業、畜産業、林業に従事する人々や土地所有者がカーボンクレジット市場に対する理解を深め、カーボンクレジット市場にアクセスできるように支援する法案です。

カーボンクレジットとは、企業の取り組みによるGHGの削減効果をクレジット(排出権)として発行し、他の企業などとの間で取引できるようにする仕組みです[*7]。

バイデン新政権下のカーボンバンク構想は、EUと同様、農地の炭素貯留に金銭的インセンティブを与えるために、炭素貯留に取り組む農家から、政府が補助金でカーボンクレジットを買い取るという構想です[*8]。

こうした動きは、中西部の主要な農家の間で既に不耕起栽培が普及しているため、そうした農家が経済的メリットをより享受できるよう、農業団体が強く要望していることが背景にあるのではないかとみられています。

 

国内の取り組み

次に、国内の取り組みをみていきましょう。

「バイオ炭の農地施用」がJークレジットの対象に

国内でも2020年9月に、Jークレジット制度において、炭素貯留活動の一種である「バイオ炭の農地施用」がクレジット化の対象となりました[*9]。

Jークレジット制度とは、カーボンクレジットの日本版で、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるGHGの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2などの吸収量をクレジットとして国が認証する制度です[*10]。

バイオ炭の原料となる木材や竹に含まれる炭素は、そのままにしておくと微生物の活動によって分解され、CO2として大気中に放出されてしまいます。しかし、木材や竹などを炭化し、バイオ炭として土壌に施用することで、その炭素を土壌に閉じ込める炭素貯留が可能になります。

もみ殻バイオ炭の製造

ヤンマーエネルギーシステム株式会社は、もみ殻バイオ炭製造装置の実証試験を2023年10月から本格開始しました[*11]。

この実証試験は、もみ殻処理と、炭素貯留に利用するバイオ炭の製造を同時に行うものです。

米づくりでは毎年収穫後に大量に発生するもみ殻の処理方法が課題となっています。また、もみ殻は、適切な処理をしなければGHGであるメタンガスなどが発生するため、環境負荷も問題になっています。

そこで、同社はバイオ炭製造に着目して「もみ殻バイオ炭製造装置」の開発を進め、2024年9月の商品化を目指しています(図3)。

図3: もみ殻バイオ炭製造装置
出典: ヤンマー「エネルギーリリース もみ殻処理と脱炭素の課題を解決する『もみ殻バイオ炭製造装置』の実証試験を開始」
https://www.yanmar.com/jp/energy/news/2023/10/17/129955.html

「道東カーボンファーミング研究会」の設立

2023年8月、脱炭素型酪農乳業の実現に向け、地域社会、地域市民、乳業メーカーによる、連携事業「道東カーボンファーミング研究会」が設立されました[*12]。

日本一の生乳生産の地、北海道別海町をフィールドとして牧場の土中炭素貯留量の調査を行い、牧草地の土壌が持つ脱炭素のポテンシャルを探ります。

多様なステークホルダーが連携し、酪農の現場からカーボンファーミングを試行し、これからの酪農業のあり方を社会に提言していく取り組みは、日本初です。

このように、日本でもカーボンファーミングに関するさまざまな取り組みが始まっています。

 

課題と展望

カーボンファーミングの大規模展開には課題もあります[*13]。

その1つは、土壌炭素貯留量の正確な把握が困難であることです。実際にどの農法にどの程度の炭素貯留効果があるのかをより正確に評価する必要がありますが、それはまだ科学的に解明されていません。

もう1つの課題は、環境に配慮した農業を行う従事者に対するインセンティブをどうするかです。インセンティブに関する制度の充実は重要ですが、カーボンクレジットの価格設定については、まだ国際的に統一した見解がありません。

これまでみてきたように、カーボンファーミングは、GHGの排出源であった農地土壌を逆にGHGの吸収源にするという革新的なポテンシャルを秘めています。

研究開発や実証試験による知見の蓄積と制度設計が、カーボンファーミング推進のカギとなるでしょう。

 

\ HATCHメールマガジンのおしらせ /

HATCHでは登録をしていただいた方に、メールマガジンを月一回のペースでお届けしています。

メルマガでは、おすすめ記事の抜粋や、HATCHを運営する自然電力グループの最新のニュース、編集部によるサステナビリティ関連の小話などを発信しています。

登録は以下のリンクから行えます。ぜひご登録ください。

▶︎メルマガ登録

\ 自然電力からのおしらせ /

かけがえのない地球を、大切な人のためにつないでいくアクション。
小さく、できることから始めよう!

▶︎ぜひ自然電力のSNSをフォローお願いします!

Twitter @HATCH_JPN
Facebook @shizenenergy

参照・引用を見る

*1
農林水産省(Eurovision& Associates)「Carbon Farming(カーボンファーミング) に関する報告書   最終報告」(2023年)
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokkyo/attach/pdf/platform-172.pdf, p.2, p.7, p.10, p.13, p.19, p.25, p.26, p.27

*2
農林水産省「農林水産分野における温暖化対策農地による炭素貯留について」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/13/pdf/data3_3.pdf, p.1

*3
一般財団法人新エネルギー財団「アグロフォレストリーとは」
https://www.nef.or.jp/keyword/a/articles_a_02.html

*4
Ideas for Good「カーボンファーミングとは・意味」
https://ideasforgood.jp/glossary/carbon-farming/

*5
農林水産業「②飼料作物の不耕起栽培」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/ecotiku/attach/pdf/r5_eco_tiku-26.pdf, p.9

*6
北海道「農業分野におけるカーボンニュートラルについて>世界全体と日本の農林⽔産分野の温室効果ガス(GHG)の排出」
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/9/0/7/5/5/9/3/_/01-2%E8%A6.pdf, p.7

*7
SMBC日興証券「カーボンクレジット」
https://www.smbcnikko.co.jp/terms/japan/ka/J0899.html

*8
三井物産戦略研究所「潜在的なCO2吸収源として注⽬される農地―欧⽶で進む農地の炭素貯留とカーボンクレジットの動向̶」(2021年)
https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2021/04/15/2104i_nozaki.pdf, p.4

*9
農林水産省「J-クレジットにおいて農業分野の方法論(バイオ炭の農地施用)による取組が初めてクレジット認証されました!」(2023年)
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/b_kankyo/220630.html#:~:text=2020%

*10
J-クレジット「J-クレジットについて」
https://japancredit.go.jp/about/outline/

*11
ヤンマー「エネルギーリリース もみ殻処理と脱炭素の課題を解決する『もみ殻バイオ炭製造装置』の実証試験を開始」(2023年)
https://www.yanmar.com/jp/energy/news/2023/10/17/129955.html

*12
PRTIMES 一般社団法人道東SDGs推進協議会「脱炭素社会と食のサステナビリティに挑戦する『道東カーボンファーミング研究会』が設立。」(2023年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000125363.html

*13
「第192回『CO2吸収 農地を活用』」(2023年)
https://www.jst.go.jp/crds/column/choryu/192.html#:~:text=%E3

メルマガ登録